自分を変えるには?

どう変わりたいか?はきちんと見えているでしょうか?ここが大切ですから!何をどう変えたいのか?がはっきりアテがついていない状態では何も始まりません。

 

改めて、本当に変わりたいかどうか?をまず考えてみたほうがいいかと思います。漠然としたChangeというのは、自主的なものではなく、おそらく強制的だったり受動的だったりすることが多いのです。

 

たとえば、繰り返し小さいミスをしてしまう、忘れ物をしてしまう、などの軽く見えて災害級ではないことを変えたいというのであれば、けっこう簡単なのです。認知症になっていない限りは。脳を活性化させるためにできることは、行動修正をするか、自分の認知を変えるか、の2種類に関係ある対策を書き出し、実際に運用できるように組み立てていけばいいわけです。少しハードルが高くなるのは、OO恐怖症と言われる類のものがありますが、それらもプロは割と簡単に導けますし、強さによっては時間がかかるかもしれませんが、変えられないものではありません。

 

まず、大切なのは、本当に変えたいかどうか?でしかないのです。本当に変えたいのであれば、もう50%は成功しています。ここで心と頭に変えたいモードを刻み込むことが大切です。しかも、このときに、本当に変わりたいとならない場合、変わったあとのメリットとデメリットを、実際に書き出してみると効果が上がります。数ももちろんですが、質に対しても評価します。これには、Benjamin Franklinが発案した Pros &Consのシートが役立ちます♬ >https://www.youtube.com/watch?v=IMPxxNDv42M 英語なのですが、youtube には翻訳機能があるので、それで見てください!非常に客観的に見ることができるので、決意が鈍ることなく、踏み出すことが可能になります!

 

子どもの頃から頭の中でこのようなことをしているとは思うのですが、複雑になればなるほど、書き出さないと混乱してきますよね。しかも、これをもう少し項目分けができれば、もっとどうやればいいか?も見えてきます。そして、もしかすると自分が「どのように変わりたい」がもっと洗練されてくるかもしれないわけです。稀に、「やはり変わりたくない」というのもあるかもしれないのでご注意(笑)。

 

さらに、イチバン効くのは、その変わりたい目標をすでに到達している人を探します。その方々とおつきあいすればいいわけです。ヒトは他者を模倣学習するようになっているので、知らない間に学んでいることが多いのです。しかも1対1のときなどは、相手が鏡のようになってくれるので、模倣しやすく、とても自然な形になります。あまりに大勢だと最初のうちは圧迫感があるかもしれません。ひとりだけダメダメだー!と落ち込むことになると困るので、まずは少人数に当たりをつけて♬

 

もしも相談やフランクな話ができる友人がいれば、積極的にそんな話もしてみるといいと思います。ただし、場所とタイミングはしっかり見極めて!

 

プロのカウンセラーを思い切って訪ねてみる手もありますよ♪

 

私個人も、英語スクールをやりつつも、日々、生徒さんからさまざまな相談事を聴いています。割と簡単に応えてコンパクトにまとめてしまう傾向はあります。なぜならばカウンセリングセッションではないので(笑)。とはいえ、けっこうきっかけとしてはいいみたいですので、英語に興味があれば、心理レッスンもしっかり行っているPrecious One English Schoolの無料体験にお申込みください <(_ _)>

気分転換

気分転換にイチバン即効性があるのは、Location:場所を変える、ということです。行き詰まり状態から抜け出したいのは当然で、停滞している気・心・血流・ホルモン・脳内伝達物質などなどを変化させるために、最も簡単なのは、「移動せよ!」です。

 

なので、行き詰まりがとっても不快&深い場合に、ヒトは非日常の旅を求めます。

 

が!それにはまとまった時間やお金が必要なので、日々の生活にはなかなか応用できない 😿 😢 

 

なので、家から出る、職場の定位置から出る、などが最も簡単な方法です。スマホやPC前から移動するだけで、かなりな成果が上がります。知っていてもできないって??(笑)

 

他にも意外な方法はけっこうたくさんあります。けれども、そもそもそのストレスがどの程度の大きさなのか?を見極めない限り、実際問題としては、気分は変わりません(笑)。自分がどの程度のストレスをうけているかまず診断。

 

http://kokoro.mhlw.go.jp/check/ フルタイムでお仕事をしていてストレスが職場で多い方におススメ

https://www.jes.ne.jp/self-check/stress.html 実際に心身症にまで発展するほどのストレスかどうかを診断します

 

 

ストレスがそもそも高いと、体質に変わっていきます。なので、気分転換というステージではないと思うんですよ (・・;) 自分が何によりストレスを受け続けているのか理解したら、今度は、軽いストレス対策。

 

軽いストレスであれば、非日常を求める、ということが、日常生活の中でできているか?が問うべきところです。

小旅行:旅行が無理ならば、近所の探索に出かけたり、いつもは行かないスーパーに行ったり、歩いていない道で家まで帰ったり、など、ゆとりを持たせてみるといいです。

子どもの頃好きだったことを思い出してやってみる:誰でもひとつやふたつはあると思うのでぜひ♫ 私は最近はナンクロというパズルをまだやっており、たまにペン字をしたり、動物観察や石蹴りなどはたまにやってます(笑)。

外食!普段外食している人には逆パターンで、料理を作ってみる、となりますが、非日常なので自分では作らない料理にしてくださいね!

お風呂にゆったり浸かる:これも普段からやっている人は逆で、シャワーにして、熱→冷などで実験的なことをしてみる、などに応用させます。

普段見ない・読まない映画や本を読む

初恋の人やなつかしい人を検索してみる→ もしもご縁があったら会えるかどうかまで様子見をしてみる(笑)。ストーカーにはなりませんように m(_ _)m

タイムカプセルを作ってみる:1年後・3年後・5年後・10年後・15年後・20年後などバージョのをたくさん作るとかなりおもしろいです。私もやってます(笑)。暇なのか、私??(・・;)

部屋の模様替えをする:片付けとなるとすごぉく気が重いんですが、先に家具やらその他を移動してしまうだけで、けっこう気分は明るくなります。カーテンを変えてしまったり、シーツの色を変えるとプランするだけでドキドキします(笑)。

100万円あったら何を買うかリストを作る:いや、実際はそんなゆとりはないんですが、考えるだけでワクワクするので、ぜひともやってみてください。気分は相当晴れます。

時間や予算を算出したあとで、旅行のプランを立てる:本当に行けるバージョンと、まったく夢のバージョンを作ってみるといいです♫

 

とまぁ、枚挙に暇がないんですが、けっこう気分転換はできます。他にもハーブティーを常備しておくとか、健康ランドに行くとか、即効性があるものもたくさんあります!気分転換の発想力、大切ですよーう!

