天災による警告

05/13/2008 にアップした文章です。

 

私は神そのものの存在は否定していません。それがどんな形なのか、どんな姿なのか、どんな物体なのかは、物議に参加するのはあまり積極的ではないですが、エネルギー体だとぼんやり考えており、ヒト化するなどという気持ちは毛頭ありません。が、もう少し、ガンダムだとか宇宙戦艦ヤマトだとかSF系の映画を見ておくべきかもしれない・・・などとは思います。ここのところ、天災のニュースがどんどん入っていますが、ミャンマーの大地震のあと、アメリカの大規模な竜巻で、今度は中国の地震。その死傷者の数たるや、小さな村ひとつかふたつはなくなってしまうほどの数です。ちょっと考えてみると、そのくらいの人々は、きっともっと何かの病気や飢餓などでも亡くなっているのでしょうが、自然の大いなる力を見せ付けられると、畏怖で満杯になってビビります。映像を、「まずいなぁ・・・」と思いつつも、一部見てしまったのですが、やっぱりものすごく自分の小ささを感じて落ちました。

 

畏怖:大いにおそれること。おそれかしこまること。

畏敬:心からおそれ敬うこと。

Awesome:a. 恐ろしい, すさまじい; 〔俗〕 すばらしい.

天災:風水害・地震・落雷など、自然現象によってもたらされる災害。

人災:〔「天災」に対して作られた語〕人間の不注意・怠慢などが主な原因で起こる災害。

 

私がこのくらいビビるのは、たいてい、自然界のすごさが対象で、幽霊やオバケ、不良や権威者などに感じたことはありません。あ、でも・・・、大勢の人前で話すようなときには、少しだけはビビるかもしれない。でも、マグニチュードも違えば、種類もやはり違う。ヒトが関わるものは、種類の違う怖さなのである。

 

ヒトが関わることでもたらされる怖さというのは、つきあう範囲や程度などでかなり回避できますが、大自然がもたらす天災は、どう足掻いても避けようがないだろうというのが圧倒的な戦慄の源なのかなぁ。

 

雲仙普賢岳はものすごかったですが、あのとき考えたのは、「どうして地元の人々は、この土地にこだわるのだろうか?」ということ。経済的理由で動けないならまだしも、中には意識的に避難せずに、「死ぬ」とまで明言したインタビューもありました。私は東京生まれの東京育ちで、簡単に祖国から逃げ出してアメリカに18年半も住んだせいなのか、引越しや新しい土地に動くことに対して、躊躇はまったくないようです。ここ調布に戻ってきたのも、東京の中での位置や利便性や経済効果などがたまたまよかったことと、母が心地よく過ごせるということでした。

 

私がアメリカに居たときに心配だったのは、関東大震災がいつかはまた起きるということ。時期的な問題であり、ゼッタイに回避できることではないことでした。私自身も、断層の上の近所に住んでいたのですが(San Andreas Fault:http://en.wikipedia.org/wiki/San_Andreas_Fault ほど大きくはなく、South Hayward Fault:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Flat_eq_map_anotated.png http://en.wikipedia.org/wiki/Hayward_Faultという小さいもの。南北に60キロくらいのもので、最後の大きな震災から140年経っているところ)、普賢岳が200年で起きた通り、Probability(予測)はかなり当たりそうである。なので、周期が巡る近辺には住まないほうがいいのではないか?と思ったりするわけです。

 

関東の場合はこれなんですが>http://www.keiryu-bousai.jp/d2/m2122.html  関東大震災年説というのがあり、実際は150年なのではないか?という予測を縮めています。

 

私がこの天災の大規模な畏怖を、いつも感じているわけにはいかないので、ちょっとだけ真剣に「資料を読める程度にはしておこう」と思ったときに、最初にぶちあたったのがコレ。小学校のときから、山脈や海溝は地図で見ていたものの、それをしっかり学んだことはなく、「フィーリング」でしかわかっていなかったと思うのです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Plate_tectonics >英語版

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9>日本語版

(やっぱり英語版のほうが理解しやすいし、詳しい)

 

見えない海底で行われているエネルギー活動を、誰かがどうにかして使えたらすごいと思うのですが、実用化するには、ものすごい歳月とお金とヒトのエネルギーも必要なんだろうなぁ・・・。が、進化論と同様、ヒトなどはとてもちっぽけなものなのだ、と思わされるには充分な学問の範疇で、ますます畏怖が固まっていきます。が、怖がってばかりいても詮無いので、しっかりその理論は身につけたほうがいいです。

 

昨今、速報がしっかり&迅速に人々に伝わるようにと、警告が一斉に出るようなシステムを作ったらしいのですが、なんだかうまく作用せず、60秒弱後にしか発令しない模様。もう少し努力が必要なのか?しかも、夜中だったらTVなどつけていないので意味もなく、火事にしろ、眠ったままで逃げ遅れて死んでしまう人たちもたくさんいるので、やはり有効率も考えてはほしいものです。

 

地震のメカニズム>http://web-gis.bosaijoho.go.jp/WebGIS/help/earthg_mch.html 

 

ちょっと難しく感じるかもしれませんが、実際は平易な言葉に置き換えることができるので、そうでもありません。絵をヒントに一通り見てくださいね。知っていると知っていないでは、怖さが違います。むやみに、見えないものを怖がるよりは、見えるようにして怖がる正当範囲を狭めておけばいいのではないかと思うのです。

 

とはいえ、ハンターも漁師さんたちも他の自然に対峙する職業の人々は、大自然の摂理と戦いながら、ここまでしっかり文明や技術を革新してきており、私などの手に職もない凡な人間は、ただただその恩恵に預かってきており、感謝せねば・・・と痛感します。むやみなリスクは背負う必要はないですが、High Risk, High Returnですものね。そういった意味では、その英知を学ばせてもらう謙虚な姿勢はいつも必要です。

 

私が通っていた大学にも、地質学研究所があり、地震についてもかなり著名でした。ネットワーキング化が進んでおり、全世界の資料と直結していて、私のような門外漢の生徒が廊下を歩いても、相当楽しめるほどのデータが展示してありました。ということは、きっともっと公的に見られるところがあるはず・・・。

 

東京の方はこちら>http://research.kahaku.go.jp/rikou/namazu/>国立博物館

http://www.tfd.metro.tokyo.jp/hp-ikbskan/ikeb-riyou.htm>防災館でツアー体験できるらしい

http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/museum/950117/eq_history.html>神戸の阪神大震災に詳しい博物館

http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=R522&Page=hpd_tmp>ネットにだけ存在する博物館。勉強になります。

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no3/welcome/welcome.htm>警察博物館。災害時のことも勉強できるらしいです。

 

『備えあれば憂いなし』を体現できるよう、わかる範疇で畏怖を減らしておいて、私ももう少しがんばろうと思います。私はアメリカの大学で、竜巻の映像をいくつも見たのですが、あの凄さは楽しめる範疇だったものが、一気に畏怖に変わってしまい、それ以来、Awesomeという単語がなかなか使えなくなりました(日常会話で)。人災についても、声を上げてシステムの不備には問いかけていきませう。

 

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