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誰かがどこかで

0/12/2007 にアップした文章です。

 

こんな当たり前のことを、私はよく考えるのですが、そのときに決まって出す結論は;私はゴビ砂漠の砂粒くらい小さいんだなぁ、ということ。でも、決して悲観ではなく、私の場合、自己中心的にSelfが大活躍をしてしまうのを防御しつつ、さらに、ぱっと見たときに他人よりもできてしまう事柄についての横柄な考えを打ち消すことが必要で、物事を大げさに考えてしまう躁鬱病の傾向対策なのです。自嘲的なくらいに、小さく何もできず貧乏で、将来の夢など見る立場でもなかった私が、よくもここまで来られたな、と、感慨深い日々なので、パイロットライセンスを取ったあとくらいからは、かなりオマケ要素が強く(笑)、いやなことがあっても、かなりサバサバしており、ダメージを受けないのですが、蓄積してしまうモヤモヤ気分は、自分が小さい人間だと、一旦認めてしまうことでかなり解決します。いわゆる、『初心に戻る』ってやつですか・・・。

誰かがどこかで何かをしてくれたから、私はここでこうしていられるんだなぁ、と、ゴビ砂漠の砂粒くらいの私は、感謝をよくします。父の影響なのか、感謝できない人間に成り下がったら、人のためになって死ね!と激怒されたことがあります。いや、1回2回どころではなく、父のお決まりな怒り方だったのですが・・・。そのときに、父が怖かったがために、私は無理やり自分をそのように仕向けたかどうか?という疑問が湧くのですが、実際のところはそんなものではなく、そこらじゅうに転がっているミラクルに感動し、それについて説明できない両親や叔父や叔母や祖母に落胆し、それについていくばくかのことを知っている人々に邂逅し、それについてたくさんのことをかなり知っている人たちが書いた本に遭遇し、その繰り返しで、私は大きくなったわけで、感謝せずにはいられない、ってところなのです。

トンボやセミの羽や遺骸を一生懸命に運ぶありんこたちを見たことがない子どもが増えていますが、私はそれごときからまず学びました。おしろい花(鳳仙花)の実から出る白い粉でお化粧ごっこをしたことや、植木屋さんに来るでっかいキリンのようなクレーン車を操作できる人や、その人たちが履いていた足袋やニッカーボッカーのようなズボンや、かっこいいねじり鉢巻や半纏などなどからも、自分の小ささをいつも感じて日々を暮らしてきたので、今でもその気持ちには変わりがなく、勉強を続けてきてよかったと思うのは、「自分はまだまだ知らないことがたくさんある不首尾も多い人間なのだ」と簡単に認められることです。

私の好きな人のタイプは、「頭がいい人」と、小さい頃から漠然としていたのも、これらの不思議・ミラクルに囲まれていて、それらに魅了されていたせいで、説明をしてくれる人は、とりあえず誰でも好きになった(爆)。相手が植木屋さんでも、自治会の会長さんでも、八百屋のおじさんでも、お花やのお姉さんでも、幼稚園の先生でも、図書館の司書のおねえさんでも、とりあえず、子どもを本気で相手にしてくれる人々は、なべて好きになった(爆)。

相手にしてくれない大人や子どもも、相当数いたのだけれども、私はまったくメゲなかったのである。そんなとき、父や母に相談してみると、「生活のために、大人は忙しいんだよ。子どもと違ってやることがたくさんあるから」と言われたときに、実感はなかったのだけれども、子どもなりにとても納得したので、それ以来、質問が丁寧になったのも事実。

そんな中、私がひどく大切にしていたおじさんは、華僑のおじさんで、野川の川原にひとりで行くとよく相手にしてくれたのだけれども(ひとりになりたいときに、本を持って自転車で行っていた。しかも、私は石投げの練習を誰かに必死になってやっているのを見られたくなく、平たい石を確保するのに、相当一生懸命だった・・・)、その中国という国や、おじさんの祖先や、文化大革命とかいう不思議なイベントや、アクセントが残る日本語や、日本と中国は国交がないという事実(田中角栄までなかった)などの話で、因果関係や時空がイマイチつかめなかったことは確かなのだけれども、かなりおもしろい話たちではあったのです。そのおじさんが話してくれた人生訓は、今でも私に反映されており、「好きなものをちまちま買わないで、でっかくて残る買い物をする」だとか、「お金があっても生活レベルを上げない」だとか、「盗まれるモノを買って歓ぶのではなく、頭の中にしまいこむ」だの、本当にいろいろあったのです。