学校英語の落とし穴

落とし穴はぼこぼこ何個もあります(笑)。

1.4技能を前提にした英語を学んでいない→ その代わり、文法や語彙に妙に力を入れている

2.Active:動的学習が少なく、Static:静的学習が圧倒的に多い

3.文法だけではなく、学んでいることが全体のどこに位置しているのか、俯瞰的に理解できるような仕組みになっていない

4.さまざまな品詞・文法を学ぶが、統括的にReviewを実施していないため、取りこぼしがたくさんある

5.多聴・多読により目標が達成できることが前提

 

この5つがメインですが、細部に渡ればもっとたくさんあります。さらに、心理的なサポートになるさまざまな押さえがなく、やる気は減退し、待ち望む感はなかなか生まれませんよね。学校を卒業して独学するにせよ、この「すっかり刷り込まれてしまった学習スタイル」を「原型」としている方が多いので、おそらく伸びはなかなか感じられず、英語難民が続出したり、そもそも6年間で1250時間ほど学んだ成果が出ません。

 

びっくり!ですよね?

 

たとえ脳細胞がまだ発達中だったとしても、この膨大な時間をもう少し効率的に使ってほしかった、とあなたは思いませんか?よくある広告が、「成功した人の体験談」です。彼らが一生懸命、この上記の5つのプロセスを経て、英語講師や英語関連の仕事に就いていたり、仕事で英語を使えるレベルになっていたりする場合、英語ができない人たちは、それにやたらと納得せねばならない。

 

これは、フェアじゃないんです。

 

なぜならば、生まれた環境や育ったプロセスにより、ヒトのタイプは多様化してきます。その中で「コツコツ努力するのが得意でどんなに時間が掛かっても続けられる人」「そもそも頭の回転が速く短期的に物事を習得する人」以外には、かなり難しいやり方だからです。けれども、多くの学校・システム・教科・教える側は、この理想形を作り上げることを「是」としています。

 

ダイエットでもさまざまなやり方があるじゃないですか。基礎代謝が個体によって違いますし、分解酵素も平均的なアジア人・日本人の傾向があってもやはり差があります。運動でも得意不得意はありますしね。毎日食べているものやその好き嫌いも違います。

 

ヒトとしての生命体の持つ本質的な特徴を生かし、その上で学習に対してタックルしているという状態に日本の教育そのものがなっているかどうか?考えてみたことがあるでしょうか?社会問題としてしょっちゅう取り上げられ、ゆとり世代で円周率が3になったことすらありますが、まだ、概ね日本の教育システムを信じている方々は多いです。基本が不動とした前提で作り上げられており、もう後戻りはできないから、という発想から生まれています。

 

そうした基本のズレが、あらゆる場面でズレを引き起こします。Precious One English Schoolでは、心理レッスンでこのズレについてご自分でさまざま考えていただいております。自分にピッタリとマッチした学び方を、ひとりでも多くの方が習得してくださることを心から祈るばかりです。

英語に向かう望ましい姿勢とは?

Precious One English School では、フツーの英語スクールとは違い、15の心理レッスンを入れ込んでいます。なぜならば!認知をぜひとも変えていただきたく、その後、しっかり行動も変えていただきたいためです。認知としてはわかった。でも心が納得しない。だから行動に移せない、という方々のために、グループで刺激をし合ったり、追い打ちをかけるためのプログラム構成にしてあったり(笑)、行動に移す機会についていろいろ考えてはいるのですが、強制することだけはしたくない、と思っているわけなのです。(・・;)

 

望ましいという姿勢など、本当にあるのか?と、私個人はたいへんに懐疑的です。私自身がとてもふざけた子どもだった→そのまま大人になった→そしてさらに老いてきた、という状態で、さして変わりがないのです。大人になる前から、相当に自分が好きなことには集中して熱くなってこられたし、そうでない「やるべきこと」もとりあえずこなしたからこそ、ご飯が食べられたし、学校にも行けた感があります(笑)。まぁ、実際にご飯を抜かれたことなどしょっちゅうあったんですけどね(笑)。最低限のやるべきことから、自分に課したやるべきことが増えていき、ようやくまともになった感はありますが、学ぶ姿勢に関してはさほど変わりはないのです。

 

英語に向かおうが、家族に向かおうが、恋や愛、社会正義に向かおうが、基本的に姿勢はあまり変わりません。

 

とにかく、自分が健康である状態を常に心がけること。

 

でなければ、いざというときに100%を発揮できないじゃーないですか!とにかくこれが大前提ですね♫ なので、私は今でもスクワットやプランクをやる日々です。忙しくてスキップしちゃったりもしますが (・・;)

 

これがGivenの場合、英語の場合は、日本語が基本になっている概念を一旦横に置いておくのが、最初のステージでの心構えです!なぜならば、言語というものは、文化に根付くニーズや重要ポイント、人々の関わり方などによって使い方が違うからなのです。英語と日本語は、対局と言っていいほどに違いがあり、それゆえ、日本人は英語がなかなかうまくならないわけです。それゆえ、Precious One English School では、丁寧に心理レッスンを15展開していきます。考え方の基礎がこれほどまでに違うものなのか!とびっくりしていただき、なるべく幅を持てるようになっていただき、英語のときは英語の常識を中心に、日本語のときには日本語の常識を中心に、発言&書いてみたり、受け手の場合も聴いてみたり読んでみたり、と、意識しないとなかなか難しいのです。

 

それゆえ、多くの場合、「英語がマスターできる人はどういう人?」と尋ねられたときには、「素直な人」と答えています。もちろん、これでは大雑把すぎますよ(笑)。が、違いを受け容れられる器が必要になります。一度受け容れ、咀嚼・解析し、自分にマッチしたものを選び、試行錯誤していく態度が、英語学習にはたいへんに望ましいと思います。

 

ありがちなフレーズやセンテンスを丸暗記しているようでは、根本的に間違ってしまっているわけです。あれ、足りない・・・??という壁にぶつからないままで英語が話せると錯覚している方がおられますが、それは違う・・・。(・・;) 聴いている側である Nativesや第二言語として英語を話している方々に、大いに負担をかけているわけです。

 

その道程や時間が長くなるかどうか?は、この「日本語の常識を一旦横に置いてみる」ができるかどうか?に掛かっています。ぜひともこの「日本語と英語の違い」について考えてみてください。それを教えていないスクールはかなりあやしいと思います♫

 

やる気が停滞・・・そんなときは?

