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夏が来る

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今日は、私が恐怖している季節の話ではないのだ。大黒摩季の歌のタイトルからもらっています。なぜこの歌を知っているか?というと、発売日が1994年なので、日本にわずかながら居た頃ののち。私が父のガンの看病をし、お葬式を出し、すべての仏事をし、お金や持ち物の整理等をするために滞在していた直後の流行だったのです。その頃売れたのは、じゅわいおくちゅーるマキのCMだったか、カップヌードルだったかで、Terminater2に出ていたEdward Furlongくんの出演のバックで、DAKARAという歌が流行っていたので知っているのだ♪

へぇ、大黒摩季ってこんな人だったのか・・・。ふむふむ。ポイントは、自分のことをアーティストとして知らない、会社員と結婚したってことかもしれない。あるいは、声がここのところ出ていないこととか・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BB%92%E6%91%A9%E5%AD%A3
歌詞がすべて出せないのが残念である・・・。でもここにあるように、女性層に訴えたいい歌詞です。独身女性がなぜ独身なままで奮闘しているのか?ということを問いかけている歌詞で、世間の扱いやその他をうまく描いていると思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E3%81%8C%E6%9D%A5%E3%82%8B
この歌についてのブログを書いている人はけっこういる・・・。
http://www2.plala.or.jp/Donna/word2-ooguro.htm お!?コレ、歌詞出ちゃってるよ・・・。
ここでダウンロードできまーす。って、私はCDを持っているので必要がないのですが・・・。
http://www.ongen.net/search_detail_track/track_id/tr0000009730/

結婚するくらいの相手を見つけるのが、「夏」ということなのか・・・。私はそもそも、秋が好きなので、どうも結婚が夏というイメージがつかめなかったのですが、よく歌詞を読んでみると、そういうことになる・・・。というか、恋が愛に燃焼していくような様なのかなぁ・・・。もしも、私があと一回りか二回り若ければ、この歌詞の内容は、たぶん、100%同意していたと思うのです。私は、「子どもは?」という質問の山も潜り抜けてきたので、その前の「結婚は?」も相当量潜り抜けてきたのです(笑)。

結婚はしたくはなかったし、今でもいつでも離婚してもいいと思っていることは、以前のエッセイにたらたらと書きました。なので、この主人公の女の子(30代前半くらいなのかなぁ)の気持ちは、すでにしてあまりわからないことになります。しかも、私はお見合いの場所になど行くこともなく(笑)、付録のほうがいい男な場合が、おそらく8割だろうと予測しているので、ふらっと来るのは当たり前ですらあるように考えています(笑)。「真っ白な馬に乗った王子様症候群」に掛かったことはなく、10代後半からずっと、その存在すら否定し続けてきました。夢のない小娘だったんだなぁ(笑)。

でも、わかるなぁとクビを縦に振ってしまうのが、「選ばれるのは、あぁ、結局、何にもできないお嬢様」というところで、世の男性は、能力の高い女性をなかなか選びづらかったという風潮は、かなり長いあいだあったと思うのです。これを考えるための、長―い前置きだったのだな(爆)(爆)。

よく「あなたの色に染められて」などという言い方をする人がいますが、私は子どもの頃から、こういった考え方が大嫌いでした。先天的に持っているものを引き出し、学習し、訓練し、自分らしく生きていくというのが、私の中での常識だったので(無論、当時はこんなふうに表現はできなかったのだけれども・・・)、どうも「廻りの価値観」を全否定してから、そこから自分はどう感じて考えるのか?を問うのがルートになっていたようです。いつも高飛車だった私は、誰かに「選ばれる」などという受身ではなく、「選ばせる」という強引さも持ち合わせていたようで、相手が選んだように見せつつも、選ばせていることは自分でちゃんと意識していました。

