ブログ

証言の確実性

カテゴリー:ブログ

07/05/2007 にアップした文章です。

 

心理学で習ったものでおもしろかったのが、人の証言の確実性です。たくさんの裁判が、「証人の証言」によって立証されることになっていますが、本当にそれでいいのか?と、石を投じたものだったのです。私にしても、いくら記憶力がいいからと矜持があっても、細部になると自信がないです。しかも、事件や事故などの現場において、人の記憶というのは、感覚器官というのは、どのように働くものなのか?最近、ドライブレコーダーという機能を搭載した車が増えており、かなりいいな、と注目しているところなのです。

タクシーだけではなく、最初はオプションから、のちに義務搭載にするくらいの勢いでやってもらいたいものです。現在のところ、全国で10万台に搭載されているらしいのですが、プロだから必要というのは、やはり確率的には正しい。アメリカでは、州によりマチマチにはなっていますが、パトカーには相当数のドライブレコーダーはついています。あれは、事件性を立証するという反面、警察官を守るというすばらしい機能にもなっており、いわゆる「保険」ですね。記録されていると思えば、職務尋問をされているときなど、わざわざ発砲したり、暴力を以って抵抗したりしなくなるという規制になります。

ドライブレコーダー関連のサイトはこちら>
http://www.driverec.com/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC
http://www.nikkouken.com/witness/index.html

他にも、コンビニや銀行や犯罪や事件が起こりやすいところには、カメラが設置されている数が増えています。私は、いいことだと思っていますが、人によっては「個人情報」だの「プライバシーの侵害」だのを訴える場合があります。公共の場であれば、私はまったく構わないと思うのですよね・・・。自宅に設置しているわけでもなく、何か問題があるんだろうか?何かを購入する場面を、誰かが必要性もなく、どこかにリリースすると思っているのは、ちょっと自意識過剰だと思われる・・・。

ただ私も、マンションの入り口・エレベーター・裏の通用口についているイベントレコーダーは、かなり意識しているのである(笑)。鼻くそをほじることはないのですが、私の癖は、顔で手をいじることがあり、化粧をしないのもそのせいで、つるつるっと顔を撫でるのよ(笑)。あとは、バッグの中身をチェックすることもあるので、個人情報を公開してしまうこともあるんだろうな、と思うので、本を読むのに徹しています(笑)。買い物の中身をばーっと出す人などはいないと思うのですが、あれ、防犯のためにはいいよね・・・。

大昔には、あるいは私が子どもの頃までは、誰かが監視してくれていたのですが、人が人をケアしなくなってきた昨今、機械がやるのも致し方ない傾向なのかなと思う。しかも、人よりは機械のほうが、不公平がないし、間違いがないという利点もある。

たとえばレイプの裁判の場合、証人の証言はどのくらい採用されるのか?これは表裏一体で怖いのですよ。まず、女性が証言台に立つということそのものが、たいへんにレアなので、勇気を出して立った女性の証言は、たいへんな重きを持つことになります。示談で済ませることが多いのは、こうした背景があり、証言台に立つことにより、第二被害という民衆からのラベル貼りが起きるからです。ですから、その代償として、関係者の人々、陪審員も含む、法関係者などの支持が得られてしまうところがミソです。

ところが、人間の記憶というのは、かなり曖昧なもので、個人差がでっかい。たとえば、みなさんも夕べの食卓のことを思い出してみていただきたいのですが、お皿などの器とメニュー、TVがついていたらTVの番組、家族と話した内容や、雑誌を見ていたりしたらその内容など、鮮明に思い浮かべることができるでしょうか?できないと思います。

さらに、これが日常性の薄い事件や事故の最中であったらどうなのか?事件や事故というのは、身体的防御や精神的安全を確保しようとするもので、詳細の鮮明な記憶は決して優先されているものではありません。当事者と傍観者にも違いは出ます。距離や脅威の強さなども違いを醸しだします。なので、身体的暴力的攻撃を受けている最中の記憶というのが、どれほどの確実性があるのか?たいへんに微妙なのですが、採用ケースは大きいという矛盾が生じます。

アメリカでのレイプの冤罪はとても多く、違う人種の人間の顔はなかなか認めづらいことも学界論文により証明されています。ましてや、この結果は、日常的な実験の場で行われていることで、事故や事件という非日常性が加われば、正確な認知はもっと低くなることでしょう。昨今では、DNA鑑定により、強盗レイプや殺人レイプの罪に問われていた受刑者が、上告をして無罪になるケースが増えています。特に黒人の被害は大きく、現場に残されていた毛髪や精子や唾液などがないケースは、本当に不運です。科学捜査に必要なものがなければ、冤罪は冤罪のままで、最悪のケースでは死刑執行が行われることになります。

気づくと、州から賠償金が与えられる冤罪ケースが非常に増えて、その質素な金額を不服とした被害者(この時点で被害者になる)が民事裁判を起こすケースも増えています。そのため、たくさんの州が億に上る賠償金を払うことになり、補償はされつつありますが、アメリカ全体で相当な金額が失われていることになっているのではないかと予想します。

最近の映画で、Zodiacというのがありますが、私はこの事件を興味深く追っかけて見たひとりです。詳細はコレ。SF近郊で起きた事件なのですが、最後には、San Joseに住んでいた人が犯人だったのではないか?というドキュメンタリーがありました。その人はもう病気で亡くなりましたが、推測を超える範囲の決定証拠は実在していません。刑事の執念は恐るべしなのですが、これについても映画はカバーしているのかなぁ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BE%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%AF_(%E9%80%A3%E7%B6%9A%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E7%8A%AF) これにもたくさんの証言が出てきます。生き残った人たちがいましたが、結局決め手証言がなかったということになります。

私も、証言とまで言わずとも、言った-言わない論争に巻き込まれるのがイヤなので、母には小型のマイクロテープレコーダーを持ってもらうことにしました(笑)。彼女の場合、それが必要なのは、忘れたことを思い出すためなのですが、こういう二次的効果もあるわけです。日記なども、その日、その時の既にある「濁り」さえ取り除けば、かなり正確な情報にはなることでしょう。証言としての信憑性は高くなります。ブログもそうなのですが、推敲や訂正ができてしまうところが、この場合はいけません・・・。

まさか、家の中にビデオカメラをずっとつけておくのも気分がいいことではないし、家の中で事故や事件はあまり起きてほしくもないのでいいのです。ただ、公共の場にあるカメラやビデオはそれほど私は鬱陶しいとは思っていません。むしろ、いざという場合に強い味方になるのではないかと。しかも、設置が増えれば事件の抑制にはなりますよね。

というわけで、裁判員制度も始まるので、証言の確実性について考えてみました。小説に書いてあるような刑事モノの捜査の描写って、どのくらい正確なのかしら、と、また新しい疑問が(笑)。ドキュメンタリーを見ていないので、やっぱり見たいなぁ・・・とも思っているところです。あ、でも授業の準備しまーす♪