やる気が停滞しているな?と感じたときに、まず明らかに最初にチェックしたほうがいいのは、健康状態です。英語スクールなのに(笑) Precious One English Schoolでは、心理レッスンで健康の項目を大きく取っていますし、脳の成長をますます促すためのレッスンを展開しています。

 

健康の不備がある場合、どんなに時流に求められていても、動くことは無理ですし、度合によっては可能に見えても、実際には作業や動作に入っても加速度がつかないので、空回りしている気分に落とされます。どのように体調をチェックしてきたのか?という方法論も問題ではありますが、健康な状態である、というのを甘く見ている方が多いですよね。病院に行くレベルではなければ健康とするケースが多いように見られます。

 

WHO:世界健康機構では健康を次のように定義しなおしました>平成10年。
「健康」の定義を「完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、Spiritual及び社会的(social)福祉のDynamicな状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」

 

ブラック企業ではなくとも、残業が続きすぎたり、家族との会話が弾まないことによりすれ違いが起きていたり、安らげる風景を長期間見られていないなどなど、さまざまな要因が考えられます。

 

まずは健康チェックを!ここ、ひどく重要です。

それが整っていることを大前提にしてここから話していくと・・・。

 

ひとつには、そもそもやる気を上げる必要があるか?という観点がありますよね?私は自然なヤツなので、フツフツとやる気が湧いてくるまで、好きなことをしまくり、飽きるのを待てるタイプです。みなさんはいかがでしょうか?そうなるとたとえば英語であれば、1週間も2週間も空いてしまい、結局ストップ・脱落傾向にありますか?だとしたら、これはいい対策ではないです(笑)。せっかく始めたものをなんの覚悟も意識もなく諦めるというのは、もったいない!

 

もうひとつは、脳に働きかけるという方法がおそらく効果的です。行動修正Behaviorismという観点と、Cognitivism認知修正をかけるという観点の2つが効果的なのですが、これに「社会学的観点を入れて個人差が出るところ」と言えるのです。

 

行動修正の場合は、生命体としての宿命・業に働きかけてしまえるので、いやいやながらも「とにかくやってみる」というので、やり始めてしまえばそれなりに進む、という感じですね。さらに、休憩時間と行動時間のメリハリをつけるために「タイマーをつける」「今できる他のことをやる」「音楽を聴く」「身体を動かす」「歌う」「ヨガやストレッチをする」などがあります。

 

単純に、行動が先にありき、その後に感情というヒトのメカニズムに当てはまるものとそうでないものがあるので、行動をしてみてもやる気が出ない場合は、次に行きます(笑)。

 

認知を変えてみるトライとしては、「自分の将来の目標を書き出してみる」「やりたくない理由を詳細に書き出す」「集中して今すぐできそうなことを書き出してみる」というのをやってみて、それに沿ってやる気が充実してきたかどうか測りつつやる、というのがあります。できることから、ってことですね。

 

社会的要素を加えてみると、「誰かにやることを宣言してしまう」「それに関することを友人や家族と話す」「誰かのやらねばならぬことを手伝うことに集中する→なんでこんなことやってんだ?自分のことをやろう!となる」「同じ目標や目的を持つヒトを探して仲間になって実現していく」なんてこともできます。

 

いかがですか?私は、ゆったり休んで遊ぶ派です(笑)。

まずListeningから学ぶことがMUST

 英語だけではなく、どんな母国語であってもヒトは必ずListeningから学びますよね?第2言語であっても、必ずListeningから学んでいただくことがMUSTです。第2言語だからといって、文法や語彙から学ぶ必要性を強調するのは違うと思いませんか?

 

どんな国に生まれ育ったとしても、ヒトは必ず母国語をListeningから学びます。お母さんの胎内にいるときには、まだ脳細胞が発達していないため、聴覚神経もあまり綿密には繋がっていないのでまだHearingになるかならないか?と段階ですが、生まれる前にはきちんとListeningしていることは証明されています。

 

ゆえに、最初に発達した能力を生きていくために、言語でもしっかり使っていく方向性にしていくのがベストではないか?という推論は成り立ちませんか?その後、ヒトは片言で拾った語彙を次々と表現していくようになります。必要なことから耳で拾って、その後、それを再現しようと口にします。

 

それでは確かに効率は悪いのです。だからこそ、赤ちゃんではない脳の場合、Listeningを意識的にしていくことで、音も拾えて、語彙も拾えて、意味も推測できて、肝心要の理解まで到達するようなListeningの方法を先に学ぶことができれば、英語学習そのものがうんと短くなるはずなのです。

 

語彙を暗記し、文法をしっかり根付かせるよりは、耳から入り体感に落とせたものを、日本語に訳すことなく(いくばくか脳内でチェックしたり、対訳してしまったり、辞書をほんの少し使うことはいいとしても)、文法通りの論理性を頭で理解して繰り返し根性で学び練習問題を学ぶよりは、脳内に染み付いている「あれ?これじゃない」「あ!こうじゃんね」というほうが、信用に値します。

 

それが証拠に、私たち自身も、日本語の語彙は、小学校3年生まで辞書を引くことすら学びませんでした。同様に、日本語の文法もその前後に開始しましたが、日本語を自由に話せて聴けて、読み書きもさほど不自由のない場合、この文法がイッタイ何をしてくれるのだ?と不思議にすら感じることが多かったことかと思います。

 

なぜならば、小学校3年生の時点で、すでに日本語は話せているわけです。当然、聴けてもおり、読み書きを促進させられることにうんざりしているわけです。が、それがないと他の教科も学べませんし、将来的にもっと複雑なことを理解するために、と義務教育とその後の高等教育の準備をしていくわけです。

 

では、伺います。

 

聴き方

 

を正式に学んだ記憶はあるでしょうか?

