ブログ

自分の弱さに対峙する

カテゴリー:ブログ

08/11/2007 にアップした文章です。

 

心配していた通り、朝青龍が鬱病寸前になっています。ところが、大の大人は、伝統ある確固たる日本の社会の代表である、角界に長く生きてきているのに、「精神病の根本的理解」を示さない・・・。「がんばれ」と説得するだけで、体面・メンツを保持することや、今回の失態を挽回することだけに気を取られているように見えるのは、身近や当事者として、精神病を病んだことがある人たちには当然でしょう。どんなすばらしい、権威のある、決まりや躾の厳しい世界にいるにせよ、資本が「生命・健康」であることは、生命体であれば、変わりはありません。ここのところを押さえていない人たちが、何かの長となるのはヤバイです。本来の自分ではない状態のときに、「記者会見を開こう」と言える神経というのがわからず・・・。それに対して怒りをあらわにするマスコミに出る教養人はいないのかなぁ・・・。

しかも、ざらっとネットを見ていると、「朝青龍は仮病説」を採る人たちが、残念なほど多いです。その強弱は、専門家しかわからないにせよ(しかも、直接診てみないことには、予想や予測の範囲を超えるわけがなく・・・)、定石的に考えても、「注目度」「露出度」が高い人間は、環境が逆境になることには繊細で、なんらかの情緒不安定になり、それが病理的範囲になることはまったくの高い確率です。しかも、ほとんどがネガティブな批判だと受け止めていれば、さらに精神疾患に陥る可能性は高確率となります。自分だったらどうなのか?という、小さい頃から培ってきたはずの、社会動物としての学習成果を発揮すれば、簡単にわかることです。朝青龍ほど特殊な要因の総合体ではないにしろ、人ひとりずつには、「守るべきもの」としてのSelfがあります。似ているように見えても、人はそれぞれユニークで、たくさんの要素のコンビネーションは、「まさしく同じ」というクローンは作れないはずです。社会動物として生きていく中での環境からの要因により、自身が揺らげば、人はどんなに強く見えても弱いものです。

日本の伝統ある国技である相撲の横綱だから、そんな弱い心を持っていてはダメですか・・・。小学生や中高生がいじめにより自殺することには、体制側(教育委員会や文部科学省や教師たちに向けて)に罵詈雑言を吐く人でも、今回の件については、自分がいじめる側に廻っていることに気づいていないのでしょう・・・。「いや横綱だから」「高給取りだから」という理由にどんな正当性もなく、誰にでもVulnerability(傷つきやすい可能性・攻撃され易い点)はあり、その可能性は、私個人のテイクでは、どんな人でも変わりはないとしています。Aさんの守りたいものは気高く、Bさんの守りたいものはReplaceable(交換の効く)とするのは、あまりに傲慢な考え方です。そんな考え方では、たとえば大震災などが起きたときに、大統領や首相が地下にあるシェルターに入れても、おまえのようなNobodyは入れなくてもしょうがない、という意見に対抗できないではないですか・・・。

この当たり前がわからずに、他人の批判、特に今回は、朝青龍の批判をしている人は、「自分の弱さに対峙する」いいチャンスが与えられたと考えてみるといいです。メディアのバカ発言や、相撲協会をよそに、少しでも、自分が「環境から学ぶ」サバイバルを身につけたいのであれば、自分の弱さに、この時期、一気に対峙してみるのがいいです。

弱い:(1)力や勢いがない。(2)気持ちがしっかりしていない。勇気に乏しい。精神的にもろい。(3)丈夫でない。病気になりやすい。(4)刺激やはたらきかけに対し、耐える力に乏しい。(ア)物理的・肉体的に耐える力に乏しい。(イ)意志的に耐える力に乏しい。心が左右されやすい。(ウ)弱みがある。うしろめたい。(5)得意でない。苦手である。よく知らない。よく通じていない。(6)技量が劣っている。へたである。⇔強い
弱点:(1)不完全・不十分なところ。欠点。(2)公にされると困るような後ろめたい所。よわみ。

自分に弱点がないと言える人はいるのでしょうか?いや、コメディやお笑いではなく・・・。しかも、強い-弱いという、この相対性な物事の質や状態を表す定義を、2進法の0と1だけで解決している人ばかりだとは思いたくもなく・・・。

