TOEICテストの変更

TOEICテストが変更されます。5月実施分からスタートなのだそうです。英語嫌い・苦手・自信がない方にとっては、不利な気がしているかもしれません。そうした意味では、全体的な英語力の底上げが大切になりますが、TOEICスコアで英語力が測れると信じていると、やはり英語力の底上げにはならず、基本があちこち、ポロポロと欠落したまま、英語を使えている!と思いこんだまま、コミュニケーションがスムーズに行かぬままの状態が続きます。

変更点はこんな感じ:

改訂要項 

要点を述べていきます。

<Listening Section>

写真が4問減ったことにより、いただき問題が減りました。ここをダメージと感じる方は多いはずです。

さらに、Part IIの3択が30問から25問となり、難易度の配分が同じであったとしても、気分のラクさや英語力に関しての比重にすると、損をしたことになるでしょう。なぜならば、3択であればやはり当てずっぽうであっても、確率的にはいい待遇なはずですから。みなさんが苦手と感じる、any, none, some, every などが入った会話や、付加疑問文、英語らしい表現などが劇的に減るわけではないと思われます。

Part IIIが増えたことに関しては、Listeningが得意な方とそうでない方にとって、分かれ目なのでしょう。一般に日本人では、Part IVよりは、Part IIIのほうが正答率は高いです。9問増えることによって、オトクな気分になる方は多いように感じます。ところが、この長さに耐えられるか?というメンタルな部分で、やっつけられたー!という気分に陥る方も多いことでしょう。

Part IVは、変わらないので比重的には高くなったのが事実なのですが、みなさんにとっては変わらない、という気持でしょうね。

<Reading Section>

Part Vの文法の短所穴埋め問題が10問も減ったことにより、青ざめている方は多いかもしれません。こっちのほうがまだマシだった・・・と嘆く実際の声が聞こえるようです(・・;) 中高でこのような形式の問題に慣れている方にとっては、こちらのほうが攻略しやすいように感じてしまうのも道理。とはいえ、これらは本来の英語力に直接的に反映されるものでもない場合のほうが、ずっと多いので、P1では重きを置いてレッスンをしているわけではありません。やってみたら結果的にできている♪というのが、かっこいいじゃんねー!とみんなで話しています。

Part VIが増えたことに頭を悩ましている方は、おそらく全文を読んでいらっしゃる方でしょう。全文を読まなくていいんですよ。なぜいいのか?を解説している、TOEIC講座などに出た方は、ほくそ笑んでいるかもしれません。ここの正答率がいい方はけっこう多いです。が、嘆いている方は、やり方や英語についてやはりあまりわかっていないのだろうと推測します。

Part VIIですが、劇的に増えたわけでもないのに、やたらと負担感は大きいはずです。6問増えただけなのですが、Double Passageが増えただけで、「うわぁぁぁ!今までも全部読みきれなかったのに、量が増えるなんてぇぇぇぇぇ!」と思っていらっしゃるはず・・・。Part VIIは、正答率が高い可能性の宝庫です。ですから、英語力が高い人にとっては、Part VIIが増えたことにより、ラクな気持が増えるのですが、そうでなければ、けっこうな負担感ですよね。

P1では、GWにまたもやTOEIC集中講座を開催することにしました。200点上がるまでおつきあいいたします。条件は多少ございますが、ぜひとも受けてみてくださいね。3日間集中的に学んでみましょう!

お知らせやトップページからご案内の詳細はお読みください。TOEIC

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実現しそうでしない夢のひとつ その1

私が渡米してきて以来、テレビは英語のためのものすご~くなかよしツールでした。クイズ番組は特に役立ちました。Wheel Of FortuneとJeopardy(運の環?と危険?)というクイズ番組は、中でも英語力がどのくらい身についたかのバロメーターになりました。

Wheel Of Fortuneは桝目があって、ヒントに「人名」「タイトル」「職業」「フレーズ」「ことわざ」なんていうのがあって、Wheel には100ドルから10000ドルまでの刻みが入っており、中には「順番を失う」「破産」などというのがあります。3人の出場者が順番にWheelを回し、”Come on! Big money!”(ほらほらぁ!高いやつ来いぃぃ!)などと叫びつつ、アルファベットのなかの母音(AEIOU)を抜かした21個の子音を言い、それに当てはまったらパズルが開いていって、その金額X開いたパズルの数の金額がそのラウンドでは表示されます。全部開かなくても正解がわかれば答えるとその貯まった金額がもらえます。母音は貯まった金額のなかから1つ250ドルで買えるのです。

30分番組で大体5ラウンドくらいあり、勝者はボーナスラウンドに進出して短いパズルを最初から与えられているありがちなアルファベットと自分が選んだ3つの子音と1つの母音で、30秒で答えます。

その日の勝者は翌日も出場でき、また翌日勝ったら3日まで出られます。

私が過去12年弱で見た範囲の最高獲得金額は17万ドル。今のレートだと大体、1870万円ですか?3日で割ると623万の日給で、時給にしたら1時間半なので同じ623万で、すごいです。他人が勝ったお金ですけど…、いいねぇ。

私はこれ、すんごいんですね。いっしょに見たことのある人はきっと「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!天才ぃぃぃぃ!」と叫ぶと思います。何で正解がすぐにわかるかというと、やっぱり日常使っているアメリカ人よりももっと繊細にスペルを記憶するためだとか、無知から知にする作業たとか、言い回しやらいろいろ学習したので、毎日しつこく見てたら鍛えられてしまったのですね。やり方がわかるっていうか、辞書を見るとやっぱりどの子音がよく使われていてどれが少ないのかとかわかります。確率の問題です。パズルが少し開けばそことそことそこは母音、と決めて、いろいろな単語をやたらめったらすごい速度で当てはめていきます。

「出れば?出てあの環っかをまわすのだけ運がついてればじぇーったいすごい賞金もらえるって」と言われるのですが、この出場権を得るまでの道が長すぎる…………。そりゃそうです。すごいスポンサーたくさんついてて、すごい視聴率で、すごい長寿番組で、すごい金額ですもん。

忙しさもあってかまけていて、マメに出場希望はがきなんか出さないからいけないのです。サンフランシスコにも出場者募集行脚が来ます。そこでユニークだったり、パズルの解き方が速いと選抜されます。でもそれもいつも見逃しちゃうんだよね…。テストと重なってたりして気づくと応募締め切りの日付は過ぎている…。

でもいいよなぁ。たとえ賞金がゼロの人でもスポンサーからのギフトがもらえるから出て損なんか絶対ないのです。これだけはアメリカにいるあいだにじぇーーーーーったい出たいです。ポルノ映画なんか死んでも出たくないし、ニュースなんかで報道されるのは嫌だけれども、この番組だけは特別です☆

もしもこの番組で賞金たんまりだったら家のローンとか返さないで、道楽に使います。ばーんと臨時収入は臨時らしく豪気に使わないと。わーい!たくさん買い物三昧できるよぉ。車はそのあと維持できないと愚かなので身分違いなのは買いません!うーん、何がいいかな、と出てもいないくせに考えたりするのも楽しいですな。

