刑務所の中の中学校

02/05/2008 にアップした文章です。

スケジュールを緩やかにするのも捨てたもんじゃないなぁと思ったのは、今朝のテレビ朝日の番組。日本で唯一の、刑務所の中にある中学校が紹介されていました。日本の刑務所は、どうも「更正」にあまり力を入れていないように見えるのです。建前として「やっとかなきゃマズイだろ・・・」程度のものでしかなく、給料も悪いので、たいへんな仕事を引き受ける人々も少ない。というのが、私の印象でした。私ができることが限られており、もしも「やる?」と言われたらどうするか?私はやりますねぇ・・・。ただし、教員免許もなければ、福祉士免許もないので、なかなかお声が掛からないでしょうが・・・。

今朝の番組は、この学校を紹介していました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%80%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1

60代の男性が3人いたり、ブラジル日系人がいたり、さまざまでしたが、中学を卒業できなかった事情を考えると、「教育機会の平等」というのは、やはり実現しにくいことなのだろうと実感できます。東京の中学校での夜の塾化についても書きましたが、私個人は、あれはやはり機会平等とは呼べないです。むしろ、公的に競争を劣化させている方向の一因としか思えないです。それよりも、本当に力を伸ばすという意味を考えたほうがいい。公式をたくさん解けるようになったり、受験問題をこなせるようになったりするのが、頭のよさではないし、倫理的に物事を自分で考えられるCritical thinkingが要求されているのですから。

彼らが中学校に行っていれば、別の人生はあっただろうという可能性が否定できないこと。読み書きすらできないで、炭焼きの手伝いをしていたという69歳の男性は、その後、この中学に入るまで、ほぼ文盲のままでいたそうです。親に「学校に行きたい」と言っても、「働かなければメシはやらない」と言われて、学校には行かなかった。私の母とほぼ似たような歳なのですが、私の母も戦中戦後にまぎれて、かなりいい加減な義務教育しか受けていませんが、父も生きていれば72歳ですが、似たようなものでした。が、父の場合は、読み書きはできたからこそ、運転免許が取れて、ハイヤーの運転手にもなれ、やる気があったがゆえに、ワープロで書類を作るような努力もしたのだろうと思います。

私には、文盲である世の中がいかなるものなのか、想像しかつきません。中国語ではわかる漢字で想像ができてしまいますし、ハングルもペルシャ語もいくつかの文字は認識できるので、想像をたくましくすると、たいてい状況がつかめてしまいます。英語とスペイン語が少しできるおかげで、ラテン語系の文字は書いてあれば意味がだいたいわかります。確かに、4歳くらいまでは文盲だったのですが、その頃の記憶がすべて無くなってしまうほどに、私は文字に頼って生きています。私の世界に文字がなかったら?と考えると途轍もなく切なくなってしまいます。

イヤイヤながらに通っていた態度というものに関しても、今朝は少し反省しました。学校に通えたことのすばらしさ。もちろん、イヤなことは山ほどあったのですが、その中で学んだことは多かったわけです。読み書きもできるようになったし、辞書や調べ物もできるようになったし、計算もできるようになった、というのは、信じられないほどにすばらしいことだと。あの頃に身につけたことは、きちんと今生きていることの下地・基礎になっており、義務教育がなければ、私も犯罪者になっていたかもしれず、そうでなければ親兄弟のお荷物になっていたかもしれず、よかったなぁとしみじみ思うのです。

ヒトの中に眠っているパワーというのは、誰も真剣に測定できないので、ある側面ごとにしか行われていませんが、技能を身につけてそれを何度も繰り返し使うことにより、自分のものにしていく、というのはすごいことだなぁと改めて考えています。私もできないことがたくさんあるとは思うのですが、今まで生きてきた中では、劣等感が大きく私のヒトとしての形成を妨げるほどのことはありませんでした。縄跳びも鉄棒もできたし、跳び箱も器械体操もできたし、算数も国語も人並みにはできましたから。強いて言えば、カタカナは読めなかったですねぇ(笑)。だから世界史を高校で取るのをやめにしたくらいですから・・・。でも、その分の歴史はアメリカに渡ってから、大学に行き直して、英語で学びましたので、むしろよかったのかもしれません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%8B%99%E6%95%99%E8%82%B2

>義務教育とは。

その刑務所の中にある中学校には、年齢に関係なく、全国からやる気のある人が応募します。義務教育を終了していない人というのは、私たちが考えているよりも、今も昔も多いようです。なんらかの事情が発生したり、親の引越しや失踪や不登校やその他で、義務教育を終えていない率というのは、きっと考えているよりは多いのではないでしょうか?うーん、ここには100%と記してあるのですが、別のサイトでは99.8%になっている・・・。しかも、「不明」がかなり増えているので、追跡調査は充分ではないのではないのか?と思える・・・。不登校などは、「就学している」と処理されていても不思議ではないし、どうも実体は曖昧であると思う私は天邪鬼なの?(笑)いや、現実を見ているんだと思うんだけどなぁ・・・。

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad196201/hpad196201_2_017.html

もしも、国民が義務教育を終えていないとなると、国際的にも立場がないから、就学率だけでお茶を濁しているのではないか?と考えてしまうわけです。その証拠に、刑務所では更正プログラムに参加したということがない、というアンケートに答えた人がものすごく多かった・・・というのも、以前エッセイに書きました。そんなプログラムがないというシステム作りをしているトップにある法務省がおかしい。それでも刑期が過ぎれば社会に復帰するわけです。新しい試みとして、委託会社による更正プログラムとその施設があるらしいですが、機能しているんでしょうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%88%91%E5%8B%99%E6%89%80

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E7%A5%A2%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%BE%A9%E5%B8%B0%E4%BF%83%E9%80%B2%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC>詳しいサイト

日本にたった1個しか、義務教育を授ける刑務所内の学校はないんだな、と思うと、少しさみしくもありました。アメリカでは、どこの刑務所でも、中学・高校・大学は、規定さえクリアしていれば、誰でも受けることができます。外に出るときには学位を持っているという元受刑者も少なくありません。時代のニーズに沿った職業訓練がしっかり行われているのかどうかも、ちょっとチェックしてみると・・・、あった!http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071230/trl0712300152000-n1.htm CADやエステもあるらしい。

ブラジル日系人の男性は、将来通訳をしながら、両国の橋渡しになるような仕事ができたらいいな、と勉強をしているそうです。夢が叶うといいなぁ。読み書きができなかった受刑者は、家族と手紙のやり取りができるようになったと喜んでいました。よかったよ・・・。義務教育のありがたみに触れて、今日も元気に仕事に行ってきます!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です