 

多聴をしろ、ただひたすら聴け、というのが常になっているように感じており、いろいろ探したのですが、ナンセンスな Shadowing・Dictationが効果があるというもっともらしいことを述べる記事もオンライン上では多数見られ、とにかく多聴以外のことがないのです。

 

多聴する前に、「どのように」に触れていないことが、たいへんに効率が悪く、不思議です。子どもの頃の記憶はみなさんにはさほどないはずで、どのように日本語が聴けるようになったのか?を、できれば再現できることが望ましいのですが、なかなか難しいため、Precious One English School の生徒さんたちには、オリジナルカリキュラムで、それに近い、大人がやっても追いつくであろうことを必ず学んでいただいております。

 

今、日本語でご自分が何をどのように聴いているのか、しっかり検証したことがあるでしょうか?耳鼻科に行くのもありといえばアリです。が、それだけでは「認知」している部分はわからず、単なる耳の機能だけがクリアになるだけですね。

 

心理学的には、Self-Serving Biasと呼ぶのですが、ヒトは生きている場所で最大限、自分が生き延びることができるように進化してきました。今もそのプロセスは続いています。環境により、不必要なものは退化しますし、必要なものは進化していきます。それらがうまく行かない場合もままあり、環境が提示するさまざまな物事が混沌としているため、身体特に脳がその判断をミスすることもあるわけです。

 

Self-serving bias: people’s tendency to attribute positive outcomes to personal factors, but attribute negative outcomes to external factors. In other words, “If it’s a success, it’s because of me. If it’s a failure, it’s because of someone or something else.”成功を当人の内面的または個人的要因に帰属させ、失敗を制御不能な状況的要因に帰属させること。

 

ところが、これは当然事実とは異なっている場合が多いわけです。それゆえ、認知的には、「聴いていない」「見ていない」「知らない」とする現象が起きやすいわけですね。だから他者や環境のせいにできるわけです。ゆえに、この自然についてしまっているBiasを知ることで、自分が「聴いていないと主張したり、感じたりしていることも、実際は音として流れているのだ」ということだけでも、せめてわかってもらえれば、学習のその後の成果には、驚くべきほどの差が生まれます。

 

物事には順番があります。それは、赤ちゃんのトイレットトレーニングに喩えられるのですが、筋肉がついていない赤ちゃんは自分で自在に排泄行為を定められた場所ではできないわけです。そもそも筋肉が備わっていないかもしれませんし、あったとしてもその筋肉への力の入れ方がわからないし、場所を変えられる意味もわからなければ、達成感も学んでいなければ、意思もなく、不快でしかないわけです。多聴というのは、これらのような不明瞭さがたくさんつきまとい、どうしていいかわからない「真っ暗闇のトンネル」を歩かせているだけなのではないか?と、私などは思ってしまうわけです。

 

Listeningというのは段階的なものです。まず、日本語でできないことはできない!音の聞き分けを日本語でできていなければ、英語では数倍か数十倍に難しくなりますから、この「真っ暗闇のトンネル」はもっと長くなってしまうわけです。どの程度の音が日本語で聴けるのか?を検証し、どのように聴けばいいのかという徹底的な方法論を知識として身につけて、方向性を見定め、その後、「ある程度の量を聴かなくてはいけないのだろうな」と自分で受け入れ、その後それに対してコミットし、自分の英語耳の進化に対して、「どこに立っているのか」がわかったほうがいいですよね?

 

「真っ暗闇のトンネル」ではなく、あちら側が見えているロープウェイや、大橋や、自分の運転する車のほうが快適です。

 

それが今の日本人に緊急に必要なことだと、私個人は強く思っています。

 

時間数と結果は必ずしも比例しない

はっきり断言させてください。勉強時間と結果は比例いたしません。もしも、「いやいや、比例してる!」と主張なさるのであれば、それは、当たり前のことです。そんなにやってもできなければ、ある意味絶望的です (・・;) 「あるいは、やっていないからできないんだよな・・・」 とボヤくのも、やはりどこか違います。

Practice makes perfect とは言うものの、それは違うだろう、というのが私のテイクです。何度も何時間もやらねばならぬ、ということは、やり方が間違っていないか?という疑問。

私が特に優秀な子ではなかったのは、小学校2年生の三学期から3年生の一学期にかけてやった、九九でいかに苦労したか、でわかります。あの当時、両親は私を死ぬほどバカな子だと、「わかってたけど・・・」と揶揄しながらも、非常に落ち込んでいました(笑)。当時の私は、遊びを工夫するのにとても忙しく、九九に情熱が持てなかっただけなのです(笑)。まずいな、と思った3年生で、かなりな短期間でマスターしましたので、今でも七の段の苦労については、身体に染みついております(笑)。

そんな私でも、自転車も、漢字も、バイクも車もヘリコプターも、航空法規や気象学や航空力学も、心理学も、移民史も、数学各種も、人類学も、すごく苦労した覚えはないのです。英語も同じです。渡米した8か月後には、ヘリコプターに乗り始めていましたので、楽しい苦労しかした憶えはないし、面白いプロセスしか、踏んだ記憶はないのです。

たとえば、TOEICにしても英検にしても、何度も何度も受けている人たちがいて、思ったスコアや合格ができないままで、時間をただ過ごしているかのような結果になってしまったら、それはとてもひどいダメージではないですか??

まぁ、そもそもTOEICや英検が必要なのか?という大前提にも疑問がありますけど(笑)。

この人は、アメフトの歴史に残るすごい人なんですが、スポーツが根性や努力だと言い張る人々には、目からウロコかもしれません。

Vince Lambardi アメリカンフットボール プレイヤー・コーチ

完全なる練習が完全を作る、ということですから、単なる繰り返しは Big NOーNOなのです。コツコツと努力する、というのが大好きな日本人は、その努力の多寡によって、ヒトを評価する傾向が強くあります。ある分野での天才を、「特別視」する傾向があるようです。

この人は、プレイヤーがいい指導者とは限らない神話を崩しており、いい指導者で、しかもごく短時間にすごい進歩を遂げた記録を持つ人です。

私は本当の意味での天才は、ごくごく少ない比率でしか存在しないと考えています。天才の特徴や性格 けれども、分野ごとに鋭い人たちは存外たくさんいるものです。その数や質について、細かく言及しても意味はないのですが、天才ではなくとも、あそこまでは行ける!到達はする!ということが申し上げたいわけです。

