歴史は繰り返す

01/30/2007にアップした文章です。

 

こんなに簡単な法則を、みな知っていても、自分も参加して造っていることについては、それほど意識はしていない、というのが、人間が「いとあはれ」なところ。まぁ、だから世の中はおもしろいということにもなるのですが、他人を笑っている人に限って、自分のおかしさをなかなかわからぬところがあります。自分を自分で笑える滑稽さを知っているのはオツなものです。うーん、まぁ、その「あはれ」「おかし」の本質がどこにあるか?をしっかりわかっていなければ、元も子もないのですが・・・。

『鬼平犯科帳』は続いています。なんたって850ページのなかに、つい先ごろちゃんと確かめたのですが、8巻が詰まっているのです。なので私はやっと文庫本分にしたら13巻を読破したところ。なんとなく、これくらいになると、長谷川平蔵を理解してきており、さらに、命の恩人となった犬まで役宅に連れて帰っており、思わず笑みがこぼれてしまうようなエピソードも多々あり、慣れてきました。ちょっと中毒気味になるのは、きっとこの頃なのかもしれません。

その『鬼平犯科帳』の中の書き下しです。『白と黒』という中にあります;
他国のことはいざ知らず、将軍ひざもとの覆えどでは、とどまることを知らぬ贅沢の風潮が上は大名、武家方から、下は町家にいたるまで蔓延し、生産物資が多彩をきわめると共に、これまでおもいもかけなかった商売や商法がはびこり、めまぐるしく金銀は流通するのだが、これがいずれも商人のふところへ入ってしまう。
「ここ二・三十年ががほどの間に、食べたり飲んだりする店は、おれが子どものころにくらべると三倍も四倍も増えたろうよ。徳川将軍御威光の下、戦乱(いくさ)が絶えて天下泰平の世が百何淳年も打ちつづいているのは何よりけっこうなことだが、人びとはみな、安楽の上の安楽を求めて追いやまぬようになった。この世の中、いまに・・・・・あと五十年もしたら、どうなることやら・・・・・」
と、これは、このごろの平蔵がよくもらすことなのだが(以下続く)

これは、江戸の奉公の心構えの様子の描写にあるものなのですが、今とまったく同じではないですか!ここで平蔵がなつかしんでいるのが、たとえ勤めはきつくとも、情が通じ合っていれば、奉公人とて主家から嫁入り先も紹介してもらえ、しっかりとした行儀や身につき、お稽古や才能開花まで面倒みてもらえるのであるが、世の中がこうでは、人々はバカらしさが先に立ち、情などというよりも、流行の飲み食いや着飾りを求めて、我も我もと、お金だけの関係になりがち、というのを説いているわけです。

今も昔も変わらないのよ・・・。歴史はサイクルで繰り返すというのは、みな知っていることなのですが、意識しているわけでもなく、自分が加担していることについてそれほどの重大性を見出してもおらず、「たかが自分ひとり」くらいにキラクに考えているわけです。

平蔵の子どもの頃と比べており、まるっきり私がしていることと同じで、きっとこれは、校長センセ世代を始めとする皆々様がやってらっしゃることに違いない(爆)。それでも、政治家はご老年も多く、どうしてこんな文化をますます推奨させる懸案ばかりを・・・と、思うのです。NEET出現だって、まさしくコレなんじゃないのでしょうかね、器(人々を取り巻く社会)がどういう状態なのか?で、「環境に影響されやすい人々」は染まっていく。これは当然のことと言えるかもしれません。

ここで、立ち止まらなければならないのは、1.「環境に影響されやすい」の基準と、2.自分はどうであるか?です。まぁ、そんなことを考えても何の得にもならないじゃないか!と思う方はご注意あれ。ひょっとすると、すでにこの「損得勘定」は、回りに影響されての思いかもしれません・・・。心理テストを探してみたのですが、それに特化したものは探せませんでした。特徴としては、TVやメディア等でやっていたことをすぐ鵜呑みにする(分析力の欠如が決定要因となる)・人の噂話を聞くのが好きで自分も誰かに話す・自分が決めたことがなかなか続かない(飲酒や禁煙、習い事やその他いろいろな面で)・季節の変わり目に風邪をひいたり、具合が悪くなることが頻繁にある(自分が影響されていることがわかっておらず、気づいて管理を先回りできない)・人目が気になる・他人に好かれたい、などなど、いろいろあります。心理テストでこのような項目がある場合は、「環境に影響されやすい」ではなく、もう一歩深い層である性格について、分析しようとしている傾向があります。

繰り返される歴史の中で、この「環境に影響されやすい人々」がたくさんいるのは、一部の賢いずるい人たちに利用される側に居るままになってしまう、ということはご自覚ください。

