現代のSNSに溢れた世界は続くと思われますか?

いろいろな意味で整理されて淘汰されていくとは思いますが、ヒトがヒトと繋がりたい気持ちは消えることなく、進化論に支えられて続いていくと思います。SNSという形の進化版ができていくと思いますね。個人が個人と、というベースの他、Change.orgやQuoraなど、小社会として繋がっていき、世界規模のものなどに個人が参加しやすくなる仕組みができていくんじゃないでしょうか?それをまとめるのがA.I.なので、いい感じの予測が立つようになると思いますね。

 

ただ、その使い方により、映画Terminator Seriesの、Hawking 博士が危惧した世界が待っていて、人類の滅亡が起きる、というのは、オプションのうちのひとつですよね。どのように規制をかけるのか、どのようにA.I. と共存していくのか?というのは、けっこうミモノなのですが、もう私はその頃はこの世にいません(笑)。みなさんのお子さんのお子さんのお子さんのもっと先までに、人々がもっと生命体や生命そのものの意義を深く考えることが日常になっているといいですよね。

 

ただ単に自己顕示欲のため・商業のためのような一辺倒化ではなく、さまざまな意味と意義で使われつつも、大筋・本質として、すべての生命体のためになっているような、そんな使い方が実現していることを強く望みます。

 

とはいえ、実際には、SNSやLINEを使いすぎて、知能やコミュニケーションスキルが落ちるというネガティブな側面もあるので、同時にそれについて対応していることが必須だと思います。日本としても、教育そのものの実態をしっかり細部まで把握して、社会としての成り立ちを考えて、未来に投資する意味での教育を抜本的に考えていくことが必須かと思われるのです。

 

特に知能でA.I.に勝て!というのではなく、心や生命体の存在の在り方や繋がり方について、何が淘汰されて、何が生き残っていくかについて、賢い選択をし続けていければ、きっと未来は人類にもう少し長い種の寿命をもたらすことでしょう。

 

多くの動物は実際には、本能に「生き延びることにこだわる」を装備しているはずなのですが、ヒトは多くの本能が後付けの学習や環境によって隠されてしまっています。それらの本能を無視することなく、どのような環境でどのような学びをし、どのように生きていき、生命を全うし、次に繋いでいくか?を考えられたら、もっと生きていくのもラクになると思うのです。さらに、ただひたむきに「生きるために生きる」という草花や動物たちにも魅了されていくと思うのですが、今は、彼らに癒しをもらって恩恵を受けている側に廻って、自然界を破壊している状態が長らく続いています。

 

私も昭和時代に戻りたくなどはないですが、それは、基本的なことを網羅し、本質的な道筋を見失わない、という前提の元で、便利を使っているかどうか?に問われていくと思うのです。物事の本質・法則性を早期に見つけられたら、それに基づいた学習はとっても意味のあることですし、SNSもすばらしく使えていくと思います。

 

子どもたちがSNSやインターネットを「数と長時間」こなしていることに危惧を覚え、実際にデータ収集している例がありますが、コレは大人にも同じような負荷が掛かっていることは容易に想像できます。バカになりませぬように!

 



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