なぜ子供が生まれると「お父さん」「お母さん」と役割で呼び合うようになるの?

うーん、みんながそうだとは思いたくないおおだいらです(笑)。子ども中心に家の中のルールを整えたほうがラクだから、という動機なんじゃないでしょうか?お子さんが「混乱する」と思っていたり、親御さんのどちらかが、「別々にするのは面倒くさい」と思っているケースが多いんじゃないかと思うのです。

 

生まれたばかりの頃に、「お父さん」「お母さん」と噛みしめ合いながら呼ぶのとは違い、日常的に役割として呼び続けると、実は関係性も少しズレこんできます。これが、「パパ」「ママ」でも代わりはありません。

 

幼稚園の頃の逸話なのですが、「ええええええ!ママにお名前があるのぉ?」と激びっくりしていた子がいました。ママの名前は「ママ」だと思っていたというわけです。表札もなかったのか、表札なんかガン無視だったのか(笑)。

 

ちなみにアンケート結果があります。

 

https://news.livedoor.com/article/detail/9980610/

https://woman.mynavi.jp/article/140816-80/

https://happy-fumi.com/dont-call-me-mam

 

これらを見ると、40%くらいの人たちは、役割で呼ばれたいと所望するようですよね。実際にはイヤだという人もいる中、望む人もいるんですね。

 

心理的には Identity:自己存在証明というのはとても大切です。ヒトはやはり自分の眼からしか世界を観られないので、出発点である自分がナニモノなのか?ということを意識することが重要です。とはいえ、そこを役割ですり替えてしまう日々になると何が起きるか?

 

賢いあなただったら想像がつきますね?

 

夫婦よりも親である互いを尊重しあうようになると、セックスレスが起きたり、子どもを最優先にする生活形態になり、記念日やデートなどどんどん減っていきます。それが当然として、いつしか不満が溜まっていき爆発する危険はゼロではありません。たとえ、望んでいたにしろ、です。

 

なぜならば、子どもはいつか巣立っていきます。その後、彼らは役割が代わり、主人公を孫にして「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼び合うようになるのでしょうか?

 

名前というのは不思議なことにものすごいパワーがあります。「優子」という名前がついた子は、自然と「やさしい」に眼が行くようになり気になっていくわけです。繰り返される日常の中、その土台を中心に物事を観るわけです。

 

長い生活をしていく中、自分が消えゆき、役割で生きていくようになり、それが当然だと思いながら生きていき、名前を最後に呼ばれたのはいつだろう?となると、不幸せです。名前をしっかり認識して「ひとりの人間として認められ呼ばれる」というだけで、倖せを感じるホルモン Oxytosinが分泌されます。

 

実際に呼ばれ方で、満足度が変わるわけです。

https://meotalk.jp/life/13147

https://notesmarche.jp/2017/03/23495/

 

英語では特に、Sweetheart, darling, my love, honeyなど、愛していることを繰り返し伝えてもらえるので、特にうれしいOxytosinがたくさん分泌される傾向があります。英語圏で、Dad, Momなどと呼び合う夫婦を、私は未だ実際には観たことがありません。

 

信じてやっていることなのか、習慣や社会の慣例なのか、よくよく考えてみてください!

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