人生はおかきの詰め合わせ、あるいはアソートチョコレートの箱と同じ

Forrest Gump では、Life is like a box of chocolates. You never know what you are gonna get. というのが有名なセリフになりました。が、これについてどれだけ哲学してみるか?というのを、当時、あなたはやりましたか?とはいえ、あの頃、まだ若かったり子どもだったりしたら、ぜひともまた観てみてください。あのサクセス・ストーリーはあなたにも訪れる可能性はとても高いからです。

私は甘いものを食べると眉間がうにゅうにゅするので、おかきやおせんべの詰め合わせで想像するのですが、甘いものが好きな人はぜひともチョコレートで(笑)。

お菓子業者さんは、詰め合わせを作るときには、「しょっぱいのが好きな人用」「うんと甘いのが好きな人用」などと分けたいのは山々なのですが、なるべく多くの人に購買してもらいたいので、ヒット商品を詰め合わせしようとします。

人生もそんなものです。つらいこともあれば、好きなことも嫌いなこともあり、楽しいこともそれなりに散らばっています。すべてが好きという人はあまりいなくて、それなりに受け容れているだけなことが多いわけです。たまに、本当にごくごくたまに、すべてが同じくらい好き!受け容れられる!という人はいますが、どうしてなのでしょうか?

おそらく、若い頃や体力がある頃に、嫌いなものや苦手なものを先に食べちゃっているんだろうと思われます。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」というのは、ここから来ているのでしょう。苦労をして、そこで楽しみや好みの変更ができた場合、残りの嫌いなものもけっこう楽しく食べられるわけです。けれども、嫌いなものやつらい物事やネガティブを避けてきた人たちは、体力がなくなった高齢になってから?それらが残ってしまっていることに気づきます。

財力でなんとかなる場合もありますが、ならない事柄もかなり多い。

なので、私は若いうちに苦労をして、嫌いなことやモノに敢えてトライすることをオススメしています。  

残ったものは好きなモノだらけ、なのって眺めるとかなりステキです(笑)。体力があるうち、心が折れても復活できる時期、頭が柔らかい時期に、ぜひとも嫌いなことに挑戦してくださいね♪もしも英語がどうしても嫌いだったら、無料体験レッスンはこちらです: 無料体験レッスン申し込み    生徒さんはみなさん、好きになっており、生涯英語を使っていくぞ!と強い意志を持てるようになってくれています。

 

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“めーめ コワイよぉ”

 [1999年08月26日(木)]に書いた文章です。

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私は父方・母方共に初孫です。「何でもいちばんが好き」の負けず嫌いのわたくしではありますが、こんなモノには自分の実力が反映されているわけではないんで、イチバンじゃなくてもよかったです。しかも私は旧家である、父の実家にとっては内孫ではなく、しかも女だったのでさぞかし「次は男の子を」という言葉を赤ん坊だった頃に、私に聞こえっこないと思った大人の口からシャワーのように耳に浴びせかけられたことでしょう。

父の父、私の祖父は太平洋戦争に徴兵され、戦地で砲弾の破片が目に入り、疾病退役をしました。そのとき既に右眼は失明しており、1950年頃まで以来6年ほどは、左眼の視力はほぼなかったものの、動くのには人手を借りずに済んでいたようです。

私が生まれたときには既に全盲になっていた祖父は、私の顔をはじめとして、そのあとに続く14人の孫の顔はひとつも見たことがありません。大きなしわの深い手で撫で回して輪郭や目鼻を確かめる儀式がありましたが、そのときに必ず発せられる言葉が “めーめ コワイよぉ” でした。

もちろんそれをいちばん最初に言ったのは私です。

内孫である私よりひとつ年下の従兄弟は一度もそれを言わなかったし、その妹である従姉妹もその言葉は一度も発しませんでした。日常にいる祖父の眼が白膜がかかっていることに、彼らは自然を感じてだけいて、不安や恐怖を感じたことがなかったのでしょう。

私が3歳の夏(10月生まれなのでほぼ4歳になる頃)の写真には古いトランジスタラジオ(すごいでかいですよ、その頃でも骨董品になりつつあった竹箱みたいなやつ)をバックに、祖父の膝に抱かれている私がいます。数枚あるのですが、1枚は泣いています。1枚は祖父の眼を突ついています。そして1枚は笑って高い高いをされています。そのときに写真を撮っていた父と抱いていた祖父が何を私に語り掛けたのかは不明です。しかし、そのあとから私は “めーめ コワイよぉ” を言わなくなったそうです。

幼い私にとって、視力がないことを想像するのは容易ではなかったのですが、小学生のある日弟とふたりで眼を瞑って1日を過ごそうとしたことがあります。「薄めを開けてずるをしてはだめだよ」と日本ふきんできつく目隠しをして、「危ないから家のなかでね」と言う母のいいつけを聞き入れていろいろなことをしました。ごはんを食べ、ラジオを聴き、テレビを見ている人の横でテレビを聴き、着替えたりオフロに入ったり。

たくさんのあざを作り、家のなかのものをたくさん壊し、散らかし放題に散らかしましたが、母は何も文句を言いませんでした。「おじいちゃん、すごいよねぇ」と言う私たちふたりに「そうね、おじいちゃん、ほんとにたいへんなのにがんばってるよね。でもかわいそうじゃないんだよ。おじいちゃんはおじいちゃんにしかできないことがあってすごいでしょ?」と夜に、特別にみつ豆をくれた母はなぜか満足げでした。

神主という仕事柄、祖父は万葉集や日本書紀をほぼ完全に記憶していてそらんじることができました。恐らく祖母か叔父に手伝ってもらっていたのだと思います。全盲になる前の6年間に、彼はどのような想いで全盲になる日を待っていたのでしょうか。そして何を終え、何をあきらめようと決意したのでしょうか。