でもやっぱり臨時収入なので「直接的道楽」としてお友達と分かち合うのがいいですね。もしかするとそこのあなたも西海岸招待があるかもしれないので、私がマメに応募しているかチェック入れてください♪

もうひとつのJeopardyという番組は私は選考にも掠れないことでしょう。先生・医者・弁護士なんかが多く出る崇高な正統派クイズ番組で、昔日本でも小泉博が司会でやっていたパズルにジャンルがあって、点数のかわりにドルが書いてあってそれを指定して開けて行くという形式です。

どうしてこれはだめかというと、「Qのつく食べ物」とか「ギリシャ神話のヒロイン」とか「アメリカ市民戦争」とかやたらオタッキーなのです←この言葉はAOL-Jで習得しました。ありがと☆ちなみにこれまで見た範囲で日本っぽい答えには「日本の首相でもっとも在任が短かった首相は?」だの「現在の天皇の名前は?」だの「Gaga-ku(雅楽)とはどこの国の伝統的音楽?」「Syo-chu(焼酎)の原料は?」なんていうのがありました。それを知っているアメリカ人って鋭いと思います。

フツーにアメリカで生まれ育った人にとってもすんごい難しいのに、24歳半まで日本にいた私が張り合えるわけはありません。しかも金額はそーんなには多くないのです。大体を見ているとやっぱり3日でチャンピオンになり、また来年のチャンピオン大会に戻ってこられる権利も獲得するのですが、1日1万ドル前後です。だったらやっぱりWheel Of Fortune のほうが…。

小さな町の新聞のローカル面などではこのJeopardyで勝てると取材して写真載せてくれるそうです。それくらい権威があります。私だってあのまんべんない知識を、あの短時間で引き出せて、しかもあんな注目されてる公開録画スタジオで緊張にまみれて、すごい権威与えちゃっていいと思います。

私はそのチャンピオンになりそこね2日連続で勝ったことのある女性教師に地理を習ったことがあります。四年制大学に編入する前に行っていた短大の先生です。見ていたときはまだその学校に行っていなかったのですが、なぜか近所なので強烈に憶えていて、その人に習う偶然があるとは!とっても賢いすてきな人でした、彼女。

この番組はあまりに有名なので、たくさんの映画(ぱっと思い付くのでは White Men Can‘t Jumpとか?)やテレビのストーリーにも登場するし、日常会話でもしょっちゅう使われます。小説なんかにも出てくるんじゃないだろか?でも翻訳者の方々知ってるのかなぁ?

でも実を言うとクイズ番組は小さい頃から好きだったけれども、すごい劣等感がありました。クイズタイムショック・アタック25・ドレミファドンなどなど、いろいろ見てて、世の中にはすごすぎる人ばっかりいて、「私なんか…だめ…」とやるせなかったですね。でもどうしてアメリカ来てまでその劣等感の対象を見る習慣にしてしまったんでしょ?ここが私の性格の一端なんだろな。あきらめない。こういうところはなぜかしつこい…。

とにかく私はいつかWheel Of Fortuneに出ること!というのが夢のなかのひとつにあるのでした。なぜ目標でないか、というと、やっぱり競争率が高すぎて出場するのはとてもとても無理なんじゃないか?というアキラメも少しあるのですね、現実的に。なので、やっぱり目標に入れてしまうとすんごいプレッシャーになって囚われてしまうので、夢、とかわいく謙虚にさりげに考えておきます。執着しちゃったら恐すぎます、これに。

きっとUSのゲームサイト行くとこれあります。出場権を得ることは難しいけど、スリルを味わいたかったらどうじょ♪あ、たぶんJeopardyもあると思うけど、難解すぎてダウンロード時間がもったいないかもしれないので、それは見るだけでやめておいたほうがいいのかも(爆)。

出れないだろーなーとかすかに納得はしているものの、それでも機会があれば必ずこのクイズ番組で脳みそを鍛えているわたくしなのでした。出れなくたって脳みそは使えるんだぁぁぁぁ!

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親が子を想う気持、子が親を想う気持

大昔、落合恵子さんが『スプーン一杯のしあわせ』という著書でいい表現をしていました。うろ覚えなので不正確かもしれませんがご容赦ください。

私のほしい幸せとあなたがくれる幸せは、小指の先ほどずれている

親子の気持なんてぇのも、こんなことの連続なのかもしれません。このズレをどのように捉えるか?で、どんどん差が開いていくのでしょうね。

ないものとしてごまかす あるものとして受け止める  
 -のみ +       差異を埋める努力をする ― 個人の自由として放置
心のざわつきを増やす 縮まる or 広がる 縮まる or 広がる
ズレが小指ほどではなく、大きくなる        成果は個体差

成果は個体差

 あなたはどれを選んできたでしょうか?私は、父とも母とも、その差をあるものとして受け止めて、差異を埋める努力をした部分もあり、個人の自由として放置した部分もあり、でしたが、その試行錯誤は今も母と続いています。78歳になった母に無理強いするほどの差異を埋める活動は、かわいそう!とされることもありますが、認知症にならないように、寝たきりになったりしないように、だとか、もしもなってしまったときに本人が哀れにならぬように、という部分に関しては、多くの場合賛同をいただいております。

私が28歳のときに54歳で死んでしまった父に対しても同じでした。最後に至る時点では、いい関係性で、多くの部分が合致していることに、自分でもびっくりしたほどです。

親としては、まだできないことや見えていないものが多い子どもに、先回りをしていろいろなことを教えたいところなのでしょうが、実際は、本人しか歩めぬ道筋(みちすじ)というのがあります。重々わかっていても、方向性だけ間違っていなければ、あとは本人に任せたほうがいいことがたくさんあるのですが、「よかれと思って」という親心で、どうしても過干渉になってしまいがちです。その反面、どうしても押さえておかねばならぬツボ、というのをカバーしていないことも多いのですが、そこについては、インフラが整ってきた日本の環境や、文化変遷がかなり速いスピードで着々と進んだ環境では、気付かずにいることもあります。

いわゆるジェネレーションギャップというのが、親子のあいだでは多く衝突原因になるのですが、「ヒトとして」のところをしっかり押さえて、その後、「人として」に移行し、その後、文化や環境、その他をくっつけていく感じで、王道を歩めることになります。

けれども、建前的な「社会に迷惑をかけない」などを重んじると、カバーしきれていない「形式的」なものに、動作ができても、心や知識や理解がおいついていない場合も数多く発生してしまいます。この気持がついていかないことは、かなりな悲劇を生みます。最終的には、当事者である本人が、心の中で泣くというような・・・。気づかなければそのまま死んでゆくのですが (・・;)

私には子どもがいないので、このズレについて悩む必要はないのですが、友人や配偶者に関しては、このズレについて、毎日少なからず驚くこともたまにあります。ここをどのように扱うか?が、心のこもった言動なのだろうと、英語のレッスンをしているときにも肝に銘じているのでした。みなさんはいかがですか?

