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仕掛け人梅安

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03/05/2007にアップした文章です。

 

池波正太郎グセがついてしまい、しかも、全集を借りると、1冊で6巻分が読めることが判明し、どうも続けてしまっています。これは電車で持ち運ぶのがたいへんな場合には、単行本→文庫本と、3サイズ持っているといううれしさ、訳のわからない自由の広がりにも根ざしているのかもしれません←本当に謎でしょ。でもねぇ、任天堂DSのような機械で本が読めるようになっても、私はやらないと思うのよ。あれはたいへんに味気なく、とくに時代物などには、無理やり読ませる漢字や筆者の癖のようなものが伝わる文字並びや句読点など、生かされていると思うので、機器対応でそれが大いに端折られる予測があるわけです。

そして、私が『鬼平犯科帳』のあとに選んだのは、『仕掛け人梅安』。これは、私の仕事人シリーズの元になったもの、と、『鬼平犯科帳』の3つ目(13-18巻)を読んでいる最中から楽しみにしていたのです。ところが!私と同じような考え方をする人は、同じ市内で、同じ図書館に通う人にはひとりくらいはいるものなのね・・・、同時期に・・・。その16巻(講談社版)は借りられていたのです。予約しちゃいましたよ(爆)。

「ねぇ、それ辞書みたいだけれども何?」と尋ねられ、「あー、これね、続き物の場合は便利なんですよ。全集なんです」と答えており、「途中が抜けないじゃないですか」と。「どれくらいで読むの?」と聞かれ、「2日ですね」と。冷静に気づくと、私のペースは、1日3冊なのか・・・。例外でもなく、『仕掛け人梅安』も2日で読み終えました。どうやらこれは、7巻で7巻目がかなり短いらしい。

ドキドキでしたが、コレを読もうと思った動機には、1.仕事人シリーズ復活 2.全集便利 のほかに、つい最近、2時間ドラマでやっていたこともあるのです。いつだったか、検索・・・。ほらほれ、コレコレ。あー、11月だった。http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2006/06-344.html コレのせいで、私の頭の中では、梅安はどうも岸谷五朗で、彦次郎は小日向文世になっているわけです。読んでいてちょっとちぐはぐなのが、梅安が、巨体なこと。オリジナルは巨体なのです。でもねぇ、彦次郎はもー、ぴったりなの・・・。この岸谷五朗氏のインタビューにも書いてある通りです。このキャストは、他は苦心はしたのだろうけれども、オリジナルとはかなりかけ離れています。私的なセンスなので、どこまで参考になるかはわかりませんが、梅安の情女になる女中役をやるおもんは、高岡早紀じゃないし、音羽の半右衛門は小柄なはずで藤田まことではないのです。

ま、それはいいか・・・。

最大の落胆は、「絶筆」になっていることです。池波正太郎氏が他界したために、もう『仕掛け人梅安』の先はないわけです。遺族が頼んで続編ができた『風と共に去りぬ』があるように、あんなものは誰かに頼んでもダメです。泥を塗る結果になりかねません。なので、ひとりで、「どうしてよぉ、どうしてなのよぉ」と絶叫していたのでした(笑)。最後の40ページは家で読んでいたのでよかったです。もしも外であったら、私は狂人扱いされていたことでしょう・・・。

しかも、プロットがさらに濃くなった3段階目くらいで、『鬼平犯科帳』と比べてみると、やはりあと10巻は続いただろうと思えるわけです。どれもすべて謎で終わる・・・。

1. 梅安とその仲間たちの安否
2. 江戸と京・大阪の元締めの確執
3. 女性たちのその後 (梅安の情女もそうなのだけれども、仕掛け側にいる女性がぽつぽついる・・・)
4. 他仕掛け人たちのその後 (確執による仕掛け人による仕掛け人を討ち取る仕掛けの行方も)
5. 梅安たちの日常の職業の行方>ほら、鍼師だったり、ふさ楊枝つくりだったり、道場主を継げるほどの腕前だったりと、すごいのよ。

校長センセがおっしゃっていた、池波正太郎のグルメぶりというのも、『鬼平犯科帳』よりもずっと進化版でした。それも、彦次郎という40を少し過ぎた仕掛け人の興味が、豆腐に始まり、おいしいものを食べることが人の幸せと考えるような性格が浮き出されていることによります。梅安も同じで、もうひとりの仲間の小杉十五郎も同じなわけで・・・。大トロを炙ったものは、この時代は捨てていた、という事実ひとつ取っても、戻ってみたい気持ちになるし(だからって捨てられた大トロを拾い集めても、商売にはならなかったかもしれないけどさぁ)、アサリや蜆についても、もっと見直して食生活に取り入れ戻さねばならぬ気がしてしまうわけです。お菓子についてもたくさんの記述がありますが、私は甘いものが食べられないのが残念。査定のしようがない(笑)。『仕掛け人梅安』のほうが、『鬼平犯科帳』よりもあとに書かれたものだということは、池波正太郎氏自身が、昔よかった味について、晩年に近くなってからさらに郷愁を覚えたということなのでしょう。私も、いい歳になってきたので、ステーキ!バター!などと言っていられなくなる日を考えてしまいました(笑)。でも、今はまだまだ平気よ♪(笑)

『鬼平犯科帳』とかぶるキャラクター設定もかなりあり、相当に楽しめるプロットが次々に出てきて、今回のものは、『鬼平犯科帳』よりも長編扱いのプロットが多く、山本周五郎と交互に読むとたいへんに味気がある。ただし、7巻なので、ひとりの人物の成長がまだあれほど見られないのが残念。続きモノの楽しみというのは、どんな事件があってどんなふうに人物が成長するのか?というのも、私には大きなものです。主人公だけではなく、準主人公だけではなく、むしろ悪役や脇役の成長までに手が届くものが、逸品だと思えているのです。

最後の最後のほうで、梅安は、仕掛け人が住むに適した、攻撃が突然来ても逃げおおせる安全な家を、自分と友人らで設計し、建て、住む前に絶筆になっているのです。孤独で秘密の多い仕掛け人が3人寄り集まっていっしょに暮らす生活というのを、どうしても読み進めていきたかったのですが、こんなところでクダクダ言っていても、亡くなった池波正太郎が戻ってくるわけでもありません・・・。

そこで私は、気を取り直し、新築のマンションのモデルルームを見に行ってこようかと思っています←どうしてなのよ(爆)。

私は、ひそやかにであっても、正義と悪について考えつつ暮らしていく人々は、相当に好きです。日々に埋没するだけではなく、人々にとって、自分にとって、正義とは何か?悪とは何か?という問いと共存し、実践し生きていく人々のうちのひとりでありたいと思っています。それには、語るだけでは充分ではなく、とにかく動かなければなりません。ゆえに、『身体が資本』『生き延びてこそ』という基本中の基本に行き着くわけです。

最近、生活を時間刻みにしているので、せめてもの贅沢♪とコーヒーだけは上質を求めることにしました。でないと眠いのよ(笑)。7時間寝なければ生きていけない私は(脳が動かないので、目が開いていてもほぼ使い物にはなっておらず・・・)、やはり、仕掛け人や仕事人にはなれない、と、結論を出したのであった・・・。