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繰り返しに飽きるか?

05/15/2008 にアップした文章です。

 

日々というのは、かなり同じ行為の繰り返しなのですが、それに飽きるという気持ちはよくわかります。ところが、私はかなり飽きないほうらしい・・・。「ん?じゃ、メリハリつけて、何か息抜きや気晴らしをしているの?」と尋ねられても、それほどのことは何もしてない・・・。このルーツはどこにあるのか?と問われると、子どもの頃になります。学習の最大の武器は、このRepetition(繰り返し)にあり、子どもの頃は、「何がそんなに楽しくて同じことをグルグルやってんのよ・・・」と言いたくなるくらい、子どもというのはある時期、しつこいくらいの繰り返しをします。元々、細胞分裂からして、生命体というのは繰り返しをしてきて、それで成り立っているわけなので、不思議でもないんですが・・・。

 

繰り返し:繰り返すこと。反復。副詞的にも用いる。

気晴らし:憂鬱な気持ちを発散させること。気散じ。

息抜き:(1)仕事の間などで、ちょっと休むこと。休憩。息休め。(2)空気の流通・換気をよくするための装置や穴。換気口。

 

小さい頃には、なぜにあんなにも単純な作業を繰り返し、しかも飽きもせずできたのか?と思っている方々は、ちょっと胸に手を当てて考えていただきたいものです。どんなPCにも無料でくっついてくるゲームなどは、その最たるもので、あれを思わずやってしまい、夢中になることは大人でもあることなのです。現象として、RPG(Role Playing Game)が流行しているのも、この自然の摂理をうまく突いたもので、あらゆる中毒は個体がこの法則性に素直に従ってしまったものです。

 

いつの頃からか、好き嫌いだけで動いてはいけないと教え込まれた私は、マンガを読まない(というか、高価で読めなかったのだけれども・・・)、ゲームを家にこもってやらない(これもボードゲームすら他人の家に上がりこんでやっていたのだけれども・・・)、など規制を加えられたこともよく、この繰り返し行動の本能をどこに発散させたか?というと、読書に尽きるのです。あとは、外でブランコに乗るだとか、ボール遊びや泥遊びをするなどのことへと変換していったのです。

 

昨日も、ある生徒さんと話していてわかったのですが、私はこの歳になってもかなりドリルが好きだということ。

 

ドリル:(1)機械加工で穴あけに用いる錐(きり)。一般にツイスト-ドリルをさす。(2) (1) を取り付けて回転させ穴をあける工具。(3)重要で基本的な技術や知識を、反復学習することによって定着・強化すること。また、その過程。

Drill: ━━ n. 訓練, 教練; (反復)練習; 〔話〕 (the ~) 正しいやり方; きり, 穴あけ器.

━━ v. 訓練する[を受ける]; (反復)練習させる[する] ((in, on)); 頭にたたきこむ ((into)); きりで穴をあける ((in, into)); 突通す; 射ちぬく.

 

英語では、Drillという言葉は、日本語の(3)が第一義になります。こうしたところでも、文化的背景の違いが出てきていておもしろい。なので、私はドリルと言われると、なぜか軍隊を思い出すんだ・・・ということに、今書いていて気づきました。そうそう、Billy’s Boot campみたいなやつね♪日本語では、工具のあとで、小学生などが使う、漢字や計算の問題集の小さい書き込み式の冊子のようなものを指すんだろうなぁ・・・。

 

ちょっと前に、ぬり絵や奥の細道やその他のドリルが流行ったのも、この人間の「学習への希求本能」を狙ったもので、私もそれに乗りたかったけれども、もう流行は終わっていた(笑)←近所の本屋さんになかったから、すんなり諦めちゃったのはよくなかったかもしれない・・・(汗)。

 

習慣化して、定着してしまった行動や行為に関して、ヒトは何も疑問を持たなくなるものなのですが、そうでないものには苦痛や意識的努力が伴います。これがヒトの個性である能力の開花が多様化するところ。どうやって習慣にするか?定着させるか?というのを、親や教師は必死になって、子どもたちに押し付けていくわけですが(ちょっと聞こえが悪いか・・・)、どうせ押し付けるのであれば楽しいものにしてあげることが大切。

 

英語講師としては、英語の目標に到達するように、楽しい繰り返しをどうにかして紹介し、日々に取り入れ、いつのまにか定着することを奨励していくわけですが、その論理を理解した人のほうが、実際問題として受け入れは早い。

 

今ある自分が、英語ができないのは、「動機が薄いから」「今までのやり方が有効ではなかったから」というのを丸認めしてしまったあと、それを承認してもらう必要もあります。「あんたがダメ!」というのではなく、「ダメで当たり前でしょ」から開始する。じゃ、子どもの頃に返って、繰り返しをして定着させてみるか、という気になってもらえるかどうか、説明を尽くす。その脇で、今までゼロから開始してきた偉業を並べ立ててみるというのも忘れません。たとえば日本語とか、たとえば歯磨きとか、たとえば他の勉強とか、たとえば労働とか、本当に山ほどのことを達成してきたわけです。

 

んじゃ、なんで英語はできなかったんだ?とくらいまで思ってもらえればシメタものになるのですね。とりあえず、「騙されたと思ってやってみてよ」と私は軽い気持ちで言える(笑)。いや、騙してないんですけどね(笑)。

 

私の場合は、繰り返しはいまだにかなり楽しいのです。毎日、朝起きて、メールを見てから返事を書き、コーヒーを飲みながらタバコを吸って、エッセイを書いていない場合には朝エッセイを書いて、そのアイディアが浮かばないときには、ゲームをやります。PCについている単純なものや、麻雀牌のやつで、それがうまく行ったらとても気持ちがいいので、エッセイや仕事に入ります。

 

読書も結局は「終わりが見える繰り返し作業」なのですが、それが達成できたあとには、もらえるものがたんまりあり、知識として応用できるものも山ほどあります。教える作業も、生徒さんこそ違いがあれ、私にとっては繰り返し作業には変わりなく、それがものすごく楽しいので、まだまだずっと続けていけると思うわけです。この生徒さんという受け皿の違いが、私にとってはとてもおもしろく楽しいわけで・・・。

 

考えてもみてくださいよ。生涯で何回「咀嚼」という行為を繰り返してきたか・・・。それに比べてあなたの読んだ読書の文字数は何倍なのか?(少なかったらヤバイと思っていただきたい・・・)呼吸数でもいいけども・・・。どうせ何かをやるのであれば、楽しくやったほうがいいに決まっており、繰り返すことでのちのち苦が減るのであれば、とりあえずやってみるのはきっといいことなのだろうと・・・←ただし、中毒行為になるようなことはなるべく止めていただきたいが・・・。

 

西さんの走るという行為もそれで、彼は雨が降っても出かけていかねば気が済まず・・・。もうすぐ50歳の大台に乗りますが、いつまで続くことやら・・・。が、Learningよりもこの定着してしまった行為のUnlearningは、動かす身体のほうに支障が出ない限りは続くのだろうなぁ・・・。私の頭パチパチ傾向も繰り返しで定着しており、やめろと言われてもどうしてもやめられず・・・。この定着する行動というのは、大人であれば選べます。自分にとっていい行動を選ぶことは大切です。校長センセのプールも、きっともう定着したんだろうな・・・。

 

まだまだ飽きない繰り返し行為を丹念に続けていくことで、この先きっといいことがあるだろうと、なぜか強く信じて止まず、今までもやってきたし、きっとこれからもやっていくのでしょう。ただし、私は喫煙だけはいつかは止めないとなぁ・・・(汗)。

 

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