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無事生還

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1999年に書いた文章です。

はぁ、長い日本滞在でした。途中台湾に行ったものの、合計で7週間です。過去7年で新記録だな。父が死んだときには「住むため」に帰国したのですが、今回のように居候状況およびホームレスバッグレディ状況が続いたのはかなり精神的にも苦痛だったんでしょうねぇ。←自分ではそんなに気づいてなかったんだけど、今考えるとそうなのかもしれない。

これでFabに書く題材が増えた♪というものの、「それどころではない」というのが正直なところです。ぎゃはははは、身体がガタガタだよ…。やっぱり私の身体は「純粋地中海性気候順応型」になっているようで、どこに行っても毛穴が閉じたり開いたりがスローだったし、ホルモン分泌(何もHなことばかりじゃなくてね、睡眠のためのホルモンとかね♪)や脳内ケミカル分泌やらのリズムの支配が、やはり西海岸仕様になっていたわけです。それは途中台湾に行ったせいもあるのでしょうが、日本の気候もさまざまなところに行ったせいもあるのですが、どうしても最後まで日本のリズムには対応できなかった頑固な身体でありました。

どれくらいで対応できるもんなんでしょね。しかも心が「いやだぁ、この人込み、人いきれぇ」「うがぁぁぁ、この物価は何じゃいぃぃ!」などと叫んでいたことがいけなかったんでしょ…。これがフィジカルな順応を邪魔していたとも言えます。自分ではナイーブなつもりなんかまったくなく、バイタリティのカタマリって感じで動きまくっていたのですが、どうも身体の奥底は叫んでいたようです。←聴けよ、自分の内なる声…。

貧乏性なんでしょね、どうしてもここでしか逢えない人がいると思うと、睡眠時間減らして休養しようなんて思わないで出かけてしまうっつーのは。さらに電車のなかで風景を何度か見てしまうと(京王線と東急東横線にはお世話になりました♪)時間がもったいないような気がして、どうしても精力的に読書なんかしてしまうわけですね。ある程度時間の都合をつけるには私が遠距離で動いたほうがいいので、かなり遠方まで行くと、やたらと○年ぶりとか初めてのところがあって、それもかなり緊張したかもしれません。←その時点では自分ではそうは思っていない。やたら楽しんでいる。隣で靴を脱いで車窓から外を見ている子どもがいると「うが、私もやりたいな♪」などと思っている。

でも大勢で逢いたいと思うと誰かが余分に距離を移動しなくてはならなくて、プー太郎状況でないのに済まないことをたくさんしました。ご協力感謝いたします>あなたにあなたにあなた♪

いやぁ、リアルでの面会自体はもう宝物のようにPrecious(尊い、貴重な、ありがたい)もんだったのです。がゆえに、どうしても無理が重なりましたねぇ。某K氏がたまに「休養しろよ」と言ってくださってましたが、「どうせ聞く耳持ってねぇだろな…」などと達観していたに違いありません。西さんも同様です。台湾からもまめに電話くれてましたけどね…。

というわけで、何だか身体がぼろぼろなまま30時間余りが過ぎました。どこまで哀しい性なんでしょね、私ってば。ハイパーなのはぐったりしていても同じなわけよねぇ。H嬢のお勤めする本屋さん他で購入した本をなぜかえっちらおっちら50冊ほど持って帰ってきたのです(本は税金かからないから関税のところで申告しなくていいのよね…)。なんたって車の運転の最中、信号待ちで活字読まないと気が済まないワタクシですから。新書もたくさん買っちゃったし、やたら重かったです。でもねぇ、飛行機の上で読み始めたやつから数えてもう400ページから600ページクラスのやつをすでに4冊も読み終わっちゃって、すごい虚無感なのね。あんなに苦労して持って帰ってきたっつーのにどうしてこんなに速く読み終えちゃうのよぉぉぉ!って?←わかんないだろか?

最終日はK氏の住む千葉県の陸の孤島で大接待をしていただいたのですが、なーんか楽しくて(いつもなんだけどさ…)ついついあまり食わないで飲んでしまい、ボトル開けして踊って唄って、ホテルオークラ(あるんだよ、あるの。あんな陸の孤島に)に泊まったのです。そしてそのまま食事をしてから成田へ、という手順だったのですね。起きたときに「げぇ、二日酔いぃ!」って感じでもなく、電話応対を各種して、迎えに来てくれた彼と食事をしてコーヒーも飲んで、高速道路で煙草を吸いながら渋滞原因の究明までして、成田の北ウィングで明るく元気に別れたんですって。