盲目である印の白い杖を突き、私たちと散歩をした日々。たくさんの質問をして、草木や風景やその色や様子を詳しく知ろうとした祖父。川の流れをどう表現すれば祖父にわかってもらえるのか、とても苦心をした焦燥感はまだまだこの胸に残っています。そして音だけで聞き分けて「そうじゃないだろう?OOじゃないか?」と当ててしまう祖父をどれほど尊敬したことか。鳥の声に種類があること、風が花の匂いを運ぶこと、陽射しの強さで季節がわかること、私の足音で私がどのくらい疲れているかわかること、どれもオドロキばかりでした。私は祖父のような才能を持つ人になりたいと、視力だけでない感覚を磨く努力を、目隠しごっこをしてそれからも磨くことになります。

全盲だった祖父はどうしてもスキンシップを必要としました。手を引いたり、肩を貸したり、とにかく視力がないことを触覚で懸命に補おうとしているかのようでした。手の先に眼があるように思えたり、背中に眼があるように思えたり、人間の可能性というものを祖父にはいろいろ無意識のうちに学んでいたように思います。

祖父が15年前に83歳で他界してからいろいろ思い出すことは多いですが、私が何よりも憶えているのはオフロです。建て替え前には母屋から離れた別棟に古い古い目地の細かいタイルを使ったお風呂場があり、薪で焚く五右衛門風呂でした。しかしあまりに古かったのでその板は沈みっぱなしになっていて、浮いたところを見たことは一度もありませんでした。五右衛門風呂というコンセプトを間違って憶えていた私が、正式五右衛門風呂を学んだのは高校生を過ぎた頃です・・・。

オフロに入る前に祖父は薪割をします。中ぶりの斧を丸太の真ん中に手で確かめてから刺し、それを振り下ろしてきれいに割るのでした。それは視力がある叔父たちよりも正確で、神業に思えたものです。祖父が使う台の大きな木の幹の上に私が薪を置く役割をもらえたことはたいへんな誇りでした。祖父が真ん中に斧を食い込ませるまで支えているのです。いつしか声をかけて指図されなくても手を離していいタイミングがわかるようになりました。祖父に褒めてもらえることは天にも昇る気持でした。私の魔法使いだったからです。

1日の遊びと仕事が終って、私が父の実家に預けられているときは必ず祖父といっしょにオフロに入りました。祖父は明治生まれのわりには大きな人で175cmあり、小さな私の身体をごしごしと力を込めて洗いました。彼が繰り返し言っていたのは、「人が見ないようなところもきちんと洗うこと。神様と自分は必ず見てるからね」ということでした。彼にとっての誰も見ないところとは、性器でもなければ脇の下でもなく、耳の後ろでした。他人様を怖がらせないようにかけていた伊達めがねの柄が位置するその耳の上と後ろを念入りに洗ってくれました。私は当時めがねをかけていませんでしたが、その意味は何となくわかるような気がしました。

眼の見えない祖父が「他人が見ないところを念入りに」と言った意味、成長するたびにどんどんわかってきました。裏表のない人間になることを私に教えてくれていたのだと。そして私はそういう人間でいたいと、祖父への思慕の深さを想うたびに強くつよくまた決意します。

小学校・中学校・高校・大学・社会人・渡米と時間が流れても、私が障害者についての偏見に対してやり場のない怒りを感じるのは、バックグラウンドに恵まれていたからなのでしょうか?与えられた人生を懸命に暮らしているのは誰しも同じであることを、私はたまたま祖父を見て理解しましたが、私の廻りにはそれからたくさんの障害者が登場しました。そして私自身も障害者であることを認識します。

誰ひとりとして “めーめ コワイよぉ” と言われて胸のうちが平然としていられる人はいません。外側でなく、心意気を見る眼をみんなが持てる世の中を私は強く希望しています。

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読み返してみても、すごい祖父だったと思えます。祖父が死ぬときには泊まり込みしました。バイトをすべてストップして駆けつけたのです。悔いなしですが、そのときに使った父の実家のスーパーカブのおしりへの振動と共に、風が私の涙を千切っていたことを時折切なく思い出します。約10㌔ある道のりで、笑顔に戻すために、私は死ぬほど苦労しました。あのときの苦労に比べれば、今のつらさは屁でもないですね。

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英語を学ぶことを特別扱いしていないか?

Precious One English Schoolでは、英語を学ぶことは、特に他の学び対象と変わりがない、と定義しています。最も自然な形で、身体、特に脳を使い、その上で効率よく、発達段階を組み、かなりな科学をして取り組みます。

たとえば単純な話として、子どもの頃、「自民党」という言葉は、音として聴けるようにはなっていたはずです。ところが、その言葉が子ども心に「私にとって重要ではない」と直感し、スルーできたはずです。さらに、お母さんやお父さん、兄弟姉妹や親戚、TVの音など、たくさんの音を聞く中で、取りこぼしがある音もあったのが、どんどん聴けるようになり、それでも頭と直結しない言葉があって、まずは「心」で、「うーん、コレ、わからないと不便・不愉快」とやって、その後、質問ができる言葉が発せられる年齡に達してから、【なぜなぜ攻撃】や【これなぁに攻撃】をしてきました。

そうやって日本語は習得してきたわけです。

それを英語で実現するのは、そんなに難しいことでしょうか?

ひとつひとつのVocabularyにこだわることを止めてしまい、必要なものから頭に直結させていく。その前に心で直感を大切にしていく。コレ、英語だけではなく、すべてにおいてやっていませんか?Excelを学ぶときも同じです。Wordと同じ機能なところをチェックしたり、軸の設定の仕方を工夫したり、などなど、少し高度にはなっていきますが、その後マクロやVBAなど、どんどん発展させていくわけです。英語も同じことですから、まずは「初歩・基本」を他の成功してきた物事とシンクロさせてください。

英語だけをなぜに特別扱いするのだろうか?というのが、英語を教えていての感想です。

英語を訳すと、心で感じる部分のニュアンスががくっと減るものがたくさんあります。それがどんなものなのか?を、英会話や英語スクールではほとんど教えていません。Precious One English Schoolでは、英語の本質は:

  1. 距離感
  2. 立ち位置/目線
  3. 考え方

だと公言しています。Kindle本を著作したのも、うちがオリジナルであることを証明したかったために、さらにみなさまにこの大切さを理解してほしかったために、書き記しました。

