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そろそろ秋が・・・

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09/14/2007 にアップした文章です。

 

夏はほぼ毎日、袖なし+ジャケット、袖なし、半袖で、通してきたのですが、なんだか今日はさすがの私でも「うが!?ちと寒い!?」と感じたのです。この「さすがというのは褒めているわけではなく、むしろ憐憫で、毛穴が開かず熱中症の症状を呈したり、風が汗を速やかに蒸発させてくれた気候に慣れたままだったり、平熱が上がったあとに夏に弱くなったことなど、総称した「暑がり」ということを言っているだけです(笑)。いやー、平熱は35度4分から36度6分に上がりましたね。冬でも半袖で行けそうな勢いでした(笑)。

が、小さい頃は「冬でも半袖半ズボン」の男の子たちを、キチガイ扱いしていました・・・。なので、その因果応報で、今度は私がひどい暑がりな変人になっているのかも・・・と思ってしまう、かなり迷信深いというか、単純というか、非科学的というか、の極端な側面も持ち、普段、冷静で合理的で論理性を通したい私はどこへ?と思いますね・・・(笑)。

私は自分が秋生まれなので、四季の中で秋が最も好きです。「好き嫌い」というものはなべて、至って単純な理由から発しています。もっとも核の部分が、Selfをあくまで大切にする心で、Self-Esteemが事由になっています。ヒトは自分が嫌いにならないように、日々格闘しているんですが、その度合いが過ぎるから、自己中心的な人々が増えて、うまく人付き合いができなくなっていきます。

何月に生まれたかを自分を好きでいるために正当化する。何月だって大して変わりもないことなはずなんですが、なぜかする(爆)。掘り下げてみれば、両親が、妊娠の知識を持っていて避妊した場合と避妊しない場合と、妊娠の知識を持っていない場合で避妊しない場合の3つに単純に分けられます。まぁ、どの程度の知識を持っているか?はちょっと複雑になるので、ここでは考えない・・・。その上でさらに、欲してできたか、欲しないままできたか、どちらとも言えないのか、とさらに3つに分けられるので、9つのカテゴリーになるんですが、この9つに、「それがいつ起こったか?」というコンビネーションを加えると、生まれた当人にとって、おもしろくない事実が浮かぶことはあり・・・。「欲されて愛に溢れた両親のあいだに生まれ、9ヶ月大切に育まれて、いい季節に生まれた」と思い込みたい・信じたいものなのだけれども、その逆もやっぱり実在します。

私が10月生まれなのは、断固として偶然です(笑)。両親は、私の前に2人死産と流産をしており、渇望モードではなく、まったくどうでもいい投げやりモードだったということも聞かされています。さらに母は、避妊の知識を持たず、父は知っていたかどうかは、本人によるとYesで、母によるとNoなのです(笑)。当時、特に胎教が今ほど進んでいたわけでもなく(しかも今だってかなり知識の偏った分布が見られる・・・)、世界中で子どもを作ったことも育てたこともない、スポック博士を崇拝した子育て本が流行しており、けっこう母の都合や風聞のよしあしで育てられたことも、私はあっさり認めます(爆)。

それでも秋が好きだと言う私は切なくけなげだよなぁ・・・・(爆)。

10月生まれでよかったのは、結果的に、「夏が来る前におしめを取らなくちゃ」と、1歳の誕生日前の夏に、母が自分が後にラクするために、躍起になってくれたことで、私のMobility(可動性)が平均より早く開花し始め、世界が広がることにより、脳の発達が進んだことでしょうか?が、何度も繰り返すように、この愚か者は、24歳で渡米するまでは、それを勉強にはまったく使わず、ただひたすら遊んで、ひたすら労働(アルバイト)することに使ってきました。

