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ゲンダイに生きる人類って倖せすぎ・・・

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08/09/2007 にアップした文章です。

 

今日は呆れモードなのですが、なぜって、母が朝っぱらから、料理のイロハを教えている花まるマーケットを見て、感心しているからなのです。私は、母に料理を教わったことがなく、これは以前に何度かに小出しに分けて書いたのですが、父が強いていた花嫁修業の一環である躾を、母は「いいのよ、外に出て働きなさい。私よりずっと時給がいいんだから」と気にしなかったことが原因です。確かに、40歳を過ぎた母よりは、私はずっと体力的に充実していたし、よく稼いだと思います。そして、それについて、なんら不満はありません。なんだか、ここに現実を見ているのよね・・・。人の世の現実を・・・。

親が一生懸命に教えようと思っていることや、国や先生や年長者が教えようと思っていることなど、学ぶ側にしてみれば、「教わりたい」という態度は、そもそも希薄なのかもしれず・・・。英語講師を始めてみて、私はある意味、姑息なところがあり、自ら払い、しっかりと動機づけができている人々に教えているわけです。なので、最初のこの大きな関門はクリアできているというわけ・・・。

さらに、学習をするための教材や知識の他、方法論も機材も、100年前と比べれば、格段の差なのです。幕末から明治時代、どうやって英語を勉強していたのか、想像しただけでもすごいだろうと思うの。iPodどころか、フツーのテープレコーダーもなく、ラジオすらなかったわけです。コピーマシンもないから、本をたいへんに運よく見つけて借りることができても、手書きで写すんだよっ!すごいよねぇ・・・。しかも、毛筆だしさ・・・。

なのに、人々は全般的に、この幸運のありがたさを噛み締めつつ、使っておらず・・・。

私は、アメリカに渡ったので、けっこうモノがない、アクセスができない、というつらさはわかっており、サバイバルゲームの中で、「蛍の光」をするほど貧乏でもあり、これについて、今、天国にすでに足を踏み入れているんじゃないか?と、夢見ごこちになることが多いのです。いやぁ、本当にありがたいよ。人類の英知に脱帽しすぎて、帽子がそもそも似合わないのは、これを知っている性質に生まれたから、こういう頭や顔や全体のバランスになっている形に生まれたんじゃないかとすら思う・・・(笑)。

母が花まるマーケットで、料理の「さしすせそ」やその他の基本情報について、質問を交えながらの映像に、真剣に答えています。おいおい、あんたは何十年主婦をやってきたんだよ・・・。17歳で父といっしょに住み始め、もう52年だろう・・・。父の死後、弟の家に住んでいたときには、嫁が台所をやっていたにしろ、知らないことがあるほうが困るだろう・・・。それを私は食ってきたんだぞ、と思っているところなのです。積極的に学ばない人間はここにもいたのか、と、私の彼女を母親としてきた歳月を振り返っています。

ここのところのダウトは、彼女は買い物が容易になったせいで、よく買いすぎることがあり、冷蔵庫の中のものを傷ませることがあるのです。これは69歳という年齢がさせるのか(記憶後退の傾向)、それとも彼女の天然のものなのか?と考えると、後者の確率は高いのです(苦笑)。冷蔵庫に入っているものを傷ませるのって、ある種の才能だと思うわけです。もちろん、私はアメリカ生活で、2人ないし1人で、母が今使っている冷蔵庫よりも、豪勢で高いものを使っていたのですが(我が家の家訓としては、電気製品は壊れるまで買わないというのがあるので、冷蔵庫もあるなら買えないわけなのよ・・・。でないと世の中は粗大ゴミだらけになり、環境破壊に大きく寄与してしまうことになるので)、それにしたってひどいってば・・・。そのくせ、ケチなところがあり、ほうれん草を安いときに多めに買って、茹でておいてから、小分けにして冷凍にしている・・・。それを解凍してすぐに出さないから、それが傷む・・・。実は、先週末も、その痛んだほうれん草を、ラーメンのつけ麺のだしつゆの中に入れて、思いっきり不愉快な思いをしたところなのです。

同じ失敗を何度もする母・・・。私はどうなのか?と自分を振り返るいい材料にはなってくれていますが、彼女の人生を思うと切ない・・・。今日も洋裁に行く日なのですが、花まるマーケットに夢中で、彼女が宣言していた「出発時間」を大幅に遅れて、いまさらシャワーを浴びているところ(笑)。