ただ、頭で理解することを先にやっていると、心がどうしても納得しません。ですので、Precious One English Schoolでは、心理レッスンをします。心の固定化の部分を見直し、柔軟性の水平線を広げ、英語だけではなく、すべての生活・発達・成長=学びに役立てる知識を学び、心が軽くなることを「心」「頭」「身体」で学びます。

ゆえに効率がよく、聴けるようになるまで、話せるようになるまで、が速くなるわけです。

英語を特別扱いしているのは、あなたの心です。心のひも解きをすることにより、ぐんと見ている世界が変わって見えることを実感してみてください。

無料体験レッスンはこちらから:目からうろこな考え方からスタートの英語学習

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痛みの経過

 [1999年08月25日(水)]に書いた文章です。最近生徒さんで手術をした方がいるので、その方に捧げます♪

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手術ってすんごい体力要るんだね・・・。共感する力が弱いわけでもないし、経験がまったくゼロなわけじゃないし、これまでの8ヵ月ちょいの闘病生活で学んだことで、ある程度の想像をしていたのですが、ひとことで言うと「思ったより痛いぞ」(爆爆爆)。

自分の体力にある程度の自信があって、翌日の退院待ちのときにはきっと Fab が書けると思ってたんだけど「痛みについては避けたい」ので、違うことについての案のプロット書きで終ってしまった。しかもいつもはプロットなんか書かないでタイトルだけ決めてさらさらさら~っと書くだけだっていうのに・・・。

家に帰ってきてから処方してくれた薬が手元に来なかったので(医師が処方箋を書いてそれをドラッグストアに行って買う形になります)、もうすんごい悶絶していてやたらかっこ悪すぎて、ひとりで笑いながら生活まわりの習慣についての確保学習をしてしまいました。

マスターベッドルームのトイレまで、普通に歩けばベッドから15歩程度というのを想像してね。

杖:突き直す回数10回。歩数なぜか60歩(やたら小幅にしないと痛くて薦めない・爆)。
杖と壁伝いコンビネーション:突き直す回数5回。歩数40歩。ただし汗っぽい手垢がつきそうでう非常に嫌だった。
壁伝いのみ:却下>壁がないところはまったく歩けなかったので大笑い(爆)。
ほふく前進:歩くより速く到着できるが、立ち上がるのにかなり時間がかかるので不便。

と、まぁ、これを検討しているだけで2時間弱かかってしまいましたよ・・・。でもトイレ確保すんごい大切だからね☆で、結果的には杖の使い方バリエーションその3くらいが楽だったかな←近くに突いて小さい歩幅ですすっと行くやつ。大きく離れたところに突くのは痛すぎた・・・。

で、西さんがお昼ごはんの面倒を見てくれてごはんのあとにダイエットペプシをくれたのはいいのだが、まったくそのあとのことを忘れていたぁ!だってね、納豆ごはんだったんですごいしあわせだったのよ。病院では Clear Liquid Only (澄んだ飲み物だけ)という食事を2回しただけだったしね。他に何か欲しいか聞かれたんだけど、納豆にいろいろ混ぜてくれてごはんの上にかけて食べてちょっとしあわせすぎて、あとのことをまったく考えないお馬鹿な私・・・・。

水!こんなに大切なモノは私の生活のなかにないはずなのに・・・。ここの乾燥した気候のせいなのか、私は毎日2リットル以上の水分を摂ります。なかったら死んじゃうくらいに好きなのにどうして気づかないくらい納豆に心すべてを充たされてしまったんでしょ・・・。

トイレ確保でかいた汗がかなりなもんだったので、喉が乾いたことを知ったのですね。「うが・・・。いかん・・・・。歩けない・・・・。遠い・・・」と半べそでした。でも電話して西さんに戻ってもらうよりも、やっぱりトライだけはしてみたほうがいいと思って何とか気を取り直してチャレンジすることにしました。

片道40歩くらいのところでゆうに20分弱かかりました。で、ポタシウム(カリウム)の点滴を病院で3本もしてたことを思い出して、「こりゃビタミンやミネラルやポタシウムを飲まねば」と思ってしまったのですね。で、片手は必ずどこかに突いていないとすごい痛みなんで、やたら時間をかけてひとつひとつのボトルを開けて、戸棚から取った小鉢に今日の夜の分までの錠剤を全部入れました。で、氷を「主婦が夢みる冷蔵庫」の外側から出して、その横の水を出し、ストローで昼の分の錠剤を飲みました。

で、その小鉢に入ったビタミンと氷水を持って帰ろうと思ったら手が4本なかった・・・・・・・・・・・。3本でも妥協できたんだが・・・・・。お盆に乗せてみたらやっぱだめだった・・・>水平に保てなかった・・・・

途方に暮れて氷水をプラスチックカップに移して、口にくわえて歩くことにしました。しかしそれでもかなりむずかしくて、これら一連の作業が終るのに1時間もかかってしまいました>大汗かいたよぉ。

で、ほんとに痛すぎたので12月に処方してもらった薬を飲んだらやたら眠くなりました。で、起きて西さんに電話をし、薬をきちんともらってきてね、と頼んだらすぐさま会社から帰ってきました。今日の苦労話をしたら「やだなぁ、そんなのストレッチャー借りればいいじゃん、あそこで」とピザやさんの隣りにある、医療機器専門レンタルやさんのことを言ったのです。

さっそく着替えて水のおかわりをくれた西さんはストレッチャーと共に帰ってきました。すごいですよ、これ。両手で押えて4本足の前側に車がついてるんだけど、すいすい動けちゃうし悪いところに負担かかりません☆しかもトイレまでの所要時間半分以下でするよ・・・。しかもアメリカってえすごいなぁと思ったのが、1週間で11ドルのレンタル代金なんだけど、1ヵ月だと33ドルだっていうすごい格安さ・・・。外でこれ使うのは気が引けるけど、でもいいかもしんない・・・。