私自身が奇跡のような存在だと、自分では自負しています。特に勉強した記憶などないですし(笑)、ド貧乏だったので、イマドキのように塾に通わせてもらえたわけでもなく、友だちが行っている塾で聴講させてもらったことがあるくらいです。自転車もバイクも料理もヘリコプターも英語も、そんなに時間を掛けたわけではなく、うまくいかない方法を消去していき、うまく行く方法をどんどんと採用しただけに過ぎませんし、そのためには、自分の身体:五感をフルに使い切ってきたのだろうと思うのです。

私は天才ではないです。奇跡的なことが重なり、よいように出来上がってしまった秀才くらいではあると思います。天才ほどこだわりは少ないですし、一般的な秀才ほど勉強量が多くありません。が、ここが狙い目なんじゃないかと思うわけです。

ある程度やって、結果が出ないことに関して、あっさりきっぱり止めることができないのはなぜなのか?を、そもそも考えてみたほうがいい。

小学校6年のときの私の身長は146㎝しかありませんでした。ほぼ平均でした。現代では低いほうです。12歳女子の平均身長 けれども、24歳まで168㎝まで伸びました。この理由は今もってよくわかりませんが(笑)。父も162㎝しかなかったですし、母も154㎝しかなく、なぜに??と今でも考えていて、隔世遺伝以外はないんだろうと・・・。母方の親族はみな小さく、父方は祖父のみが大きかったですが、伯父や叔父は父よりは高かった程度です。

先天的な部分を開拓するために、後天的な部分を生かしきりながら、トライアルを続けた結果、特に苦労や努力を人数倍したわけでもないのに、なんだかとても楽しくラクに生きているわけです。

∴ 時間数と結果は必ずしも比例しない、ということだけは言えるのです。たくさんやってできるのであれば、それはやっぱり方法論としてさほど優れたものではないことを続けているのでしょう。

そうした不思議を重ねて、アメリカで本当にびっくりすることに、東大よりもいい大学に入れてしまい、卒業できてしまったので、気をよくして、ますます日々勉学は続けているところです。

  • ある分野で成功したことを、次に応用するための力
  • 心持ちや考え方の調整と進化
  • そもそもの五感、体力、自分の本来持っている力の見極めとその伸び率への理解

などが、本来必要なこと、ではないでしょうか?

その上で、時間数を重ねることや量そのものをたくさんこなすのではなく、短い時間で失敗しない成功へのトライをやることが大切で、そのために既存のダメ出しや、自分を客観的に見る力などをつけるべきだと思わずにいられません。

そのため、Precious One English Schoolでは、それらに焦点をスライドしつつ、それを英語で応用できるように、というオリジナルカリキュラムを展開しています。

Precious One English School は4技能の底に「Grammar・Vocabulary」があるという説明をしています。ゆえに、英語基礎コースの42レッスンでは、4技能をまんべんなく上げていくために、現実的に構成されており、途中、独学のためのPracticeセッションなども含め、Grammarの歪みを直したり、Vocabularyについてもしっかり学んでもらい、認知を変えていただいたり、心理レッスンで;時間管理・コミュニケーションスキル・自己の深堀り・動機付け・独学準備・健康について科学する、などを入れ込んでいます。

お試ししたい方は、無料で体験レッスンをいたしますので、お申込みください!時間数が少しでも減り、必ず結果になる自分にマッチした方法を探せますように、全力でサポートします!

英語を教える側の義務

義務や権利の話をすると難しくなりますが、とりあえず、義務については明記。

 

義務:法律上または道徳上、人や団体がしなくてはならない、また、してはならないこと。

必要性:そのものが、どれだけ必要であるかの度合い。

 

心理学的には、Self-Control 自己統制感というコンセプトがしっかりと身について発達しているかどうか?が問われます。

 

Self-control:the ability to subdue our impulses in order to achieve longer-term goals.

誘惑や衝動に直面した際に、自己意思感情思考行動を抑制すること[2][3]。直接的な外的強制力がない場面で自発的に自己の行動を統制する行動プロセス。

 

強制感がなければやらない、という場面や場合、相手やタイミングは多いのかもしれませんが、このSelf-controlが低い人間が、他者を統べたり、教える側に回ることは、たいへんに危険なことです。

 

Self-control は、長期的な利益を追求し、近辺にある短期的な誘惑や衝動に抗うことができるスキル・能力が積み重ねられた結果で、スパイなどには必須です(笑)。あ、スパイだけじゃないけども、まぁ、試される機会が多いという意味で(笑)。

 

目の前にあるものに手を伸ばすこと、さらにそれが「オトク」だったら、抗うことはたいへんに難しいのです。けれども、そこで踏ん張ることができるかどうか?が試されていき、蓄積することによって、このスキル・能力は上がっていきます。

 

英語業界を広く眺めてみると、教えることによって収入を得ている人口はどんどん増えてきました。生徒さんが損をしない、サービスに見合った以上のお金を取らない、わかりにくいシステムを持たない、というのが、昨今ではそろそろと根付いてきているものの、ここにさらに「教える成果を保証する」という当たり前がまだ付加されていないままのような気がしていますし、もう一面としては、「ドキドキワクワクしない」「楽しくない」学習時間のほうが、ずっと多いのではないか?という疑惑もあります。また後半で振れますが、「してはいけないこと」に関しては、もっとグレーなのではないか?と考えています。

 

損に関しても、時間的・経済的などさまざまな側面があるにせよ、これまでの「当然」が緩すぎたような気もしているのです。

 

英語を教えるという生業を選び、自分で心理レッスンも含めたカリキュラムを作っている目的は、この自分にも厳しい状態を、自然に環境内に作っておきたいという心持もあるのです。うーん、またここで少しずつ、自分の立場のハードルを上げているような気もしますが、受けて立つべきだと思うので続けていきます(笑)。

 

英語学習支援業界における歴史は、みなさんが体感している通りです。多聴・多読が多く、暗記を明らかに、あるいは暗に推進しており、よくあるフレーズやセンテンスを使えば通じるなどとしていて、長くスクーリングに費やしてもらい、継続的にお金をもらうことを、業界としては促進してきました。さらに、安価な新しい視点でのサービスも増えましたが、本来の学習のメカニズムから見てみると、かなり疑問で成果が出ないものが多いです。

 

実際に、根本的に、認知(考え方)や生活そのもの、環境や取り巻く人々や物事を、積極的に変えていけば、英語学習は割と短い期間で独学に移行できます。意志が弱いので、もう少し、というオプションがあったにせよ、2年以上、英語学習にお金をかける必要などない!と、私個人は結論を出しています。

