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何言ってんだか、予測できたじゃん・・・

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大の大人が何をいまさら・・・という記事が多いのだけれども、子どもに関することなので、これを例に取って話を進めていこうと思っています。「きれいごと」は言うだけならば誰にでもきっとできる。まぁ、嘘が言えなかったり、厳しい条件をいろいろ自分に課している人々は別なのだろうけれども・・・。大人として、社会の一員として、仕事が販売にしろ、政治家にしろ、製造にしろ、なんでもいいよ・・・。自分の作っているものや売っているもの、その売り方や使われ方など、本当に真剣に考えてよぉ・・・・。お願いだよぉぉぉ・・・・。

 

ニュースの元文はコレ。何度も言うようですが、私は特に毎日が好きなわけではなく、Mixiで拾うと毎日が奇しくも多いのだ。きっとMixiのニュース選者と私の相性がいいのか、統計学的に数が多いのか・・・。今度注意して見ておくことにしないとなぁ(爆)。子どもとコンピューターの使い方を、アンケート等を使って書いてある記事。

http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/it/news/20070527k0000m040127000c.html 

 

そもそも、依存しやすいものくらい、大人だったらわかるだろーよ・・・というのが、私の意見です。むろん、消費者の立場で、普段はわかっていても、ついつい心や身体が弱っているときには落とし穴に嵌まることはあり、それを責めているわけではないんですよ。弱いときなどは誰にでもある。生まれてからずっと弱いのであれば、それはプロに相談するだとか、学習のための方法論はあり。脳内ケミカル等の問題であれば、医者に行くこともできる。

 

日本で依存症という言葉が登場したのは、すでに30年ほど前のこと。著書などがさかんに書かれるようになったのは、『ピーターパン症候群』という言葉が流行った頃で、リハビリのためのセンターを先駆けて経営した人々は、かなりの金持ちになっているはず(もちろん、やり方によっては人々のためになるので、責めているわけじゃないですからねっ!)。

 

依存症の解説:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87 

 

アルコールやドラッグのように、直接的に身体に働きかけるものではなく、脳内ケミカルや体温やホルモン等に働きかけるものであっても、当然、依存症は起きます。自覚症状がないのが、私の母の買い物依存症や、整理整頓依存症(爆)。買い物はお金がなければ、しょうがなく、消耗品で我慢しているようですが、100円ショップを4軒はしごなんて大好きですもん。整理整頓に至っては、西さんが「あれ、また模様替えしたね」と、キッチンダイニングエリアを使えない始末(爆)。まめまめしいのはステキなことですが、何がどこにあるか、まったくわからなくなってしまうのだ。そうして、彼女は無理やり「共依存」の状態を作るのだけれども、私はその手には乗らないよん(爆)。

 

私がインターネットを使い始めたのは、父が逝去するちょい前からでしたから、1992年くらいなのかな。もう15年経っているということなのか・・・。AOLが日本に上陸したのが、1996年のことなので、やっぱりもうちょいあとの、1994年くらいかもしれない。だから、13年くらい?私も、依存症の自覚症状があり、2年くらいは無駄にPCをつけていました。私は躁うつ病のせいで、何個かの作業を同時にやらないと気がすまないので、今も大相撲の千秋楽を見つつ、エッセイを書きつつ、母や西さんと話しつつ、本をぺらぺらめくりつつ、と集中力がなさそげな状態を続けているのですが、それでもこのエッセイは、だいたい40分ほどで書きあがることになっています。

 

当時、私はアメリカから繋いでいたのでよかったのですが、日本では課金制度というもので、電話代のほかに、AOLそのものに繋ぎチャット等をするのにお金がかかる・・・。1分いくらというシビアなものだったのだ。兵(つわもの)は、1ヶ月13万などととチャットで威張る始末で、本当にびっくり!したものです。ちなみにアメリカでは、当時の月間AOLの請求額が、$29.99で、電話代は、アクセスポイントが家から半径50kmくらいの中にあれば、毎月の電話代のローカルに繋ぎっぱなしで事が足りました。それが、自動につけられているもので、当時、毎月$17.99というもの。ただし、ずっと繋ぎっぱなしにしているとたいへんなことになることもあったかもしれないね・・・。