これから苦しいリハビリまでの2週間はただただ安静あるのみ。痛み止めが強いので何かを4時間起きにちょろっと食べないといけないっていうのはけっこう苦痛だな。それに眠くなるし、食べるし、動かないからまた太るよぉ・・・。

そしてPCのセッティングやら、昼間私がいろいろ検討したモノを西さんにセットアップしてもらって今に至りました。でもまだ痛いのでうつぶせです・・・。あ、基本的には寝たきりです。

おもしろい西さんは今回たいへんな心強い味方ではありましたが、今日の〆として「傷口の写真」をペンタックスで撮影していました。ネコは風景に入らなかったようです。

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読み直してみて、「あー、道理で痛みに強いって言われるわけだ・・・」と納得が行っています(笑)。この体験があったことで、その後の人生はかなりラクで健康的になっています。もともと健康だったので、コレがなかったら、おそらく当然を当然として、なおざりにして、何か見落とすことが起きていたかもしれません。けれども、この時のような「その瞬間を楽しむ態度」まだまだ忘れていませぬよーう(笑)。

『人生に必要なことはすべて幼稚園の砂場で学んだ』

1988年出版で、よく売れた本がありました。All I Really Need to Know I Learned in Kindergartenというタイトルで、まだアマゾンで中古が購入できます; 日本語版 英語版

“These are the things I learned (in Kindergarten):

1. Share everything.
2. Play fair.
3. Don’t hit people.
4. Put thngs back where you found them.
5. CLEAN UP YOUR OWN MESS.
6. Don’t take things that aren’t yours.
7. Say you’re SORRY when you HURT somebody.
8. Wash your hands before you eat.
9. Flush.
10. Warm cookies and cold milk are good for you.
11. Live a balanced life – learn some and drink some and draw some and paint some and sing and dance and play and work everyday some.
12. Take a nap every afternoon.
13. When you go out into the world, watch out for traffic, hold hands, and stick together.
14. Be aware of wonder. Remember the little seed in the Stryrofoam cup: The roots go down and the plant goes up and nobody really knows how or why, but we are all like that.
15. Goldfish and hamster and white mice and even the little seed in the Styrofoam cup – they all die. So do we.
16. And then remember the Dick-and-Jane books and the first word you learned – the biggest word of all – LOOK.” 

 

  1. 何でもみんなで分け合うこと
  2. ずるをしないこと
  3. 人をぶたないこと
  4. 使ったものはかならずもとのところに戻すこと
  5. ちらかしたら、自分で後片付けをすること
  6. 人のものに手をださないこと
  7. 誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと
  8. 食事の前には手を洗うこと
  9. トイレにいったらちゃんと水をながすこと
  10. 焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい
  11. 釣り合いのとれた生活をすること 毎日少し勉強し、少し考え、少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして少し働くこと
  12. 毎日少し昼寝をすること
  13. おもてに出るときは車に気をつけ、手をつないで、はなればなれにならないようにすること
  14. 不思議だなと思う気持ちを大切にすること
  15. 金魚・ハムスター・白ネズミ・カップに入った種はみんな死ぬ。私たちもみんな死ぬ。
  16. “Dick and Jane”(日本でいう【ぐりとぐら】のような子ども絵本)で学んだ最初の大切の大切な言葉を憶えておくこと:「見て!」

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あなたは全部できていますか?できていない人、多いんだろうと思います。Precious One English Schoolでは、これらの内容をいろいろな知識や実例をつけて学んでいただきます。もう少しAdvancedなものをくっつけて大人用にしていますが、基本は同じです。心理レッスンを入れ込んでいるので、細やかにいろいろ行き届く感じです。無料体験レッスンはこちらから:2時間無料体験レッスン  

 

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選択肢の多少

 [1999年08月23日(月)]に書いた文章です。

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情報過多の時代と言われていますが、「本当に情報を正確に把握できる人がこの世にはどれくらいいるか」は横に置いておき後日考えてみます。まずは情報が多いのと少ないのはどちらが本当にいいことなのか、について。

私は情報がたくさんあるのが大好きです。どのくらい好きかというと心地よくなっちゃうくらいで、少なすぎると不安を憶えるほどです。少ない情報で決断するほどに、自分に自信がないし、それほどの判断力がないという己をつくづく知っています。

アメリカというのは選択肢が多い国であり、その選択ができない人にも国家や宗教団体や法人のバックアップなどを借りて教育システムがかなりの数や種類があります。純粋日本人ではないと思い込んでいた私は、わりとすんなり多種多様の文化に混じることができました。というか、むしろ「何を選んでもいいよ」ということが狂喜するほどうれしかったです。

選択肢が多い要因は、その可能性を広げ押し進んでいく“フロンティア精神”のようなモノからエナジー源があるんでしょうか?ヨーロッパの各地で母国を棄てた人々は未開の地へ到着し、彼らなりの試行錯誤で開拓をしてきました。先住している人々に多大な迷惑をかけたこともありましたし、レッスンは多かったことと思います。完全からは程遠いものの、Native Americans(アメリカ先住インディアン)には勝訴が増え、草の根運動はまだまだ進み、ここ10年ほど流行っている Family Tree(家系図)作りでは、自分に Native Americans の血が入っていると Cool ! (かっこいい)とまでされるようになりました。

その後、独立戦争をし、アメリカは大国になっていきますが、開拓されていない西部への進出の影にもいろいろなエピソードがあります。資本主義競争を助長するために、開拓に参加する人々に補助金が払われたり、開拓地図なるものが出版されかなりの部数売られたり、その背景はおもしろいものです。私たちが見る西部劇や Gold Rush (金鉱掘り)などに見られるように、「実力」「サバイバル」「アメリカンドリーム」などなどもこのへんの “フロンティア精神” から派生して反映されています。

“There is no going back”(後戻りはない・進むしかない)というような政策もままアメリカには見られます。それもやはり開拓時代に前に進みすぎた人々の修正なのでしょうか。後戻りしたら死が待つのみ、好転はまったく望めない、という経験がいつか社会的な風潮になり、長い世代を通して社会的遺伝子に組み込まれてしまっているのでしょうか?