私ですか?影響されませんねぇ(笑)。論理が通らないものについては、まず疑う態度は崩しませんし、自分が気づく範囲で手落ちがあれば、遠慮容赦なく指摘しますし(ここも特に優秀ではないので、目落としがたくさんあるはずなんですが・・・)、人の噂話は本人の目の前で言えることしか言いませんし、聞くことは聞きますが、特にエンジョイをしてはいられず、です。禁酒はしています。1月は30日現在で2回しか飲んでいませんね。すばらしい♪禁煙はまだ機が熟していないので宣言をしていません。このエッセイも続けると決めたので、意地になっていることをコメント欄で校長センセに指摘されてしまいました(笑)。風邪は大人になってからは10年に1回くらいしかひかなくなりました。人目は気にならないし、他人に好かれたいとは毛頭思っていません。そんなところを母は「変わってる。おかしい」と言いますが、すでにそれはまったく気にしていません(笑)。

私を説得するのはたいへんらしく、西さんを始め、スペインのふたりや台湾のスタッフなど、私を「怖い人」と思っている感があります(笑)。ビジネスではけっこう厳しいらしい。日常生活でも、母親に怖いと思われているところもあり、ここは私の不徳の致すところです。いわゆる「頑固」というのでは自分ではないつもりでいますが、あまり他人を表現するボキャブラリーを持たない場合、あるいは面倒くさい場合には、「頑固」とはよく言われます。

頑固:他人の意見を聞こうとせず、かたくなに自分の考えや態度などを守る・こと(さま)。

けれども、アメリカに行ったときには、環境に影響されるところを自分で選び、影響されまくりましたよ。そのせいで英語はわりと早く話せるようになったのではないかと思うのです。

私も歴史を繰り返す中に参加しており、私の言動や挙動は確実に、歴史の中に埋もれていきます。表舞台に出ることはないにしろ、私は一員であることを誇りに感じており、人類の英知をできるだけ身につけたいがために学校に行き続けることを目標にしているわけです。いや、それしかとりえがない、とも言えるんですが(爆)。

この歴史は繰り返すで思い出したのですが、まったくのところ英語で授業を受けるのに自信がなかった私が、サマースクールに通ったときに、最初の授業がアメリカ史の前半でした(移民してきた頃から、南北戦争後まで)。その授業では、私はクラス17名の中で最高点を採り、無事にAをもらったのでした。不思議な授業ではありましたが、楽しい授業だったことを思い出します。私の英語力と知識で通用するのか?という言い訳があるにしろ、いつか史学もたくさん取ったほうがいいな、と思い出した次第です。労働史はBだったし、移民史もA-だった・・・。苦手な分野です(笑)。が、歴史は繰り返されるので、温故知新のいい場所ですから、『鬼平犯科帳』の次の時代劇も吟味して選ぼうと思います。

 

01/30/2007にアップした文章です。

 

こんなに簡単な法則を、みな知っていても、自分も参加して造っていることについては、それほど意識はしていない、というのが、人間が「いとあはれ」なところ。まぁ、だから世の中はおもしろいということにもなるのですが、他人を笑っている人に限って、自分のおかしさをなかなかわからぬところがあります。自分を自分で笑える滑稽さを知っているのはオツなものです。うーん、まぁ、その「あはれ」「おかし」の本質がどこにあるか?をしっかりわかっていなければ、元も子もないのですが・・・。

『鬼平犯科帳』は続いています。なんたって850ページのなかに、つい先ごろちゃんと確かめたのですが、8巻が詰まっているのです。なので私はやっと文庫本分にしたら13巻を読破したところ。なんとなく、これくらいになると、長谷川平蔵を理解してきており、さらに、命の恩人となった犬まで役宅に連れて帰っており、思わず笑みがこぼれてしまうようなエピソードも多々あり、慣れてきました。ちょっと中毒気味になるのは、きっとこの頃なのかもしれません。

その『鬼平犯科帳』の中の書き下しです。『白と黒』という中にあります;
他国のことはいざ知らず、将軍ひざもとの覆えどでは、とどまることを知らぬ贅沢の風潮が上は大名、武家方から、下は町家にいたるまで蔓延し、生産物資が多彩をきわめると共に、これまでおもいもかけなかった商売や商法がはびこり、めまぐるしく金銀は流通するのだが、これがいずれも商人のふところへ入ってしまう。
「ここ二・三十年ががほどの間に、食べたり飲んだりする店は、おれが子どものころにくらべると三倍も四倍も増えたろうよ。徳川将軍御威光の下、戦乱(いくさ)が絶えて天下泰平の世が百何淳年も打ちつづいているのは何よりけっこうなことだが、人びとはみな、安楽の上の安楽を求めて追いやまぬようになった。この世の中、いまに・・・・・あと五十年もしたら、どうなることやら・・・・・」
と、これは、このごろの平蔵がよくもらすことなのだが(以下続く)

これは、江戸の奉公の心構えの様子の描写にあるものなのですが、今とまったく同じではないですか!ここで平蔵がなつかしんでいるのが、たとえ勤めはきつくとも、情が通じ合っていれば、奉公人とて主家から嫁入り先も紹介してもらえ、しっかりとした行儀や身につき、お稽古や才能開花まで面倒みてもらえるのであるが、世の中がこうでは、人々はバカらしさが先に立ち、情などというよりも、流行の飲み食いや着飾りを求めて、我も我もと、お金だけの関係になりがち、というのを説いているわけです。