 

そして、それをPrecious One English Schoolの生徒さんには、無料体験レッスン時にお伝えしています。

 

それもまた、教える側の義務だと考えるからです。

 

英語では、この義務・必要性についての助動詞が4種類あります。

 

must

should

have to

had better

 

この差について、道徳で特に習うわけでもないのですが、Nativesは知的であればあるほど、かなり厳密に使います。Precious One English School では、実感も含め、助動詞は概念や使う頻度、場合、相手などを含め、英語の本質に沿ってレッスンを重ねています。さもなければ、文法的に正しい英語を並べることはできても、書いたり話したりすることに不自由がなくなっても、コミュニケーション・知的相互理解というところまでは達しないからです。

 

これらをしっかりと教えることができない英語講師は、おそらく義務を履行していないことになるわけです。だって、義務や必要性について、ですから(笑)。ということは、中高で英語を教えている英語の先生のほとんどは、少なくともこれまでは、かなりダメダメだったということです。Precious One English School に通って、レッスン時に「初めて知ったー!」という生徒さんが9割以上ですから (・・;) 

 

そうした意味で、法律上ではないですが、道徳上でもないのでしょうが、「払った対価・費やした時間」に対しての義務は、果たしていない気がしていますし、必要性まで広げていくと、この助動詞の概念を伝えていないわけです。これらの違いはコミュニケーション上、非常に大切ですから。

 

さらに、「してはいけないこと」もいくつかあると思います。長くスクールに通ってもらうためにしてしまっている傾向は強く感じています。そりゃー、スクールにとっては、集客の苦労もなく、継続的に支払いをしてもらえて、いい状態でしょうが、生徒さんにとっては、成果が上がっていない状態が続くか、じわじわとした遅い右肩上がりの状態を、甘んじて受けねばならぬ状態を作っているわけです。

 

これは、してはならないこと、と私個人は考えています。学びは生涯続きます。が、誰かに対価を支払い、決められた時間にどっぷりとやらねばならぬ期間を、「強制的に」作り出した中で、何かを教えることなど、「弱みにつけこんでいる」と思えてなりません。来ることが楽しく、いつも新たな発見があり、確実に成長している感が提供できなくなったら、Let go 旅立たせて差し上げるのが正しい選択だと思うのです。しかも、スクーリングを解消するときには、ひとりで立派に英語を生活の中に取り入れている状態になった、ということだと、本人が選んだことだということを尊重していかねば、と私個人はいつも考えています。

 

たとえ、それらが身についていなかったとしても、経済的・時間管理的な問題であれば、ひきとめても仕方ないと思うのです。

 

英語がまだ習得できていない生徒さんが、さまざま不安になるときに、「あなたはまだまだ私どもが必要なのだよ」と示唆するようなことも、してはいけないことだと考えており、パワーを使うことがなきよう、Precious One English School では、心理レッスンに「そういう人は愚かである」と展開しています。

 

そうした意味では、英語を教える側の義務を履行しているスクーリングを、日々提供していくのはかなり難しいのですが、それはとてもチャレンジングでやりがいのあることです。小学校5年生から70代の方まで、Precious One English Schoolには生徒さんがいらっしゃいますが、胸を張って、みなさんが成長している姿が見られることを誇りにしていきたいと思っています。

 

致し方ないケースがあったときには、本当に落ち込みますが、それもすべて受け容れ、二度と起きないようにと肝に銘じる瞬間でもあります。

 

みなさまの英語学習法が、みなさまにぴったりしたものであること。英語をマスターして、苦労なく使えるようになること。英語が話せて人生が驚くほどポジティブに変わっていくこと。とにかく英語で心がさらに充たされること。祈っております <(_ _)>

 

潜在能力を引き出す

ヒトの潜在能力を引き出すのは、複雑すぎてさまざまなことをあらゆる学者が追求してきて、はや100年が過ぎました。心理学は若い学究分野で、1879年にドイツで、Wilhelm Maximilian Wundt https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%88 が実験を主体として、William James https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B

がアメリカでのさまざまな学派が発展する基礎を作ったのち、本当にいろいろな分野で、さまざまな学者がトライしてきています。

 

しかもここ30年ほどは、認知心理学から脳神経学への関わりが深くなってきて、脳を使うことと日常生活との関連性だけではなく、因果関係に近いものすら見かけられるようになってきました。

 

それでも、この学術論文が世のなかにしっかり浸透するには、たくさんの歳月が流れていくことでしょう。たとえば、うさぎ跳びが膝に悪いとされるまで、かなりの歳月を費やしてきたように。

 

ヒトが自分の能力について気付けるのは、実際に体験することですよね。そのため、幼い頃から習い事をさせてくれる親御さんが増えていますが、本当に効率がいいのか?と問われると、なんだか違うような気がしています。特に、兼業のお母さまのお宅では、体験レッスン→送り迎え開始→親御さんの見守りなどなど、常に気に掛けるものも増えるのか、安定するのか、微妙ですよね。もちろん、選ぶスクールや塾、ジムなどのシステムにもよりますし、近さにもよるんですけども。

 

というわけで、私がカウンセリング中におススメしているのは、外遊びです。とはいえ、昨今では児童館・ママ友問題・兼業でのスケジュール捻出などなど、それすらかなり難易度が高いのだそうで、不満を並べられたり、怒られてしまうことも多いです (・・;)

 

家の中でも、さまざまな体験をしてもらえて、しかも大きく将来に関連することや、やり続けていかねば生活が成り立たないこともたくさんあります。が、やはり親御さんに時間がないことにより、見守りが行き届かないことも多いのだろうと思います。

 

他にも、学びが成り立つ条件があり、それには健康イチバンなのです!ですから、まずはそこをクリアにするのが早道です。

 

私個人は、奇跡的偶然の産物、と自認しているのですが、特にすんばらしいDNAを持っているわけでもなく、両親の教養の努力のインプットがすばらしかったわけでもなく、教育費にたんまりお金を使ったわけでもなく、小さい頃から英才教育のイロハを知っていたわけでもなく、本当に偶然がいろいろと重なって、今があると考えております。奇跡的にその数がすごすぎて、もう必然だったのか?と錯覚するほどです (・・;)

 

DNAで言えば、母が現在80歳でおかげさまで、多少物忘れが進んではいますが、認知症とは査定されていないギリギリな感じです。ここ2年ほどでたいへん痩せましたが、彼女ほど健康な人を見たことがないほどでした。父は、54歳で胃がん原発であっという間に亡くなりましたので、DNAの質はさほどよくなかったのかもしれません。かく言う私は非常に健康すぎるほどで、倒れてみたいなーと思うほど、寝込んでみてもラクかもなーと思うほど、健康ではない状態というのが記憶にありません。昨今、疲れが取れにくくなっている自覚はありますが、この年齢になっても、虫歯もなければ、風邪もひかず、熱が出ても翌朝には全快しており、二日酔い程度で苦しむだけです。脳のほうも右肩上がりで、いつも今日がイチバン賢いなーと、毎日悦に入っているほどです。

 

それは、子どもの頃からずっと、潜在能力を引き出し続けてきた自負、とでもいうのでしょうか?

