知らない分野を開拓

06/07/2008にアップした文章です。

 

目下、たいへんに力を入れ始めているのが、プライベートレッスンでの学術論文の読み方です。教材に使っているのが、遺伝子工学の論文で、私に生物の基礎はあるにせよ、かなり奥深い内容にはなっているので、生徒さんの説明が必要になります。彼が私に教えて解説するのも、私が合わせて質問するのも、某大学院生の彼にとっての学びになっているので、あっという間に40分が過ぎています。読みこなすことによって、彼のThesisの礎になっていくので、歓んで引き受けたのですが、実際は私のほうがきっと学びが大きいのだろうと思い始めているところ・・・。本来、彼の場合はTOEICを就職用に730点以上にすればいい、という希望で来たのですが、分野が分野なので、せめてTOEICで800点以上にしてあげて、論文を自由自在に短時間で読む術というのを身につけてもらえれば、と考えているところです。11月には学界で発表をすることになっているので、かなりの数をこなすことになるのか?

 

昨日も考えていたのですが、知らない分野に「興味」さえあれば、なんとかなっていくものなのでしょうね。あるひとつの分野を平均以上に究めてしまえば、その後、そのノウハウというのはどこの分野を学ぶにしても使えるので、特に「うひー、難しい!」もなければ、「うげぇ、イヤだよぉ」もないんですねぇ・・・。腸内環境についての論文で、遺伝子での代替ができればまだまだわかっていない状況を打開して、服用できるピルや食品でどんどんヒトの健康は充実していくようです。

 

私は腸内環境がかなりいい状態なので、困ることはないのですが・・・(汗)。ヨーグルトやドリンクなどを飲まずとも、女性にありがちな便秘に悩んだことは皆無です。母が最近、善玉細菌が減り、悪玉が増えたと言われたそうで、調べれば相当詳しくわかるようになっているようで、その善玉を増やすために酵母中心の何か(一言で説明つかないんだよなぁ・・・)を飲んでいます。70歳の母でも、飲み始めてたった3日で効果らしきものが見えたので、きっとこのような分野というのは、これからめざましいスピードで開拓されていくのだろうなぁ・・・。

 

私はシリコンバレーに住んでいたにも拘らず、一般的なノウハウしかIT分野については知らないことを、今、少しだけ「まずった!」と思っています(笑)。SEのみなさまは、本当に1年のうちに半分だけ働いて、半分は遊ぶということが可能な時代になっており、それくらいはやっておけばよかったのかもしれない・・・と思ったりもするのです。そうすれば、翻訳要の仕事がひとりでこなせることになり、私も年間で半分だけ働けば、充分に遊んで(いや、私の場合は学校に行きたいんですが・・・)暮らすことも可能だったんでしょうね・・・。西さんとて、私より少しだけ詳しいだけで、コンピューター言語に精通しているわけではないので、サイトの立ち上げ作業のときにはプロを雇わなければならず・・・。この手の仕事が増えるというのは、実は私はすでに20年前に知っていたのです。ええ、リクルートのみなさまと話していたときに聞いていたのだった・・・。ところが、私はパイロットだけでいいや、と思った偏狭なバカだった・・・。

 

さらに、私は最近、土曜日のクラスの生徒さんで、30代の女性と知り合ったのですが、彼女とは友だちとしてもかなり馬が合うと思える・・・。その彼女がやっているのがJazz Danceと写真で、Jazz Danceのほうはどうかと思うのですが、写真については行けそうな気がしないでもない・・・。なぜならば、西さんも写真がシュミで、山に行ってはせっせと写真を撮り続けているわけです。自分の撮った写真で一時期はカレンダーを作ったほどで、「自己満足の世界だよ」とアマチュアの域を超えないことは自認しているものの、心が打たれた瞬間の絵柄を保存しておけるというのは、かなりいいことなのではないか?と、知らない分野についても傍観者でしかいない自分について、少し疑問を持っているところ。

 

いやぁ・・・、でも貧乏暇なしの労働者であることが私のポリシーではあり、いまさらシュミを持つというのも、どうも納得は行かないのだった・・・←かなり依怙地(爆)。

 

その彼女は、アマチュア同士で集まり、合同個展を開くほどの腕前らしく、英語で添削している内容でそれが窺い知れるのです。私もプロのカメラマンの写真展は何度も行って心打たれることが多いので、傍観者としてであれば、きっと知らない分野をもう少し深めることはできるかも・・・とワクワクした気持ちが呼び起こされたところなのですよ。

 

以上は、すでにいくばくかは「興味」を持っている分野なので割りと簡単に首を突っ込めるのでしょうが、まったく知らない分野に関して、私は寛大なのだろうか?と思い起こしてみる・・・。

 

思い起こすと「すげぇ!」と思ったことに関して、楽観的な私でも、「いや、私には無理すぎる・・・」と腰が引けたことが多いのです。TVチャンピオンに出てくるような項目はほぼすべてダメでげしょう(笑)。大食いなんてとてもじゃないがダメだし(至って平均的だよね・・・)、何かを追求して有識者になるのも無理。クラフト・モノ作りというのも手先が不器用で気の短い私には無理で、できる範疇は、感覚的なものなのかなぁと・・・。

 

車のドアを閉めた音で、車種を判別するというのを見たことがあるんですが、アレだったらできそうだなと思ったことを思い出しました(笑)。私は耳がいいというのはどのくらいのレベルなのか、極めてみてもいいのかもしれない。ただし、やっぱりこれはある程度の「興味」があるからなんだろうなぁ・・・。

 

やっぱりヒトというのは偏狭なのかもしれない・・・。

 

自分ではとてもとても寛大なフリをしているのだけれども、やっぱりDalai Lamaのようにあれほどの有識でも、たくさんの体験があっても、他人の考えがたとえ論理的に間違っていても、何も言わないですべてを受け容れるというような寛大さは、とてもじゃないが持てない・・・。

 

今も日々闘いなわけです。生徒さんが自分の勉強法を披露してくれる際、どのように論理的にも心理的にも圧迫をかけずに、理解して受け容れてもらえるか?という闘いは続くのです。自分がこれほどに偏狭なのに、他人の偏狭について悶絶している場合じゃーないのだね・・・。すべては学びのステップなのだ。

 

月曜日にはコピー機のリースをしようと思っています。それについてもまったくシステムがわかっていないので、まずは今日英語学校で聞いてみて、ネットでいろいろ調べてみようと思います。期間をどのくらいに設定すれば最もお得で、修理やその他の特典がついてくるのか、などなど、知らない分野を学ぶ機会というのは、いくらでも転がっているに違いないのである。が、いつの間にかそれをパスしていて、立ち止まって気づいていないことがままあります。いかんなぁ・・・。まぁ、身体が1個しかないので、すべてに立ち止まることはできないのですが、なるべく、知らない分野についてもWell-rounded personになるためは、もうちょい心がけてがんばってみようと思います。

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