ネコと犬、どっちが好き?

Dec 11, 2005 に書いた文章です。

こういうことを聞かれたことはよくありませんか?私自身も、「わざと」聞いたことがありますが、それに対する反応を見たかったからです>なんて、いじわるなやつなんだろう・・・。

私自身は、現在たまたまネコと同居していますが、犬とネコ、どちらかの好きの度合いを明確にすることはできません。ごくごく小さい頃犬を飼っていたらしいのですが、写真の中だけで、私の記憶には留まっていません。無理もないことで、私が2歳までのことだったそうです。そのあと、私はチャボやらひよこ、トカゲやカメ、犬、ネコ、十姉妹などなど、ありとあらゆる動物を拾ってくることになります。おたまじゃくしは大量に卵を盗み孵化させるのをヨロコビにしていましたし、虫でも私には苦手なものはありません>蛾だけがあの幾何学模様がダメなのです。色が鮮やかなチョウは色にごまかされてそれほど幾何学模様が浮き上がってこないのですが・・・。ですが、蛾が嫌いというわけではなく、直視できないというだけで、好きは好きです。ゴキブリは育てたことはないですが、特に嫌がる気分もなく、彼らは彼らで生き延びていくために必要な活動をしてるんだろうな、と思っています。

あ、今日はそんな話ではなく、物事のカテゴリー・分類をどのように捉えるか?という話。

ネコも犬も哺乳類で、確かに比較対照できそうな気がします(漢字に注意;対象ではなく、対照;てらしあわせる、Contrast)。幼稚園の割と初期に、物事をいかに分類するか、で知力を測られたことがあります。バスや電車、パンダやバナナやおサルなどの絵を分けていくやつです。アレで言えば、ネコも犬も同じカテゴリーになるわけで、さらに枝葉にしていくにはどのような考え方を持つか?というのが肝心です。

哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・虫類などに分けてみる方法もあるし、好き嫌いで分ける方法もあるし、飼ったことがあるなしで分ける方法もあります。本当に切り口はいろいろです。何を軸に物事を切り込んでいくか?というのは、その人を見るうえで大切なヒントになります。もっと細かく分類できるときに、どのように分類をしていくか?ここで、人の考え方の構築のユニークさが出ると思うわけです。

私は基本態度として、「犬とネコどっちが好き?」には、「どっちも好き」と答えます。「だからぁ、よりどっちが好き?」と聞かれても、「種ではなくて、わんちゃんもネコも個々の性格とかだなぁ」と答えます。USでも、Dog person, Cat personという表現はありますが、なぜそれが狐と狸、鯨とイルカではないのか、いつも不思議には思っています。万人にわかりやすい表現を借りることで、思考回路を働かせることを怠けている、とも思えます。が、人生は疲れることばかりが多いので、こうしたラクを考えた人々の知恵にも、反面、敬意を表します。が、私はコレを採用しないのです。私がいっしょくたにされたらイヤなように、犬やネコだってきっといっしょくたにされたらあまりうれしくはないと思うのです。

犬も人間も共通点があることについては、共通点を出した上で自分の意見を言うことはあります。小型犬と中型犬と大型犬の違いは、ヒトの背やガタイのサイズによる世間の風当たりや生物学的防衛などに、おもしろくも共通しています。ちなみに私は、ヒトは小さいヒトのほうがおつきあいはしやすいな、と思っています。が、パワーゲームではないので、自分の傘下に与してもらいやすいという意味ではなく、傲慢な自信を持っていないということにあります。私は高校生から背が高くなりましたが、そのあと、そのせいでみょうちくりんな自信があったのは言うまでもありません。中型バイクを簡単に操作したり、力仕事ができたり、人を見下ろすことができるチャンスが増えたことで、私は意味もなく傲慢になり、中身がついていかない時期を過ごしました。その横で、自分の好みである背の低めの男の人に振り向いてもらえなかった、というジレンマもあります。私のパートナーは私より4cmほど背が低いですが、彼はとても謙虚ですし、物事を立ち止まって考える余地を常に持っています。自分の意見を押し通さず、パワーだけで突き進むことが微塵もありません。それは彼の言によると、背の低かったコンプレックスからも来ているとのこと。彼のように「運動不可欠人間」にとって、背が低いことは、あらゆる運動でチャレンジでした。マラソンにしてもストライドが狭かったり、ロッククライミングにしてもリーチが狭く届かないことがあったり、ボートを漕ぐにも弧を描く力学的にも不利だったわけです。そんな日々の努力が、今の彼を創り上げてきたのだと思うと、やはり背の低い人のほうに、私はついつい「人間関係の構築のためのラクさ」を求めてしまうわけです。

が、わんちゃんはどうか?というと、実は我が家に来ていただくならば大型犬のほうがいいな、と思っています。ネコと長年暮らしてきましたから、サイズがネコと同じではバラエティもないですし、大きなわんちゃんのほうが統計学的におっとりしていて静かなようです>当然個人差のほうが大きいですが。ネコたちとうまくやってもらうには、小型犬よりは大型犬のほうが、お互いの共存にいい条件が揃っていますので、来ていただけるものならば、大型犬になることでしょう。わんちゃんはヒトといっしょに暮らすのが中心で、群れで行動することがあまりなく、力関係で言えば、たまにすれ違う犬や環境の中でのサイズの問題で、脅威が少ないがゆえに、おっとり静かでいられるわけですね。

が、ここで頭が暇であることを嫌う私が考えてしまうのは、小型犬で生まれたはずのチワワの中で、とてもでっかく生まれ育ったわんちゃんの気質はどうなのだろう?とか、ロットワイラーという大型犬に生まれたはずなのに、とても小さく生まれ育ったわんちゃんの気質はどうなのだろう?ということです。同じ犬種(Breed)であっても、その差はベルカーブになっているに違いなく、とても大きいわんちゃんと小さいわんちゃんが実在します。その性格や、人付き合いや、犬づきあいはどうなのだろう?と、さらに細かいことを思うのです。