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春夏秋冬の不思議

Nov 2, 2005に書いた文章です

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コレも統計学の不思議なのですが、自分の好き嫌いは、なぜか自分を1)正当化、したり 2)価値をあげたりするのに、多く使われます(逆に他人の好き嫌いは、なぜかその人を 1) 不当化したり 2)価値を下げたりするのに、多く使われます)。最も理想的なのは、生き延びるため、サバイバルのため、という基本理念に基づいているものですが、好き嫌いもそれほど単純なものではなく、モノによってはいくつも心理階層があります。私は、傾向が読めたり、予測を立ててそれが当たる確率が高いのですが、今日は、飲み屋での余興程度の予測ゲームを♪

大前提として、参加者のお誕生日をだいたい把握しておきましょう。話題としては、単純に星座や誕生石などで探れます。あからさまに「誕生日いつ?」と聞かなくてもよい方法はいくらでもあります。さらに、参加者の出身地を把握しておきましょう。地理が苦手な人には酷ですが、そこが暖かい場所なのか、寒さが厳しい場所なのか、くらいはわかると思います。他にも特産品である海鮮や山の名物など、わかったら資料が増えるのでなおよしです。

注意として、コレは統計学なので、それに当てはまらない人も3割くらいはいます。が、その人たちの傾向も実は当てられるので、蛇足で書きます。

質問:春夏秋冬の中でどの季節が好きか?

単純に言えば、コレは25%ずつのバクチなのですが、大きなヒントは、その人の誕生月です。世の中の7割ほどの人々は、自分が生まれた季節が好きです。特に、日本のように四季がはっきりと訪れてくれる国に生まれ育った人たちには、この傾向が強く、私の統計では、8割ほどに増えます。

例外として考慮せねばならぬことがいくつかあります。

1. 10代や20代前半で、日焼けサロンや海や南国に夢中な人で、Summer My Love!などの現象。サーファーなどには気をつけてください。
2. 地元の特産物や名物があり、それに季節の特徴が付加されているところに生まれ育っていること。海産物の収穫が冬であれば冬、春であれば春など。
3. 持病などがあり、寒い季節があまり好きではなかったり、サバイバル価値観のほうが勝つ場合。暖かい季節のほうが過ごしやすいことは確かです。
4. 徹底的に、物事をあまり考えない人が相手の場合(笑)>根拠などをあまり信じない人は、3ヶ月後に同じ質問をしても、違う答えを返すことがよくあります。酔っ払いも同様です。

では、なぜ、人は、自分の誕生月がある季節が好きなのか?各人それぞれが、いろいろな尤もらしい理由を挙げると思います。もちろん、それらはその人の中では真実なのだと思います。が、もう少し大きなエネルギーに突き動かされているのですね。

自分の存在価値についての、心理学の研究は長いこと行われています(ちなみに心理学の歴史は、140年弱です)。その中でも、個人主義が確立し、世界の文化境界線が薄れてきた昨今、Self(自己)についての、文化背景を含めた研究はたくさん学界発表されています。

人は、誰でも生きている自分の価値を見出し、それを確認し、さらに強め、生きていきたいものなのです。コレは誰も否定できないですね。絶望に落とされた人々で、自殺を考えている人であっても、これは捨てられません。自分が生きてきた証までを否定したり、貶めたりすることは、とてもたいへんな作業です。

日常でも、ほんのちょっとしたことに腹を立てたり、自分でも気づいている欠点を指摘されて、どうしても心が乱れてしまうことはたくさんあります。その中でも、まったく聞く耳を持たず、そんなことはありえないと指摘を否定することは、ほとんど防衛本能として説明されます。Freud(フロイト)の学説のほとんどは、「あまり正しくないもの」として、改良版がたくさん出版されていますが、防衛本能については、かなり高い信憑性があります。自分が傷つかないために、自分を守るために、ヒトがすることは、とても大切な行為です。

私もくちばしの黄色い小娘の頃には多用しましたね・・・。まるっきり言い訳だらけの日々でした。自分を尊重することと、とりあえず現実逃避をしておくことをごっちゃにしており、その場でよく停滞していたもんです。たまに若いお嬢さんたちに言うのですが、「落ち込むならとことん落ち込んで、水面あたりでバチャバチャやってないで、湖底や水底まで沈んでしまえばいい。そうすれば上がってくるときに、地面が蹴れるよ」と。とりあえず、中途半端なところで、エラもないのに溺れている状態を長く続けることは、あまり長く続けられず、溺れることに疲れてしまったときに、気分よく酒を飲んでしまったり、たまたまつけていたTVや映画で笑ったりしてしまうと、自分が落ち込んでいたことが軽くなってしまい、さらに自分で自分を傷つけてしまいますや・・・。うーんと集中して、1日から3日くらい、ががーぁぁっと落ち込んで、ティッシュペーパーを2箱くらい使い切ってしまい、まぶたをうーんと腫れさせて、飯も喉を通らなくして、一気に湖底か水底を蹴り上げましょう♪ボロボロになっている自分にシャワーを浴びさせて、飯を食わせて、部屋をどどどーっと片付けるわけです。そうすれば、PCに向かって長い文章を書いたり、意味もなく高尾山・陣場山・山梨あたりまでの登山をしたり、ひとりでふらっと旅に出てみたり、と、いろいろ蹴りあがる方法が開けてきます。

↑こんなこと何回やっただろか?ただし、私は泣いてもティッシュペーパーは使いません。タオル使います。けちなのかもしれない・・・(汗)。

春夏秋冬についでに当てはめてみますが、この生物学的バイオリズムは、好きな季節がエネルギーを放出する時期だとして、やはり収穫の秋を終えた枯れや、厳冬もあるわけです。ならば、春や夏を待てる蓄えをどんどん心と頭にキープしつつ、とことん落ち込むほうがずっと、芽吹きとの差が味わえてオトクです(笑)。

飲み屋で、春夏秋冬クイズをしたあとに、どうしてか自分の生まれ月がある季節が好きで、自分を大切にしている飲み友だちの顔をじーーーっと見てみてください。愛おしく感じたら、大切にしてくださいね。湖底や水底を蹴り上げるコツを教えてもらえるかもしれないし、モーターボートで救助に来てくれるかもしれないです。

自分の生まれ月がある季節が好きじゃない人と飲んでいたら・・・?それはそれで、この法則では予測はできませんが、また他に必ず、その人なりの法則性を持っているはずなので、それを解明してみてください。私個人は、きっとそのほうがムキになって楽しめてしまうのではないかと思います(笑)。

私は、再来週、おでんオフをやるので、今からドキドキしています。有楽町か銀座あたりのおでん屋で、機嫌よく英単語混ぜて飲んでるやつがいたら、それは私です(笑)。

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名探偵コナンの謎はけっこう多い

英語の教材として、名探偵コナンを各所で使っている事情があります。日本に19年ぶりに帰ってきたときには、私はこの番組を一切知りませぬでした。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E6%8E%A2%E5%81%B5%E3%82%B3%E3%83%8A%E3%83%B3_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1) 1996年1月から開始されたためで、私の渡米は1988年だったわけですから、まったくのスレ違いです。