たとえば、私は20歳くらいまで子どもができなければ、もう生涯子どもは持たなくてもいいな、くらいの大胆なことを考えており、そして、そのバチが当たったのか、椎間板が2枚もなくなってしまい、DNA関連の病気があることもわかってしまい、ギリギリまで考えた挙句、子どもは持たないことを決心することになるのですが、どんな恋愛相手でも、「いいよ、君が欲しくないのであれば・・・」と思ってくれるように仕向けていたところがあるような気がするのです。

ところが、そんな男の一時期の気の迷いは長く続くものではなく、男という性の征服欲や、オスとしての子孫を残したいばら撒き本能には、なかなか勝てるもんじゃーないんですね(苦笑)。8割以上の男の人は、ちゃんとお嬢様風な人と結婚し、子どもを作って今に至っているのでしょう(笑)。わずかな違いがあったとしても、人の心は変わるし、若い頃に抱いていた夢というのはかなりワイルドで、軌道から外れたことをやったり言ったりする私は、「通りすがり」「一時期キープ」「その場を思いっきりエンジョイする」相手でしかなく、生涯をともに暮らすような理想像からは、遠くかけ離れていたに違いありません(笑)。

私という人間、女といっしょに生きていくというのは、男にとっては、たいへんな労力だろうと、いまさらながら、西さんのすごさ・偉大さを思わずはいられず・・・(汗)。

本日、朝起きたらたいへんに具合が悪く、時差ボケなんてもんじゃーなく、昨日からの血尿も続いており、疲労困憊の上にネコへの心痛が重なり、物理的にもたくさんの距離をたいへんなエネルギーを使って旅して、分子がたくさんこの身体を通ったんだろうなぁ・・・。しかも、最後の2時間まで、飛行機の中で毛布を使わず(西さんが眠っていたので、どこに毛布があるのか聞けなかった・・・)、たいへんに寒い思いをしたのだった。そのあと、ネコたちのケンネルのほかにも、ダンボールやその他で荷物がわんさかあって、ものすごい汗をかいたあと、さーっと引いたりするという繰り返しで、LAまでのドライブはすべて私が担当したせいもあり、そののち、成田からのレンタカーも私が運転したせいもあり、相当弱っていたのね・・・。今日、あの水のような鼻水が滝のように流れているのでびっくりし、すぐにクリニックに行って薬をもらったのですが、どうも具合がよくなる気がしない・・・。

そんな中、西さんはポイント心配というのができる人なのがすごいなぁ、と改めて思ったわけです。まずは、「医者の薬のほうが効くよ」と、医者に行くことを薦める。そのあと、あんまり鬱陶しい気分なので放置しておいてくれる。仕事も私の分まで黙って引き受けてくれる。眠っているときも音を立てぬようにしてくれる。ごはんも食べなくとも何も言わない。アイスクリームを買ってきてくれた。サッカーを見ている最中に私はコレを焦って書いているのですが、「もしも明日もこれくらい具合が悪いようなら、注射か点滴をしてくれる医者を探してあげようか?」と。

寝込んではいないのだけれども、こんな鼻と咳じゃー、どこも出られない(笑)。それを知っていて、ポイントで心配できる西さんは、私という人間のプライドの高さや在り方や思惑をよくわかってるんだなぁ、と、いまさら(笑)。その過度すぎない心配はすごいよ・・・。びっくりだ・・・。私の能力は、おそらくうぬぼれではなく、高いのです。そのせいでおまけにくっついてくるネガティブな点も山ほどありますが・・・。そんな私によくもここまで・・・、と、今日は感謝でいっぱいだったので、ついついこんなエッセイになりました(笑)。

具合は悪いのですが、ネコたちがいるおかげで、相当気分はラクです。明日は久しぶりに英語の先生の日で、会社としても飛躍できるかできないかの分かれ目が近づいています。うまく行くといいなぁ・・・。夏は来ているのですが、夏風邪をひいてしまっては元も子もない感じですか・・・(汗)。