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鬼嫁ってどうなのよ?

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07/12/2007  にアップした文章です。

 

日本に戻ってきて気づいたトレンドの中に、『鬼嫁』という新たなコンセプトがあった・・・。いや、特に新しいわけでもなく、昔からあったのでしょうが、どうも鬼嫁であることを自慢する・売り物にする、という傾向があるらしい、というトレンドにびっくりしたのであった・・・。どういうことを鬼嫁っていうのかな、と、真剣にTVに見入っていた私を見ると、不思議に思えるんだろうな・・・。でもなぁ、「お父さんのためのワイドショー講座」などというコーナーもTBSの番組にあったから、たぶん、日本在住でも知らない人はたくさんいるよね・・・←慰めてどうするんだか(笑)。

 

鬼: (接頭)名詞に付く。(1)無慈悲な、冷酷な、などの意を表す。(2)強くて恐ろしい、勇猛な、などの意を表す。(3)異形の、大形の、などの意を表す。

鬼嫁とは>http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212017752 ふむふむ、そもそもは、姑さんが「鬼婆!」だったものに対抗して「鬼嫁!」と呼んだところから来たのか。年長者を粗末にする人のことだったのね。

 

エッセイになってるブログも読んでみた>http://tette.pipo-pipo.com/?eid=389502 

鬼嫁情報局なんてのもあった・・・>鬼嫁の条件が書いてある・・・。やっぱりなれる人となれない人だとか、行動様式なんかがあるんだな・・・。

http://ameblo.jp/oniyome/entry-10004882670.html

 

私にとっての鬼は、Shrekだとか、『泣いた赤鬼』のような存在で、「変わっていても悪くない」と決め込んでいるのである。そもそも、私にはほぼ怖いものはないのだろうから、夜中の3時に幽霊話のサイトなどを読めるんだろね・・・。うん、ちっとも怖くないので、ひとりでも目が痛くなるまで読み続けている(笑)。肝試しの意義もよくわからず、小さい頃は、とても楽しかった記憶ありなのだ・・・。京極夏彦も『百鬼夜行』の中の、『鬼一口』で、鬼について登場人物にいろいろ語らせているのだけれども、かなり納得して読んでしまった。

 

(現在、『狂骨の夢』を読んでいるのだけれども、精神科医が出てきて、フロイトについて語っているくだりがあり、とても鬱陶しい。フロイトの最初の登場から50年くらいだから、今から60-70年前の話で、1930年代くらいの話なんだろうけれども、それにしてもちょっとちぐはぐではある・・・。今、上巻なんだけれども、中・下巻と読み続けられるかどうか、ちと不安ではある・・・。こういうことってめったにないんだけれども・・・)

 

大昔、誰が言ったことなのか、ちょっと調べてみても雑多な人々が語りすぎていて、根源がわからないのだけれども、「相手は自分を写す鏡」という戒めの言葉。だとしたならば、やっぱり、鬼嫁を持つだんなさまっていうのは、鬼にさせているような部分を持っているってことなのかもしれない。ただし、コレは真実かどうかはわからず・・・。

 

コノ前も、『行列のできる法律相談所』を流して見ていたら、ものすごい恐妻家の芸能人がたくさん出ていて、「こんなすごいことされました」ってぇのを、わざわざVTRまで作って見せてくれていた。私には、ちょっと考え付かないようなことばかりだった・・・。アゼンとしてしまった・・・。記憶力がいいから憶えてるんだよなぁ。

 

雨上がり決死隊の宮迫氏の妻:40度以上の熱が出ていたとき、救急車を呼ぼうとしたら、タクシーに電話され、ひとりで病院に行かされた。

川崎麻世:他人からのプレゼントも含め、自分のものを無断でリサイクルショップに売られた(リサイクルショップは、「お?コレ、俺の家じゃん」と思えるほどの数で埋め尽くされていたらしい)。

金山一彦:娘の入学式を教えてもらえず、妻は出席のために事前キャンセルしたいっしょの仕事に、自分だけ行かされた。

深沢邦之:理由も聞かせてもらえず、家に戻ったら貼紙がしてあり、荷物が出してあったので、車に宿泊。3日目に電話が掛かってきて戻れた(妻の具合が悪くなったため)。

野々村真:つきあいごはんを食べて夜中の2時に戻ったら、お皿なしで、直接テーブルに炒飯が盛ってあったので、急いで食べた。

峰竜太:浮気発覚会見に妻に同席され、質問の答えを見張られたり、代わりに答えられた。

 

あー、やっぱりあまりにショックだったので憶えていた(笑)。こういうのって、当然なことなのかなぁ、と、私は不思議に思うよ、やっぱり・・・。私も良妻ではないし、世に言う模範的な妻ではないにしろ、妻という座などはまったく関係なく、自分以外の他人をどう考えて、こういうことができるんだろうか?と、不思議に思う。だんなさまは、妻の持ち物なのか?と。たまたま、えげつない性格の人間が、妻という座にいるだけで、別に特に「鬼嫁」と呼ぶようなことでもないような・・・。

 

弱っており、身体的に正常ではない人間を思いやるのは、相手が誰であり当然のことであり、もしも、それが被災地や戦場だったら?と、想定を変えると本当にぞっとする・・・。

 

他人と自分の持ち物の区別がつかない人間も、私はかなりぞっとする。

 

機会を他人から奪う人間も、私は独断的すぎて、本当にぞっとする。

 

他人に対して説明責任をまったく負わない人間にも、私はぞっとする。

 

社会的生活よりも、自分を優先しろという傲慢な人間にも、私はぞっとする。

 

そもそも浮気をした理由がどうなのかを公的に自分の至らなさについて説明はせず、夫だけをコントロールしようとする人間にも、私はぞっとする。

 

他の自称や呼称、鬼嫁さんたちがどういう暮らしをしているのか、ちょろっとネットで調べた限り以外に分かりませんでしたが、別に、嫁の立場うんぬんではなく、相当なひどいことをしているケースも多いのでしょう。あ、どうやら、ドラマもあったらしいですな。だから、けっこうフツーに語彙として生活に浸透しているのだな・・・。私にはちと使えないかもしれない・・・。でも、本人たちが納得しており、倖せならば、私が特に何を言うことでもないです。

 

が、聞いてしまったときは…。私は、たとえば、友だちの中で、妻という社会的役割を持っている人がいたとしたら、その話を聞いても、相当公平なジャッジをしますねぇ。社会的に女性がこれまで受けてきた損益などを考えてもみますが、別に私はフェミニストではないし、性別でうんぬんと状況が違うジャッジをするつもりはありません。たとえば、離婚するにしたって、男親が子どもを引き取ってもいいではないですか。慰謝料をもらってもいいではないですか。と、公平にその他の条件を照らし合わせて、一票を投じさせていただきます。ええ、友だちでもそうですね。決して手放しでは、味方はしません。

 

というわけで、鬼嫁ってどうなんでしょうか?こうした新しいボキャブラリーを身につけずとも、日本ではサバイバルできるのでしょうかね?←疑問よ・・・。