戻ってきてからの私は、ほぼ3ヶ月近く家の外に出るのがコワイ病だったので、家の中で様変わりしたニッポンをいろいろ学んでおり、外に出るときや人に会うときの参考にしていて、その中にコレも入っておりました。ジャニーズの変遷やら、物価の移り変わり、人の質やコミュニケーション手法の違い、交通量や常識の実際などを学ぶ中、エンターテイメントがどのように変わってきたのか?を、1996年から2007年分まで見ることができたのは、とても貴重でした。並べて見てみるとわかるのですが、アニメーションの質だけではなく、まぁ、いろいろ変わったところが見て取れるのです。

ところが、文句を言っても始まらない、とわかっていても違和感があることがたくさんありました。

  • 若返れる新薬があればおそらくもっとお金を得るために使っているはず
  • 小学校1年生なのに遺体を見すぎているし、事件に巻き込まれすぎ
  • 時間が止まっている、あるいはゆっくりしか進んでいない、ということを納得しても、同じイベントが多すぎる e. コナンの風邪の回数とか、大阪に行く回数とか?
  • 闌ちゃんの髪型のトンガリ
  • 真さんのバンドエイドのポジション
  • 高木刑事と佐藤刑事の恋愛の進展と、ゆっくり過ぎる時間との整合性;これは他の登場人物の恋愛軸ではすべてあてはまる;園子と真さん、千葉刑事と三池苗子、ゆみさんと太閤、白鳥警部と小林先生など
  • 阿笠博士の年齡と見た目のギャップ
  • ゆみさんがいくら天然キャラだったとしても、相撲まで見るのに将棋の常識だけあんなにないなんて無理じゃないのか
  • 絶対音感がある設定なのに、コナンがあそこまで音痴という例には納得できない
  • 眠らされる回数が多すぎるのに、自分についての疑問をあそこまで持たない大人=毛利小五郎
  • 身分がさほどわかっていない子ども=コナンの公的立ち位置、どうやって学校に通えたのか?それは灰原哀ちゃんも同じ
  • 新一の行方不明が長すぎることに関する辻褄がどうしてもわからないし、たまに現れてもすぐ消えることに関しての整合性には納得できない
  • 少しずつ進展していく黒の組織との関わりに関しても、なんだかあまり論理性が通っておらず、知りたい好奇心でみんなが騙されている感じ e. だってGinのあのポルシェ、今日本で何台登録してあるか?と考えてみたり (・・;)
  • FBI、CIAや日本公安と警視庁や警察庁の連携;がんばっているけど矛盾にはたまに躓く
  • 闌ちゃんの身体能力と怖がりのギャップの原点がどうもわからない
  • 小五郎氏の収入もとても心配
  • 名探偵と自称するなんてことが、大人にはあるんだろうか?

などなど、他にも夫婦生活やら暮らしの面でたくさん突っ込んではいるんですが、それでも600話くらいまで見てしまったので、今もまとめて数話ずつ、数ヶ月分、見ています。いつ、終わるんだろうね?この前、ニュースで、そろそろ終わってほしい、結論が知りたい、などというアンケートがあったようですが、同じ気持です。

Ditto!と表現します。とはいえ、この謎全部は解けないよねぇ (・・;)

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外側の見方の違い

[1999年09月10日]に書いた文章です

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私は芸能人には平均して美しさを要求しますが、一般的にまわりにいる好きな人には総合的な美しさやら容姿はまったくほぼ気にしません。第一印象で容姿は大切だ、とのたまう人がよくいらっしゃいますね。「損得勘定で言っているわけではない!TPOが大切である!それも社会性のうちのひとつである!」と、強く強く、もっともらしいなぁとも思いますが、それも多数決ですしねぇ。おっぱいの大きな女性が流行るとどうもそれがいいことになり、カルバン・クライン系のモデルでおっぱいがぺっちゃんこでもセクシーだとなれば、それもとってもいい!ということになり、それもTPOのうちなんでしょうかな…。豊胸手術しちゃってからぺっちゃんこ流行られてしまったら悲惨ですよね…。

「葬式に金髪ジーンズピアスではいかん!」と伝統を頑なに守ろう援護会員みたいな人がいますが、私はまったくそうではありません。「故人を馬鹿にするなぁ!」と怒っちゃう人もいますね。父の葬式にはモノすごくぶっ飛んだ格好で来た人はいませんでしたが、会社の帰りに労働服で来た人をなじっていた人々がひそひそやっていました。私はその人と面識なかったですが、「本当に父の最後を見届けたかった人」と頭をさげさせていただきました。容姿や格好じゃないでしょう、人間、まじで。   

就職の面接で落ちたのは「化粧の仕方がまずかったから」「服装がだらしなかったから」なんていう面接官もいるようですが、そういう人ってやっぱり履歴書や格好や足元なんか見て人間を判断しちゃうんでしょうか?「面接におけるお決まり質問マニュアル」があって、きっとそれに沿う返答でないと落とされちゃうんでしょうね…。「ったくイマドキの若いモンは!」って思ってる人多いかどうか、統計取ってみたいですね、これ。

バイクに乗っていた私は着替えの面倒さがあったものの、バス→電車→(ところによっては)バスなんていう通勤に我慢できる性格ではなく、いつもパンツ姿でその後バイト先で着替えていたものです。すんごいレストランに行くのは楽しいことでしたが、ドレスコードがあるところだと、大概小娘の頃は誘ってくれた人が買ってくれたり、私もそれくらいのお金ならば銀行から下ろしてさささっと決断早く買物して着替えて行きました。でも入店拒否するところは東京では数件しか知りません。そういうところには行きません。夏はジーンズ、冬はレザーパンツ。バイクブーツのときもあれば、スニーカーのこともあり、正統バイク派にもなじられることもありましたが、ま、便利だったからいいのです。靴ひもは毎回チェックしていたし、風にぱたぱたとなびくようなジャケット着てたわけじゃないし、ツナギ着てなくちゃバイク乗ってはいけないなんてこともないっしょ…。

制服は好きではありませんでした。中学・高校・バイト先といくつも制服着ましたが、やったら私には似合わないモノもありました。すごい欲求不満溜まりましたね。バイト先の夏服を私は母にコンサルタントになってもらい、費用を出してもらい、店の社員と(でかいチェーンファミリーレストランの先駆け店でした)相談してデザインを3パターン作って、型紙を女の子に渡して、できない子には母が少ない賃金でバイトして縫って、ひと夏私デザインの制服にしちゃったことがあります。顔がトロピカル系なのでたいへん自己中心的なパターンと柄と色を選びましたが、バラエティがあったしかわいかったので好評でした。あのときはサイコーにうれしかったですねぇ。19歳でした。

