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続きや結末が欲しい民衆

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12/16/2006 にアップした文章です。

 

私が大反対だったのは、『風と共に去りぬ』の続編。もー、呆れてしまって見る気も失せたのです。日本には来ていませんが、イギリス人俳優を使ったTVのミニシリーズ。ブーイングの嵐でした・・・。ま、小説そのものもひどかったのだけれども・・・。そして、今話題になっているのが、Godfatherの続き。もー、ゼッタイにやめてぇぇぇぇ!Mario Puzzoだったからよかったんだよ・・・。もうドンは死んじゃったんだから、放っておいて、伝説は伝説のまま、きれいに残しておいてもらいたい・・・。私は少数派なのでしょうか?うーん・・・・・・・・・。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC

映画には、Sequel:続編が多く、その多くは原作も続編があるものです。ハリウッドはここのところ、懐古主義になっており、昔の名作をリメイクしたり、日本で流行したものをリメイクしたり(ヨーロッパモノなども多い)、ネタがないのでは?と言われておりながらも、観客動員はがんばっています。DVDやレンタルやさんがこれほどの勢いがあるのに、どうしても劇場で見たいという人があれだけの数残っているのはすごいと思う・・・。

日本でも井筒監督の『パッチギ!』の続編ができてしまったようだ・・・。私はアジア映画にたいへんに弱いのですが、最近、日本のTVに毒されているので(大反省してるんだけれども止められない・・・)わかってしまう。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%AE! 

ええ、宣言してしまいましょう。私は、続きや結末に対して、自分の想像力の中で楽しみたいタイプなので、特に続編は要りません(笑)。できたとしても、その時点で相当に『期待薄』な状態になっています。映画の場合は特に、です。

ミステリにはありがちですが、ある有名探偵や捜査官が手がけたものをシリーズ化するのは、長い読者を得る、たいへんにいい方法です。私が読んでいるスペンサーシリーズは、もう30年弱ほどになりますが、少しずつしか年を取っていないことになり、書いている本人(Robert B. Parker)ですら、時代考証や時空的つじつまがあいにくくなっているのではないか?と思える箇所がたくさんあります。西村京太郎や山村美紗やその他、私は日本のミステリをほとんど読まずに過ごしてきたので、「2時間ドラマの原作」としかみなしていないようなところがあるのです。なので、原作は読まないので被害?には遭遇していません。ただ、森村誠一はいくつか漏れがあるとは思うものの、ほぼ読破しましたが、もう犯人わかるし(爆)。何冊読んでも、もう犯人がわかるようになったらおしまいだなぁ、と思うわけなのです・・・。なので、棟居刑事シリーズはいいかも、と思いつつ読んでいたのですが、結局すんごい深層心理も暴いてくれず、事実を淡々と述べている(自分の職務中に、妻子が強盗殺人で皆殺しにされた)だけで、その後の明暗のようなものはなかったです。それはそれでいいか、と思えてしまう私は、やはり続編は要らない派なのかもしれません。

小説の場合には、五木寛之が一やったように、あるひとりの主人公の人生で数冊のシリーズにするのは、アリだと思います。四季シリーズでは、波留子・奈津子・亜紀子・布由子の4人の視点で、それぞれの本を書くという技も使いました。が、あの場合は、年齢の差こそあれ、かなり時代はいっしょ。出来事も共通して起こることについては描いてあります。続編よりはこっちのほうが楽しめるのかもしれない・・・。

そもそも、原作を超える映画は存在しないです。もしも、原作よりいい映画があったとしたならば、それは別解釈の大改造編になっているか、キャストでまったくのところイメージが変わっているはず・・・。「僅差で原作のほうがいいよ」というのは、いくつかありますが、原作より映画がいい!というのはないはずです。あったら教えてね、見てみます♪

もー、続編も、映画になるとうんざりもうんざりだ・・・。アクションシリーズは、敵を違わせればプロットがしっかり作れる可能性もあるので、3個くらいまでならなんとか持つかもしれません。Rambo, Die Hard, Lethal Weapon,などなど、けっこうたくさんの続編がありました。アクションが見られるのは、爆破や殺陣やテクノロジーがスパイスになっているせいと、リズムがあるので退屈しないからなのでしょう。が、実際のところは、ストーリーなどあまりないことが多い・・・。でも、まぁ、それがハリウッドのエンターテイメントに徹しているよさでもあるので、けっこうアクションも見るようになりました。特に、テクノロジーと空想は、Terminatorシリーズで満足しました。それまでSFは一切見ないようにしていたのですが、アレルギー体質も治り、映画チャンネルでやっていても、暇なら見るようになりました。でも、もういいよなぁ、とも思うのです、アレラの続編・・・。けっこう飽き飽き・・・というような・・・。

なぜ今日はこのようなことを考え始めたかというと、Harry Potter Series, Daniel Radcliffくんが、「Harryは最後の7作目で死ぬべきだ」発言をしたらしいからです。子どもの夢を維持するという点では、殺さないほうがいいとは思うのですが、実際に、続編を望む声が高まったときに、この経済効果に群がる人々は多いのでしょう。誰も放っておかなくなることは間違いないわけです。だとしたら・・・、彼の発言も納得できてしまうのです。

冒頭に戻りますが、私はScarlet O’HaraがRhettと別れたあと、どうなったかなど知りたくもなかったです。アレはアレで完結し、彼女らしく生きていく、という想像でまったくかまわなかった。なのに、Margaret Mitchell を好きでもなかったAlexandra Ripleyが、場所をアイルランドにまで移してしまい、スカーレットの性格まで捻じ曲げてしまい、まったく別物になってしまった感。ひどいブーイングだったのも、私には納得できるのです。『夢を壊された』という人々も相当数だったので、やはり続編で失敗の代表作なのでしょう。

Harry Potterにしても、遺児がいたりして、続編を狙う画策も生まれるかもしれず、恋愛を今たくさん書いておくとヤバイとかありそげ(笑)。イギリス女王よりもお金持ちになったJ.K. Rowlingが命ある限り、本人以外にはその権利など許すはずもないし、お金に困るわけもなく、やはり夢は夢として取っておいてもらいたいのですが、事故はゼッタイにないとは言えず、心変わりもゼッタイにないとは言えず、複雑です・・・。

ひょっとすると、民衆が続きや結末を欲しいから、製作者側が提供しているのではなく、製作者側の売り方がうまいから、民衆が続きや続編にさほど強い興味もないのに、売れている、というのが順番なのかもしれない・・・。このへんはどうなのだろうか?

とにかく、私は続編など要らない。このあとどうしたのか?を匂わせるような終わり方をしていたら、自分の想像力でしっかり夢を見るから、作らないでいてほしい、というのが実際のところ。原作が7作あるHarry Potterは仕方が無いとしても(あるんだもんね、みんなが望む・・・)、ホラーやスリラーで最後に超現象の物体が生きているんだか死んでいるんだか、わからないようにして終わっちゃう結末は、「あー、見なければよかったよぉ」とすら思う(爆)。『13日の金曜日』なんてもうすでにコメディ化してるでしょ(爆)。アレはアレで、どこかで製作者側のマスターベーションな気もするんだよなぁ。

自分の人生の結末が決まっていないように、ストーリーにはゆとりを持たせてよぉ、と望む私は、消費者として消極的なのかしらね・・・・。