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ロマンチックなことが言えないあなたへ

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06/25/2007 にアップした文章です。

 

私もそうそう甘ったるいことや気障(キザ)なことが言えない性質なんですが、不思議なことに、英語なら言えるんだよなぁ(爆)。文化的違いでどうにかごまかしているという風情がなきにしもあらずなのですが、日常的にかなり甘-いことやキザなことが言えるようになっている自分に気づくのは、英語のとき。日本語では、歌詞であれば歌える程度?やはり私はベースが日本人なのよね・・・。

今日は、教材の歌を探していたのです。フリーダウンロードのサイトを探していたのですが、みんなmp3用になっており、私の生徒さんたちは5・60代の方もいるので、PCを自在に使えるわけでもなく、iPodを持っているわけでもなく、どうしようかと・・・。最初は、映画Love Affairの挿入歌であるI will を探していたのですが、ない・・・。そこで、日本には渡ってきていないかもしれないのだけれども、カントリーソングなんだけれどもとてもいい歌詞なI Swearを探したのです。

ちなみにこれがクリップと歌詞>私はカントリーミュージックを敬遠していたところがあったのですが、8年目くらいにそのふてぶてしい先入観は棄てましたね。日本の演歌と同じスタンスで、いい歌はいいということにしています。
I swear by John Michael Montgomery
I swear by All 4 in one

この歌は、大御所になってしまったKenny Rogersなども歌っているし、カントリーシンガーだけではなく、アカペラなどでもあるのですが、邦題ではどうなっているのかもわからず、ここが私の弱みである・・・。もしかすると渡っていないのかもしれない・・・。

すごい歌詞ですよ・・・。「間違うことはあるけれど、決して君のハートは壊さない。空に架かる月と星に誓って死ぬまで君のそばにいるよ。倖せなときも不幸なときも、死がふたりを分かつまで、この心臓のひとつひとつの鼓動で、君を愛すことを誓うよ」などとささやける男・・・。うーん、日本人の男でこれをさらっと言える人はいないだろう・・・。が、しかし、アメリカ人はけっこう言える人が多いんだよなぁ。私も何度か口説かれていますが、最初のうちは、ころっと行きそうだったところを、やっぱり警戒心で抑えていた感があります。言動一致できる人だってもちろんいるんですが、やはり恋という感情は一時的な狂騒です。「生涯愛するよ」などと言うのは、男の沽券に関わるので、日本男児はなかなか言えないのでしょうね・・・。やっぱりそれは一時の迷いであることのほうが、ずっとずっと確率的には大きいわけで・・・。

日本人でもけっこう甘ったるいことを書いていた作家に、片岡義男がいるのですが、私はバイク乗りでもあったために、彼の作品にはどっぷり浸かったクチです。そのせいで慣れており、免疫もあるんだろうなぁ。言葉だけなのか、言動一致しているのか、観察する能力は持つに至ったらしいのです←倖せなことだ。それに、20代最初に、けっこうダンスなどもしたので(ディスコ・今で言うところのクラブではないですよ)、密着したキチガイなドキドキの瞬間なども、現(うつつ)と夢の境目であることが身に染みてわかってしまっているようなところがあり、相手との一体感は瞬時であればありえるけれども、生涯を賭けるほどのすごい地響きは、めったにあるもんじゃないってことは、哀しいけれどわかっていたのでしょう。

私は、ネコが来てから、改めてよく自分を笑っているのですが、それは母がいちいち「ん?」「何?」と反応するのでわかることでもあるのですが、ネコたちには、英語で思いっきり甘ったるいことを言っている・・・。名前のほかに、Honey, sweetie, hone, baby, cutie, preciousは連発しているし、とにかく触る触る(笑)。暑いんだから触らなければいいんだけれども、触るのよね・・・。ぴったり肌にくっついて寝ようとして競争するネコたちを、口では、Quit it already!とか言いつつ、顔はトロトロに溶けているんですが・・・(笑)。

そこで、私はロマンチックなことが言われたいのかどうか?男の人の口から聞きたいのかどうか?と、私個人のことを考えてみたのですが、実際、別に聞きたくはないらしいのですな・・・(爆)。やはり、小説や歌だけでいいようです。毎日がドラマじゃ、ちょっと疲れてしまうというか、私の人生の中心は恋や性であってはちょっとつまらないというか・・・。ほれ、私は男気のある女なので、一時的な目くるめく狂騒は楽しめないこともないのだろうけれども、それよりも、ちとつまらないことに、言動一致した確信に溢れた信念や心意気や知性のほうによりエクスタシーを感じるようなのだよねぇ・・・。

いわゆるストライクゾーンが、ちょっとやっぱり違うのだね・・・。昔からちとそれは感じていたのだけれども、笑いのツボと同様、ロマンのツボってぇのも、やっぱりズレているのかもしれない。

たとえばユーミンの歌のなかでイチバン好きなのが、『埠頭を渡る風』なのだけれども、いいと認めてくれる人は多いとは思うのだけれども、イチバンだとはなかなか言いづらいんじゃないだろか?私には、放置してくれる人がどうしてもロマンなのだ(笑)。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/futoowo_wataru_kaze.htm このサイト、聴けます♪でも、自分で歌わないとカラオケです(笑)。

人と人というのはかなり距離があり、そのプライベートなところを必死ではなく、無理やりではなく、偶然に埋めていくようなドライな関係が好きなんだろう・・・。どうしようもないことに、悪あがきしたくないっていうのが、とても私の冷たいところなのかもしれない。車という密室の中でふたりっきりなのに、途轍もなく遠くにいるような、そんな10代を過ごしすぎたのか、私はこの歌がイチバン好きですな。

ということで、私はロマンチックなことを言える人が好きでもないことが判明したのですが、言えたらそりゃいいだろね。世の中の女の人はいつもロマンを求めているに違いない。私は好きでもないのだけれども、ロマンチックなことがどんなことなのかはよくわかる気がしています。うーん、小娘の頃は、きっといくばくかは好きだったのかもしれない。たくさんのロマンチックなことが言えない男の人に鍛えられて、諦めてしまったとしたならば、それはちと哀しいことなのだけれども、私の場合はそうではなく、自分が恋や性には到底生きられないことを、おのずから悟ったからなのでしょう。

でも、これぞ!というときに、やっぱり男性諸氏は、ロマンチックなことが言えたほうがいいよね・・・。どう?マニュアルではなくて、決め台詞ではなくて、ロマンチックなことが言えますか?私は、黄色いバラの花を20本もらったことがあるのですが、そのときに聴いた台詞はここでは公開しません(笑)。海辺で愛を叫ばれたこともあるのですが、それもここでは公開しません(笑)。あー、やっぱりうれしかったことはうれしかったよなぁ・・・。いろいろ思い出してにやけているくらいだから、うれしかったのだろうとは思うのだけれども、常に求めているわけでもなく、今の私に足りないものでもなく、「非常にうれしいオマケ」なんだろうなぁ。

けれども!やっぱり女の人はロマンチックなささやきを求めていると思うのです。気の利いたことが仕事では言えても、家庭や恋人に言えないのはなぜなのか?これは考えてみる価値ありかもしれない・・・。私は、ネコにしか言えないのはなぜなのか?考えてみる価値ありかもしれないです(笑)。