社会的大きな歪みが生まれるリスクを負ってでも、Standing Tall(誇り高くそびえたつ)がいいという前向きな態度、私は理解できます。何かをあまりに大切にしようとすると、何かを犠牲にしなければならぬことは一個人のなかでも生まれます。それが地域・国家となったならば、しかもたくさんのバックグラウンドを持った多種多様な文化を背負っていれば、その複雑さの縺れた糸はほぐすことは不可能に思えます。

「もうごちゃごちゃ!」としか言えないような汚点もたくさんありますが、それについても「改善していこう」という姿勢がたくさんあります。日系人キャンプに収容された人々にレーガン政府が2万ドルづつ払ったのがさっそく Karate Kid (空手キッド)という映画に盛り込まれるなど、おもしろいエナジーのある国です。

スピルバーグがユダヤ人の歴史的虐待についてスポットを当てると、多種多様な文化の背景のルーツを探る風潮が生まれます。チャレンジャーが落ちたところを目撃した子どもたちにはすぐさま心理学者チームが派遣され、自分の先生が死んだ場面を見てしまったことへの期待とダメージの修復が行われます。航空機墜落が起きるとすぐさまNTSB(National Transportation Safety Board: 国家輸送安全委員会)が派遣されて遺族への謝罪と並行してシステマティックに原因の追求が行われます。

修復(Repair)精神がその大きなリスクを伴う“フロンティア精神”とパッケージになっているんでしょうか?私はその修復精神にもたびたび助けられてきました。わからないことがあっても恥ずかしいことなどないのだ、と背中を押されて手を上げて質問ができ、それを笑わない人々がそこにいること。そういうなかで暮らしてきました。外国人である私にはうれしいことでした。それは本音と建前ではなく、「知らないことがあって当たり前」だという傲慢さのない暖かい理解の現れです。もちろんそうでない個人もこの国にもたくさんいます。何にでも例外は存在します。

自分の祖国を追われた人々が大切にしたのは「個人個人の権利と自由」でした。それを実力や論争や他の力でここまで積み重ねてきた歴史を、私は日々感じることができます。選択肢の多さのゆえんもここにあります。違反をしたら Traffic School(日本で言う講習)がある。高校中退(高校卒業はアメリカの義務教育レベル)をしたら、大人になってからでも単位取得できるシステムがある。ピルの副作用を承知していたとしてもピルを上手に活用できるような教育講座を設けてくれる。間違った買物をしたらレシートさえあればばんばん返品できる。いろいろあります。

今日びっくりしたのは、手術前日までに Stanford 大学病院から全部で8回の電話がかかってきたことです。手術としては心臓手術や移植に比べると簡単な手術のはずです。時間の確認や情報確認だけではなく、私の精神状態を聞いてくれたり、翌日の化粧品の心配を茶目っ気たっぷりに話してみたり、保険のシステムを説明してくれました。執刀医・担当ナースからの「よろしくね」という電話にも感動しましたが、最後には私の担当をする麻酔医からも電話ありました。「やっぱり名実ともにすごいぞ」という印象を受けました。もしもこれが「マニュアルで要求されてるから」のみの出来事だとしたら、話の内容や長さを考えてもかなりいいマニュアルです☆しかし、ここにもアメリカ人の精神が生かされているなぁと感じました。

どんなに権威があっても私に選択させてくれる余地をいつもくれるアメリカをここにも見ました。わからない情報にぶち当たっても必ず自分で動けば教えてくれる人がいることへの信頼感。父のガンのときにもこれがあったらなぁとつくづく思いました。

選択肢が多くて迷う人をよく見かけます。苦悶している人さえいます。かく言う私も母になることに関しては悶絶してますが、私は「育てたい」ことは決めているので、あとはどの方法が私にとってベストかという選択です。

「あなたは自分で自分の選択ができるすばらしい能力を持った個人なんだよ。わからないことがあったら何でも聞いてください。どこでその選択についての情報を得られるかいつでも教えます。でも最終的には自分で決めるんだよ」と毎日試されてきたような気持です。

女の子はこうでなくちゃ、おねえちゃんなんだからこうじゃなくちゃ、学生なんだからこうじゃなくちゃ、などなどと縛られていた日々が遠い彼方のようです。いいよぉ、選択肢が多いって☆

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今でも生徒さんには選択肢が多いことに対応できる体質になっていただいています!英語の宿命は、多様性・細分類なので、これらに慣れていただくためのレッスン体制になっています。無料体験レッスンはこちらから:お問い合わせ 

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Karaoke Night in English開催決定!

4月16日(土)のレッスン後に、16時からカラオケを楽しむ会を催すことになりました。自慢するわけじゃーないんですが、もちろんコレもレッスンの中に取り入れてあるわけです。英語習慣を生活の中に取り入れる、ということをやっているので、レッスン内で、みなさまのライフスタイルにピッタリ来るEnglish Sitesをいくつかご紹介するのでした。

年代も趣味も音楽体験も違うみんなが、いろいろなモノを所望しますが、そのサイトをしっかり見つけて、URLを整備します。ふふん♪と聴き始めて、歌いたい!となり、真剣にいっしょに歌い、その後、カラオケで歌えるレベルになる、って感じですかね。

もちろんそのレッスンでは、歌や音楽に留まらず、自分にピッタリマッチしたニュースを絞り込んだサイトや、買い物サイト、世界の人々があなたの趣味をどれくらい極めているかを観られるサイト、エクササイズはどうやっているか?を知る動画つきのサイトなど、いろいろをご紹介しています。

みんながユニークで自分なりのPCやスマホになるようにして、生活の中に入れ込んでいくわけです。少し時間が空いたときのことをスキマ時間と呼びますが、そんなときにちらっと観てもらうだけで、脳が少しだけでも英語脳になるので、その楽しさをもっと増やしていただき、その後、それらのサイトを見る時間が自然に増えていき、英語で歌えることはまったく可能になったり、趣味についてや興味のある専門分野についてのボキャブラリーも自然に入り、文法の規則性にも気づけるようになり、いつか読めるし書けるし聴けるし、自然と話すことに躊躇がないようになっていくことが目的です。

