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14番目の月・満月・十六夜

06/04/2006 にアップした文章です。

 

荒井由実だった頃の歌ですが、『14番目の月』という歌があります。それをオンタイムで聴いていた私はナニモノなのかしら(笑)。このあたりから聴き始めたんですけどね♪←言い訳だろう・・・(汗)。歌詞はコレ。http://www6.airnet.ne.jp/satoumc/cgi-bin/kashi.cgi?ARG1=0040&ARG2=02

春夏秋冬やこの月、いろいろなことで象徴的に人生や気持ちの問題を表すことが古今東西行われてきました。ある人はそれは、今現在の自分の心持を支持するための証拠として使う、とし、ある人はそれは嗜好の問題だとし、ある人は考え方全般の予測できる問題だとします。私は、考え方全般にかなり反映する確率はかなり高いのではないか、と疑っています。

今日は、シャワーでなぜかこの14番目の月を歌っていたわけです。

なんで歌詞を憶えているのかって?わからないんだよね・・・・。デフラグして要らない記憶は消してしまい、その空いた領域に新しい知識を入れてみたいところなのですが、どうしてもハードディスクと連携が取れない意志です。持ち主の希望をよそに、この脳みそは何をしているんだか・・・。それとも深層心理のところで、どうしても忘れたくないのか?(爆)

今日は髪に全体的にきつめにパーマをかけてもらうので、まき子さんのところに行くのでした。彼女にはもう16年ほどお世話になっており、他の人にやってもらうとどうもパーマが弱く感じる。私の場合、全体にパーマをかけるのはソバージュで(イマドキねぇ、ププ・・・)、前髪とその周辺は6ヶ月かそこらに1回で事足りてしまいます。もともと癖毛なので、かなりパーマのもちがいいのです。日本人に見られたくないがため、30歳からずっと髪を染めているのですが、それも年にパーマをかけるとトップが持ち上がり、身長が公称168cmあるので(もっと高かったらとちょっとイヤなのです)、人に髪が黒くなったところを見下げられることはあまりありません。なんかね、身体全体がかなり安くできあがってるわけなの・・・。ローメンテ・・・・。その結論にシャワーを浴びながら到達した私は、かなり気分がよくなって(自分が安いってことがなぜ気分がいいのかは謎ね・・・)、歌を歌い始めたのですが、なぜかこの14番目の月だったのです。

そして思ったのは、私は、14番目の月はもう嫌いだぞ、ということ(爆)。言わぬが花ってのを、西さんといっしょに生きていこうと決めてから、何十回も経験し、いい男がいても「強制的言わぬが花」ばかりを通ってきたせいか、恋心においても、何においても、はっきり口に出せることは出しておいて、「でもね、行動には移さないよ」とすっきりした明快なほうが好きだぞ、という結論に、洗濯ものを畳みながらさらに到達したのです。

さて、満月は好きか?いや、満月も嫌いですね。オリンピックで金メダルをもらっているところやその他、華々しい完全に見える場面を、他人事として見て、お祝いするのは大好きです。特にアイスホッケーのStanley Cupで、Avalancheが獲ったときのビデオの場面は、コマ送り状態で記憶していますが、何度見てももらい泣きしてしまいます。自分もそうなのですが、けっこういい大学を出たにも拘わらず、卒業式は欠席しました。いい歳こいていたからではありません。卒業はただの区切りであり、その先が問われることを痛いほどすでに知っていたので、それにて身を引き締めるためにわざわざ儀式に出ずともよかったためです。「もっともっと派」の私としては、完全なる蜜月状態である倖せ気分はかなり苦手で、自分のやるべき道を快楽や充実感に邪魔されて、見失ってしまうような気がするのです。しかも、そこが頂点で満杯状態なのだから、いつかその状態から離れていくということはわかっているわけです。うーん、さみしい・・・。

そうそう。私が好きなのは、十六夜の月なのよ・・・。

十六夜:(1)陰暦(八月)一六日の月。また、陰暦一六日の夜。《十六夜》 〔月の出が十五夜よりやや遅くなるのを、月がためらっていると見立てた語〕(2)「いざよいの月」の略。(3)ためらい。《猶予》

Lunar Cycleに特に造詣が深いわけではないので、正確さを欠いているかもしれない、と慌てて調べてみたのですが、今の小学生はこんなふうに楽しく学べるのかよ・・・。しばらく没頭して、レベル3までやってしまいました(爆)。

ちょっとした科学クイズ月について

 

もしも、満月がもたらす人間のバランス狂いに科学的根拠がいつかつけられるとしたら(現在は統計学として、確率問題としての証明に留まっている)、満月な気分は、自殺や犯罪も増やすし、人の日常リズムを狂わすとする統計が多いです。しかも、それに民族的俗話や風聞などが混じってしまっています。神話などでもよく表現を借りているものがあります。

別に・・・、私はそれを信じるわけじゃないですよ・・・(笑)。が、どうも満月の華やかさや冷静さを欠けた状態に対して、私は居心地が悪いのです。かと言って、まだ始まる前に14番目の月ステージで、そこから先に進まないような臆病者であることもイヤなのです。いやいや・・・、恋愛の気分が14番目であっても、行動に移さなければすっきりお互いの気持ちを言い合って、満月は気分だけで、ざわつく期待感を持たず、その場で何事もなく、すんなり十六夜の月へと移行できますから、そのへん誤解なきよう・・・。

が、十六夜は、自分の最高潮を知ったあとの、冷静さ、失ってしまった切なさを含蓄しており、そのあとまたサイクルを続けていくかどうか、と躊躇しているステージに思えて、私は好きなのですね。少し裏淋しい。しかも、私は16日生まれなのです。特に、その年の10月16日に十六夜月だったかどうかを確かめたわけではないのですが・・・(私は天文学けっこう苦手だったのよね・・・。今から始めればけっこうはまると思うんだけれども・・・)。

栄華や頂上を極めたあとに、また繰り返しのサイクルに挑めるタフさをもてるかどうか?というのは、私にとっては大きな生命力を示すヒントなのです。恋だって、そりゃー、最初の3ヶ月は楽しいよ。でも、すきま風を体験した十六夜状態で、また盛り上がってサイクルを続けることができるかどうか?結婚はもっとそのサイクルが長いからきついかもしれない。子育てはもっとたいへんかもしれない。仕事も何がサイクルなのか、自分で設定しないとならないかもしれない。勉強も同じく。いわゆる、テストを受け取ったあと、たとえ100点であったにしても、余韻が醒めたあとに何をしようとまた一歩を歩き出せるかどうか?という意味に思えるのです。

月はいいですよ、サイクルですから。何度も来るはずです。サイクルでないものを想像し、人生1サイクルと限定して人生に喩えてしまうと淋しいです。次の満月が来ないこととしてしまう40代のお友だちがいますが(誰とは言いませんが・・・・爆)、私はまだ自分には何度か満月が来て、来たことを意識しないまま、溺れないままに、十六夜月をまた経験することになると、堅くなぜか信じているのです。それでも、また一歩を次のサイクルに向けて歩き出していく生命力は、まだまだ裡側にみなぎっているような気がしてならないのです。何度でもやり直しはできるし、敗者復活戦はあるし、メビウスの輪のようにエネルギー体はどんどん周っていくわけです。

だったら、14番目の月も楽しめって?そうですね・・・。サイクルの次の段階を踏むのであれば、その場を楽しんだほうがいいかもしれません。十六夜を引き受けない14番目の月は嫌いだってことですね・・・。

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