今も昔も変わらないのよ・・・。歴史はサイクルで繰り返すというのは、みな知っていることなのですが、意識しているわけでもなく、自分が加担していることについてそれほどの重大性を見出してもおらず、「たかが自分ひとり」くらいにキラクに考えているわけです。

平蔵の子どもの頃と比べており、まるっきり私がしていることと同じで、きっとこれは、校長センセ世代を始めとする皆々様がやってらっしゃることに違いない(爆)。それでも、政治家はご老年も多く、どうしてこんな文化をますます推奨させる懸案ばかりを・・・と、思うのです。NEET出現だって、まさしくコレなんじゃないのでしょうかね、器(人々を取り巻く社会)がどういう状態なのか?で、「環境に影響されやすい人々」は染まっていく。これは当然のことと言えるかもしれません。

ここで、立ち止まらなければならないのは、1.「環境に影響されやすい」の基準と、2.自分はどうであるか?です。まぁ、そんなことを考えても何の得にもならないじゃないか!と思う方はご注意あれ。ひょっとすると、すでにこの「損得勘定」は、回りに影響されての思いかもしれません・・・。心理テストを探してみたのですが、それに特化したものは探せませんでした。特徴としては、TVやメディア等でやっていたことをすぐ鵜呑みにする(分析力の欠如が決定要因となる)・人の噂話を聞くのが好きで自分も誰かに話す・自分が決めたことがなかなか続かない(飲酒や禁煙、習い事やその他いろいろな面で)・季節の変わり目に風邪をひいたり、具合が悪くなることが頻繁にある(自分が影響されていることがわかっておらず、気づいて管理を先回りできない)・人目が気になる・他人に好かれたい、などなど、いろいろあります。心理テストでこのような項目がある場合は、「環境に影響されやすい」ではなく、もう一歩深い層である性格について、分析しようとしている傾向があります。

繰り返される歴史の中で、この「環境に影響されやすい人々」がたくさんいるのは、一部の賢いずるい人たちに利用される側に居るままになってしまう、ということはご自覚ください。

私ですか?影響されませんねぇ(笑)。論理が通らないものについては、まず疑う態度は崩しませんし、自分が気づく範囲で手落ちがあれば、遠慮容赦なく指摘しますし(ここも特に優秀ではないので、目落としがたくさんあるはずなんですが・・・)、人の噂話は本人の目の前で言えることしか言いませんし、聞くことは聞きますが、特にエンジョイをしてはいられず、です。禁酒はしています。1月は30日現在で2回しか飲んでいませんね。すばらしい♪禁煙はまだ機が熟していないので宣言をしていません。このエッセイも続けると決めたので、意地になっていることをコメント欄で校長センセに指摘されてしまいました(笑)。風邪は大人になってからは10年に1回くらいしかひかなくなりました。人目は気にならないし、他人に好かれたいとは毛頭思っていません。そんなところを母は「変わってる。おかしい」と言いますが、すでにそれはまったく気にしていません(笑)。

私を説得するのはたいへんらしく、西さんを始め、スペインのふたりや台湾のスタッフなど、私を「怖い人」と思っている感があります(笑)。ビジネスではけっこう厳しいらしい。日常生活でも、母親に怖いと思われているところもあり、ここは私の不徳の致すところです。いわゆる「頑固」というのでは自分ではないつもりでいますが、あまり他人を表現するボキャブラリーを持たない場合、あるいは面倒くさい場合には、「頑固」とはよく言われます。

頑固:他人の意見を聞こうとせず、かたくなに自分の考えや態度などを守る・こと(さま)。

けれども、アメリカに行ったときには、環境に影響されるところを自分で選び、影響されまくりましたよ。そのせいで英語はわりと早く話せるようになったのではないかと思うのです。

私も歴史を繰り返す中に参加しており、私の言動や挙動は確実に、歴史の中に埋もれていきます。表舞台に出ることはないにしろ、私は一員であることを誇りに感じており、人類の英知をできるだけ身につけたいがために学校に行き続けることを目標にしているわけです。いや、それしかとりえがない、とも言えるんですが(爆)。

この歴史は繰り返すで思い出したのですが、まったくのところ英語で授業を受けるのに自信がなかった私が、サマースクールに通ったときに、最初の授業がアメリカ史の前半でした(移民してきた頃から、南北戦争後まで)。その授業では、私はクラス17名の中で最高点を採り、無事にAをもらったのでした。不思議な授業ではありましたが、楽しい授業だったことを思い出します。私の英語力と知識で通用するのか?という言い訳があるにしろ、いつか史学もたくさん取ったほうがいいな、と思い出した次第です。労働史はBだったし、移民史もA-だった・・・。苦手な分野です(笑)。が、歴史は繰り返されるので、温故知新のいい場所ですから、『鬼平犯科帳』の次の時代劇も吟味して選ぼうと思います。

 

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