が、おじさんはさようならも言わないで、ある日突然いなくなりました。どうしたんだろう?年齢からいうと、もう亡くなったと思うのですが、今でもとても感謝しています。そのおじさんが教えてくれたことは、「この瞬間も、世界中で、誰かがどこかで何かをしている」という当たり前の想像力。それが、自分のためだったり、同胞のためだったり、世界中のためだったり、と、目的も動機もやり方もアクティビティもいろいろではあるのだけれども、「砂粒より小さいんだよ、私たちは」と言っていたのが印象的すぎて、私は、今でもこの言葉をよく思い出すのです。

私もいつしか大人になり、あのときのおじさんのように、似たような時間に気に入った場所に行き、子どもと話せるようなチャンスがあればいいのですが、ハイパーだからなのか、どうもそんなゆとりが持てぬ・・・。できたら、将来性のある、孤立しちゃってる子どもに出会えれば、ドラマみたいなのですが、そんなことはあるわけもなく・・・。みんな塾やゲームで忙しいのだ・・・。子どもたちには親もついてるしね・・・。

おじさんがいなくなったあと、質問をするにも、のらりくらり時間は無限にあるんだぞ、という大人が周りにいなくなったため、私は質問を「手短に、でも正確に尋ねる」ということを覚えました。今でも、知らない人に道を尋ねるのはまったく苦ではなく、1年前日本に戻ってからは、迷子になってばかりいます(苦笑)。もー、東京駅だけでもどんだけ変わったんだか・・・。新宿なんて、ビルが増えてわからないよぉ。なので、尋ね方もしっかり地図を携えて、行きたいところに目印をつけておいてから、ちゃんと訊くのです。人によって方向感覚が違うので、「こっちを向いて何時の方向ですよね?」だとか「大人の足で5分くらい歩けばだいたい到着しますよね?」と念押しすることも忘れません・・・。こんなときの私は、8・9歳頃とどう違うのか、わからなくなってしまっており、必死に道を探して歩いているときに、「いつまでも変わらないなぁ」とひとりで苦笑しているのですが。

誰かがどこかで、私のためではなくとも、してくれたことに、大いに感謝していることが続くのが、勉強です。何かを学ぶことにより、人類の英知となった故人たちがどのように情熱を傾け、どのように体系的に物事を整理し、どのように彼らの私生活を支えてくれる人に囲まれたか、よくわかるようになり、自分の人生はひとつしかないのに、なにやら、「グリコの一粒で二度おいしい」が永遠に続くような気がしてしまうわけです。ブームになったダヴィンチですが(ダヴィンチコードのおかげも大いにあり)、細かいことをオタッキーにいろいろ知るよりは、私はエッセンスを知ろうとします。でなければ、名もない人々のことを知る時間がなくなってしまうような気がして・・・。

子どもの頃はあんなに時間が余っていたのに、どうして最近は、坂道を転がり落ちるように、時間がどんどん経ってしまうんだろうか?バイトのとき、時給で働いているときは、時間が経つのが妙に遅かったのに、どうしてここのところ、時間はすぐに過ぎてしまうのか?学んでいないのかなぁ・・・。安易な繰り返しばかりをしているんじゃないのだろうか?と不安になることも確か。

誰かがどこかで、何かをしているというのを知ると、私も何かしなくっちゃな、と思えるので、よく考えることにしています。走り続きすぎて、みんなに「お休みすれば?」と言われるんですが、まだまだガソリンがあるうちは走ろうと思えるわけです。ただし、最近、またアメリカに行きたい病になっており、今年中に一度行きたいと思っているところ。連続して英語が話したい(爆)。友だちに会いたい♪アメリカでしか買えないものや、価格差がある生活必需品(主に本)を買いたい。ついでに、ステーキをたくさん食べてきたいです♪

 

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