電車での移動時間を有効に使う

04/17/2008 にアップした文章です。

 

私の場合は、通常は15・6分の電車移動なのですが、この15・6分をいかに有効に使えるか?というだけで、けっこう考えてしまう(笑)。これが片道1時間以上だと、みなさん、プランをして、仕分け作業をいくつかこなせるんだろうなぁと、余計なことまで考えてしまう始末(爆)。新幹線などに乗ることができるのであれば、本を1冊、軽々と読めるのでしょうが、持っていく本の厚さなど、日常であれば考え込んでしまうのである。みんなが電車の中で何をしているか?と眺めてみると、けっこう無駄なのかなぁと思える行為もたくさんあり・・・。

 

朝は混みこみなのでしょうが、私はここのところ、そのような朝の大混雑に乗る羽目にはなっておらず、来週の4回、調布駅を7時4分の各駅に乗るので、おそらく座れるくらいなのではないかと思うのです。なぜならば、学生さんはもう少し遅い。27分乗って、橋本にて横浜線で一駅の相模原に乗り換えるのですが、起床時間が6時で間に合うんだろうな(ええ、お化粧は簡単だし)。その27分間は座れても眠れるわけもなく、私は電車の中では基本的に寝ないので、授業の準備チェックに使うのだろうと思います。それは有意義に使えると思うのです。

 

私の場合は、知らない場所や初めての場所にけっこう行くことが多いので、いくらプランニングをしても、不安になるので車内でじろじろと路線図を見ることも多く、産業カウンセラー講座では、代々木と水天宮で、本当に遠足の子どものように、過ぎ行く駅をチェックして、路線図を眺めて、「うん、ここでいいんだよね・・・」などと確認をしまくっていました(笑)。最近の地下鉄は鋭いので、駅のホームの支柱にどの車輌に乗ると駅階段やエスカレーターに近いか?などということも表示してあるので、少し時間が余ってもすることができてしまうんですね。しかも、車内では、新しい型の電車では、液晶画面があるので、いろいろ便利です。すごい世の中になったものだなぁと思う(笑)。

 

毎日同じ経路を通る人々は、どのように車内で過ごしているのかなぁと思って、じーっと見てみると、かなりの%の人々は、以前の「読書」よりも多いくらいの割合で、携帯電話をいじっています。メールをしているのか、アドレス整理をしているのか、携帯でできるゲームをしているのか、という3つが多いみたいです。どこか目的地に関してのオンラインを多用している慣れた人を見ると、少しうらやましいのだけれども(爆)。

 

次に多いのは読書です。その内容は昔のような新聞や小説が主流ではなく、資格関連のテキストだったり、How to 本だったりするのが、ちとびっくりしたトレンドです。みんな現状に満足はしておらず、給料を上げたり、仕事をステップアップするために、一生懸命勉強を大人になってもしているんだなぁと、少しうれしい気持ちなのです。イチバン多いのは、英語関連で、他の語学もありますね。韓国語や中国語の人はけっこう見ます。その代わり、スペイン語やフランス語やドイツ語の人は、以前よりずっと減ったようです。

 

そして相変わらず、新聞や雑誌を読んでいる人々は多い。日刊の新聞や週刊の雑誌などは、確かに気軽に読めるし、失くしたりしても気にならないのでしょうね。日本では、大人もマンガ(こういう言い方はトレンディじゃないんだろうねぇ・・・笑。コミックスかなぁ。あるいはグラフィックノベル?)を読むので、けっこう多い風景です。私は子どもの頃から、マンガは読まなかったので(ほんの2年くらいだけ、月刊マーガレットだったかを読んだくらい。フィギュアスケートの槙村さとる氏のものを目当てに。あとは、いっぺんに読める単行本化した『生徒諸君!』を読んだくらいかなぁ・・・)、今もドラゴンボールやAkiraなど知らないものが多すぎます(爆)。他人に画化・映像化されることは、あまり好きではないのかもしれないですね。その割に映画は見ますが・・・。音がついていることは、また別の次元の話のようです。

