好きで貧乏になる人は極端に少ないっ!

01/18/2008 にアップした文章です。

ホームレスだった女性が路上で亡くなるニュースを読みました。今年、私は去年と打って変わって、暖房をよく使っています。完全休日が1月はまったくないので、おそらく2月もなくなる可能性があるので、シャワーを浴びたあとの濡れた髪で、室内が寒いことは厳禁なのです。ネコたちも来てくれて去年とは違うし、風邪を引かないように、室温対策をするのは義務なのだ。室内でも16℃まで下がることがあり、昨日までの寒気団に、寒がりではない私ですら「寒いっ!」と肩をすくめていたくらいなのだから、路上生活をしている人々にとっては、ものすごいつらさだと思うのだ。そこで、誰かが亡くなった・・・。フツーじゃないはずなんだけどなぁ・・・。市や公的機関の対応のまずさがあったから報道されたものの、フツーに死んでいくホームレスの人たちはニュースにもなっていないのだろうと思うと、かなり切なかった・・・。

Altruism(利他主義)については、いくつか触れてきたのですが、どうも「自分の義務の範疇」から逸脱して、誰かを助けるゆとりが、人々にはあまりないらしい。

利他主義:(1)自分を犠牲にしても他人の利益を図る態度・考え方。愛他主義。⇔利己主義 (2)〔哲〕〔altruism〕他人の福祉の増進を道徳の基礎とする主義。
犠牲:(1)目的のために身命をなげうって尽くすこと。ある物事の達成のために、かけがえのないものを捧げること。また、そのもの。(2)「犠牲者」の略。(3)神に捧げるために生き物を殺すことやその儀礼。また、その生き物。いけにえ。供犠(くぎ)。

私が泣ける映画のランキングの上位は、すべてこの利他主義に関連するのです。1位のArmageddonは、自分の生命を賭けて、地球上に住むすべての人々を救うし、2位のTitanicは愛する人を守るために、自分は冷たい大西洋に沈んでゆくし、3位のProfessionalは、たまたま隣に住んでいた小娘の一家が惨殺されてしまい、助けを求めてきた彼女のために、プロの殺し屋が愛を感じて、彼女のために一命を賭すもの。第4位のAn Affair to rememberは、自分の恋が成就せずとも、愛する人の足を引っ張りたくないために、車椅子生活であることをひた隠しにするというもの。

ね?すべて、他人のために自分が何かをするというものでしょ?おいおい、泣いちゃいますね(笑)。そんなことに気づくようになってから、私は自分を憐憫して泣くことがなくなりました。もうここ6・7年、自分を哀れんで泣くことはやめました。泣いたあとに疲れるんですよ。いい泣き方ではないことがわかって、さらに自分を悪循環に追い込むことに気づいてしまったのです。どうせ泣くのであれば、溜まっていた膿が出せるものがいいし、疲れが取れる泣き方がいいと、少し賢くなったのです♪

自分の身寄りが、ホームレスになったとしたら、と考えるだけで、私はぞっとするのですが、身寄りがない人々が実際に増えているのでしょうか?天涯孤独という意味の正確なところは、死に別れていき、とうとうひとりになってしまう状態のことを指しており、生き別れたままで探さないことは含まれないし、何かの事情があって逢えないことは含まれていないと思うのです。可能性があることに対して、身寄りの人々が誰かを切り捨ててしまう状態がたくさん生まれており、だからこそホームレスになる人々が増えている、と思うのは、理屈に合っていないでしょうか?