アメリカに来てからは本当にたらたらしただらしなく見えるものばかり着ています。ポロ+ジーンズで毎日暮らした英語学校と航空専門学校時代。少しゆとりができてスカートやワンピースも買いましたね。でも私のシステムは毎シーズン(ここは地中海性気候なので2つ:雨季と乾季:寒いのと暑涼しい)に、いっぺんに5~10着買って、それをとことん親の敵とばかりに着続けて、そして次のシーズンになると棄てるのです。でも傷んでいないモノもあるのでやっぱりワードローブは増えていきます。うーん、ざくざっくっと見ると私ってばたいへん貧乏なワードローブ多いです。でも決めるトキは決められる準備はあります。そういうモノがないとただの「負け犬の遠吠え」的だよね…(汗)。

日本に帰ると「やぁ、アメリカっぽーい!」と言う人もいれば「そんなに日本と変わらないね、お洋服の流行」と言う人もいます。でもなぁ、カリフォルニアだけだって日本国土面積より広いし、私の学校まで片道50km弱あるし、カリフォルニアっぽいもので私が手をつけてないものもたくさんあるし(サーフィンとかね…)、うーん、そんなのやっぱり一概には言えないですね。とにかく季節感のない服装しているというのは認めましょう。何か毛穴が簡単に開いたり閉じたりできないんだもんね。けれどもバラエティは日本よりたくさんあります。だから私がアメリカ代表やカリフォルニア代表や、カリフォルニアに住む日本人代表や、カリフォルニア駐在妻の代表に思われるとたいへん困ります。私はきっとどれの平均よりもずれているに違いない…。

ファッションで自己主張、というのも私はあんまりないですね。と、言うのも私は人間が第一印象やら外見に騙される哀しい動物であることを何となくわかっていて、それでもそれに抵抗する馬鹿モノだからです。それを逆手に取ってうーんときれいにして自分を本来の姿よりも数段上に見せることにヨロコビを見出せる人もたくさんいていいと思います。それもポテンシャル追求だったら美しい☆だから整形美容だって考え方やそれに伴うConsequence(因果関係、結果)をちゃんと引き受けてるんだったら、とってもいいな、と思います。

私が外見で興味のあることは身体そのもののポテンシャルをどうやって引き出すか、です。だから年食ってきてからしわがまだできないのはなぜなのか?抵抗してるわけじゃなくて自分の身体使って実験中です。本当に顔の筋肉を身体のエクササイズのように動かせばしわは防げるのか?という命題に向かって爆進中です。理論としてはかなり信憑性高いんですよね、これ。だって顔にもちゃんと筋肉があるから表情が出るわけで…。外見をよくするためにやってるわけじゃないです。身体を鍛えるのが好きなので、顔も一貫です。そんなわけで基礎化粧品もさぼりがちです。暇なときはきっちりかっきりパックなんかもしますけど、動機は「年取ってからもきれいでいたい」ではなくて、そのパックの最中に自分が感じたり考えたり、やり方にバラエティがあったり、顔のつっぱりとかしっとりとかがわりと簡単に感じられることが楽しかったりします。だから時間がないと端折っちゃうんでしょうね。別段、他人が私をブスだと言おうが美人だと言おうがどうでもいいです。褒められたら一応歓びますが、褒めている人にもよるしね。

あ、私の言う美人ブスっていうのは、作りそのものについてではなくて、やっぱり表情ですね。しわがあってとっても美しい女性がたくさんいますし、整形してるのがわからないくらいの自然な表情が出せる人もいますもんね。それに私が美人と言おうがなーんも影響ないでしょうしねぇ>岩下志麻みたいなきっちりかっきりしてる顔好きです。夏目雅子も好きだったなぁ。オードリー・ヘップバーンやジュリア・ロバーツ、きりがないですね。自分をよく知り、それで外見を作りまくっていない人が好きですね。お化粧をしてようがしてまいが、何を着ていようが、その人の人となりが伝わってくる感じの人が私が好きな人です。

なので芸能人でなくて私が「あの人って…・ブスかも」という人は表情が死んじゃっててどうも伝わって来ない人。どんなにきれいに着飾っていてもどんなにきれいにナチュラルメイクしていても、個性が出てない人はどうも苦手です。いるもんねぇ、つっかけサンダルによれよれパジャマでもきれいな人って。もう「ふぅぅぅ…」ってため息つきたくなるくらいきれいな人いますって☆

ま、何につけても努力するのはすばらしいことです。だから自分の容姿の欠点と思えることをぼやかして改善している人にはアタマ下がります。私は執着の足りないやつなので、「誰が何と想うとま、いっか」が多くて、手抜きだらけ人生なので、そのエリアに関しては一家言ありません。話を聞くのは楽しいです。ただそれしかない人、全身全霊それだけに掛けちゃっている人はちょっと遠慮かもしれないです。外見がもたらす効果というのはありますが、やっぱりそれだけに賭けてるってことは、人々が惑わされる第一印象や外見にこだわりすぎってことで、もしかするとその人もこだわりすぎてしまい、廻りにいる人間の本質をきちんと見る目がないのかもしれないかもな、と思うとやっぱり私も間違った判断されちゃうのかいな?と思います。

結局私が自分を飾らないのは、私自身が弱いココロの持ち主なので、それに惑わされないように防御してるっていうことなのかもしれません…・。

 

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サバイバルのバロメーター

 [1999年09月08日]に書いた文章です

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生まれる親が選べないように、その親が自分を育てようとしている土地も選べません。でもそれは大きな環境で、たくさんのこまごました人間をユニークにおもしろくしたり、反対に歪ませたりいじけさせたりする要素を持っています。

小さい私には難しかった語彙「運命」はいつか逆らうための対象になりました。それをどうやって測ればいいか。それは小さい町の小さい人間だった私が、「どこに行っても通用する人間かどうか」でした。

場所はいろいろ変わったけれども、小さい頃からの口癖は「もしも北海道の寒いキタキツネしかいないところに住んでいても」だの(←この頃はムツゴロウをよく見ていた☆)、「ベルサイユ宮殿に住んでいても」だの(←これはベルバラの影響☆)、「熱いダラスに住んでいても」だの(←これは図書館通いしていたときにケネディ大統領についての本のタイトルから。だから暑いじゃなくて熱いなのですね☆)、「北極でホッキョククマと氷の下から魚を獲ってでも」だの(←これは多摩動物園に行って白熊がどうしてあそこに住んでいるのか不自然に思ったときのこと)、「カトマンズでポーター少女になろうとも」だの(←これは合気道で知り合った美術大学の講師でもあった2段のお兄さんがネパールの話を延々としてくれて、コインをくれたから☆)と、まぁ、土地はいろいろ変わっていったのですが、自分がどこかよその場所に移動していることを考えてみるのはとってもおもしろいことでした。