お金をなるべく使わず、統合的に家や仕事場や生活そのものに持ち帰れる情報をたくさん満載したレッスンにしているのは、私だっていちいちお金を要求されたらゲンナリだからです。

こういうこともあって、生徒さんたちの英語習得率はとっても高く、基礎コースからESLにステップアップした生徒さんは、びっくりするほど長い文章が読めて理解できて、わざわざ日本語に訳しません。もー、みんなに彼らに会ってもらいたいぃぃ(笑)。しかもこのESLのクラスは、毎月8レッスンで12000円なので、1レッスン1500円と激安なのです。このクラスでは、私がフツーに英語を話すのですが、日常的に使う英語がバンバン出るので、英会話ではない感じですね。楽しいです。私も楽しませていただいているので、今、進化していない状態でこの料金でやっています。   

とにかく、カラオケナイトが楽しみです♪みんながどれくらい楽しんでくれるか?だけが審査基準です!

 

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久々の日本暮らし

Oct 14, 2005 に書いた文章です。こんなふうだったのか…となつかしい感じです。

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引き続き、TVけっこう楽しんでいます。クイズ系の番組を見ているのですが、西川史子という医者?MDなの?が、「私、頭いいですから」とTBSで言っていたかと思うと、フジTVの女性ばかりが回答者の番組で、真ん中以下だったりして、けっこうおもしろがっています。

その前にも、日本語クイズ王というのを見ていて、試験勉強中だったのに、手を止めてがんばってしまいました。母には、「いやぁ、なんでそんなに全部わかるの?」と言われてしまったのですが(母は、私が賢いとはいまだに思っていないし、英語が話せるのかも?程度で、大学を出たことも卒業証書を見せない限りは信じないことでしょう>そしていじわるな私は見せていません・笑)、私の説明は、「17年以上前の日本語で、あとはインターネットが主だから、TVや雑誌からの雑音が入ってないから、きれいなままの日本語が頭に残ってるんでしょ」でした。その説明を聞いた母は、大ご満足♪「そうかぁ、私は日本にいるからしょうがないんだねぇ」と、不出来なことに対する言い訳ができてうれしそうでした。ああ、親孝行したよっ(笑)。

上記のことは、真実で、私が賢いというわけではなく、プロが書いた本、特に渡米してからは純文学を懐かしく読んだり、経済書や専門書の類を読んでばかりいたので、日本語の読み書きにおいては、17年以上前の、学校で習ったことなどがFreeze(凍結)しているんですよね。小さい頃から私は本の虫だったので、書き言語と話し言語をかなり分けていたことがあり、それが今の日本語力を助けているのだと思います。新しい流行語は、自分のものとして実感を伴って取り入れられないですし、ナマで使っている現場を見ることは、ごくごく回数が少ないわけです。ネットにしても、きれいな方に偏った日本語使用現場を見ているのでしょう。

が、今やっと日本語について大丈夫だと言える私でも、一時期、読み書きの日本語を失っていました。とにかく、語順が英語でしたし(今でも多少名残はあるのか?)、合理性を伝達の主としており、きつい言い方になったこともしばしば(今でもその傾向はトピックによってありあり)で、日本語なのに、カタカナばかりが並ぶような語彙選びになり、句読点や受動態や関係代名詞で、本当にぐちゃぐちゃな書き日本語でした。会話の不自然さは、たぶん、それほどなかったと思うのです。が、渡米してから4・5年経ったあとの私の日本語はひどかった。やっと平均日本語書き編を取り戻せたなぁ、と思います。

私は、今でも日本語と英語をちゃんぽんにして話しません。時間をかけて語彙を日本語に変換しようとしてもとうとう、会話中にわからない場合のみ、英語がわかる相手にだけ、英語を使います。書き日本語で、今は意識して敬意を表して、固有名詞(地名や人名など)は英語のままにし、括弧をつけてカタカナにし、どうしても英語のニュアンスを伝えたいときには、英語のままにし、括弧で訳をつけています。コレはわざとなので、臭いようだったらご注意ください>BBSかコメントで。

さて、日本生活、6日が経とうとしていますが、感想をだらだら並べてみましょう>TV以外(笑)。まとまりや最大公約数があるのかどうか?

天井がひくーぅぅい!私は、公称168cmの身長で、軒がとても低く圧迫感があります。若い人たちの身長は高くなったので、みな同じような不自由さにあえいでいるのでしょうか?いや、おそらく、私が普段暮らしているところの天井が高いための圧迫感で、日本に暮らしている170cm+の方たちはそれほど苦にはしていないか、順応しているんでしょうね。USはCAなので、特に圧迫感のある建物はなく、電車も2種しかなく、私は乗らない暮らしだったので、今の京王線はとても小さく狭く感じます。商店や銀行など、個人空間(Proximity)がとても狭く、誰かにいつもぶつかりそうになりながら歩いています>どういう歩き方なんだかねぇ(笑)。店員さんたちはみな親切ですが、過剰包装も気になりますし、おせっかいな介入もけっこう気になります。Just Looking(見てるだけなの)が通用するかどうか、今度やってみますね(笑)。

私が目下求めているものは、美容院の割引クーポンなんですが、駅前でもらったものは、ティッシュ3個でした。貧乏留学生が終わって、父が死んで、アル中驀進中をやめたあたりから、私は髪を染めているのです。そもそもあまり純血日本人に見えないので(アジアのどこかが混ざっていて、あとはどこ?ってな風に見えます)、特に黒髪でアピールしなくともいいな、というのと、髪が多くて硬くて重かったので、軽くしたかったのですね。それ以来、髪を染めているのですが、日本で茶髪が流行するずっと前からで、私は毛根近くに黒が目立つとヤバイのですよ。ほんとにカラスのように真っ黒な髪なのです。しかも、髪が健康らしく、市販のヘアダイではまったく染まらない・・・。Revlonの最も高いシリーズを、説明書20分のところを、60分放置しておいても、まったく色が変わらず、黒いまま(爆)。私の髪をもう15年やってくれているまき子さんに言わせると、私の髪は外から侵入するものにたいへん抵抗する性質らしく、彼女も私の髪を染めるときには、プロ用最強のものを、普通の倍時間かかってやってくれます。が、ハイライトは簡単に色が抜けるんだよなぁ。なんだろう、コレ・・・。母の白髪が始まったのが、49歳くらいで、彼女が白髪染めをし始めたのが56歳くらいなので、私にはまだまだ時間があります。なので、このへんで黒髪に戻してもいいのですが、中途半端は汚くていけませんや・・・。