 

九九が始まった小学校2年生。私はたいへんな落ちこぼれでしたね (・・;) とにかく、学校で勉強した記憶がない!と、Teensの生徒さんとつくづく話していたのです。「え?」と驚かれるのですが、昔も今も、自分でノートや教科書を自主的に開いて勉強した記憶などはないのでした。それでも、勉強以外のことで、私は本当に日々、潜在能力を引き出すために、ちまちまと、汲み汲みと、さりげなく、大ごとではなく、大きくなって大人になることを夢のように感じながら、過ごしてきたのでした。

 

心理学部に入って学び始めてから、つくづく思うのです:私という存在は、奇跡的偶然の産物以外のナニモノでもない、ということに。

 

環境の整備を、意識的に両親がしたわけではありません。躾の一環として何かとても画期的でドラマチックなものを埋め込まれたわけでもありません。劇的な出遭いにたくさん恵まれたわけでもなく、さりげない日々の中で、単に、さまざまな細かな条件が合致し続けてきただけのような気がしています。

 

しかも、それが私という個体にマッチしていた、というだけの。

 

ゆえに、すごい確率なのだろうな、という自覚もありますが、セオリー上は、再現できるはずなのです。

 

昨今、タワーマンションに住む子どもたちの学力はさほどよくはない、という記事が出ていました。https://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140121/258583/ 

 

私が子どもの頃は、昭和の高度成長期だったこともあり、自然に囲まれまくり、カエルの鳴き声がうるさくて眠れない時期すらあって、サトイモの葉を傘にして遊べたり、庭掃除は子どもの仕事だったり、たくさんの種類の動物がそのへんにゴロゴロいて、私は拾いまくって育てていたものです。

 

ここですね。自然に囲まれて観察できる環境があること。すべてにおいて観察する能力が子どもの頃に身に着くかどうか?は、とても大きな分かれ目です。人工的な、ヒトの手や力が大きく入ったものは、確かに便利ですが、不合理や厳しい現実や抗えない不条理は含まれていないことが多いので、そこがまったく学べないのです。

 

私が10代になり、家事すらロクにやらなかったのに、洗濯機の渦を見て人生について哲学することがとても好きだったのですが、それは鳴門海峡に行って実際に観ることができなかった補完のようなものだったのだろうと思うのです。近代化してきた近所に嘆き、自分でも中型バイクに乗り、ツーリングで自然を求めながらも、矛盾した混沌とした中で、自分の人生を哲学する時間を、日常的に週に数回、得たかったんだろうと。

 

今は全自動でそんなことはできない (・・;) 蓋が安全のために閉まってしまい、眺めることはできないので、私には非常につらいのが現状です(笑)。10年前まで、アメリカではできたんですけどね(笑)。

 

ゆえに、大人が言うことが絶対的に正しいと思わなくなったのも、かなり早かったですし、世の中が理路整然と並んでいるわけではなく、非常にごちゃごちゃしていて混沌としていることは、大前提として受け止めていて、どのように大人になったら整理すればいいのだろう?と、子どもの頃から大きな課題を与えられていました。世間をナメることができる出来事や発見に出遭うたびに、自分の成長を感じたものです。

 

自然の中で遊んできたおかげで、道具を作り工夫するような猿人類だった頃の体験を経て、その道具をきれいに効率よく使える訓練を経て、それから人類が作った文明の利器に挑むという順番が作り出されてきたことは、本当によかったとしか言えないのです。そのためには、あらゆる自然の摂理を身体の中に入れ込み、手先や足先や全身の筋肉に連動させ、それなりに段階的な発達をしている脳を使い、確実に自分の体験としてきたことを、今も実感しています。

 

私個人は、渡米して1か月経つまで、料理をした経験がゼロに近かったのです。ウェイトレスを合計8年ほどしたこともあり、環境的に囲まれていたことはあっても、手にしたことなどほぼなく、家庭科も「おたまか台ふきん係」だったため、包丁すらまともに使えていたとは言えない状態でした。が、観察力というのはここでも発揮され、試行錯誤への飽き足らぬおもしろみが充分に生かされ、1か月後には、日本人留学生やアメリカ人にお弁当を販売するくらいにはなるわけです。タッパーに詰めた簡素なものなんですけどね(笑)。

 

物心ついた頃から、これは続けてきたことで、実は今も続いています。死ぬまで続くのでしょう。航空学校でヘリコプターを操縦することになったときも、PCやインターネットに遭遇したときも、生き馬の目を抜くような大学に入ったときも、さまざまな仕事にトライしてきたときも、ずっとずっとこれらは生かされてきました。潜在能力はまだまだあるつもりでおり(笑)、今後もまだまだ開発されていく予定です。右肩上がりなのです。

 

この年齢になっても、アメリカに戻ってまた大学院に行きたい、などと言っても、最初は驚かれても、知り合ってからの時間が長くなると、「あ、当然だな」とみなしていただけるようになったりするのは、未だに「1日10分お絵かき入門」などをしている姿を見ているからなのかもしれません(笑)。

 

地質学のクラスで見た岩石たちは、子どもの頃に観たものが再び私に訪れてくれたような、とてもなつかしい気持ちを引き起こしたのですが、それプラス、アメリカの台地で出遭えるおもしろい形のものや、めずらしいものなどまで加わり、それがキャンプで不平不満を言わない私を作り上げたり、自分の眼で岩石を愛でて歩くことに飽きない自分を呼び起こすわけです。

 

このようなことを続けることで、ヒトはいくつになっても、学ぶことは可能で、潜在能力を引き出し続けると思うわけです。

 