そのあと偉人伝読破をしたあとは、OO時代のどこどこ、なんていうバラエティも加わっていったのですね。

もちろん渡米するまでは、その調布市深大寺という場所を出たことはなかったのです。家はずっとそこで、遊びに出かけたり、仕事に出かけたり、学校に出かけたりしたものの、基盤はいつもそこで出発点も到着点もいつもそこだったような感覚でした。だからいつも想像力だけで考えていて、小さいスケールの「旅」や「移動」や「冒険」ができたときは、本当にうれしくてうれしくて、「どこに行っても通用する人間かどうか」を少しずつ、ものすごく瑣末なスケールで証明していたものでした。

こういうことを想像することがサバイバルへのチャレンジだと知ったのが、植村直巳を知ってからでした。小学校の高学年の頃、新聞に小さく載っていた記事を思い出します。「冒険家」という職業は日本ではどうも容認されないみたいでしたね。その後もヨットで一人旅をした堀江謙一も一時期もてはやされた時期もありましたが、いつまでも続くものではなかったようです。ま、それは別の話ですが、私は冒険家のパトロンになれるくらいの財力があれば、ばんばん出資したいと想っています←でも、ない・・・(涙)。

フツーに生きていると「生き延びている」「サバイバル」なんてなかなか意識しないもんです。そこには便利なモノがたくさんあり、慣れ親しんだ建物や道具や人々が居たり、文化にもアジャストしているので、ふとした事件やら日常でない何かが起こらない限りは、特別生き延びているなんて毎日意識したりはしないですね.

人間の毎日が探検家や女優みたいにドラマチックだったら、それはそれは本当に消耗しちゃいます。寿命の長さはあまり期待できませんものねぇ。たとえしあわせになるために環境を変えて結婚することでも、肉親や配偶者の死→離婚→失業などなどの順位より少し下がるだけで、わりと大きなストレスになります。環境の変化というのはそれくらいたいへんなことなのです

だから映画やドラマや旅番組を見て、読書をして、ついでに世界各地に引越できないかわりに余暇を使って経済事情が許す限り旅行するんですよねぇ。

西さんに出遭ってから登山とはまだまだ呼べないハイキング程度のキャンプをするようになったのですが、私は自分の子どもの頃の想像が甘かったのを知りましたね。トイレでしか排泄できない人間なんてサバイバルできるわけないっしょ・・・。いつしかティーンの頃から身についた傲慢さで、私は小さい頃サバイバーになりたかったことを忘れていました。初めてキャンプ場で草を摘んでからしゃがんだときに、そう言えば子どもの頃、トイレに間に合わないくらい遊んでいて、草の陰に猛ダッシュしていたことを思い出しました。人間って忘れることがあるからいいこともあるけれども、やっぱり忘れちゃいけないことってこういうところにもありますな・・・。

ま、その前に私はその小さな町から出たことすらない、ひとり暮らしをしたこともない、環境が一定していて、ささやかなバラエティや想像力のみで「移動性」というものを鍛え、サバイバルについてもふかーく考えていたのですが、いきなり親元から渡米してだいじょうびなんだろうか?という不安はなかったです。「パプアニューギニーに行くわけじゃないんだからさぁ、大丈夫よ。お金さえあれば一通りのモノが揃えられるし、同じ人間が住んでるんだからまぁイケるでしょ」なんて甘かったです。いやぁ、私なりには想像できる範囲で覚悟はしたんですよ、きっちり。言葉が違うってぇのもすごい不安で、それでもどきどきでおもしろくもあったし、食文化や容姿の違いや、いろいろ瑣末なこと想像して行きました。

「アメリカだから生き延びられているのよぉ」というのはたぶん正解でしょう。カリフォルニアでは大抵の日本食が手に入るし、食卓にかなりの和食が揃えられます。日系人も多いし、日本人駐在員も多いです。

「もう12年近く居るんだからほとんどアメリカ人でしょ?」とも言われますが、それもちと違う・・・。私は混ざったサバイバーです。日本人であることは棄てきれないし、アメリカと言っても人種がたくさんいてさまざまな文化があり、到底一口じゃぁ語れません。そのひとつひとつの文化を丹念に検証し、経験し、感じ考えても、まだまだ世界中には網羅してない文化もあります。

文化人類学を大学の教養課程で学びました。アフリカ大陸からいろいろな島々や世界中の文化すべてを学んだわけではないですが、いろいろな同じことや違うことを検証するときの、「態度」や「観点の大切さ」は学びました。なかには水を自分でろ過して飲料水にするだけで3時間以上かけている文化がまだ存在することもあったし、「昨日」という単語は実際の昨日のことでもあるけれども、3ヵ月前や1年前や200年前や1000年前のことも表している言語を使っている文化もありました。

私はまだまだしつこくどこかに移動して生き延びてみたいと思っています。たとえ日本から郵便が届きにくくても、電話がなかなか通じなくても、いいんじゃないかなぁと。NHKで派遣社員をしていたときの担当が旅番組で、知らなかった文化についての「態度」というものにくもりがなかっただろうか?と顧みると、あとから文化人類学で「これがもっとも有効である」とされている方法と酷似していたのがたいへんうれしかったですね。サバイバーになれるんじゃないの?私ってば、って感じです。

グリーンランドかハンガリーかアルゼンチンか、次はどこかわかりませんが、旅行ではなく数ヶ月以上住むために行ってみたいところはまだまだたくさんあります。消耗してもストレスになってもいいから、自分がサバイバルに挑めるかどうかをどうしても知りたいですね。

異文化へのサバイバルの秘訣は「郷に行ったら郷に従え」を最初に通し、一通り様子を見て学んでみることと、自分の今迄のやり方にそぐわないことや人に対して寛大であることと、自分の文化を最初から持ち込んで押し付けないことです。住まない人ならなおさらね。ただの一過性の旅行者であるならば、そこにあるものをいじって壊さないことです。住むようになるのであれば、そのあとからコミュニケーションをしてネゴシエーションをすればいいです。

これって日常でも使えるバロメーターだとは思わないですか?「私はこうだから」と最初から決め付けていてはなーんにも始まりません。譲れないことがあるなら、相手のやり方やまわりの環境でのやり方を見回し理解してから、それから「私」を出すのが王道ですね。

「それよりも今、この環境にいてサバイバルできるのか、の方が今のおめぇには大切だろう!」といろいろな人に怒られているわたくしではありますが、どこかすごい農園のすごい豪邸みたいなところで下宿屋制度みたいなところに住んでいる夢を見たので、つらつらこんなことを考えてしまいました←いつもこういう雑念が多いわけですね☆

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ついなつかしい

なつかしい:

 心がひかれて離れがたい。

㋐魅力的である。すぐそばに身を置きたい。

㋑好感がもてて近付きになりたい。親しくしたい。

 かつて慣れ親しんだ人や事物を思い出して、昔にもどったようで楽しい。

 引き寄せたいほどかわいい。いとおしい。

 衣服などがなじんで着ごこちがよい。

昭和イッシュなワタクシとしては、いろいろとなつかしいものがあるはずなのですが、日々に埋もれてしまっているのか、それともよそにはないものが、我が家にはまだたくさん実在しているのか(笑)。しかも、メンタリティなんて、もっと昭和イッシュで、きっとよくよく話すと、かなり時代乖離しているのかもしれず・・・。