これは彼女を責めるためのエッセイではなく、人類はいかに学習を怠っているか?というテーマで、彼女は一例なのであしからず・・・。

しかも、ちらっと聴けてしまうTVの内容がすごいオソマツだ・・・。さしすせその調味料をどの順番で入れればいいのか?などという質問をしている。なんで、さしすせそになっているのか考えてみろっ!と言いたい。それをそのまんま、マニュアル通りに受け止めてこなかった私は倖せだなぁと思うのは、そこに科学の論理が働いていることを知っていることに感謝。分子が小さいものを先に入れると素材に浸透しやすく、先に入られてしまうと、後から来た分子は同じ量を使っても、味に違いが出るというもの。それくらい、フツーに中学を出ていれば、わからなければ脳が健全でないシルシなんだよ・・・。着目しろや、と思う・・・。たぶん、TVでもこういう解説をしてくれと思っていたら、「ちゃんと」とはいかないまでも、していた・・・。よかった・・・。

たとえば、母は、(またもほうれん草なんだけれども)、私に浸透圧を日常で使えることを教えてくれたはずの人なのになぁ、とがっかりなのよ。ほうれん草を茹でたあと、水切りをするのに、お醤油をかけてから絞る。それには、浸透圧のメカニズムが働き、塩茹でしたものにさらに濃い塩分で、水を誘うというもの。それを西さんが最初に見たときには、たいへんに感動していたのだけれども、「ああ、だから料理のできる女は賢いって言うんだねぇ」と。そもそも、ほうれん草がべちゃべちゃでも気にしないという、鈍感さがいかんと思うのだけれども、気になったあとに「どうするか?」という解決法を見出せないのは、やっぱりヤバイ。塩分控えめな食事を作ろうとしてがんばるのはいいにしても、使える科学は使ってほしい・・・。

きっと本屋さんに行くと、How To本は、こんなオソマツさが満載なんだろう・・・。そして、賢ぶった人々が、その印税で食っているんだろう、と思うと、なんだか、教育そのものの目的と目標が何なのか、と、相当に暗い気持ちにさせられるのだった・・・。

任天堂DSも悪くないと思うよ。アニメもストーリーが充実すればいいと思うし、塾だってどうしても授業についていけない子たちには助かる場所なんでしょう。でも、教える目的と目標が違うだろう・・・。日常生活で、根本解決を目指すことができ、わからないことがリサーチできて、ひとりで考える力を養えて、わからないことは聴くことができるすがすがしい態度を教えてくれなくちゃ・・・。

そういう基本中の基本がなおざりにされたまま、やれ英語だの、やれリスミックだの、やれ楽器だの、っていう習い事には辟易・・・。

教える仕事はたいへんおもしろく、最初にも書いた通り、私が教える生徒さんたちは、自腹でお金を払っているので、Motivationはすでにかなり高い。よく聞いてくれるし、目からウロコ表情をよく見せてくれるし、授業中よく笑ってくれるし、メモ取りも論理性も、どんどん身につけてくれているように見えるのです。「英語はツールなんだよ。英語と日本語の本質の違いがわかったほうが、英語の学習効率がよくなるよ」というのに、まだ誰も反対はしておらず、やめる生徒さんもおらず、指名制のプライベートレッスンが増えています。

せめて私が、義務教育で習って、日常で生かすはずだったことを盛り込みつつ、英語を教えていけたら、と、今日は思うのだった・・・。CoffeeがColaに聴こえてしまう発音をどうやって直したらいいか?という切実問題をクリアにしてあげたいと思うのだった・・・。

本当に、時間通りに来る電車に恵まれて、たくさんのGadgets(小物の電気機器など)が充実していて、メディアがこれだけ発達していて、学習効率がコレでは情けないんだぜ。私は2Bのシャーペンの芯を得るために、どれだけ苦労したことか・・・←筆圧が高いので、HBだと右手が腱鞘炎になるほどなのだ。2Hなんか使っていたら右手切断くらいに勉強したもんだよ・・・。ただし、義務教育で、ではなく、大人になってからなのだけれども・・・。

ゲンダイに生まれてこれて倖せだったことは、ぜひぜひ噛み締めていただきたいと願います。本当よ・・・。