携帯の是非

05/27/2008にアップした文章です。

 

なんだか、小中学生に限って、「なるべく持たせないで!」という結論が出たらしい。そんなこと、私は、もう10年くらい前から言っていたのである・・・。日本に里帰りするのはたいてい冬だったのだけれども(ほら、夏の蒸し暑さがとてつもなく苦手だったから・・・。ん?過去形ではなく、今年の夏もまた喘ぐに違いないのだけれども・・・汗)、そのたびに、小学生や中学生がなぜに夜の10時前後に駅に居るのか謎で仕方がなかった。私が子どもの頃は、TVは8時までと決められており、高校生になって、自分で稼ぐまでは、『ぐぅ』の音も出ないくらいにコテンパンにやっつけられていた・・・。ましてや、携帯なんてお金のかかるものを持たせてもらえるわけもなく・・・。やっぱりこれについても、「泥棒を捕まえてから縄を綯う」んだなぁ。そして、泥棒が蔓延してからしまった!と思って、後手後手なのである。不思議だ・・・。ちなみに、昨日書いた通り、不平不満ではなく、本当にバカなことに関しての学びがないことについての不思議だからね(笑)。

 

携帯電話の歴史>

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1 この2.というところが歴史について書かれています。

 

日本では1987年が最初の発売なんですって。私の渡米が1988年の4月なので、私はもちろん実感のないまま、アメリカ生活を開始し、自分がCellを持つまで長いこと躊躇することになるのであった・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1 

 

携帯文化についてはこのようにまとめられているのだけれども、それほど感動的な学びはなかったかもしれない。もう少し提起的に書かれているといいなぁと思ったりした・・・。>

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1%E6%96%87%E5%8C%96 

 

問題提起であれば、いろいろな人が書いています。ざらっと羅列しておきます。

http://dandoweb.com/backno/20061210.htm>岩波で何かを連載している方らしいのだけれども、私は浅学なためこの方を知らない・・・。

http://www.intecjapan.com/forum/2007/02/post_12.html >タイトルが気に入ってしまった(爆)。私の尊敬するダーウィンが訪れた地;ガラパゴス諸島なのだと・・・。

 

私が携帯電話を自分で使うために手に入れたのは、復学したためで、PTSDの後遺症がひどかったので、過呼吸になったり、またもやレイプや事件に巻き込まれたらもう今度こそ生きていられないだろうと思ったため。2005年の出来事でしたから、まだ3年くらいしか経ってないんだね・・・。アメリカでの移動は全面的に車で、キャンパスはできるだけ歩くことにはしていたのだけれども、あまりに正反対の方向だと、バスを使わないと軽く30分近くかかってしまうので、たまにはバスを使っていたのである。ちなみに私の大学があった市では、車の運転中に携帯で会話を手に持ってしていると罰金なので、運転中に会話が必要なヒトは、それ用のガジェットをライターのところにつけており、手や耳を遮られることなく、会話をしていたのです。日本でもそういうのはあるんだよね?

これはアメリカのやつ>Sony Ericssonのサイトなのだけれども>

http://www.wirelessemporium.com/match.asp?typeID=5&brandID=2 ピンキリなのがアメリカのいいところである。私は、かかってくる電話は運転中は出なかったし、かけるときは停まってからだったので、こんなものの値段の相場もあまりよくわかっていなかった(笑)。

 

学校のSyllabus(カリキュラムスケジュール)には、携帯を授業中に鳴らしたらという項目があったりして、「こんなことすら書かなければならなくなったのはつらい。お願いだから言わせないでくれ」と頼む教授もいたくらい。書かない先生のクラスはむしろ、怖いと有名だったり、セミナーだったりしたし、そもそもクラスの半分も持っていなかったかもしれない・・・。昨今だろうと思うなぁ、大学生のほとんどが持つようになったのは。それは、寮やアパートの部屋に電話を引かなくてもいいという利点以外のナニモノでもなく、あまり積極的には使っていなかったはず。なぜならば、契約料に1ヶ月30ドル以上払うバカはいなかった・・・。ビジネスマンはともかく、大学生はそんなものよ・・・。

 

今もたまに携帯電話を持って出かけるのを忘れる私である(笑)。授業のキャンセルなどは、当日だと行かなくて済む場合などはありがたいのです。ところが、当日キャンセルでも、行けばお金がもらえるという利点もあるのであった。他の授業がある場合は、行って添削や授業準備などをしていたほうがお得な場合もあり、そのために携帯は持っていたほうがいいのですが、たまに忘れる(笑)。

 

この1年で私の身についた携帯儀式は、母に駅に到着したら電話を掛けること。歩いて3分なので、ごはんの準備のタイミングをお願いしたり、帰りに買い物があればしてから帰るという段取りなのだった。あとは、遅くなったときにすぐに電話できるのはいいよね・・・。でも・・・、やっぱりどう考えてもそれほど電話を使っておらず、1ヶ月でだいたい30分行かないようです。

 

しかも、私はまだ携帯メールというのを導入しておらず・・・(爆)←ひどい非文化人なのかもしれず・・・(汗)。やっぱりこうして10本指でタイプをするのがとてつもなく速い私は、親指だけで一箇所だけしかプレスできない携帯でのメールというのは、どうしてもイライラするわけです。それなりに学習をしたら速くはなるんでしょうが、このスピードはゼッタイに超えないはず。きっと、私はこのまま流せるのであれば、携帯メールはデビューなしということで(笑)。受け取れるようにはなっているんですが、私が居る場所には携帯電話もあれば、固定電話もあるし、PCもあるので、それでいいや、と・・・。

 

小中学生だけではなく、これまでもいろいろな携帯が文化的な進歩よりも退化を招く説というのを、たくさん書いて来ましたが、そのせいで私はまだまだ抵抗しています。健康や事故のためには、持つ程度であればいいとは思うのです。あるいは、待ち合わせのときに本当に会えないときの保険のためには持つのもいいと、譲歩しましょう。が、それに依存するような暮し方は、やっぱり技術革新文化を持つことの本末転倒です。

 

しかも、携帯電話でアクセスできるサイトに、子どもたちを守るどころか、彼らの精神生活を大きく乱すような、悪口やいじめのサイトがあるというではないですか・・・。気になってアクセスして、またもや傷ついて怯えて・・・という悪循環に曝されて、携帯の弊害はこれ一点だけでもひどいです。小さい頃から匿名性という名の下、何をしてもかまわないという習慣を身につけて、それを正当化する小理屈を身につけてしまったら・・・と思うと、ホラー映画よりずっと怖いですね。

 

大人の習慣としても是非の非のほうが、私はたくさん挙げられるのですが、あまり言い過ぎても不平不満の連続のようになるので、今日はこれまで。あ、そうだ・・・。携帯の電池レベルチェックしておかないと・・・←これもよくやるんだよね・・・(汗)。

 

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