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どうしてなの?と画面の前で唸る番組

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前々から感じていたのだけれども、エッセイに書くのをすっかり忘れていました。それくらい「どうってことないわよね」ってことなのかしら?USに住んでいるときにも、会社を作ってからは行ったり来たりを繰り返しており、そのときにも見た記憶が・・・。しかし、じっくりTV番組を吟味したりエンジョイしたりすることはなかったので、今回帰国したあと、3ヶ月で4・500人の名前と顔を憶えたのですが、古い人はまだ憶えていたのでよかったです(笑)。私がうっとうしいと思っている番組はコレだ>http://www.tbs.co.jp/aitaisp/ 

 

第三者的情報はこちら・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%85%89%E5%92%8C%E5%A4%AB%E3%81%AE%E6%84%9F%E5%8B%95%E5%86%8D%E4%BC%9A%22%E9%80%A2%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%84%22 

 

そもそも、逢いたい人に逢えない人々は、どうしてこの番組を使うのか?から考えてみたのです。おそらく、探偵や興信所に頼むとものすごい高さなのだ・・・。で、ちょっと調べてみる。

 

いくつかあったのですが、もしかするとコレを読んでいる人たちも興味があったり、探したい人がいるかもしれないので、参考までにいくつか・・・。

http://www.ac-yukue.com/ryoukin.htm 

http://www.teikoku.gr.jp/tda/contens/ryoukin/ryoukin6.htm

http://www.disclosure-jpn.com/ryokin/shozai.html

 

一言で言えば、高いっ!しかも、遠方まで調査が移動したら、その料金は別途請求だろうし、期間が延びてしまったら、さらに高くなるわけだ・・・。

 

うーん、だからTV番組に頼むのか・・・というのが、私の想像です。

 

さらに、探し方そのものをもしかしたらわかってらっしゃらない方もいるのかもしれない。世の中広いから・・・。まずは、親兄弟などであれば、戸籍から調べるのが順当なのだけれども、それをリサーチする能力というのは、面倒なこともあるし、複雑だったり、公的機関に行かねばならなかったりするので、きっと気が重いのだろうな・・・。昔の恋人などでも、手がかりはけっこうあるはず。卒業アルバムもフルに使えるし、写真もそうだし、昔の住所がわかれば、そこから手繰れるものもけっこうある。けれども、私がここで探偵のライセンスも持っていないのに調査したかのようなことを書くのはヤバイ(爆)。住民票って簡単に取れるんだよね・・・、他人の・・・←とだけ言っておく(爆)。

 

あの番組のイッチバン(かなり強めなので撥ねている)嫌いなところは、赤の他人である芸能人が、依頼者が逢いたい人に「逢えるか・逢えないか」を決定するところ。他人の人生をどうして赤の他人である人が左右すんだよ・・・。しかも、TV局が金出してやってんだから、こっちの言うこと聞けよっ!テキな態度がどうもハナにつくのだ。

 

そうなのです。私は「べき・べきでない」という助動詞が大嫌いです。道徳・倫理に関しては自分が決めればいいことであり、他人が誰かの意志やモラルを決めることではありません。裡側から湧き出るモラルや価値観でなければ、どんな意味があるというのでしょうか?しかも、依頼者になる一般人はみんな大人だぜ・・・(汗)。

 

あの出演者たちは、どうしてあんな仕事を厚顔無恥に引き受けるんだろうか?と、私などは思うのです。このWikiにもよく出る出演者の名前がいくつか挙がっていますが、他にもたくさん出ているのを見たことがあります。自分の意見を言うのはいいことですが、それが他人に通用すると思えてしまう方々に、私は疑問を感じて、「バッカじゃないの、この人たち・・・」と首をかしげざるをえないのです。

 

しかも、探している人たちが肉親で生き別れた場合、今逢いたい気持ちがあって、TVにまで出ているというのに、「歳月が過ぎて自分が思ったとおりの人でなかったとしても受け容れられるかどうか」もクソもないでしょうよっ・・・。大人だったら、肉親であれ、ひとりひとりが自分の意志を持ち、人生を選び、歩み、倖せを求めて暮らしていることはわかるでしょうに・・・。愛していればこそ逢いたいのであれば、その相手の倖せを願わないわけもないだろよ・・・。

 

で、もうひとつ疑問なのが、あのパネラーたちが依頼者を蹴った場合、もしも探していた相手のほうが逢いたかったらどうすんだろね・・・。番組ではそういう追いかけはしないのでわからない・・・。どうも騙されている気分になるのだ。何度か、「逢うべきではない」というのがあったよ、と母から聞いたし、私も二度見たのですが、そういう追跡取材やそれについての放送の中での説明はなかった・・・。

 

3つめに笑えてしまうのが、番組スタッフがあちこちに電話を掛けて調査しているようにVでは見せているのだけれども、結局はプロに頼んでいるんだよね?ロケをしている最中にいつも電話が掛かってきて、そこから相手がいるかもしれない場所に向かうというのが不自然すぎる(笑)。

 

いやね、もちろん、逢えて倖せだった人たちもたくさんいるんだよ。だからよしとしなければいけないのかもしれないのだけれども、どうしてあのジャッジメントがあるのか?というのは、やっぱり言いたいことなのだ・・・。

 

今週などは、逢いたいと思っていたお母さんがすでに亡くなっていたという結末を迎えたものを見たのですが、母はものすごいもらい泣きをしており、私は「ああああ、コレが視聴率戦争を勝ち抜く手なのね・・・」などと、たいへんに斜な皮肉な目で、番組構成やら案などを見つめていたのです。出る人たちは、「TV局を利用してやろう」くらいの気持ちでいいと思うのです。だってぇ、すごい莫大なお金が動いており、あんな調査費などはビビたるもんだ・・・。

 

母が好きなので、食事時間に合致するので、どうしても「チャンネル替えてよ!」と強気で言い切れず、私もついつい見てしまうのですが、どうもいつも怒りが(爆)。細木数子の番組もそうなのだけれども、徳光和夫って、こんなに世渡り上手だったんだねぇ・・・。もちろん、再会できた人たちを歓ぶ気持ちに嘘偽りはないと思うのだけれども、この番組は、やはり、人の純真さをやはり弄んでいることには代わりはないと思うのだ。損得抜きで、他人のためになりたいのであれば、ジャッジメントやらで会場を盛り上げたりはしないだろうし、同じVをCMを挟んであんなに何度も流さないと思うし、依頼者をけちょんけちょんに激怒することもないと思うのだ・・・。

 

見たことのない方にはチンプンカンプンな話で申し訳ありませんでした。とりあえず、一度だけコレについては書いておきたかったのだ。うーん、日本というのはこれだけでも充分不思議な文化を持つ国なのだ。自分が逢いたい人に逢えるかどうかを他人が決めるのだぞ・・・。アメリカでは、探せなかった、だったり、逢いたいと探した相手が逢いたくないからその意志を尊重したり、という場合はあっても、芸能人が軍団になって、依頼者の意思を決めてあげたりはしない・・・。

 

うーん、不思議だ・・・。幼稚だと思う。どうしてこんな大人たちが雁首揃えて、「教育問題」だとか「政治」を真剣に語り合えるのか?ここからして、私にはとても疑問なのである・・・。