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10/26/2007 にアップした文章です。

 

びっくりしてしまったのは、女性の平均年収の低さ。これじゃぁ、女性の倖せを掴む道は、まだまだ山アリ谷アリなんだろうなぁ、と、つくづく思ったわけなのですよ。もちろん統計学というのは、見方によって解釈はいくらでもできるし、プロセスに立ち会わないと正確かどうかだってあやしい。世間を眺めたときにも、外国人が「日本女性はいつもきれいにしている」などという褒め言葉は発するけれども、「仕事ができる女性の軍団」などとは評価された例はないよね・・・。私はアメリカに居るときに、Living as a Japanese woman is one of the most difficult things in the world(日本人女性として生きることは、世界で最も難しいことのうちのひとつだ)とつくづく言われたことが、数度ありました。それは、私が日本を出てしまったことを慰めるつもりだったのかもしれません。でも、戻ってきて1年。そう思うな・・・。

躓く(つまずく):(1)爪先がものにひっかかって体がよろける。けつまずく。(2)物事が中途で障害にあってうまくいかなくなる。中途で失敗する。

白馬に乗った王子様について書いたり、大黒摩季の『夏が来る』について書いたことがありますが、私が『躓く』という語彙を使ったのにも意味があり。おそらく、多くの女性のゴールはまだ、「生涯独身で、ひとりで稼いでしっかり生きて、子どもも産んで育てる」という覚悟にはなく、「途中でいい男の人と結婚し、半分以上の経済的負担を彼に担ってもらい、その代わり子育てや家事で貢献する」というフェアネスを求めたゴールなのではないかと思うのだ。そこで、「女性がひとりで生きるのはおかしい」「子どもは二親揃っていなければダメ」などという当たり前を切々と説く人々がいるんだろうけれども、私はそうは思っていない。なんせ、ヒトはひとりで生まれてきて、ひとりで死んでゆくのだ。

↑この前提の理解は重要。

だからこそ、結婚できなかったり、子どもを産んでいない状態の女性たちは、「躓いている」と感じざるを得ないのではないかと・・・。だって、ゴールまでにはクリアせねばならぬポイントがかなりたくさんある(笑)。そのせいで、結婚した時点をゴールだと思ってしまう人も多いわけだ。時間が足りなくなるならまだしも、実際には若い女性でも、最初からゴールをここだと思いながら(本人が強く意識しているにしろ、していないにしろ)言動を繰り広げている人たちはけっこう多いように思える。

何度も書きますが、私は生涯独身でまったくかまわないと思っていたし、自力で自分の食い扶持くらい稼げなくてどうする!?とも思っていたし、子どもも一時期(30代)では迷ったのだけれども、結局持たなくてよかったと思っています。なので、「女性がひとりで生きるのはおかしい」「子どもは二親揃っていなければダメ」などという当たり前を切々と説く人々には抵抗感があり、「あなたはナニサマ?」といつも感じています(笑)。親戚のおじさんやおばさんでもあるまいし・・・。たとえ、父親や母親であっても、自分の人格や人生と、子どもの人格や人生をごっちゃにしてもらっちゃー困るでしょ・・・。

もちろん、国家力維持や増大のために最も直接的なのは、人口増加です。が、産んで育てるための整備が足りないことを実感させるからこそ、子どもの出生率は減っているのだと認識はしているようですが、あの少子化対策委員会って機能しているんでしょうかね?私は日本国民として生き抜くことよりは、世界の人口増大のほうを心配しています。確かに、日本という国が成立していかねば、本当にこんなのんきなことは言っていられないのですが、女性の肩に責任をのし掛けるのではなく、社会全体で考えねばならぬことなのですから、たかだか私ひとりに対する説得力もないのであれば、なんとなく肩透かしではあります・・・。

それに、子どもは二親揃っていなくても、元気に健全に育ちますから。どんな発達心理学でも、生物学でも、生理学でも、ゲイの両親に育てられるとまともな大人に育たないとは証明できていませんし、二親揃っていても犯罪人を出す家庭はありますし、天才や秀才と呼ばれる人々の親たちの子育てがどのようだったか、ケーススタディにはなっても、絶対的バロメータというのは、「とにかく生き延びてチャンスを繋げること」以外には、存在していません。

私などは、放任や欠落よりは、過干渉により余分な癖・歪んだ知識・傲慢な世界観を身につけてしまった人が、よりよく生きるサバイバル率のほうを心配しています。Learningのほうが、Unlearningよりは容易です。個人だけではなく、小社会である企業や団体、国家などにもこれは当てはめて考えられます。発展途上国と呼ばれる国々のほうが、未来は明るい。なぜならば、身につけることはたくさんあるにしろ、呪縛や抑圧や除去せねばならない悪しき体質となってしまっている蓄積を、丹念に取り除く作業にエネルギーを使う必要がないからです。

躓くには、「理想の持ち方」がそもそも問題なんだということを、ここで強く言ってみているわけです。これまで常識・当たり前と言われていたことが、本当に今後も通用するのか?ヒトは所詮、社会動物の端くれに過ぎないであろうに、なぜか地球を制覇して、自然を蹂躙するようにまでなりました。産業革命以降、技術革新がどんどん進み、動物としては生きていることを意識しているヒトは、ごくごく少なくなってきました。そもそも、男女が共同作業をし、狩猟や農耕をしたり、部族や他部族間との協調を社会性として身につけてきたはずであるのに、ヒトを当てにしなくていいシステムを、技術革新のおかげで作りすぎました。ならば、女性も、生物学的非力さを問題とせず、庇護下をゴールにせずともいいではないですか・・・。

白馬に乗った王子様を見つけて、その人のすばらしい遺伝子を残すためにしっかり生殖年齢まで育てる。可能な限り、子どものサバイバルチャンスを増やしてあげるために、いい学校に行かせる。などという構図は、もう追いかけなくてもいいような気がしています。そもそも、ヒトは増えすぎた。無駄な空気も電気などのエネルギーも使いすぎる。ならば、よりよい、についての質を考えてみてもいい頃かと思うわけです。

ゴールも多様であっていいわけで、本人が違うゴールを持っていれば、たとえ社会から見て「躓いている女」とレベル貼りをされても、特に本人のSelf-Esteem(自己尊敬心)が下がるわけでもない・・・。子どもが欲しければ、経済力を身につけておけばいいでしょう。ただし、人間関係スキルは、大事なサバイバルスキルなので、持っていない人はそもそも子どもを産んで育てることは難しくなると、予測できたほうがいいです←自分のことらしい(爆)。

誰がどんなゴールを持ってもいいではないですか・・・。あなたの娘でもないし、孫娘でもないし、姪っこでもない。それよりも、あなたの息子や孫や甥っこたちが、女性を粗末に扱わないよう、ジェントルマン教育をしたほうがいいです。まぁ、男性を粗末に扱う女性を避けて通ることは、しっかり教えてください(笑)。

多様なゴールを持っていれば、女性は「躓き感」に苛まれて生きないで済むように思えるのです。私ですか?躓き感は体験したことがありますが、それはひとえに、ヒトという動物として、時間を無為に過ごしすぎてサバイバルチャンスを減らしたときに起きます←それくらいは分析しているらしい(笑)。病気で3年ほど無為に過ごしたように思えたとき、渦中に居るときにはそう思って焦っていましたねぇ・・・。今ではいいレッスンだった、生き延びることができてよかった、と、感謝の気持ちでいっぱいですが。