なぜって、ネコでもやっぱり違うんですよ・・・。うちのネコたちは6匹ぜーんぶ雑種なので、猫種による傾向のようなものはバラバラすぎてありません。メスかオスか、身体の大きさ、色・毛並みくらいですね。あとは、鳴き声や歩き方、私たちには見えないフェロモンの出せ方、などなど。さすがに6匹も集まっているとヒエラルキーがあり、学習伝達もあり(すでにできるネコを模倣して学習したり、わりと半強制的に何かを学習させようとできるネコができないネコに指示してる風には見える・・・)、ごはんやトイレの順番もきちんとあり、私のそばで寝ていい暗黙のうちの了解もあるわけです。やはり、その中でもサイズは大きな要素です。うちのアルファMale(すべてのオスの中のボス)のうどちゃんは、15歳で最も身体が大きく、毛並みもよく、声もでかいのです。食べる量もハンパじゃないし、当然イチバン最初に食べます。私の最もそばの席をいつでも陣取ります。私が決めたわけじゃないんですが、ネコ同士でそうしているところが、とてもおもしろい・・・。彼がボスなのは、最も年上だから、というだけではないことは、兄妹が二組いるのでよくわかります。同い年で同じ親から生まれてきても、やはりヒエラルキーの位置には差ができるわけです。

こんなことをつらつら考えていると、やはりまだ私は、「犬とネコどっちが好き?」には、「どっちも好きだ」としか答えられないわけです。それはまるで、ヒトという種のなかの、「アジア人種と黒人種と白人種どれが好き?」と聞かれているのと似ているようで。さらに、「アジア人の中でどこの国の人が好き?韓国?中国?日本?インドネシア?インド?ベトナム?・・・・」と聞かれているのと似ているようで。

そもそも、そう聞いてくる人たちには、「じゃ、なぜ犬(あるいはネコ)を好きになったの?」と理由を聞いてみます。私の経験則では、8割が「もう片方とのふれあいが極端に少ないから」というのがほとんどです。食べ物で言えば『ただの食わず嫌いだろう』って話です。最初に飼ったのがたまたま犬かネコどちらかで、そのままそれしか体験していない場合、やはり自分が偏っていることに気づけないか、気づきたくないわけです。私のパートナーは、小さい頃から動物は食べるための鶏しか飼っていなかったので、ネコが家の地下室で子どもを産んだときには、まっさらな状態で両手を広げてWelcomeでした。犬に関しては、台湾でわんちゃんを飼っている大家さんのビルの2階を借りていて、楽しそうに頭をなでたり、北京語で話しかけたりしています>私は、わんちゃんは何語でも理解すると信じていますが・・・。会社のパートナーは、小さい頃、ずっとわんちゃんを飼っており、「犬はいいですよぉ」と今でも言います。が、彼はうちのネコたちをうんとかわいがってくれ、人間ごはんをネコに分けてあげる担当者はもっぱら彼でした>私はラクをしていたのです。社員のSちゃんはずっと犬を飼っていますが、ネコもカナダで飼ったことがあり、うちのネコたちにもよくしてくれます。

日本に戻ったときに、弟の家に来たJack Russell Terrierとはとてもなかよく楽しく遊んで、小型犬でもいいじゃん、とは思ったのです。小型犬かどうかではなく、やはり彼の性格なのだろう、と。おもしろいことに、わんちゃんは家の中での自分の位置をささっと決めるところがあり、弟-嫁-自分(犬)-姪っ子たち(順番はまだ査定中)だったようです。私の母と私はどこに入れてもらえるのだろう?と見ていたところ、私は弟の次くらいに入れてもらえていました。母のほうは、嫁の次くらい。まだ3ヶ月だったので、歯が痒いらしく、本当にあらゆるものを噛みまくっていたのですが、私は一度だけ手と腕を噛ませてあげたら、もう二度と噛まなくなりました。弟も同じだったようです。が、姪っ子たちは、パンツもスカートもブラウスも靴下もまだまだ散々噛まれています・・・(汗)。そろそろ直したほうがいいんだけど、甘やかしすぎてるからなぁ。

書きながら、「私と仕事どっちが大事なの?」などと聞く女も昔いたなぁ、とか、「パパとママどっちが好き?」と聞くバカ親もいたなぁ、と思い出していました。どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てなければならないことと同義に捉える繊細な心の持ち主もいるわけです。犬やネコを飼っていない人にとっては、「犬!」と言ってもあとで後ろめたくなる瞬間は来ないかもしれません。が、道端で出会ったネコがあまりにかわいく、「どっちなんて大した意味もない質問に答えなければよかった・・・」と思うことがあるかもしれません。「仕事」と答えた男の人は、もう彼女とうまくやっていけないでしょうね(爆)。そんな愚にも付かない質問をする女の人とは別れていいと思います。が、パパとママどっちが好き、という命題を、いたいけな子どもにするのだけは、ぜひぜひやめていただきたい。どっちも好きでいいものは、この世にたくさんたくさんあり、嫌いだと言い切る必要があるものは、自分や家族や愛する人の生命や健康にかかわることだけです。そんな中、会話している人を知りたいと思うあまり、「どっちが好き」質問を投げかけるよりは、「どうして?」を中心にする質問を考えてみましょ。

そもそも、人の心や考え方は変わるものです。「どっちが好き?」でその時に得られた答えにいつまでもすがりつけないことは、よーく理解しておきたいものです。

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