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認知症と生活習慣

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07/04/2007 にアップした文章です。

 

私がどうも気になっているのが、アルツハイマーや児童虐待やDVは、一体全体増えているのか?ということ。西さんいわく、「そんなもん昔からあったでしょ。特に増えたわけじゃなくて、表面化してきたかどうかの問題」という見解。私も概ねその意見に賛成していたのです。が、ひとつだけ、わが国の傾向として顕著なこと、気にかかることがある。それが生活習慣のドラマチックな変化。これにより、増える疾病や社会現象は乗数を以ってしまうのかもしれないという疑いあり。

平たく西さんの考えを説明すると、
1. マスコミや伝達システムの充実化により、孤立した地域でのある出来事がすばやく伝播するようになったので、数としては増えていると感じる。
2. 仲間意識を持った被害者や問題視する人々が、声を挙げてそれについて話し合う場・主張する場が増えた>ネット・フォーラム・マスコミ各所など。
3. 社会的システム(たとえば医学会であれば、団体各種。歯科医師会のすごいピラミッドなんか見ると、なんでここまで細分化するんだ?と不思議になるくらい・・・)の充実により、各所で統計を取ったり、意見を発信したりするので、その絶対数が増えている。

ま、こんなのが西さんの意見なわけです。私も賛成だったのよ。たとえば、児童虐待などは、「是」として長いあいだ取り扱われていたわけです。その結果、びっこを引こうが、あざだらけで日々暮らそうが、耐えてきた子どもたちも昔はたくさんいました。小説の世界ではないと思います。私も公的な場で何度も殴られましたが、「まぁまぁ」とたまーに言ってくれるのは、叔父くらいでしたね。父より権威を持っている人間しか言えないわけです。近所でも、度が過ぎた場合にだけ、やっとしゃしゃり出てくれる人がいたくらいで、かなり日常的に殴られていましたから。

アルツハイマーなどの認知症においては、そもそも高齢者の人口比率が増えていることを忘れている人たちはいないのだろうか?さらに、昔と違って、病院に行く人の比率も増えているので、そこで認知症と診断されるケースが増えており、実数とはあまり関係ないかもしれない疑いを持つ人たちはいないのだろうか?私の曾祖母も認知症でしたが、10年ほどはそのまま生きていましたもんね。病院には行かずに、いや、行ったとしても「痴呆症とは診断するべきものでもなく、心臓が強いか弱いか、肺炎になったら薬をもらう」程度の治療が行われていただけで、手付かずな分野だっただけのような気がするわけです。1970年代のことです。彼女は96歳で亡くなったので、そこまで生きれば認知症の傾向があっても不思議でもなく・・・。

そこで、私は「中途結論」で満足しないのだった・・・。西さんはそれで満足しており、台湾古道のブログに勤しんでいたり、西郷隆盛と豚姫の話をネットで検索しているのですが、私ははたと考えてしまうのだった。

今朝も、「電子レンジでできる本格料理」と銘打って、レトルトや冷凍食品などを紹介していたのですが、こういった生活習慣と、認知症はやっぱり関係あると思ったのです。そこで検索。なんだよ、著書も出てるんじゃないか・・・>貼り付け写真がそうです。

http://secondlife.yahoo.co.jp/supporter/article/BM.qEB2TNU4_Q1Gs6aYyUNc-/320/#top
http://www.medical-tribune.co.jp/kenkou/200601272.html
http://www.kanazawa-med.ac.jp/~hospital/21st/203.html
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe179/kenkou/kenko11.htm

やっぱり実験やデータ集めでできることは限られており、せいぜい、昼寝・食生活(の中のどんな栄養素が過剰か過少かなど)・運動などくらいしか攻めることができないようです。ただ、実験できないからと言って、証明できないからと言って、ちょっとした日々の繰り返し作業について言及しないのはどうなんだろうね?

たとえば、食生活の中でも、どうして「インスタントや惣菜などをよく摂る」などの項目を調べ上げた人がいないのだろうか?と、私などは不思議なのです。だったら私がやればいいって?うーん、専門外とは言える・・・。関連はあるけれども、専門じゃないのだ。有機野菜ブームだし、これらを今調べている人たちはいるのかなぁ・・・。

脳を刺激するためには、手先をはじめ、感覚器官をよく使うことが必要で、しかも集中的に何かひとつを使うのではなく、コーディネーションが必要なある程度のスキルを伴う作業のほうが効果的なのはわかっています。たとえば、箸の使用率は、1日のうちに何回・何分なのか?というのを、フォーク文化と比べるとたいへんおもしろいと思うんだけどなぁ・・・。折り紙のプロ・セミプロや職人気質な仕事をする人々に、どれくらいの認知症発症率があるのか、誰か調べたことはないのかなぁ・・・。タイプを日常的にする人としない人だとか、読書をする人としない人だとか、漢字をよく書く人と書かない人だとか、整理整頓好きや掃除好きとそうではない人とか、かなりたくさんの軸を思い起こすことができるんだよなぁ・・・。

たしかに、大きな軸は、運動・睡眠・食なのだけれども、全般的に便利すぎる暮らしをしているから、そもそも備わっている感覚機能の低下を唱える人がいないのはなぜなのだ!?と私は思うのよ・・・。いや、それで高齢者がフラダンスを始めたり、ウォーキングに出たり、昼寝をしなくなったり(1時間以下ならいいらしい)、他の生活習慣病の注意事項について気にするのはいいことなのよ。けれども、日々できることはもっとあると思えるわけなのです。

地図を読めるようになるだけでも、私は大々的な効果があると思うし(読めなかった人が読めるようになるという意味で)、インターネットや車についているナヴィゲーションシステムに頼り切っている人は、機会を失っていると思うのです。上下左右で地図を読まないのは、右脳に対しての働きかけがでかくなるので、とてもいいのです。ニュースをTVで見るのではなく、新聞で読んだり、ラジオで聴くようにするだけでも、数週間から数ヶ月で、かなりの効果が上がると思います。歯磨きのときに3分の砂時計を用いるだけでも違います。その間に何か決まったことをするだけでも、朝の目覚めは違うわけです。ひょっとすると、こういうことをしている介護師さんや看護師さんや医師がいてくれるといいな、と思うのですが、そこまで行き届かないのが日常でしょう。

しかも、予防という観点から言えば、健常な状態のときに、生活改善をしていかなければ、予防にはならないわけで・・・。私は、母という生き証人がいるので、彼女のしていることをかなり参考にしています。健康すぎる・・・。ただし、脳に関してはどうなるのか?と、まだまだ資料が取れないことがあり、私のほうが知識的なことを増やしていたり、分野においても違うので(母は家事や生活回りが多いが、私はズボラだ・・・)どこまで取り入れて暮らせているのか?

生活習慣を見直せるサイトはこちら>
http://www.takeda.co.jp/pharm/jap/seikatu/syukan/index.htm
http://www.jph-ri.or.jp/kenko/checklist/index.html

でもやっぱり細かくはないよねぇ・・・。と、どうもささやかだけれども、大きな違いについて考え込んでしまう私なのでした・・・。