ねね、何で医者の言うこと信じるの?

私が常日頃からすごーく不思議に感じていることに、どうしてこんなに簡単に医者の言うことを信じるんだ?ということがあります。医者に限らず専門家に対する権威を与えているのは、「学習を放棄した大人たち」だよ…って。

私は未だになぜなぜ小僧なので、オイル交換や洗車に行っても、そこで働いている人とばりばり話します。まぁ、アメリカだからっていうのもあるのかもしれないけど、日本に居た頃からそうだったよな、私。バーに行って「ねね、このカクテルから始めたら次は何がいいと思う?」と話し掛けると無口なバーテンさんも、うんちくを垂れるわけでなく、彼のお酒への愛しさを語ってくれたもんです。味がマイルドなものから(アルコール度が少なく、割ってあるモノの味がマイルド)徐々に濃くしていく、なんてぇのを17歳でわかってものすごくうれしかった♪←もう時効が過ぎているのでバラす…。

やっぱり人間は弱いから「色眼鏡」「常識的非常識」ってありますね。私の外見から判断して「こんなアジア人のねーちゃんに車のエンジンがわかられてたまるか!」的マッチョな人も実在します。エンジンばらして組み立てられる弟や、生っ粋の運転手父親に持って、自分でバイク乗って未だにシフトが好きで、パイロットライセンス持ってる私は、基礎ならできるよ…。だから余計な工賃取ろうとして必要ないこと薦めるな!って感じです。

アメリカでは自由競争が日本の規模とはぜーんぜん違うので、同じ作業してもらっても店によってすごい価格差なのです。数字の強さってコワイから、どうしても「賢い消費者」になる訓練をさせられます。映画でもオリーバー・ストーンとかいろんな心ある人が「世間のConspiracy(陰謀)から身を守ろう!」と謎をなぞのままにしておくのはやめましょー!とがんばってます。情報にあふれてるんだから、いいものと悪いものの区別はちゃーんとつけましょー!と。

でね、たぶんすべてのことを学習するのはキリがないです。でも自分の生活にすんごく大切なエリアってもんが、個人によって多様であると思うのでそれをきっちり選択できるために、義務教育があって、文字が読み書きできるようになり、人のなかで暮らせるように、とのカリキュラムになってたはずです。私は人間ナマミなうちは、一等大切なのは「生命と健康」だと信じています。何が一等大切なのかは個人によって自由でかまいませんが、死んじゃったらPC大事でも使えないから元も子もないかもしれない…。だんなさんや子ども大事でもそばに居られなくなるからねぇ。

私が西さんをとっても好きなのは「今与えられた身体を健康に維持させよう」とする人だからです。どんな言動もどんな考えも「死んだらおしまいよ♪」という楽観とそれに対する軽やかな注意力で支えられています。私は内臓がとってもとっても丈夫だったので、この大切さをつい最近まで心からわかってなかったんじゃないか?と思います。

血と肉を作る食べ物や身体に入れる水分の質や空気について、たくさん学習しています。投資も厭いません。その代わり、洋服や他の贅沢品を削ればいいだけです。だからごはんはなるべく作ります。インスタントも使いますが、成分表を読めるようにしています。西さんも私も死ぬその日まで、願わくば日常変わりなく過ごしてぽっくり、あっという間に逝きたいと思っています。身体に悪いモノを食べていい日を作ってゆるみのある生活をして、ストレスを貯めないようにしています。

たくさんの友人や第三者から見ると「ばっかじゃないの?結局手術したんだからもっと早くやっておけばいいのに」ってところなんですが、いやぁ、だめよ、たくさんの意見聞いて調査しないと。自分で納得して、自分で自分の選択しないと、あとから医者を信じた自分恨むじゃないですか…。痛み止めを止めるのも、医師の命令じゃないです。私の選択です。身体を確実に所有しているのは私ですので、いくら医療ミスだとしても、取り戻せない後悔をするのは私だからです。