日本の美容院の技術は、USのソレに比べると、私からするとあまり大差はありません。平均点を優に超える技術を持ったお店がほとんどで、あとは、カリスマ美容師がいるかいないか、とか、流行を取り入れるスピードだとか、プレゼンテーションや立地や価格の問題でしょう。私が求めているのは、カラーリングで、至ってフツーのものなので、クーポン券ほしいです(笑)。ごくたまーに、ものすごいへたくそな美容院がありますが、そういう場合は、あきらめることにします・・・。町中をぐるぐる歩いて美容院を探すよりは、クーポン券で地図がついていたほうがいいな、というのが本音です。美容系には、私はあまり熱心ではなく、好きでもなく、流行を追いかける傾向もなく、とんがることは他にある、と思っています。どんなふうに美容院って決めるんだろね?

今日もドラッグストアと文房具屋、西友とパン屋とファミリーマートに行ったのですが、じろじろ見すぎて、すっかり外人やってました(笑)。質問しまくり、店員さんにはご迷惑かけました・・・。もうちょいおミソ扱いしてください。

私は、ここにいる8週間で、ガーナ人の友だちと遊び、上越に住むネット友だちにオフで会い、たまには飲み歩くという予定でいます。きっと東京にも、たくさんのワクワクが詰まっているはず。しばらくのあいだ、私の好奇心ビームは衰えることはないでしょう。

__________________________暮らしやすさ 日本暮らし2 日本暮らし

このあと、どのくらい苦労するか、この当時の私はわかっていないですね(・・;) この2年後くらいに私はこの10倍ほどの苦労をするのです。最初の3ヶ月くらいは家から外に出られない感じになりました(笑)。その後、きちんと通訳や英語講師の仕事に出ることになるのですが、こうして訪ねて数週間留まることと、暮らすことの違いは、心に大きく圧迫感を加えたんでしょうねぇ・・・。が、ちゃんとこうして生きています♪(笑)

新陳代謝アップ!

春です!新陳代謝が1年中で最も高くできる季節がやってきました。みなさんは、これをフル活用する準備ができていますか?  

まずは代謝の今の状態をチェック:

・疲れを感じやすく、なかなか疲労が取れない
・風邪をひきやすく、体調も崩しがちになる
・怪我をしたときに傷の回復が遅い
・肌の状態が荒れることがよくある
・ダイエットに励んでも痩せにくいと感じる
・手足がしびれたり、冷え性になることがよくある
・汗をかきにくいと感じる
・生野菜、ジュースなど冷たい食事をよく行う
・便秘がちになったり、下痢ぎみになることがある
・たばこをよく吸う
・ストレスや悩み事がある
・肩や首がこりやすい
・足がだるく、むくみやすいと感じる

私は3つあてはまっちゃいました(・・;)

ですので、ちょいと真剣に取り組みたいと思います。

・水分量を増やす:1日2リットル以上

・ビタミンB群を増やす:ホルモン系や脳内ケミカルが活発になります

・運動量を多少増やす:有酸素運動だけでなく、無酸素運動で筋力アップ

・睡眠時間を7.5時間は確保する

・タンパク質を増やす:お肉ではなく、大豆類で摂るといいかもですね

・糖分の摂取を減らす:甘いものは少し減らして、ごはんや麺の量を少しだけいつもより減らす

・亜鉛とビタミンCもいつもより意識的に摂る

こんな感じでしょうか?見なおしてみると、私個人もいくつかを少しずつ怠っていた感じですので、3月4月、がんばりますよーう!

Precious One English Schoolでは、随所で健康の大切さについて盛り込んでいます。右脳開発をするために、元になっている身体の準備が必要になるからです。心理レッスンを入れる肝心なところは、ここの知識を吸収したい!と思っていただける知識をたくさん盛り込んでいることで、さらに心が軽くなったり、自分を見つめなおして、成長・発展・進化するために、物事を深く考えていただいたり、いろいろな視野を取り入れることが可能なように変えていただきます。

しかも春は1年に3ヶ月しかなく、これを使わない手はないっ!

それをお教えしている私がだらしないことは、かなりピンチ(笑)。ちゃんと「生きている証人」になっていないと、意味ないですもんね・・・。よい見本になるようにがんばります。

夕べ、食卓にふきのとうが出されました。春を感じて、身体全体が歓んだ感じです。スイッチオン!

みなさんも見直ししてみてくださいね。そうすれば、学びはどんどん進み、健康寿命と平均寿命がぐんと近くなります!

新陳代謝3 新陳代謝 新陳代謝2

ジョウホウショリノウリョク

 [1999年08月23日(月)]に書いた文章です。

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人間とコンピューターの大きな違いを誰しも一度や二度は考えたことがあると思います。ましてやこれだけPCを使う人も用途も多くなった昨今です。

人間の頭と心を私は抽斗などという古風なモノによくたとえます。情報処理というのは、外界から刺激を受け、感覚器官が反応し受容体で受け、そこで脳とさらに心の現象になります。もちろん身体がやっていることですが、脳細胞で処理されるときに心の現象にもなります。

英語では この頭と心の情報処理することを Cognition(認知) と言います。認知したことを抽斗に整理してしまってあります。 Cognitive psychology(認知心理学)という分野では、人間の頭と心を地図やコンピューターにたとえてみたりします。詳しく話すと長ったらしくなるので割愛しますが、とにかく感覚や知覚と同じく、人間の行動を規定する媒体のひとつだってことです。