まずは、天災には誰しも脆弱になり、テロに対しても、体格や装備などの違いで僅差はあるにしろ、みな、弱いです。守るべきものが多い人のほうが、むしろ面倒だろうな、たいへんだろうな、逃げ遅れるかもしれないな、と思うのは、ほぼ何も持たない私の驕りでしょうか?子どもがいないので、火事が起きても、母とネコを守れば、私は特に何か持って出ようとはしないです(西さんはむしろネコを助けてくれるので、心配せずともよろし・・・)。ネコたちがたとえ籠に入ってくれなくても、マイクロチップがあるので、今は少し安心です。コインだけ持っていれば、お水や缶詰も買えるかもしれませんが、非常袋は常備しています。こんな極端な状況はさておき・・・。

常の自分ではない状態には、誰しも陥ることがあるということを、確認していただきたく、どんなときにそれが起こるのかを把握してみるのは大切です。自分がどんなときに本来の自分らしく振舞えないか?を考えてみれば、他人のことを責めたり詰(なじ)ったりしている場合ではないことに、きっと気づけるはず。そもそも鬱病が、先進国では生涯のある時点で、4人にひとりが罹るほどの高確率です。朝青龍がその4人にひとりでも、なんでみんなで「嘘だ!」といわねばならぬのかまったく意味不明です・・・。

最初の巡業に出られないという診断書の件についても、一度たりとも、「本当はたぶん行けるのに学校や会社や部活を休んだことがない人」という人は、そうそういないように思うんですが、どうして朝青龍だけがダメなんでしょうね・・・。私も、わりと自分に厳しい人間なのですが、数度あります。腰痛もちなので、「あの痛みにあとで対応しないといけないと思うと、ちょっとなぁ」と躊躇する事柄は、けっこうあります。それくらいの弱さを、どうしても認めない人たちってのは、そんなこと、金輪際一度もない人、とみなしていいんでしょうか?すごい・・・(汗)。私の父は、本当に熱があったりしない限り、学校を休ませてくれなかったのですが、私の風邪はいつも気管支炎で常に咳を伴っており、担任が一度、「完全に咳が治ってから出してください」と連絡帳に書かれたこともあります。他の子に感染することを懸念してのことでしょう。父は大反省していました。本調子でもなく、たとえ巡業といえども出たら支障が出る、と思わなかったとも言い切れず、当事者でない部外者がとやかく言うこと自体がナンセンスな気がします。中身をこじ開けて見られないことに関して、憶測だけでモノを言う人たちは、どこかで必ず、他人を傷つけていることでしょう。

実際、私が帰国してから八百長事件もあったし、私は知らないのだけれども、以前も仮病がうんぬんだとか、いろいろな事件があったと、検索すると出てきます。フツーの神経であれば、「おまえは自分の手柄のために、20万(いくらでもいいんですが・・・)でプロジェクト買っただろう?」と言われて、平常心で居られる人っているんでしょうかね?私だったら、無理です。それでも、日々は過ぎてゆき、プロであるがゆえに稽古を続け、場所に出て、故障もした・・・。軽重について、またもや疑惑があるようですが、別段、ケガがなくたって、休みたいなら休んでもいいんじゃないか?と思うくらいに、ゆるゆるな私ですので、相撲協会の伝統や規範からは大いに逸脱しているのでしょう。欧米で採用されている、リフレッシュ休暇を、日本もサラリーマンでは導入した会社もけっこうな数あります。相撲取りにあったっていいと思うんだけどなぁ・・・。ダメ?

嫌いな人に対して、悪口を言ったり、罵詈雑言を飛ばすのは、個人の自由ですが、公人としてお金をもらってまでメディアで言っている人々には、びっくりします・・・。「横綱の品格」という語彙を使う人々は、他人の悪口を論理崩れで言っている時点で、すでに品格がないです・・・。悪口のほとんど(おそらく7・8割、あるいはもっと)は、自分の気分がすっきりするために発しています。ところが、自分が言われる立場になると、ものすごい保守姿勢を見せるんでしょうね・・・。

が、私も、メディアに向かって、「そんじゃ、あんた見てきたのかよ・・・」とつぶやいていたりするので、同じことかもしれません(笑)。少なくとも、私が救われているのは、私も強さの中に、めちゃくちゃに弱い部分を内包していることをしっかり自覚しており、他人が弱いときに追い打ちをかけて、尻馬に乗らない態度は持っていることです。コトが起きてからやかましく騒ぐことは、誰だってできるんだよね・・・。それよりも、自分の弱さに対峙してみるほうが建設的だって・・・。