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改めて英語について その2

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03/24/2007 にアップした文章です。

 

昨日、ページが長くなってしまったので、今日は6.からの解説をさせていただきます。1.から5.までに納得していただけたならば、自分の英語嫌いや英語苦手など、だんだん「うーん、そうじゃなかったのかも」くらいまでには、きっと納得してきつつあるかもしれません。外国語を習得するということは、それほどたいへんなことではありません。いや、たいへんかもしれませんが、みなさんが日常こなしている、PCや職業や趣味の分野のそれぞれについて習得されたくらいの難しさです。キーポイントは、「嫌いではないはず」「好きになれるかもしれない」ということで、その感情での分け方がそもそもある場合に、「得意・苦手」が二次的に生まれることをご理解ください。

さて、6.からです。

6. 私の英語の先生は英会話ができた
そもそも、言語というものの基礎的存在意義は、「伝達」「意思疎通」にあります。いくら、文法ができたり、ペーパーテストでいい点数が取れたりしても、会話ができなければ手落ちです。そんな先生に習った英語が、「好きになれるか?」を問うてみました。昨今の小学校からの英語教育では、この点に注目し、英会話ができる先生が教えてくれているそうなので、少し安心ではありますが、まだ試行錯誤なのでしょう。私たちが、日本語をどのようにして身につけたのか?を考えれば納得ができることです。日本語会話ができない人から、日本語を学んだでしょうか?もしも、英会話ができた先生から中学・高校の6年間、鍛えられたとしたならば、その先生たちが日常的に英語のクラスでは英語をしっかり話してくれたとしていたならば、きっとあなたの耳は開発されているし、抵抗感などもなく、不思議に聴こえないはずです。BGMとしてであっても、英語の歌を聴ける年代になっている人々と、江戸・明治・大正・昭和あたりの市井の人々の耳の準備が違うのと同様です。

7. 中学・高校の英語のクラスで、英語歌詞の歌を歌ったことがある
これも、心理的なものと、感覚器官的なものを確かめる質問です。聴くという作業から、もう一歩進めた「歌う」に進んだかどうかを確かめています。耳を使うだけではなく、目で歌詞を追い、喉を使って歌ったかどうか?しかも、他人の歌声を聴いて鍛えられたかどうか?などの目安にもなります。ここで、「歌いたい英語の歌があるかどうか」を考えてもらいます。John Lennon” Imagine”と言われたので、私はちと感動しました♪ただ、バラードは難しいよな(爆)。

8. 中学・高校の英語のクラスで、Native Speaker(s)に1時間でも習ったことがある
これも、6.7.と同じです。6.の英会話ができる先生に習ったかどうかの進歩版で、母国語としての発音ができているナマ英語をどのくらい聴いたことがあるかどうか?その先生が日本語ができたかどうか、等、細かい質問はその後ついてくるものの、私の昨日の生徒さんには、ひとりもこの体験はありませんでした。

9. 「英語くらい喋れないとなぁ」と思う
この圧迫感は何なのでしょうね?この日本語の表現がぴったり来るようで、実際理想的なのは、「英語が喋れるようになりたいなぁ」なのです。そうすれば、旅行も気軽にでき、友だちになれる人口が広がり、読書や映画鑑賞などにも幅が出る、等、いいことは確かにたくさんあります。が、義務じゃーないんですよ。自分が欲するかどうか?なのです。まずはここ。仕事で労働の代償としてのお金をもらっている場合には、そこには義務が生じます。けれども、自分に技能を身につけたり、人間の幅を広げるためのツールとしての習得に関しては、義務などありません。自らが欲することがそもそもの出発点でなければ、大きな花は広がりません。他人に言われて、チューリップやヒヤシンスの球根の日記をつけている子どもの水やりや日光に当てる作業と、学校で言われてもいないのに自ら家庭菜園もどきを始める子どもの植物の育ち具合でも歴然です。他人に操作されて生きていくのは、たいへんに悲しいことです。自ら欲して、その欲したことを獲得するメンタリティを持っていただきたいものです。

10. 私は科目にかかわらず、勉強法に自信がある
何度も飽きるほど書いてしまったことですが、義務教育では、勉強の内容などは教える必要はないと思うのです。ただ、実際に独学ができるようになるために教材があり、便宜上科目が分かれており(なぜ物事は分類したほうが効率的で整然とするかという教育にはなっている)、結果としてその中で基礎的なことを獲得できる、程度が義務教育でいいと信じています。辞書の引き方やその他調べ物など、昨日も「目からウロコ」と感じてらっしゃる生徒さんがいましたので、そんなことを教えず、その後、自分で創意工夫することも披露せず、なぜに教育なのか?と、私は世間にむかっ腹を立ててしまうわけです←ひとえに私心ですが・・・。せめて、高校や大学を出た人々は、みな「勉強法には自信がある」と言えていただきたい。これが、文部科学省が目指す道なのではないのでしょうかね?

