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手作りのあたたかみ

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01/25/2007 にアップした文章です。

 

ここのところ、横田基地の通訳のアルバイトに通っており、現場でいろいろな「新しい発見」をしています。毎日がドキドキで楽しく、新しい人々と触れ合うのも本当に勉強だ・・・。コンクリートが固まるボキャブラリーは、建築関係の人々には複数あり、私たち素人には数個しかないわけです。ここのところはたいへんにミステリアスで、わからないことを知りたい好奇心の強い私としては、インタビュアーになっています(笑)。ただし、インタビューをしていい相手とそうでない相手を見極めるのもたいへんで、ここでも人間関係の妙や社交術や性格などは切磋琢磨されるのです。いいねぇ。外に出るって>ニートのみなさん、本当よ♪

さて、気づくと手作りものを欲している自分がおり、母に毎日お弁当を作ってもらっています。中学時代以来なのですが、なんだかとっても充たされる。パカッとタッパーを開けると、そこには空腹を充たす母が作った手作りのごはんがある。コレは食卓で慣れているはずなのに、やはり彼女が眼前にいないので、ちと違う。さらなる感謝。改めて思う、という気持ちになっています。

9月過ぎて日本に戻ってきたときには、とにかくいろいろ食べてみたくて、外食をしたくてたまりませんでした。特に酒が安いので(焼酎や日本酒はアメリカでは日本の倍くらいの値段になる)その肴を求めてもいたし、場所や人々やその営みいろいろがめずらしく、きょろきょろと遠足に行くような気分になれる、最もお手軽な方法が外食だったのです。人間ウォッチングにだってマナーは必要ですからね(笑)。

しばらく経つと、貧乏で生まれた私はどうも外食には飽きてきた。3日に1回など多すぎるし、ここのところ、とんと出ていない。昨日も、通訳の帰りに気分がくさくさしていたので、パチンコに寄ったのですが、5千円で42000円出てしまい、2時間しかかからなかったのです。いつも通りの食事時間と就寝ができ、勝ったにも関わらず、「えーい、外で食べようよ」とは言えなかった。疲れていると、外食をすると身体の調子も悪くなる気がするのは、一重に精神的なもの、とは言いきれないと信じているせいです。そこで、質素な食事を(笑)。口が安い私は、質素でいいんだよなぁ・・・(苦笑)。

そこで他人に聞かれる心配もなく、マナーをどうこう気にすることもなく、母が「ねぇ、また介護年金が上がったんだよ」などという話を聞きながら食べるのがいいのです。「ほんと、政府のやることは気に入らないよね」という、市井の話を聞きながら、「なーに、言ってんだか」といろいろ会話をぽんぽんやるのがいいのです。私はそういうふうに育ったので、どうも最後には行き着いてしまうようだ・・・。

手作りおそるべし、です。

それを踏まえて考えるに、クラフト系の習い事が流行っているのも納得できます。技術革新が進めば進むほど、人々は手作りに郷愁を感じ、いいものは貴重品として売れていく。バッグなどがそのいい例ですが、職人さんが手作りで丹念に作っている老舗などは、薄利多売をせず、機械化をせず、納得のいく品物を飽くことなく作っています。それが老舗の老舗たるゆえんです。食べ物やさんでも同じで、1日おまんじゅうでもお蕎麦でも限定数しか作らない。なぜなら、それがいい品質をキープする精一杯の数だからです。

山本周五郎と『鬼平犯科帳』をごっちゃにしながら読んでいるのですが、今の日本は江戸時代の様子にたいへん似ています。「口入れや」がおり、人々は日々の暮らしに不安を持ちながら、仕事があったりなかったりするのを懸念し、かたや多くの武士や富裕商人は誰の心配もせずに遊興に励むのです。その中で、見ず知らずの子どもを火事で焼け出されて逃げる最中に拾ってしまい、記憶喪失にかかってしまい、自分の子どもではないことはわかっていても誰にもそれを信じてもらえず、中傷にめげずなんとかお金を稼ごうとするのです。彼女がしたことは、「足袋のこはぜかがり」。かがる、という動作がわからない方がいるかもしれません。

かがり縫い:裁ち目がほつれないように、布端にしつけ糸や地縫い糸を一定の方向にまき付けること。
こはぜ:(1)足袋・脚絆・帙(ちつ)などの合わせ目を留める爪形のもの。(2)金属板で屋根を葺(ふ)く時の板の接ぎ方。板を互いに折り返し、折り返しどうしをひっかけてつなぐ方法。こはぜつぎ。

この足袋のこはぜも、当時発生したもので、新しく、内職としてたくさんあったようです。最初は大坂発祥だったらしい。

その内職をやりながら、小金が貯まると小商いをし、なんとかステップアップする、というのが、庶民の望みだったわけです。似てませんか?ベンチャービジネスが自由解禁とはなったものの、大きな企業以外はみなそうして暮らしているはずです(って、弊社のことか・・・爆)。

西さんとも話していたのですが、日本では、なぜか大人のぬり絵や松尾芭蕉の奥の細道などの写しを手書きするのが流行したというのは、やはり「自分の手で何かをする」ということへの、かすかな崇拝がある一面かとも思ったのです。

私の母は、洋裁をするのですが、私の洋服は、幼い頃は半分ほどは手作りでした。特に「よそゆき」がそうで、あまり布で小さいバッグを作ってもらったりしました。が、哀しいことに、私は母の大好きな「女の子おんなのこ」したデザインがどうしても好きになれなかった・・・。そうして母の夢は消えたのです。10代に数度、20代に一度だけ、洋服を縫ってもらいましたが、それも私がデザインを選んで作ってもらったものです。

が、今考えるに、彼女を「ねぇ、これやって」などと使っている西さんや私は、母の手作り志向をたいへんにありがたいと思っており、ひどく重宝に使っているのでした。そこで私が考えたのは、「お針の練習」くらいはしておくべきだったということ。いまさらダメかなぁ。イヤ、大丈夫だろう・・・。ミシンもきっと使えるようになるだろう。叔父はテーラーだったのですが、これまで本当にそんなことを思ったことがありませんでした。叔母たちふたりは編み機を使えるのですが、ちっともすごいことだとは思わなかった。母ですら、「買ったほうが安いよ」とは言うのですが、どうも安さとだけ関連するものでもないらしい・・・。

建築現場の方々は、プロではあるとはいうものの、手作りに通じる心意気をたくさん持っています。勉強になります。ところが、基地に来るはずの米人さんが日本に来るのが2月12日に延長したので、私は2週間のお休みがもらえることになりました。罰が当たりそうですが、なんだかとってもほっとしています(笑)。朝4時おきはつらいのよ、やっぱり・・・。5時か6時ならウキウキだったんでしょうけども・・・。2月12日から2週間でそのバイトからも開放されますように、となぜか祈っています。やはり自分の会社の仕事が気になるのである・・・。

手作りを見ることになってよかったのですが、なので、こんな文句を言っていてはいけないのですが、やっぱり身体が資本だってことで(爆)。