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夫婦でシェアする

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べつに恋人でも友達でもいいのですが、たまたまこれを考えたのが、宇崎童堂・阿木耀子夫妻がヒントになったからなのです。私が好きな歌ベストテン(それなりにみんな持ってるよね?)のなかに、ダウンタウン・ブギウギ・バンドの『身も心も』というのがあって、昔カラオケボックスなんかがない時代には(爆)カラオケスナックやカラオケバーでこの歌を歌うのは非常に勇気が必要でした。

さらに山口百恵(もうリアルタイムで知っている人がどんどん少なくなっているんだろうなぁ…ブツブツ)の楽曲のかなりの数を宇崎童堂・阿木耀子で作っていて、私は『サクセス』や『横須賀ストーリー』やら大好きでしたね☆一世を風靡した、という楽曲を世の中に送り出す気持ちを私は知りませんが、アメリカの西海岸くんだりまで来て、私が夜な夜な思い出したようにくちずさんでいることも作った人にたまに衝動的に伝えてみたくなることがあります。

私は誰かと何かをシェアすることが不得意であると思い込んできました。実際のところは、シェアしたい人もいればシェアしたいこともあればシェアしたいタイミングというものもあり、私のそれらと相手のそれらが噛み合わない確率がやたら多かっただけ、という問題だったのですが、なぜか私は自分を責めるという悪循環をやらかしていました。ま、もちろん恥じ気なく相手を責めたこともありますです、はい(-_-;)。

西さんとシェアしたいことはたくさんありますが、シェアしたくないこともたくさんあります。「すべてをシェアしたい」とまっすぐに言放つ人がいますねぇ。あれって不可能なことにチャレンジするポジティブな根性でうらやましいくらいなのですが、それってぇのはやっぱり限りなく不可能でしょう。

西さんと出遭う前の私のいろいろなことを話すことはできますが、それはシェアしても一向にかまわないことですが、「すべてをシェアする」という現実からはかけ離れたものであります。私自身でさえ、初めて痴漢に遭ったときのことや、初恋や処女喪失や大学受験の朝やバイクでの転倒なんかを瑣末なところがボヤケてしか思い出せないのに、どうして西さんに「都合のいい勝手なところだけ」シェアしておいて、「すべてをシェアしたわよ」と言えるのか…。時間が流れてしまったあと、人間の性としての弱い部分に押されてSelf-presentation(自己表象)の過去バージョンがいかに曲げられてしまっているか、それは責任が取れない部分です。人間の記憶について、自己が完全なる責任が持てるということはなく、それがどの部分なのか、わかっていたら警察はかなりラクなことでしょう。

反対に、きっと心のなかで思い出すのがつらいようなことはきっとどこかで抑圧してきてしまい、記憶に残っていないかもしれなく、ある特定の出来事についての感情が正反対に表象されることもあるかもしれません。これは悪意でも何でもなく、忘却というメカニズムが人間の脳みそにあるためで、それさえもシェアしたいっていうのは、不可能なことであるように思います。

そしてシェアしたくないこと・シェアしてどうするんだ?と判断するようなこともあります。私には西さんとシェアしたくないことは、今考え付く限りにおいてはないですが、シェアしてどうするんだ?ということはかなりたくさんあります。このHPについての瑣末な情報を彼とシェアすることもないし、学校で勉強するトンもある資料のエッセンスだけをシェアすることも西さんにとっては余計なお世話でしょう。私の数ある友人のしあわせだったり不幸だったりする出来事について私がどのように考えたか、ということをいちいち伝えていたら、私たちふたりのもっと大切なことについての芯がぼやけてしまうお話になり、そのプロセスは省いたほうがずっと理解が得られるというシェアの仕方もあります。

西さんがやっていたエイトだとかスカルだとか呼ぶ(爆)ボートの話はシェアしてもらいますが、イギリスでの話を聞いても、写真を見せてもらっても、私には「ああ、これは私の耳やレンズを通してみるものと彼が聞いたり見たりいるものは相当違うんだ」という認識があります。ものすごくラッキーだったとして、彼が自分の裡側にあるものの80%が表象できたとしても、私が受け止められる受容体がない分野や出来事でまたそこからReduction(減らすこと)をしなくてはいけないし、もしかしたら表象できない20%の部分に何か大切なものがあるかもしれない、という認識も私にはあります。

なので、「シェアしているから私たちは健全な関係だ」とは思わないし、特別な期待もしません。ポジティブな情熱は大切であるとは思いますが、シェアしたほうが絶対的にいいことばかりである、というのは違うような気がします。