他にも「てんびん座には経営者が多い」だとか、10月生まれの著名人のリストを見て、「よかったかもな・・・」と思う安直なところがあることは、大いに認めてしまいます(笑)。自分のことはやはり嫌いたくはないし、たとえ偶然の重なりや学習が不充分な環境に生まれたとしても、結果、今の自分を否定はしたくなく、いい塩梅でここまでやってくることができた、と思いたい(爆)。

そもそも、電車の中での他人の会話などが耳に入ると、けっこうこの上記のような「かなりどうでもいいこと」をたくさん話しており、冷静でないのは、自分のことや自分が選んだ人のことを好きでいるために、かなり努力をしているんだなぁ、とつくづく感心するのである(笑)。そこで私も、「私だけじゃないんだよな。よかった♪」などと安心もするので、やはり高みには登れない質のようだ・・・。

あ、秋がそろそろ忍び寄ってきている話だった・・・。

アメリカに居る頃、行き着けのお鮨やさんで、「秋刀魚の刺身」を苦労して出していたのですが、ものすごーい新鮮な秋刀魚はさすがに高く、けっこうお高いものをありがたく食していたことを思い出すのです。が、日本に戻ってきたら、秋刀魚は一匹100円が相場らしい。なんてこったい!お刺身にできるものは3倍くらいはするらしいんですが、夢のような値段でもなく、それなりに食卓に上る・・・。うわぁ、よしさん(行き着けのお鮨やのマスター)に言ってあげたいよ、この値段・・・。

我が家の食卓は、ほぼ母に支配されている事情があるので、秋刀魚はけっこうしょっちゅう出てきます。コメント欄で、校長センセが秋刀魚の食べ方を書いてらしたのですが、私はもったいないことにおなかの苦いところは、大好物な人にさしあげてしまうのだった・・・。が、お刺身はあげない(爆)。そこで、小さい頃のことを思い出す・・・。私はいつも弱肉強食のサバイバルには負けていたな、と(笑)。大皿料理がどーんと出されても、「好きなものは最後に食べる」を貫いていたので、いつも貧乏くじだった・・・。それでも通してきたのは、「私が人間だったからサバイバルできたんだ・・・」と、けっこう驚いているのです←新鮮に驚くことでもないんだろうけれども、私は驚くのだよねぇ・・・。

他にも栗ごはんやカボチャやフルーツやお芋がおいしいのでしょうが、私はそれらには興味がなく、どうして秋が好きなのか?と問いつめられると、面目次第もないのだ・・・。去年もいろいろ秋の味覚を調べたのだけれども、せいぜいキノコ類くらいだったかもしれない、私が心から愛している食材は。
http://questionnaire.blog16.fc2.com/blog-entry-219.html
やっぱりこんなランキングなのだな。松茸はどうでもいいというのが判明し、自分の口の貧しさをまた思うのだ(爆)。

あとは、紅葉なんですが、私は紅葉狩りをしたことがありません。せわしい性格なので、もみじの季節に休んだという記憶がないのだ。そもそもバケーションは、どこか非日常的なところに逃亡し、大して観光をせずに、お風呂とごはんと本、というのがコースで、ものすごい絶景でなくともいいようなところがあるのですね・・・。日常でも、花を見るゆとりがあるかどうかご覧じろ、というところなのですが、見ているんだろうけれども、立ち止まっていない・・・。ゲンダイジンなのかなぁ・・・。

じゃ、何が秋のいいところなのか?涼しいことだようぅぅぅ。ありがたいです。朝から仕事に出るのがけっこう楽しくなってきたのは、きっと仕事が重労働ではないからなのかもしれない・・・。続けられる体力があれば、ぜひぜひ続けたいのだけれども、秋になってきたからできるのかな、とも思う・・・。冬はどうなんだろうか?と思いつつ、せわしい私は、秋から冬について考え、また巡る春のことを考える・・・。グルグルです(笑)。

やっぱり風情を楽しまない私には、フィジカルにラクなことがイチバンらしい・・・。またも自分のことを好きになるチャンスを逃していることに、結果的に落胆するのであった(爆)。