思いやりと推測の違い

私を最初に見た人は「うわぁ、よく喋るねぇ」という印象を持つと思います。でもよくよく注意してみると、質問系の発言が多いことにきっと気づくと思います。たとえ長いStatement(言うこと、文、言明など)を発しても、たとえそれにため息や怒りや切なさや呆れが入り混じっていても、必ず「どう思う?」「なぜ?」「どうして?」「理由は?」「何の目的で?」という質問を必ずします。

文章がそういうものになっているか、私は意識していませんが、わりと原因や関連性や繋がりを追い求めるような雰囲気は漂っているのではないか?と自分では感じます。今、これだけ考えたなかで、途中結論だけれども、私はこう考えるよ、ということはきつい印象・強い印象があったとしても、「余地」を必ず残したいという希望はあります。

誰にもあることですが、おなかが空いたり食事の献立を考えるときに冷蔵庫のドアをわりと長いあいだ開けっぱなしにすることがあります。人によって「開けっ放し」という感覚は違います。私の場合、西さんとはもう10年以上いっしょに住んでいるけれども、「ああ、顔色でわかるわ♪」という自負はありません。

西さんは高倉健ではないので、クリント・イーストウッドにはなりきれないので、愚痴も言いますし間違いもたくさんだし、本人が望む「潔い人間」から程遠いことがたくさんあります。言葉が少なくてもコミュニケーションは可能なのですが、うんともすんとも言わないことは「無視」です、「寡黙」とは違います。こちらに向かって発さないのは不誠実です。それを彼がめざしていないのならば、私はちとしつこいです。恐怖の4段階半コミュニケーションの始まりです。

「ん?何探してるの?」「何が食べたい雰囲気?」「日本酒?ウィスキー?ワイン?」「今日のお弁当は何だったっけ?」などそのときに合ったと私が考える質問をし、西さんが「うーん」「ん?」「えーーっと」なんて言いつつ、まで冷蔵庫を開けっ放しにしているが、さらにあまり真剣に考えていないこと、自分の理想像や私を全く無視している状態に少し腹が立ってきます。「お、これこれ!」「これが食べたい」であればそこでCase Closed(ケースおしまい)です←第一段階。

「ああ、そういえばこの前ドアベルが鳴ってドアを開けたらペンギンがふたり、この家は涼しいんですってね、って来てたんだよ。おかしいでしょ?」とか「PG&E(電気会社)から感謝状もらっちゃったよ、うち。どうしてかねぇ?」とつぶやいて、西さんが私の話を聞いているのかどうかチェックします。ま、本当におなかを空かせている場合は聞いていませんし、自分がどうしてこんなに長いあいだ冷蔵庫を開けているのかもわかっていません。聞いている場合は笑って済みます。「ああああ、じゃ、もうきくみが決めてぇぇぇぇ!」と投げます。あるいはちゃんと食べたいものを探せてます。←第二段階。

「OOがあるでしょ、XXもあるけど?」「今日のお弁当のおかずは何だったっけ?」「この前西さんが食べたいって言ったから買っておいたんだよ、△△、どう?」などと、まだ更に手助けをします。あまりに集中していて自分のこと~食べたいという気持ち~に集中していて、私のイライラも冷蔵庫開けっ放しも古いモノから食べたほうがいいことも、ぜーんぶ忘れている場合には何の返答もありません。聞いていれば「あ、ごめん。じゃ、それ食べる、どこ?」「あ、わかった、どうやって作るんだっけ?」「何がいちばん古い?」今日のおかずは◇◇だよ」と返答して、ふたりして明るい気持ちになります←第三段階。

まだまだ自分が開けっ放しにしていて事態を悪くしていることに気づいていない場合は、「何で冷蔵庫開けっ放しにしていいのかな?」「冷蔵庫は西さんよりたいへんだよ。1日24時間働いてるんだよ。人間じゃなければいいの?」「OOを作るからもういいかな?」「XXを食べてもらいたいんだけど気分じゃない?」などと言います。ご機嫌がよければ「はーい!じゃ、それを食べよう」「そうだな、開けっ放しじゃかわいそうだ」「見つからなかったんだよ、ちょっと考えが足りなかった」などと殊勝です。すんごく疲れていると、「どうしていちいちいちいちそういうこと聞くの?いやみ?」と悪態をつきます←第四段階。

そのあとの半段階は喧嘩になるか、疲れて悪態をついたまま寝るか、明日起きてから元気なときに話そうと、3つにひとつです。ああ、この段階まで行くとお互いが疲れてしまいます。西さんが疲れていないときは、第一段階でいつも終わるのです。疲労度合いによってですが、もう前ほどにはこの喧嘩チックなものはなくなりました。問答というか、とにかく憶測しないで聞くという作業がおもしろくて、西さんも自分の疲労度のいいバロメーターだと思っています。

「いいじゃん、冷蔵庫ぐらいいっくらでも好きなだけ開けさせておいてあげれば」とか「じゃ、最初から好きなもの作っておくとか、食材の古いものを使って作っておけばいいじゃん」とか言われますが、西さんといっしょにいたわけじゃないので、その日本当にお弁当を食べる時間があったのか、定刻通りに食べられたのか、どのくらいの量食べたいのかわからないし、まずは疲れて帰って来ているので、自分の好きなものを食べてもらいたいと思うのですね。電話かかってきたらそのリクエストに応えて作っておきますが、自分が決めたい人であるのを知っているので忙しいときは「あ、帰ったら適当に自分で食べたいモノを探す」という彼の意志を尊重しています。

「私は彼をアタマの先から爪の先までよ~く知ってるの♪」なんて思えないです。パターンはだんだん読めてきましたが、まだまだ先は長いです。西さん自身が彼をまだまだ開拓中であるので、私は簡単に判断できません。決め付けるのは嫌なので、たとえ疲れてもがんばります。基本的には自分で食べるモノは自分で責任を持って決めたい性格ですが、よっぽど疲れているときは、食べたいものさえも私に決めてもらいたいと言える人なので、私は西さんの自己申告を信用します。

いくらイカの塩辛が好きでも毎日は食べたくないし、たらことアンチョビとオイスターと・…を5種類決めて、曜日によって出すシステムに賛成する人でもありません。ネクタイも背広も掃除もお金のことも買い物も、みーんな家では合議制です。強く言った者勝ちではなく、自分の意見をジェスチャーやどのくらい真剣に考えたか、人の意見をよく聞けたか、で話し合って決めます。

リズムやパターンがある家を羨ましく思いますが、私はこの毎日を楽しんでいます。ある程度のリズムやパターンはあるんだけど、まだまだなぞに包まれていて、毎日が楽しいイベントです。思いやりという名の下に相手の意志を推測しないように、言い方に気を付け、表現にバラエティを用い、毎日サーカスの綱渡りの日々は続きます。はぁ、楽しい10年半だったこと♪いつになったら西さんは私が注いだ日本茶を湯呑みをテーブルに置かずに、手に持ったままおかわりを頼んでくれることでしょう?そういう日は生涯来ないのかもしれません…。

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関連するいいエッセイです: 質問する文化と推測する文化

 

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