けれども、深く考えてみると、最もなつかしい、構えていずともなつかしいと思うものは、「温かみ」ですね。私は、12月まで靴下を履くのを忘れてしまうほど足先手先まで血液循環のよい人間なのですが、それでもやっぱりなつかしいのが、「温かみ」だとすると、女性で血圧が低かったり、体温が低かったり、なんて方々はもっともっと温かみを、「昔のもの」「遠いもの」として感じているかもしれません。

しかも、桜のあと、なぜか温かい日と冷たい日との差異が激しいせいもあり、そんなことを感じてしまうのか?いやいや、夏場であっても、なつかしいと感じるものは、やっぱりたとえ知り合ったばかりだとしても、私ではない人の笑顔だったり、自分の手垢や使いこんでいるものや、慣れ親しんだ風景からの温かみで、変わりはないようです。

私は、体温が高いせいで、熱いお風呂に長く浸かっていられないのです。温泉には行きたがりなほうか?と訊かれると、「温泉を浴びたあとの飲み会のほうが (・・;)」と答えるはずです。しかも、パイロットをしていた質が手伝い、行くまでの風景のほうがずっとなつかしい気分にさせられることが多い。

温かみ:(1)雰囲気天候などが穏やかで、心が落ち着くような様子を意味する表現
(2)親切で思いやりがあるさま、あるいは愛情感じられるさまなどを意味する表現

いろいろ考えさせられてしまったので、ついまた辞書で確かめてしまいました。やはり、愛情が感じられる、ってところや、心が落ち着くっていうのがポイントなのですね。

マスクメロン  バナナ

すきやき < すいとん

みたいな図柄が頭に浮かんでひとりで声を立てて笑ってしまいました。ということは、私個人は、「ついなつかしい」と心やら眼が向いてしまう物事に囲まれ過ぎていて、けっこう忙しいのだ (・・;) いや、忙しいという表現は違うな。集中力から解き放たれたときに、心がほっとするモノにたくさん囲まれていてオトクってことなのだね、と、ひとりごちてしまえるってことです。

つい最近も、「観葉植物があるだけで違うんだよねー」などと生徒さんと話しておりました。こういうことね!

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基本所作の粗さ

基本所作ができない、粗いという人を、最近よく見かけます。私の推論としては、ブルーカラーワーカーが減ったせい、というものです。

では、推論をしっかり仮説展開していきましょう。

基本所作が粗い・できない人が昔に比べて増えた

原因1
独居や核家族家庭が多く、所作について振り返る機会回数が少ない
原因2
兼業主婦が増えたため、子どもの頃に基本所作が身につかない
原因3
ホワイトカラー仕事が増え、ブルーカラー従事者が減ったため

そもそもヒトの学びは、「正しいものを見て真似る」という模倣学習 Modelingがほぼ8割を占めます。この模倣ができない理由を3つ挙げてみました。

原因1

核家族であれば、正しい所作をしていないメンバーと住んでいる可能性が高いかもしれません。独居であればますます見ないわけですから、間違ったものを継続していくことも増えます。ですので、振り返りや改めたほうがいいこと、などについては、気づかないケースも多々発生します。第3者やまったくの他人の所作を見ることがあればいいですし、友人その他からの注意やら喚起があればいいのですが、おそらく大人になってからはなかなか劇的に変わることは、機会そのものが少ないのでしょう。

原因2

兼業主婦の日々は過酷です。時短であっても数時間が短縮されるだけで、総合職などで男性と変わらず働いている場合には、おそらく子どもさんたちに基本所作を充分に見せていないかもしれません。家にいる時間が圧倒的に、物理的に、居たくても居られずに、少ないからです。コミュニケーションや心のふれあいも、週末やその他に努力して作っている方々はたくさんたくさん実在しますが、疲れ切っていて彼女たち自身も休養が必要な場合もあります。さらに、男親が見せているのでは?と思っても、夫婦間での所作の違いは、意見の違いとかなり比例しており、子どもたちはどちらを真似すればいいのか、たいへんに迷うことになり、「どちらも真似ない」というチョイスも発生します。当然、疲労困憊であれば、所作も大人からして粗くなってしまうことも、多々発生します。

原因3

ブルーカラーワーカーは、効率よく、無駄なく、エネルギーをたくさん使わないようにするため、基本所作が身体を疲れさせぬように、一般的にはかなり工夫していたものです。ところが、ホワイトカラー従事者のほうが人工的に多くなってからは、「レクリエーション」「楽しみ」「息抜き」として身体を動かすことが多いため、そのフォームや所作の基本などについては、あまり気が行かない場合も多いものです。当然、家でも同じ基本所作をするわけで、ブルーカラーの人々の動きには、無駄がなく、かなり機能的なのですが、ホワイトカラーでは、回数が絶対的に少ないため、改良する気になる、機会に出遭う、などが少なくなります。ゆえに、家庭でも子どもたちや、家族がそれを真似する、ということが減ります。

どうなんだろう?これについて、何か論文あるのかなぁ・・・。私は両親共にブルーカラー労働者だったので、基本所作はばっちりできており、無駄や効率、時間短縮について、ひどく追求するのです(笑)。疲れることが大嫌いです!でないと、1日11コマや12コマのレッスンの体力が温存できませぬので。へい。ここのところ、1日6コマから12コマくらいをけっこうこなしており、エネルギーが保てており、満足です♪

みなさんは自分の基本所作についてはどのように気づいていますか?私は、初めてやること・新たにやるように思っていたこと・たまにしかやらないこと、を実際にやるときにいっしょにいる相手とコミュニケーションを持って、見ていてもらうような促しをしています。「おかしい?」「ちぐはぐかも」などなどと言えば、見ていてもらえます。とりあえず、大いなる指摘はないのですが、同時に「うまいっ!」「シンプルっ!」とも言われず、ダメなものも残っているかもしれないですねぇ。いずれ、DVD撮影に入ったらいろいろ気づくんだろな(笑)。

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これはヒトという動物も同じだと強く信じているゆえ、心理学をやっているのだろうと考えています。

ニッポンの病院

年代が落ちていたのですが、おそらく2007年あたり?の文章です。

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本日、久々に日本の病院に行きました。父のガン治療で懲りていたので、大学病院には行かず、駅前にある大きな私立病院に行きました。特に具合が悪いわけではなく、ただのチェックだったので、それでいいのです・・・。

恥を曝すようですが、おっぱいの重さに耐えかねて、汗腺が詰まってしまい、脂肪が溜まってしこりになる、という現象に過去3ヶ月ほど悩まされており、1個目のときにUSで医者に行ったところ、「あー、ただの脂肪栓詰まりの塊」と言われたものの、「ねぇねぇ、酸化して悪性になったりしないの?」と思えたので、日本の丁寧な診察を受けてみるか、と思い立ったのです。しかも、最後のMammographyを受けてから2年も経っていたので、ちょうどいいや、と>私は、婦人科系の病気で死んでしまった祖母を持つので、婦人科系の検査を怠ることにかなりの罪悪感を持ちます。婦人科系のガンで死ぬ時代は早く終わらなければなりません。