 

私は専ら、スケジュール確認をしたあと、添削があれば添削をして、その後、クラスで使うテキストのチェックをして、構成を考えてメモるのですが、それで京王線の15・6分は過ぎてしまいますね。京王相模原線の27分は、それでも余ると思うのですが、翌日分もやればいいので、そして、夕方からの仕事のやつもやればいいので、あとは読書をすればよい、と、今日はアマゾンでまた洋書(この言い方もすごいなぁとは思うんですが、こうした伝統的な言い方は無くなってほしくもないしなぁ・・・)を買おうと思っています。

 

自分の生徒さんには、洋書をAudio book化してあるものを購入してもらい、Scriptとしての洋書の読書と、Listeningを進めてもらっています。Listening環境を無理やり作って、聴く絶対量が増えるという確実さを求めているもので、自分が好きなジャンルのものを、できるだけ頭の中で映像化できるかどうか?をどんどん試してもらうわけです。赤ちゃんの頃、日本語を身につけたのと同じ状態を体験してもらうのは、とても大切で、わからない語彙があっても、決めた3章や4章に関しては止まらないで、辞書を引かないで、そのまま進んでもらう。赤ちゃんのときにあれほどにクルクルと使った頭に戻ってもらうことで、謙虚さも我慢強さも手に取るように実感できるんですね。そして、「できない」とごまかすことももうできないことになり、映像化により記憶量の際限も広がり、脳のためにもよいので、脳の老化だけではなく、身体機能すべての老化も遅くなるよう、脳の使い方から考え直してもらっています。

 

私の説明を採り入れて真剣にやってくれた人は、相当にListening力がついていますが、Unlearningというのはかなり難しいプロセスで、「どうしても訳そうとしてしまうから、次の言葉を聴けていない」だとか、「わからない単語にこだわりすぎてしまって、流れてくる音がまったく聴こえなくなる」など、実感を持った感想が聴けます。なぜに、中学・高校と6年間、あるいは大学時代も含めて+αの時間を、日本式英語教育で一貫してしまったのか?というところを、足元から浚ってしまわない限り、なかなか上級には進めないわけです。鋭意努力すれば、センスや好き嫌いの感情などを含めて、英語上達は望めますが、頭打ちになっていきます。日本語を学んだように英語も学ぶ。+αとして、すでに読み書きができることを武器として使う、という学び方を、私はひとりで展開しています。

 

おかげさまで忙しくなっていて、昼間の生徒さんもボチボチ増えて、自宅の生徒さんも増えてきています。

 

あ、今日言いたかったのは、この移動時間をどのように使うか?で、確実に変化を期待できるってこと。校長センセはたくさん読書をしたそうで、今は移動時間がないので、読書量ががくんと減ったと言っておられました(コメント欄にて)。私は、アメリカで車移動をしていたときも、読書をしていたので、校長センセとは読書希求心がそもそも違うのかと思うのですが、確かに日本で通勤があるほうが、20%くらい増えましたね。しかも、電車で移動している最中に、段取りを決めていくのは、「迫っている時間」を実感できて、授業の組み立てなどもとてもうまく行く。これは不思議なことです。現場処理がかなり割合的に多めな私ではありますが、骨組みくらいは準備しますから(笑)。

 

だったら、私は、中国語をここでしっかりやってみるのもいいではないか!と、頭のどこかで小人が叫んでいるのですが、15分というのは聴く時間としては少なすぎる・・・←言い訳(爆)。それにねぇ、西さんが話せるから不自由していないというのもあるし・・・。どうせやるなら、スペイン語の大上達かなぁ(笑)。それよりも、私は、今、取り戻さねばならない日本の小説19年分と、英語講師としての商売繁盛のためのノウハウを考えるだけで、移動時間も精一杯という感じなのかなぁ・・・・(汗)。

 

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