感覚(Sensation)は耳や鼻や目や皮膚などが刺激に反応して、神経を通って脳に到達してそれを受容体が受け、反応が続いて経験する、心の現象です。この世には厳密にいうとまったく同じモノはないので、人間の身体も造りは同じに見えますが多少の差異があり、この感覚も個人差があります。

知覚(Perception)はこれらの感覚器官を通じて得られた情報を元にして、外界の対象の性質・形態・関係などを把握することです。記憶や経験と密接な関係があって、その心の現象や状態が情報処理をするコンピューターにたとえられたり、いろいろな印がついた地図にたとえられたりするわけです。これにも大きな個人差があります。

機種が違うようなもんですね、コンピューターにたとえると。抽斗の数やその使用頻度や整理の仕方が違うようなもんですね、抽斗で言うと。地図で言うと範囲や細かさや印の違いみたいなもんです。

けれどもこうしてぼーっとしているように見えても人間の身体はうまくできていて、ちゃんと外界を取り込むようになっています。まずはコレに感謝。

人間がコンピューターや地図や抽斗と違うのは、司令する主体が個人に大きくあることです。PCは操作する人間がいないと電源も入りません。そこに太陽や痛みや色があっても、電源が入っていなければ情報処理は始められないわけです。人間の身体がオンーオフ状態ごくごく多少効くようになるのは、情報処理を積み重ねた結果主体が身体と相談して培ったモノです。オフ状態にするのは難しいぞ・・・。インドの行者で痛みを感じない人がいますよね。あれは身体の自然に逆行して心の現象に挑んでいる状態です。

私はテクノロジーを崇拝していないし、その情報をいち早く取り入れようという気がないので、主体がコンピューターにあるインドの行者的PCがある、という事実は今日現在知らないのですが、もしもあるなら逢いたいなぁ。あ、電源を入れっぱなし、とか、アプリケーションを開く前に、という意味でね。でも怖いかなぁ。

PCを便利に自分勝手に使わせてもらっている私ですが、私はつくづく人間でよかったなぁと思います。論理に終始し、情報処理能力が一貫していないことに、私は人間のヨロコビを見出します。それで面倒なこともままあるくせに。

これだけテクノロジーが進んだ時代になっても、人間の世界観・価値観はさまざまです。情報が多くなりすぎて困ったと嘆く人もたくさん出てきました。シンプルな暮らしがなつかしいと。

私も時々めちゃくちゃ反省します。死に絶えてしまった珍種みたいな反応をする部分のわりとたくさんあるわたくしが、なぜコンピューターのような情報処理能力まで身につけてしまったのか、あるいは元々そのように習慣に支配される潜在能力があってそれを助長してきたのか、その真偽は謎です。

あまり深く考えていないときには、習慣的なかなり予測できる行動を人間は取ります。私もおそらく例外ではないのですが、考えないで何かを行動するのは怖いです。考えないで行動できちゃうこの恐怖感に私はちょっと囚われすぎ、というところがあります。だから手術を決めるまでに「私だったら即座にやったわよ」と友達に厭味を言われるところを、私は7ヵ月半もかかっちゃうわけです。

トイレに行って手を洗うのが習慣、というのはきっとほとんどの人が同意するでしょう。何も考えないで「衛生のため」と方法や所要時間などにバラエティがあるとしても大抵の人は洗うことでしょう。

しかし、西さんを始めとする私の知り合いの一部は違います←衝撃??

見えない細菌が怖い、とする人がいます。程度こそ違え、ごく習慣的に手を洗う人も洗わない人も、衛生を考えていることに変りはありません。ただ一部、まったく考えてない人も実在するのは事実です・・・。映画 As Good As It Gets で ジャック・ニコルソンが演じる主人公は素人が言う、潔癖症です。これはもう少し複雑な理由や兆候がありますが、彼のはものすごく軽度です。

私が生物を習っていたコミュニティカレッジの数学・科学部署にいた生物関係の先生たち10人中8人は、公共トイレで手を洗いません。西さんもそういう人なのでその話をしたらものすごく上機嫌でした☆私たちが「洗って落とせる」と信じている種類のばい菌よりも、多種で強力で性質のわからないばい菌を、蛇口やペーパータオルの取っ手から自分の手につけることが怖い、というのは異常でしょうか?その先生たちは「自分が納得できる方法で公共トイレではない別の場所で手をきれいにしている」というわけです。

西さんは「自分のばい菌なら身体も責任がかなり持てていて、免疫もある」という論理です。確かに彼は風邪もひかないし強靭な体力だし、と他の情報を私が頭のなかで処理してみてもかなり説得力があります・・・。

コンピューターのようであったらこんなユニークな情報処理のバラエティを得ることはできるんでしょうか?いつかコンピューターがこのような個性的な情報処理をするテクノロジーまでも、人間は手に入れてしまうのでしょうか?

人間がしなくなったことはたくさんあります。洗濯板をまだまだ使っている人たくさんいるでしょうか?手書きの手紙のほうがE-mailよりも多いよ、という人はまだまだたくさんいるでしょうか?手紙のほうが電話より話が通じる、と信じている人はまだまだたくさんいるでしょうか?携帯電話に頼らないでじっと待ち合わせ場所で長いあいだ待てる人はまだまだたくさんいるでしょうか?

便利で合理的なモノをどんどん取り入れて便利な暮らしを謳歌したいという欲は私にもたくさんあります。けれどもやっぱりいつもどこかで、脳みそと心でするジョウホウショリノウリョクがいちばん大切なんだよ、とまだまだ人間の力と未来を堅く信じているわたくしです。

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Precious One English Schoolでは、この情報処理能力を心理レッスンに入れています。どうしてもやりかたった項目ですね。いかに賢い人でも、この能力をどう研ぎ澄ますか?を考えていかないと、結果、心が行き届かないようなモノになってしまう可能性がありますので。みなさんにうまく伝わるレッスンやってます!情報処理能力4

こんなに分かれていること知ってましたか?何気ない暮らしだとこうした情報処理してませんね。

情報処理能力3

ヒトの短期記憶やら感覚記憶などについて研究した人です。7ってやっぱりミステリーナンバーなのですよ♪

情報処理能力2