眼が悪い私はレーザーで角膜に傷を入れて視力を上げる手術(これはアメリカで15・6年前に始まっています)にも、ものすごいリサーチしました。体験者のその後やら、医者1ダースくらいの意見を聞きまくったり、特集記事を読んだり。でもね、結局手術をしても老眼になるので副作用の判例が減るのを待っていたら、もう元が取れない年齢になってしまいました(爆)。ましてや私の乱視に対してはそれほどの回復度が望めないこともあり、遅延しているあいだに渡米12年になってしまいました…。

歯医者でも極度な局部麻酔には敏感な私は、いつもDr.Gonzales(ゴンザレス先生)を悩ましています。いちいち説明するのを面倒じゃないか?悪いねぇ、と思いつつ、必ず尋ねることは忘れません。刺し歯の色が合わないと、私が文句言う前に、歯科技師のところにすんごいきっぱりした電話を私の目の前で掛けていて、2回もやり直しさせてたのを見て、私はDr.Gonzalesの人間性や倫理観をとっても信用しています。

私の主治医(Family Doctor)は30代後半のDr.Schwartz(シュワルツ先生)なんですが、彼と知り合うまでにも1年くらい掛かりました。健康だったので定期検診でしか逢えなかったのです。今回も余計なX線を撮らないようにしてくれたり、MRIの必要性をくどくどと1時間近く説明してくれたり、ものすごい誠意が感じられました。質問に自分が答えられないとエキスパートの電話番号をくれて、素人でもわかるパンフレットで「読んで勉強してみてね♪」という態度がとっても好きでした。「東洋医学を試してみたい」という私に、時間の危険性を説明してくれた上で、選択権の余地をたくさんくれた態度には信頼に値するものがありました。

鍼の南先生も同じです。統合医学は予防やメインテナンズにより有効で、即効はあまり期待できないとした上で、治療に当たってくれました。でもいろいろ勉強になったし、暖かみや指針を分けてもらいました。

私の身体だよ?どうして私が決められないんだ?と思うような哀しい場面を私はアメリカでは経験したことがありません。私は簡単に医者に権威を与えないし、権力も握らせないです。そういう態度いけません。セカンドオピニオンを紹介してくれる医師は日本に何パーセントくらいいるんでしょうか?学内派閥(大学病院などの)の事情を患者に与えない医師がどのくらいいるでしょうか?住んでないのでいいかげんなこと言っているとお叱りを受けそうですが、風邪をひいても「はい、お薬」ではないはずじゃないか?というのが私の意見です。どういう種類の風邪で、どうして罹ったのか、どうすれば最も有効であるけれど他にどういう方法があるのか、そういうことを時間をかけて説明できるのが医師の役目であり、義務であるはずです。

風邪ならいいのかな…。ガンや心臓バイパス手術だったらどうすんだ?死んじゃってからじゃ恨み言言って後悔しても遅いんだよ…。

私は簡単に医者の言うこと信じません。医者も人の子なので、プロとしての技術が提供できないなら拒否します。それには権威を与えない人間でなければならないし、自分もきっちりできる範囲で学習しなければなりません。たいへんです。でも自分の身体です。ごはんを作るなら家族や他人の身体にも影響あります。それくらいみーんなにわかってほしいよな、と思います。自分や他人の生命や健康に対して責任持てない人、私は基本的に信用しません。悪いけど、私にはこれって大切なモノを見る軸になります。

腎臓が一個なくなってからじゃ遅いし、心臓にペースメーカー入ってからじゃ遅いです。今日、ただいま、この瞬間から、自分の身体をきちんとみんなが把握してほしいと願います←余計なお世話…(汗)。

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ca.2006 --- Hugh Laurie --- Image by © Justin Stephens/Corbis Outline
ca.2006 — Hugh Laurie — Image by © Justin Stephens/Corbis Outline