11. 料理と英語と大工仕事ならば、英語がイチバン難しいと思う
この質問は、まだ身につけていない事柄は同じように難しいのであり、そこには適性などはあるにしろ、その適性は、実は先天的なものではなく、後天的に操作されたものだ、ということをご理解いただくための設問です。まっさらの赤ちゃんが目の前にいたとして、何がイチバン難しいかを、きっと大人はすでに押し付けていることにもお気づきになれると思います。いや、子どもが16歳だったとしてもそうだろうな・・・(笑)。

12. 英語ができるようになりたい動機・目的がある
9.をさらに深く考えるための発展設問です。これが純粋で、自ら出ているものや、今後の人生に大きく深く影響するものであれば、教える側の私としてはシメたものなのです(笑)。私の場合は、命に関わる航空学校に入りライセンスを取る、という動機・目的があったので、英語はスムーズに出発できました。それまでの中学・高校・大学の英語教育はクソ食らえ(Pardon, my French・爆)だったのです。これを教える側が考える機会を持たぬままでいることが、私にはすでに不思議です。が、ともかく、帰国して6ヶ月半、不思議なことばかりがあるので、もうあまり不思議に思ってはいけないのかもしれない、と思いつつも、未だに不思議がっているワタクシなのです・・・。

13. 英語圏の文化は、けっこう知っているほうだ
知らない文化についての寛容度や興味を聴いておかねば、教材をどうしようか?ということになります。私は、個人に沿った教材を公平に作ろうとしています。1日1時間、どんな形でもいいから、英語脳を作ることを薦めており、キッチンできゅうりを切りながら、Cucumberと唱えるだけで一丁あがり、でいいのだと思っているわけです。私もそうでしたし、その語彙吸収は実際の動作と繋がるとさらに強化されます。昨日受けたのは、1から100まで英語で言えるようになるためには、歩いているときに数える。言えなかったら停まる、というもの(爆)。私は、まじめにそれをやっていたのですね♪もちろん、それは1からではなく、桁を発展させたものだったのですが・・・。1000以上になると、円-ドル関係が生じて混乱するしね・・・。あとは、頭の中で、距離をメートルやキロからフィートやマイルに直したりするので、よく足を止めていました(爆)。さらに、ハロウィーンやクリスマスやその他、いろいろ使える文化はあります。食い物がそのイチバンなのですが、あいにく、キッチン設備がある部屋はスケジュールがあるので、前もって言わなければなりません・・・。

14. 大人になってから、英会話教室などに通った経験がある
これは、やる気・欲する心を調べるための質問です。行ったことがある場合、なぜうまく行かなかったのか?を考えてもらいました。

15. 1日1時間程度ならば、英語の勉強に費やす覚悟がある
13.に書いた通り、生活の中で英語脳を作ってもらうためには、この1時間は最低限必要で、あとは増やせるくらいの「楽しみ」「喜び」が出ることを祈るばかりです。

16. どうしてこれまで英語ができなかったのか、理由がちゃんとわかっている
ここまで来たら、この正解はひとつでしょう。どうして英語を身につけたいのか?というところが、「好き」あるいは「好きになって」出発し、自分が血のにじむ努力をせずとも、好きなところから入り、そのあと進み具合により努力をすればいいだけだった、というお話です。英語を好きになる理由は山ほど転がっているはずです。嫌いなまま6年かそれ以上続けても、ボタンの掛け違いだったというお話なのです。どうでしょうか?

長くなりましたが、英語が苦手な人、まだ英語に自信がない人、英会話ができたらいいなぁと思っている方は、ぜひご意見がありましたら、コメント欄にお書入れください。バンバン参考にさせていただきます。