9時から診察開始だったので、母の助言を容れ、8時半に到着するように出ました。ドトールでコーヒーを買い、並ぼうと思ったら・・・、すでにそこには50人ほどの人々が列になっておりました・・・。すごーい!完全予約制ではないことですでに気後れしているのに、この人数すげぇや。そして、初診届けを書き、並び、保険証を提出し、引き換え札をもらい、割り当てられた診察室の前のソファに座って待ちました。外科の3番目。おそらく、内科が多いんでしょうな。8時50分から、すでに診察が始まり、このへんがUSとは大きく違うところ。すばらしい♪私は、9時5分には診察室で、医師と対面していました。

私は、弱視(光に弱い)なので、いつもサングラスをかけているのですが、それがどうも医師の癇に障ったらしい。説明しているときは、特に言われなかったものの、上半身の衣服を取り、診察台に寝たときに「取ってください」と言われたそのタイミングにたまげました。なぜ今?(笑)マナーとしてサングラスがいい印象ではないのはわかりますが、朝の9時5分に太陽の光がまぶしい種類の人間はいるわけです。蛍光灯に慣れない暮らしをしてきた人だっているわけです。が、サングラス=マナー違反、のような取り扱いは、とても不自然に感じました。素直に外し、言い訳はしませんでしたが、確実に瞬きをたくさんし、涙が出てきました。

問診し、脱いで診てもらい、着て、説明を受け、ドアを出るまでの所要時間、わずか5分・・・。ありなんですかね?

そして、レントゲン室で、Mammographを撮りました。あやさんという女性技師さんだったのですが、日本のほうが圧迫や扱いが優しい、やんわり。何度もやっているという慣れもあるのでしょうが、とにかく丁寧だったし、ゆるかったです。この所要時間もわずか10分以内。

そして、会計で呼ばれたので、先に会計をし、2階に上がり、検査の予約をしました。超音波検査をして、土曜日に乳腺専門の医師に見てもらうことになります。おそらく切除になると思うのですが、私は痛みにうーんと強いので、けっこう楽しみです。持病が2個あるとは言え、全般的にたいへん健康なので、病院には検査以外で無縁です。24時間以上寝込むような風邪も10年に1度くらいしかひきませんし、ほぼすべての伝染病には子どもの頃に罹ったか、予防注射は済んでいます。捻挫や突き指をした経験もなく、足を生まれて初めて「攣った」のは、30代でした。余談ですが、予測通り、筋肉疲労による金縛りにも遭ったことはありません。ましてや、霊的現象である金縛りはますますありません・・・。

少ししか待ち時間がなかったのですが、それでもUSの完全予約制をなつかしく思いました。なので、無料で提供してあった血圧測定器を試してみて、「うわぁ、OK」などと遊んでいました。たいへん元気で、理想的でしたよ。喫煙と飲酒していてもコレほど健康なので、こんなに続けてしまいましたが、そろそろ真剣にならねば、と肝に銘じております。そこには入院患者さんもおり、車椅子で検査に降りてきていましたが、明日は我が身です。

偶然なことに、母の知り合いに遭ったのですが、スナック通いの頃の飲み仲間で、朝に会いたくないタイプ、と言えば、かなり想像に容易いかと思います。待合室であんまりぺちゃぺちゃ話さないほうがいいよね・・・。私に熱があったり、足が折れていて痛み止めが切れそうなところだったら、けっこうむかつきますね。しかも、話がゴシップ系だし(笑)。聞いてタメになる話でもなく、登場人物像の判明までにもなりませんや>かなりお互いは納得していますから、情報端折りまくりでしょ(笑)。そもそも、それほど悪く言わねばならぬ人と、袖振り合うのはなぜなのだ?会社勤めでもなく、飲み屋だろうに・・・。そいつが来ても話す義務なんてあるのだろうか?←こういうことを平然と言うから、私は日本でうまくいかないのかも。私もそのスナックには、17歳くらいから行っていたのですが(時効です)、つい先日マスターが亡くなり、いっしょに『ふたりの大阪』などなどを歌ったことやらいろいろ思い出し、ひとしきり泣きました。もともとそれほど健康ではなかったので、心配はしていましたが、Beyond My Control(私のコントロールすることを超えたもの)です。私は、そこでは特待生で、面と向かってはっきりと物事を言うので、「そういうところが好きだよ」とけっこうな人気者でした。それもわけがわかりませんが・・・(汗)。帰国して挨拶に行けばいいものを、こんな話を病院の待合室で聞かされると、ますます行く気が薄れます。ただでさえ、残されたママに言う言葉が見つからないのに・・・。というわけで、「儲かったら行くね」とだけ言い残し、名刺を渡しました。

帰りに踏み切りで待っていたところ、駅前から歩いて3分以内のところにでっかいマンションが建っており、モデルルーム開放中!とあったので、見たいと話していたのですが、母が「こんな線路のまん前じゃうるさいでしょ」と言うので、「いやぁ、防弾がしてあるでしょ」と、日本語の間違いをしたことにすぐ気づき、「いや、防音ボウオン」と言い直したところ、隣に立っていた女性に、「あー、びっくりした。防音よね?」と念押しされてしまいました。気の利いたことを返したかったのですが、玉砕しました。うーん、朝は冴えないのか?

そして、ファブリーズを買って帰ってきたのですが、USの4分の1のサイズで、値段はいっしょでびっくらしましたよ・・・。取り寄せたいと思ってしまいました>次回帰国するときは、買って戻ってきます・・・(汗)。今日は、失ったURLやメールの中の情報の収集を行っています。メール待ちをしたり、URLをGoogle検索でトライしています。けっこう骨の折れる作業ですが、もともとなかったと思えば、それほどの苦労ではありません。この世にはもっとたいへんなことがたくさんあり、メゲているわけにはまいりません。11月中にカニ食べたい、という目標のためにがんばります。カニすごい好きですね、私。子どもにハンデあげないで、争いながら食いますから・・・。カジノで歯を折ったことがありますが、そのあと、しっかりまだカニ食べてましたし・・・←いっしょにいた博打好きのパートナーその2はあまり気にしていなかった・・・。なので、仕事もがんばります。

ニッポンの病院も体験できたし、まだまだいろいろなニッポンがあると思いますが、その中には、初めての上越新幹線や東京検疫所やいろいろてんこもりなので、とてもとても楽しみです←あくまで楽観的。

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現在ESLでのレッスンの中に、Going to Clinicがあり、まさしくやっている最中です。中身は、アメリカの病院事情をしっかりわかってもらう!というもの。その後、実際に病院に行ったら使う英語について、あなただったら?と進めていくので、考えがしっかり深まります。

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