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幸福度を測ってみる その2 人間の環境整備

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02/25/2007 にアップした文章です。

 

昨日は、個人のちっぽけな力では、到底変えることができない、独自変数である、人間の幸福度の根本原因について書きました。なんだか社会科か何かの授業をやっているようで、少し辟易しちゃった読者も多いかも・・・。でもやっぱりやってみるのだった・・・。手をつけたものは最後まで、とりあえずやり通すこと!というのは、父に叩き込まれたので、泣きながらでも終えなければならないのでした(笑)。もうちょい工夫が必要かもしれない。書き終わったあと、アップされたら、コメント欄で教訓が得られることを狙うのも、なんだかいじましいのだけれども・・・(汗)。

人間の資源利用という点に着目したのは、この学者、NASAに勤めるTobgay S Namgyalが、ブータンをモデルにしていたことで、本当に基礎的な着眼点を持てるよう、雑音を減らしたところにあるのだと思われます。私とて、エコロジーについて考えないわけではないのです。授業も1個取りました。真剣だったのよね、現代人として後の世にどんな地球を残していくのか、という問題。Al Goreの人口に関する著書も、唸りながら読みましたし、本当に参加者(Participant)であることを、放棄してしまいたいくらい、深刻な問題です。

が、日々に追われて暮らしていると、どうもすでに与えられている恩恵や、その未来についてはなおざりになるところがある。子どもたちが授業でやっているエコロジーを、「ただ微笑ましい」と思ってしまうだけで、「私も何とかしなくちゃ」というところまで、気持ちを持ち上げていけない大人のほうが多いのかなぁ、と思えるのです。

さて、人間の資源利用は、(双方に介在する変数)とありますが、これは、パブロフの条件反射で習ったように、刺激→反応、が交互に繰り返されていく、ずっと続いていくというものです。ここで果てしなさを考えるために思い出してもらいたいのが、面している鏡の中に映っている鏡、あれって、真剣に数えたこともないし、どんどん小さくなっていくので、途中で肉眼では数えられなくなるというものの、あれくらい果てしないってことです。けれども、曲者なのが、鏡のように「同じ」を映しているわけではなく、どんどん変化するというのが、さらに果てしない。軸がどんどん増えていくようなものすごい面倒さです←ここで、横着でだらしない私は、「めんどうくさい」という言葉がキーワードになる(爆)。でも、あることにおいては、それほど横着でだらしなくもなく、気長に淡々とやることもできるんだよなぁ。たとえば、こんなふうに考えること。行動に移さなければならぬのですが。ということで、これらの項目こそが、安倍総理が見た映画(2月17日;陣内智則と藤原紀香両人が神前結婚をした日、Al Goreの世界の環境危機映画を見ています。後日、副大統領のChaneyと話し合うと述べていました)の内容で、政治家や行政が大きく、代表者として担っているものの、実際は、私たちひとりひとりの肩に掛かっているわけです。

<人口> 地位・変化
たとえば戦争。これがあると、男子の人口が一気に減ります。日本は長寿化へと発展してきましたが、その代わり、劇的に少子化が問題になってきました。これは他のエッセイにもクドクド書いていますが、「子どもを望めない環境」を作り出している、みんなに責任があることで、だってぇのに、厚生労働大臣が、女性ひとりひとりに頭数でがんばってもらわなければ、と、人間を機械に喩えた発言で問題になりました。が、反省はクチばかりで、クビを掛けた発言ではなかった証拠に、まだのうのうと大臣職に就いています。