ホームレスについてのエッセイを書かされたのは、もうかれこれ12年以上前になります。英語のクラスでした。フリーウェイの入り口に立って、Work for Food(食べ物のために働きます)と書かれたダンボールを掲げている人々を何人も見たときには、いろいろ調べ上げたものでした。が、エッセイを書くチャンスには至らず。英語をただ習っていただけではないにしろ、まとまった文章を書くことを倣ってはおらず、そのまま飛行機学校に行きましたから。アメリカのホームレスの原因の多くは、アメリカのクレジット制度と、給料支払い体制にありました。ブルーカラーでは、毎週給料が小切手で支払われるので、クレジットカードを持つことに安堵してしまい、先使い傾向が増えていきます。ヒトは弱いものです。Madonnaがその昔、Materialism(物質主義)を歌にしていました。そして、借金がどんどん増えていき、身体を壊したり、解雇されたときに、ぷっつりと収入がなくなり、借金だけが残る構図です。他にも、アルコール中毒や他のドラッグ中毒になったり、精神疾患がある人々がホームレスの大きな割合を占めるという統計もありました。アルコールやタバコやドラッグが安いということは、それだけで誘惑の障壁が低くなるということです。さらに、心理的なところでは、「これまで自立してきちんとやってきたのに、落ちぶれたことを誰にも言えない」ということも、大きな要因になっていることがわかります。

日本のホームレスの現状にも、これらは当てはまっていくのでしょう。そもそもの雇用制度の主流だった、終身制が崩れてきており、気軽に転職できるようになった分だけ、落とし穴は増えました。実力がある人間は、仕事枠のどこかに必ず引っ掛っていけますが、高齢になったり、身体を壊したり、そこまで行かずとも精神的な変調に遭うと、安定が崩れ易くなりました。去年の注目すべき成長業界は、派遣業でした。ということは、多くの人が派遣会社に登録し、派遣形態で働くことに抵抗を持たなくなってきた、ということです。一昨日なども、電車の中で大学生が、「バイトか派遣か」という話をしていたので、大学生の男の子でも派遣に登録するんだなぁと感心していたのです。夏休みや冬休みのまとまった時間の短期派遣や、就学スケジュールに合う曜日を決めた派遣などもあるようで・・・。やるなぁ、派遣会社。

とはいえ、実際には、派遣で安定を目指すのは難しいのかもしれず、まとまった貯蓄などがなければ安心はできないし、明日解雇される憂き目の可能性は否定できません。

私などが言うのはおこがましいですが(笑)。英語講師はコマ数を埋めてナンボの、時給で働くしがない商売なので、私も「明日はホームレスかもしれない」という可能性を見据えています。働けるうちに何とかしなくては・・・という焦りはあります。おかげさまで、今のところは時間調整がたいへんなほどの状態なので、完全休日がもらえないほどになっているので、不安は薄れていますが、いつも不安がつきまとうのは否めません。

母が今月満70歳になります。彼女の元気には年齢を感じさせませんが、いつ彼女の具合が悪くなるかは、覚悟しなければならないところ。それらを鑑みると、ホームレスは他人事ではないのであります。私はアル中ですし(アル中は一度罹ったら、生涯バトルです)、躁鬱病も持っていますし、意志が崩れたらなし崩しに転落してしまうことは、大いにありえるわけです。そんな私にここまでつきあってくれる母や西さんや、友人たちには、心から感謝しています。

昔の映画『タンポポ』だったか、何かで、ホームレスの暮らしに混ざった主人公が、「望んでホームレスになった人」を描いていましたが、私は彼が本当に望んでそうしているのかも、決定できないような気がしました。お金があれば、家族や事情から逃げている人々でも、ホームレスになる必要はないとやはり思うのです。寒くなっており、ホームレスの人々が誰にも知られずに死んでゆくニュースは見なくなりました。何か事件性がないと私たちは彼らの寒さに耐える暮らしや、どうしてホームレスになったのか、に想いを馳せることはありませんが、「明日は我が身」と思って、ぜひぜひ考えてもらえたらなぁと思うのです。好きで貧乏になる人はめったにいません。ゼロと言えないのがつらいですが、ゼロに限りなく、いないでしょう。どうしたらホームレスを生まない社会を作れるのか、じっくり考えてみていただきたいなぁと、ひとりひとりの精神的成熟を祈って止みません。

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