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座標軸の設定

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なんだか中学生か高校生に戻った感じでしょうか?私は、つい数年前まではこの英単語をしょっちゅう目にして暮らしていました。Coordinates- まるでスーツ選びをしている感じですが、似たようなものでしょう(笑)。私はグラフ用紙がやたらと好きで、つい最近までもメモに使うものまでグラフ用紙を使うことがありました。割高なので、最近は印刷仕損じた紙や、ファックスの裏を使っていますが、なんだかなつかしいです。どうしてこんなにも座標にこだわるのか?

 

座標:点の位置を表すのに使ういくつかの数の組。平面上では、直角に交わる二直線と点との距離と点の位置による正負の符号を考えた直交座標が使われる。

座標軸:座標を定める基準となる直線。普通は直角に交わる二直線(平面)、互いに直角に交わる三直線(空間)を用いる。

 

社会科学という絶対的答えがないものを扱っていると、何を査定しているのかをはっきりさせる必要が出てきます。それを万民にわかりやすくするように、比率を等位にして10進法に直していきます。通常は、0-100なのですが、統計学ではZ-scoreを用いると理解が安易です。Zは数学において、第3の未知数を表す記号なので、その未知数の得点計算をしたもの、ということです。簡単に%に直せるので万民にわかりやすくなります。そのせいで、正規分布であるBell Curveの表を描くのが好きになってしまい、直線がきれいに描けない頭の悪い自分にほとほと呆れることもあります>厳密な直線を描ける人はうんと頭がいいと言われているらしいんですが、知ってます?コレ、本当のことなのでしょうかね?ちなみに、アインシュタインによると純粋な直線はありえず、地球が丸いのだから、直線に見えているものでも微細なカーブがついているわけです。

 

人間は自分たちが三次元で暮らしているのに、どうしても平面的(二次元)に物事を解釈しがちです。それは座標に慣れすぎたためなのか、それとも座標の軸にするものもやはり2元にしたほうがラクだからという怠惰さから来ているのか?地図などは賢い例で、作り手のほうは、高さや深さ(海抜や標高)なども書き入れ、色分けしたり数値を示したりしているのですが、読み手のほうはそれを見逃しがちです。しかも、地図を東西南北ではなく、上下左右で読んでいる人たちは、やはり二次元的なモノの見方をしがちだということは気づいたほうがいいです。

 

英語を教えているときも推奨しているのですが、右脳を使うことにより、これは鍛えられます。なので、ささやかではあるのですが、蓄積が大きい、左耳で電話を受けたり、物事を映像化したり、できることであればいろいろなことを頭の中でグラフ化することを薦めています。車の助手席に乗ってナヴィゲーションをするときも、上下左右(運転のときには、前後左右だと思う)で話を展開するよりは、時計の要領で、何時方向というのを使うのが有効なのが立証されているので、航空界でもそれを歴史的にも使っています。滑走路は北を0度として360度の円を想定し、それで滑走路の数字が決められます。0は省略し、15・27・32などの大きな数字が滑走路に書かれていることを、今度気づいてみてください。方角もわかるようになっています。

 

別に素人がこんなことをマスターする必要なんかないじゃないか!というご意見もあるかと思うのですが、私としては、脳を活性化させて最後まで生きていくには、「使えるものは何でも使う」という主義なので、有効であれば使ったほうがいいです。たとえば、ものすごく重い荷物を持っているときに、数人で支えていて、障害がどこかにある場合に、位置を即座に伝えるには(背面に障害がある人もいて、その危険度は高くなる>見えていないので)、やはりその人の立ち位置から「7時の方向に穴があるよ」などという言い方がすぐにできれば、5時の方角に荷物を持っていく力も軽減されるわけです。引越しやさんをしたことはないのでわからないですが、きっとこのような不便とか事故はあるような気がする・・・。

 

人は時として莫大な情報量の中から、自分が伝えたいことを表現せねばならないことがままあります。

・          プレゼン

・          告白

・          テストの回答

・          ネゴシエーション(交渉)

・          事実の伝達

・          感情の伝達

などなどコミュニケーションというのは、ゼッタイのない世の中でもゼッタイに不可避なものなのだ。「何が食べたい」ということを伝えることすらできない人たちはかなりいます。赤ちゃんで言語がまだ持てないだけではなく、疲れていて応える気がしないだとか、どうでもいいということを言うと相手がご機嫌を損ねるからとか、考える時間が欲しいとか、いろいろな背景があっても、コミュニケーションというのは日々直面している難しいスキルなのだった・・・。

 

昨日、フリーマーケットが成功に終わり、戻ってきて荷物の整理が終わったあと、西さんがすぐさま「焼肉に行こう!」と言ったのには驚き、「今日はなんて決断が速いんだろ・・・」と感心しました。それもそのはず、第2回で私のフリーマーケットデビューのときにも焼肉に行き、以来、行っていなかったので、なんだか西さんの中では「成功の慣例」になっていたに違いない。その他2・3回は、ささやかながらもお刺身等を買ってきて自宅で食べたのです。しかも、そのうちの1回は、あまりに寒くて早めに上がったので私はパチンコでさらに3万ほど勝った記憶もあり(笑)。特に、西さんには「成功の慣例」について指摘し、コミュニケーションする必然はないので放置ですが、普段よりもずっと「食べたいもの」の決断が速かったのでびっくりしました。

 

私は何にしろ決断が速いので、決断の遅い人にはたまーにイライラすることがあります。さらに、決断しているだろうに「言えない人」にはさらにイライラします。けれどもそれはその人たちのせいではなく、私にも非があり、「自分のスピードで世の中は廻っていないのだ」と自戒するのです。ただ、決められない人たちに、座標を提供することはよくあります。けれども、決め付けて枠組をし、押し付けがましくなることは避けたいので、カテゴリーで聞いてみるわけです。和洋中などに分けるのが最も一般的ですが、その前ん外食vs 買出し@家で、とうのもありか・・・。そして、指数を教えてもらい、私は頭のなかで図表を作っていくのです。わかりやすい。

 

プレゼンにしろ、感情的な問題にしろ、それは大して変化はなく、座標軸が増えたり、グラフそのものの形が変わったりするだけのことです。数値化することでドライな人間だと思われがちなのですが、それは当たっているのかもしれません・・・(汗)。

 

実は最近、知り合いの方のプレゼンにご協力したのですが、外部者だからこそ見える新しい座標というのも提案してみました。この世にある物事のすべてを取り入れるかどうか?は別にして、自分の目に見えて手の届くところ以外にもスペース(空間)は果てしなく広がっており、無数の実在物が点在していることがわかるために、座標軸というのはけっこう有効なのだ、と、付け加えておきます。

 

ははーん・・・。だから私はウルトラマンシリーズを見ても、夜空を見ても、星が無数にあることを想像すると、悲しくなって、胸が詰まるんだな・・・。それは、自分の小ささが痛いほど実感できてしまう瞬間なのだ・・・。