さらに、これもクドクド書いてきたことですが、疾病。感染する可能性が大きなものは特に要注意です。私は場所や暮らしぶりで、こんなに風邪の菌が「見えるような気がした」のは、初めてかもしれません。いやぁ、やっぱり個人空間がでかいってことは、この疾病の大きな予防になります。距離感を保つことで、「うわべのつきあい」なのか、「心も近い相手なのか」の差を、わざわざ言葉にする必要もなくなります。これって、かなりラクで有効な方法だなぁ、と、つくづく思うのは、かなり長いあいだ、風邪の症状に悩まされたおかげでしょう。が、丈夫だから寝込まないんだよなぁ・・・。で、無理するから水のような鼻水と、止めないタバコのせいで、喉がイガイガするんだよなぁ(笑)。

こうして、人口とその階層や地位は変化していきます。たとえば、インドでは、男の子ではない赤ちゃんは「間引き」するというのが、公然と行われていて、社会問題になったのも、つい10数年前のことです。

<暮らし> 食糧生産・飲用水・エネルギー・住居

不二家問題だけではなく、ずっと前から不買運動をひとりで展開している私ですが(たとえば、賞味期限シールを改ざんする中国製品とか?環境汚染をしておいて平然としている製造業者の製品、特にガソリンとか?)、いつだったか、You Are What You Eat(君は食べ物でできている)と書きました。人間の細胞は600億個あって、どこかの細胞が必ずこの瞬間にも死んで生まれ変わっています。だいたいすべてが入れ替わるには、7年くらいかかります。それには、外部から取り入れた栄養が必要なので、You Are What You Eatになるのです。

思うに・・・、青臭いトマトがなくなってしまった・・・。みんな熟していて甘い。貧乏な口・舌をしている私には、あの青い青い味と匂いのするトマトがたいへんになつかしいのだけれども、どうももうお目にかかれないようだ。他にもそんな食べ物はたくさん実在する・・・。

さらに、昔は水道をひねれば、充分おいしく、身体にいい水が飲めたのは、日本のすごいところだったはず。ところが、あやしくてもう飲めないことになっているのはなぜ?石灰が多いわけでもなければ、硫黄が混じりすぎているわけでもなく、添加物や漂白剤が入るお水ばかりになっている、というのが現状。

多摩川はきれいになって、鮭も戻ってきたというのだから、できない刺激→反応ではないと思うのだけれども、大量に汚水を作り流す企業がいるから追いかけっこになってしまっているような感があるのは、私だけではないはず・・・。

エネルギーは、核に頼らなければ日本の今の電気生活は支えていけません。こうしてPCを使っている私が、少し節約しても到底追いつきません。24時間に限りなく近いTVにお店に交通手段に・・・。停電になって、わかりやすくBaby Boomになった昔がなつかしいです・・・。住居も上記のいろいろに合わせて変化してきました。

<商業と工業> 工業製品・国内外の貿易
これも昔は、「植民地化」と言われたことですが、今も違うネーミングで続けられていることです。Global Marketingです。日本はいいカモなので、海外で流行ったものを、上陸させたらけっこう消費してもらえるすごい国なのは、反省したほうがいい。本当にいい品物だけではなく、おしゃれや見栄や「みんなが持ってるから横並び」という感覚で、品物は流通する・・・。

最先端の技術を次々に生み出す日本人は誇るべきことですが、同時に、ゲームなどが発達したことにより、世界の教育者や心ある親たちに恨まれているかもしれない可能性は、考えましょう。マンガやアニメにも格闘技色が強いものは、相当にイヤがられています。

<生態系の経過> エネルギー源・水の質・空気の質・栄養分の状態・物的な生産量・
そして、上記のことは、この生態系を積極的に崩している人類に、結果として、未来の人類を犠牲にする形で、予測ができています。自分は、上記のいろいろなことを、どのようなスタンスで、どのように刺激し、反応しているか、確認してみなければ、「自分の幸福度」を考えるには至らないようです。

ここでも、自由や権利の裏打ちには、きちんと義務と責任があることが要求されています。どうでしょ?明日は、人間のほうがやっている、かなり個人的な段階にまで掘り下げられる、個人差の大きすぎる変数について、です。

 

pouring water into glass from a bottle, on blue background