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12/21/2007 にアップした文章です。

見せてもらっている分には、たいへんコミカルで楽しいのですが、自分がやると思うと、吐き気すら催してしまうほどに、悲劇の多い人生のヒロインやヒーローを前面に出している人には興味津々です。たとえば繰り返す結婚や離婚。もちろん、「結婚するときには別れることなんて予想しないから・・・」と肩を持つ人々は多いのでしょうが、私はやはり冷たい人間なので、「別れの可能性は考慮しないのか・・・」とびっくりすらするわけです。統計学を打ち破る態度は、好感すら持てるのですが、根拠なく「根性で」「愛情で」「なんとかなる」などと言う人々は、私は信用しない(笑)。だからこそ、コミカルな悲劇が増えていくのだろうから、それほど厳しくいろいろくだくだと言うことでもないのかもしれない・・・。

悲劇:(1)不幸や悲惨な出来事を題材とし、人間や人生を悲壮さ・崇高さの面からとらえ、受難とそれへの闘いの過程を厳粛に表現した劇。主人公の破滅で終わるのが普通。運命悲劇・性格悲劇・境遇悲劇などに分けられる。⇔喜劇 (2)悲惨な出来事。
喜劇:(1)諧謔(かいぎやく)・機知・風刺などに富む演劇。幸福な結末をとるものが多い。コメディー。⇔悲劇 (2)人が思わず笑い興じてしまう滑稽な出来事。
諧謔:おどけておかしみのある言葉。気のきいた冗談。ユーモア。
機知:その場その場に応じて活発に働く才知。頓智(とんち)。ウイット。
風刺:他のことにかこつけるなどして、社会や人物のあり方を批判的・嘲笑的に言い表すこと。

私自身のここまでの人生を振り返っても、圧倒的に努力している最中や苦しかったりつらかったりすることが多かったり、あまりに単調すぎて飽き飽きしたりするような出来事が大半を占めています。心の底から笑えたり、頭の回転が速い人が話すおもしろみを満喫したり、社会を悦妙に表現したりすることに遭遇することは、これほど本を読んでいても、1日数度くらいしかないです。だから小林製薬の製品のネーミングで大笑いしたりもするんですが・・・(笑)。

映画では、コメディがとても多いような印象がありますが、珠玉のコメディというのは少ないです。しかも、ドラマよりも意見が大きく分かれてしまうのはなぜなのか?人々の笑うポイントというのは、きっと倖せを感じられる対象物よりもうっと幅があるということなのでしょう。倖せというのは、どうも、「まず理想形があり、その足りないものを埋めていく作業が結実したもの」という感があるのですが、コメディは、「人生をさらに深く掘り下げるエッセンスの数々」という気がしてならぬのですね。いや、ただの個人的な主観なので、これすら賛同を得られるかどうかもわからぬのですが・・・。

私はどんなニュースを見ても、たいてい悲劇には同調します。大きく同調しないとしても、根本的に同調できる。全うなはずの倖せの何かが欠落していることに気づくことくらいは、私でもできるわけです。たとえば薬害訴訟。生まれ持った健康をさらに損なわれたので補償してほしいというものは、誰が考えても当然の悲劇です。それについてグダグダと、どの財源からどのような名目で引き出すという段取りを考えねばならぬというのは、どうもおかしい。微調整であれば、どうにでもなる問題なんだから、国の面目がつぶれることをすでにしたんだから、潰してしまえ、と思うんですが・・・。殺人事件にしてもそうで、不可逆性の生命が絶たれることに関して、悲しみに同調できます。詐欺にしてもそうだし、レイプや交通事故にしてもそうです。

けれども私がオススメするコメディは「えー、おもしろくなーい!」と私はよく他人に言われるんだよなぁ(笑)。たとえば、ここにもリンクしてあるMonkは、校長センセには見ていただいているのですが、特に他からの反応はなく、BSを入れている人が少ないせいもあるのか、英語学校の生徒さんにも食指を動かしていただけない(笑)。恋愛映画などは、薦めると翌週かその翌週には「見ましたぁ」「すんごいよかったぁ」という反応があるんですが、コメディには同じ評価が得られない・・・。私のおもしろみのセンスというのはズレているのだろうか?と、どんどん自信がなくなっている昨今です。

何がドラマチックかというと、私には喜劇のほうがずっとドラマチックだと思えるんですよねぇ・・・。スピード感や眺め渡している領域のでかさや細密さや、深さや浅さの高低のギャップや、フィジカルな体当たりギャグがどうしてもおかしかったりとか・・・。

で、私は日本に戻ってきて1年2ヶ月。どうも日本のお笑い何次ブームなのかわかってもいないのですが、それほどおもしろいことを言ってくれる人たちがいないことに落胆しています。みんながたけしを目指す必要はないにせよ、機知や風刺には深みがない。自分の持つバカさを露出して得られる笑いというのは、まだまだコメディの中では初歩なんだろうと、私なりに解釈しているのです。だからクイズヘキサゴンでバカな回答者に歓んでいるうちは、コメディを受け取る側としても、まだまだ初心者のような気がするわけです。爆笑問題が多少、政治問題を取上げる番組を2つほど持っていますが、その他の番組での彼らは精彩を欠いているのがはっきりわかります。こと、政治を取上げるという区切りがなければ、おもしろいことが言えないというのは、ちと違う気がする・・・。

18年半アメリカに住んだからツボが違うのか?と問われても、そうじゃないだろう、という答えしか言えないのですが、横並びな才能ばかりで、突出した才能を見ていない気がするわけです。ダウンタウンとさんまと紳介が、たけしの次なのかなぁ・・・。このポジションの見方は正しいのか?

映画でとても好きなのが、
http://www.imdb.com/title/tt0120483/ The Man who Knew too Littleというのがあるんですが、Bill Murrayのものは、たいてい当たりです。フィジカルコメディ(身体を張って笑わせてくれる)もあり、社会風刺もあり、悲劇と喜劇の背中合わせをコントラストする場面が多い。スパイもののオリジナルであるThe Man Who Knew too muchをもじったタイトルなのですが、あまりに知らないという前提はすごいと思う・・・。

他にもMonkのTony Shalloubが出ているhttp://www.imdb.com/title/tt0177789/ Galaxy Questは何度見てもおもしろいんですが、風刺がとても効いているので、存在意義があると思えるわけです(Star Trek批判なんですけどもね・・・)。

評価できるのが、いつまで経っても廃れないネタを持っている芸人さんたちで、いつ見てもおかしいっていうのはすごいことなんでしょう。

あ、そういえば、英語を習っていくら英語ができても、コメディはまったくわからないという人が多いのは、おそらく日本式とは違う機知や風刺なんでしょうね。それにやはりしゃべる量が多くなって、受け付けないのかもしれない・・・。私はアメリカのコメディの要素が元々、アメリカに行く前から好きだったように思えます。社会に対する批判や訴えを続けていくことができるってすごいことなわけですよ。しかも、人を笑わせておいて、というのが・・・。

人生をさらに掘り下げていく数々のエッセンスを、あといくつ見られるのか、どれほど楽しく笑えるのか、を楽しみにしつつ、私も笑ってもらえるように英語を教えているのですが、事務の人が覗きに来てくれるくらいには、笑いは取っています(笑)。