ポーターサービスもカウンターでのExcess Baggage(超過荷物)もスムーズにできて、私はなぜか箱に触れる程度で全部他人にやってもらいましたとも♪3箱だったところがなぜか32キロX4箱になっちゃったんだけどね…。そしていざ最後の買い物三昧にいそしもう♪としたところで吐き気が…。

やっぱり人いきれなんだろうなぁ。どうして第一ターミナルであんなに混んでるんだよぉぉ。税関通るまでに、本屋→CDや→化粧品や→コンビニ(なぜかローソンがあった♪)→ナマモノおみやげや→宅配便と廻ったのですが、3回ほど吐きましたよ…。これじゃぁ、最後に何か日本の和食♪と思っていたのもおじゃん…。煙草吸っただけで吐いちゃうしさぁ。脂汗タラタラだし。何か帰れると思って身体が緩んだのかなぁ、と思ってました。で、通関して、免税店で香水と煙草を買ってから、ドトールでフレッシュジュース(私はなぜかグレープフルーツが好きだ)を買って、最後の煙草を吸おうと思ったんだけど、やっぱりそれも吐いた…。(-_-;)

うげぇ、どうしようか、キャンセルのほうがいいのか?ってくらいの蒼ざめた顔になってしまい、とりあえず着替えました。汗だくだったしね。顔を洗って髪をしっかりと編み込みにして。でもすんごい帰りたかったんだよねぇ。搭乗コールの最後に乗りました。けっこう混んでたんだな。最近American AirlineのSan Jose路線っていうのはJALと提携しているらしい。

通路側の席でよかったよ。シャンペンもオレンジジュースもパスしてまずは寝てみようと思ったんだけど、だめだった。アタマぐるぐる…。で、先ほどの読書が始まるわけです。機内食も置いてもらったんだけど、サラダと茶そば以外はパスだった…。←でもそれも吐いた(爆)。気の毒に思ってくれたフライトアテンダントが薬をくれようとしたのですが、そんなのもきっと無効だろうな、と試しにワイン飲んでみました。気分は落ち着いてきたんだけど眠れなかったです。行程は今回わりと短く8時間半だったのですが、みごと1時間しか眠れなかった…。映画見てるとぐるぐるしてきちゃうので、あんなに楽しみにしてた英語の映画もちらちらっと見る程度だったわけです。で、サングラスをかけ通しにして本をちまちま横になって読んでいました。

自分がこんなにやわだったとはねぇ。ちと驚き。まだ咳も復活したままだったし…。でも考えようによっては、私と同じ行動を別の誰かがやったらやっぱり似たような状況になってたかもしれん…と。トリプルブッキングとかするからな、私…。

そして着いてからすぐに通関は終わったものの、荷物にやっぱりいちゃもんがつけられたわけです。だんなが居なくなってビザを学生に替えたのにどうしてこんなにたくさんの食料や本が必要なんだ?と来たのよねぇ。売ると思ってたのかねぇ…。そりゃ多少のおすそわけはするけどさ…>ゆうこさーん、ケンタッキーで待っててねぇ♪荷物は一度も自分で上げ下げする必要はなかったんだけども、中身の説明を2・3開けてさせられて、ビザ変更までの経緯やら、住まいや学校についての質問をされたねぇ。で、結局、えらいおじさんが「外人が35を過ぎてだんなさんと離れてまで勉強してるんだ。課税はなしね」ということになったんだけどねぇ。

バッゲージクレイムで待っていた留学生Oくんは首がきりんになっちゃったかなぁと心配してましたよ。温度と湿度が変わったせいか、咳がまたやたらとキタキツネのように出てるしさ…。そして無事に荷物を留学生Oくんに全部取り仕切ってもらって我が家に着いたのでした。

すぐにシャワーを浴びてくつろぎのかっこうに戻り、ネコたちとの再会を20分ほどかけてして、ベッドにごろりんとしたのですが、眠れないじゃん…??そして私はまた読書の続きをして、ビデオを見て、時差ぼけとの闘いを始めたわけです。そしてそれはたぶんあと3・4日続くのではないか?と思っています。その合間に本たちが「読んでぇ!読んでよぉぉ!」という誘惑を投げかけてこない限りは、Fabも書こうと思っています。あ、でも、ケーブルテレビの映画の誘惑もあるんだよね♪

まずは体調を戻して、早いところまたアクアサイズができるようになりたいと思っています>今のままじゃただ水に入るだけになっちゃうからねぇ。ちなみにまだ咳は引きずっています…。(・o・) アタマをぼーっとさせたままのエッセイもおもしろいかもしれないです。→このエッセイもそうだよねぇ…。(-_-;)