 

ネットのせいで成立した離婚もありましたね。私は少なくとも数個見ています。ということは、私がイチバン最初に、低年齢層のポルノや、ネット依存による匿名性に隠れたモラル低下等の指摘をしたのは、遡ること13年前くらいだよ・・・。

 

ところが、世の中のビジネスマンって行動が遅いんだなぁ・・・。この記事。2003年の12月のものですが、まだデータが取れていないということ。賢いプロジェクト立ち上げをしていれば、2003年の時点で、10年分は取れていたに違いない・・・。うひー、もったいなーい!しかも今じゃ安価になっているので、さらにデータは倍増だし、利用者も増えているのだから、どんどん取れるだろうに・・・。しかも、この記事自体が古すぎて、リンクのほとんどが削除されている状態だし(爆)。おいおい、って感じだわ・・・。

http://japan.internet.com/column/busnews/20031202/7.html 

 

ネットだけではなく、この記事にあるように、携帯もそうだしさ・・・。そもそも、偉大なるソニーのウォークマンだって、今はiPodに取って変わられたけれども、難聴等の微妙な能力の低下を誰も調べていないのか?と、コレも疑問・・・。それだったらもう30年くらいの資料があるのではないのか?

 

子どものうちから、「いくつものPersona(仮面)」を持てるチャンスがあることは、たいへんにヤバイ。性格心理学では、基礎ができてから、枝葉のようなバラエティが生まれることが健全な成長と見ています。もちろん、昔は、今のようにヴァーチャルな関係というものが持てなかったので、動かずとも人とコミュニケーションが取れるものは、電話と相場が決まっていた・・・。ところが、その電話は固定ではなく、自分が動くところに自由に持ち運べて、いくつであっても持てることになっている・・・。開発者はただただ便宜だけを追求したのだろうし、自己の達成感を満足させたに違いないのだけれども、この余波についてはなんと考えていたのだろうか?アインシュタインほどの犠牲が本当にないのだから、と言えてしまうのだろうかね?そこのへん、私個人はダウトです。

 

いくつもの顔を持ててしまうということは、すべての仮面が希薄してくることになります。なぜならば、ヴァーチャルコミュニケーションが可能だとはいえ、所詮、発信地である個体はナマミだから。いくつかトライしたあとに、その強調してみたい、自分に最もフィットしたもの、がどんどんと強くなり成長するスピードは途轍もなく速い。なぜならば、相手を選ばなくていいからです。匿名性というのもここに害がある。責任が希薄になるのは困ったものです。大人ですら選べない、コントロールできない依存を、子どもに平気で与えているのは、ちょっとびっくりしてしまいます。私は親になったことがないので、無責任に責めているように思われるのですが、確かに実践的な苦労は知りません。けれども、依存症の苦しさは知っており、あの苦しみすら、子どもにあげちゃうのか・・・と、哀しい気持ちですね。

 

親子で利用ルール確立を!と、ここでは生ぬるい対策を提供していますが、そんなんじゃ無理でしょう。社会格差が広がり、共働きの親は増えており、さらに、ダメだと言われればやりたいのが情ってもんだ・・・。もっと積極的にポジティブな働きかけをしないと、まったく効果はないですな。うん・・・。コレについては、私は心理学講座で考えてみよう・・・。9月からの開講コースをいろいろ考えないといかんのだ。よっしゃ♪

 

予測できたこんな当たり前のことに、いまさらながら「社会全体モルモット状態」だった大人たちも含め、何を提言できるんだか・・・、というのが、私の今日のまとめです。あなたは何ができますか?