ましてやシェアするタイミングなんてぇのが複雑で、西さんのような「ニッポンのビジネスマン」であると、生理的に生き延びていくことと仕事のことと自分が心から必要であるとCherish(大事に想うこと)をして、余った時間で何をしたいか、というのはかなりなジレンマであると思えるのですね。「こーんなことも考える時間がないなら、あんた仕事なんかやめちゃいなさい!」と私はよく怒るのですが、 (-_-;) 西さんにタイムマネージメントについての進歩がある限り、私は彼の進歩速度に合わせるし、彼も私の速度に合わせてくれている分野がたくさんあるので、はっきりと「これは疲れているから今は聞きたくない」と言っても、お互いに不愉快にはなりません。

離れ離れになっていた時間に彼が何をしていたか、100あったとしても、私は大切な1個を聞ければそれで満足です。彼も同様です。それは面倒で無関心だからではなく、お互いに、これが今日のいちばん☆というのをきっちりと披露できる時間が持てればそれでよしとしよう、とDrastic(激しい、過剰な)期待や進歩を求めないためです。明日死んでもかまわないけれども、たぶん死なないと思うから長い時間かけて言葉だけではなく、行動や時間の流れのなかで資料をもっと増やしていこう、というゆったりとした態度があります。かと言ってべつだん開き直ってあきらめているわけでもなく、分相応にお互いの手探りが合致したところで自然体でいる、というところでしょうか?

宇崎童堂と阿木耀子のように、ひとつのモノをいっしょに創造するという作業が、西さんと私にできるのかどうか?と考えてみました。そしてシェアすることが不得意だとばかり思っていた私にも、けっこうシェアできることが多いじゃん、ということにも気がつきました(*_*)。

人間関係は妥協だけでもなければ、シェア一辺倒でもないでしょう。そのバランスを手探りしていって、やっとの想いでお互いが尊重をできる距離感を見つけていき、それを日々切磋琢磨していくことです。その距離感を見つけるまでにどちらかが大袈裟に妥協したり、どちらかが多く押し付けをすると尊重が実現しなくなります。そのためにはオープンなふりではない、オープンなコミュニケーションが大切ですが、なかなかそれが難しいんだよね…(+_+)。自分で亭主関白と言ってちゃだめだし、「かかぁ天下でいいわねぇ」とヒトサマに言われていい気になっていてはいけないのですね。

夫婦になろう、とコミットしない前の、友人関係や恋人になる前の恋愛にはこの距離感を見つけるまでがたいへんなキーになることでしょう。でも大切なのは、世間でいわゆる言われているような強弱関係や相性なんかではなく、自分たちがどのように感じ考えているか、です。

阿木耀子はずっと昔、烏丸せつ子主演の『四季・奈津子』という映画でヌードまで披露しました。きれいだったですね。今でもスレンダーで昔よりもっと美しく、「うぉぉ!いい人生歩んできたんだなぁ」と見惚れてしまいます。宇崎童堂のバイク道楽も音楽への姿勢の変遷も、私は見ていてとても楽しんできました。けっこうタイプなのである>宇崎童堂(爆)。彼らが何をシェアし、何を端折っているのか、私にもあなたにも到底わかることではないのかもしれませんが、少なくとも「すべてをシェアできる」と思ってやってこなかったことでしょう。そんなに高い理想を持てるほどの贅沢が叶う人はなかなかいません。一日中べったりくっついて同じ体験をすることは不可能であるし、仕事をしなければごはんは食べられないし、何よりも、個人は個人としてプライバシーを持ったひとつの生き物です。同化することが目的でシェアをすることは美しいことではないでしょう。それよりもバラエティを増やし、価値基準の幅をより広げるためのいい態度である、というのがシェアの醍醐味なはずです。

「あなたという違う個人がいて、たいへんに特別でユニークな人なので、あなたが何を感じて考えるのか知りたいわ♪」というのがシェアする基本態度であると私は思っています。それが「おい、知らせろよ」の圧迫だったり、「どうして教えてくれないの?」の泣き落としであったり、「秘密主義ね」の疑いであったり、「そんなの知らない」の無関心などになってしまったら、それは私の望む人間関係からはほど遠いところにあるものです。

阿木耀子作詞・宇崎童堂作曲『サクセス』の歌詩の最後の結びが1・2・3番で呼応しているのですね。1.女は昨日の顔で待つ。2.女は今日の顔で泣く。3.女は明日の顔を持つ。阿木耀子が先に詩を作り、宇崎童堂に渡したのでしょうか?それともその逆だったんでしょうか?「うーん、いいシェアだなぁ (・_・)」とうなってしまいました♪

西さんの残り少ないアメリカ生活、私は西さんと何をさらにシェアしよう?