ゆえに、子どもの頃にその基本形を身に着けてもらえたら、と思いながら、レッスンを進めています。さらに大人の生徒さんにも、英語の基本形を身に着けていただけたら、と、日々飽くことなくトライをしているところです。

 

みなさまはいかがですか?お子さんや部下だけではなく、ご自身育て、進んでいますか?マクロの進化だけではなく、ご自分のミクロの進化に着目できていますか?すくすく育つことを心より祈っております♬

 

TOEIC神話

TOEICは神話状態を作り上げています。

 

神話:1 宇宙・人間・動植物・文化などの起源・創造などを始めとする自然・社会現象を超自然的存在(神)や英雄などと関連させて説く説話。

2 実体は明らかでないのに、長い間人々によって絶対のものと信じこまれ、称賛や畏怖の目で見られてきた事柄。「地価は下がらないという神話」「不敗神話」

 

2.に当たりますね。当然、どんな神話でも、まったく意に介さずの個人もいれば、影響下に属するために脅かされて信じ込む個人もいます。が、神話となるくらいですから、かなりたくさんの人々が、妄信している可能性も否めません。

 

英語スクールを10年ほど運営している私にとって、TOEICの壁は大きいものです。たとえ、前回の記事で感じているように、英語教育の実態がどうであろうと、こうして歴然と数字化できるもののパワーは、とても大きなものがあります。

 

TOEICの歴史については、みなさん本当にご存知でしょうか?

 

http://www.iibc-global.org/toeic/toeic_program/philosophy.html 1979年からほぼ40年が経とうとしています。その功績は大きなものがありますが、便宜を中心にして発展し、人々の生活に浸潤してきた感は拭えない結果になりつつあります。

 

日本人が作ったわけではなく、日本人がアメリカのある団体に依頼して作ったもので、今もその形態は続いています。が、私が留学した1988年から20年ほどは、ESL:English as Second Languageの先生たちですら、10人にひとりくらいしか、このTOEICの存在は知りませんでした。

https://izu-biz.com/2017/01/05/post-1349/ ここにあるように、受験者は、日本と韓国に大きく偏っています。在日や在韓の他国籍の人々が受験することはありますが、アメリカでの
TOEIC受験の案内は見たことがありません。

 

2007年には、Speaking & Writingテストを新たに設定しましたが、その受験者数はグラフの通りです。

かたや年間250万人が受けていますが、S&Wは年間で4万人に満たない状態です。この数は伸びていくのでしょうか?1/60というのは、相当な差です。なぜこのテストは10年過ぎた今でもこのような伸びしかないのか?

創始以来のグラフはこれが最も詳しく、2011年分までしかありませんが、2013年から2017年の資料でも250万人のラインで前後しています。今後、TOEIC L&R受験者は減るのでしょうか?そして、S&Wの受験者は増えるのでしょうか?

 

協会に関わりがあるわけではないですし、Precious One English Schoolでは、英語検定全般を『水戸黄門の印籠』と位置付けています。必要があれば、誰かに見せて平伏してもらうか、納得してもらうか、認めてもらう、程度のものでしかないわけです。

 

それでも、「烏合の衆」から自分の英語の実力を示すためには、ザルにしっかり掛けて篩ってもらうためには、英語検定は有効な手段のひとつです。資格とまでは行かないのかもしれませんが(スコアやモノによっては意味が薄いものも多々あり、です)、それでもないよりはいい、という結果や、ご覧のように団体、つまり会社で導入されたがゆえに、受験者数は多いという数字になっています。

 

これまで、ある特定のTOEICスコアがなければ、上長になれない、という社内規定に出遭ったことが何度もあります。この設定自体に意味があるかないか?を、管理者側のほうがわかっていないケースが多くあり、TOEICスコアと英語におけるその他の評価システムを導入していることは稀でした。生徒さんにはお気の毒すぎるプロセスです。

 

ここで、ますます学習する意欲が激減し、強制力にまみれ、楽しくないどころか、憂鬱で重苦しい気持ちが増えていくわけです。本末転倒状態が出来上がります。

 

いざ、いろいろなスクールに行ったり、独学を開始しても、テキスト・講師次第では、目標が叶わないまま、挫折するケースもたくさん見てきました。

 

TOEICを中心に学習してきた生徒さんに多いのは、「英語が実力として安定しない傾向」が強いことです。たまたま英語を学習してきて、最終チェックとして英語検定としてのTOEICを採用した場合には、実力としてスコアも似たところで安定します。しばらく英語の勉強をしていないんだよなー、などとおちゃらけていても、かなり如実にスコアは物語ってくれます。ところが、TOEICの「先読み」「Browsing」「語彙の暗記」などを学習の中心に置いた方々は、数か月や数年経つと、せっかくやった勉強がまったく定着しておらず、スコアは悲惨なものになります。「落ちたぁぁぁ😿」と。

 

ですから、TOEIC以前の、英語の基本や、心の持ち方、物事を考え抜く力、合理的に、時間を配分管理

する力や学習対象物を認知する力、など、やるべきことは山ほどあるのだろうと思いますが、神話がゆえに、多くの方々は、英語を再開してみるか→じゃ、TOEICとなってしまうことが多いようですし、外側:会社や友人、社会の影響で、TOEIC中心の学習と落ち着いてしまうケースが多いようです。

 

英語スクール運営者泣かせなのか?

 

それとも、これを商機として捉えるべきなのか?

 

私はかなり長い間、嘆いております。

 

このような言い方をすると傲慢かもしれませんが、TOEICテストは侮辱以外のナニモノでもないわけです。もしも、同じような質問群を日本語でされたら??あまりに長い2時間ではないでしょうか?バカらしい (・・;)としか思えないですし、990点以外を取れる気がしないのです。

 

しかも生徒さんにとっては、この学習法によるデメリットのほうが何倍も大きい (・・;) 大きすぎる 😿

 

私は知っているのです。TOEIC990点からその先のほうが英語学習は長いことを。そのために必要な基礎力を無視した、スコア優先の学び方の意味は薄くなります。ましてや、Precious One English Schoolは、ひとつの行動が、いくつかのエリアに被り、さまざまなスキルへと発展していくことをプランしています。

 

みなさんは、結果論としてTOEICスコアがよかったことと、がむしゃらにTOEICスコアを上げること、どちらを選びたいんでしょうか?本当の意味での英語をマスターすることと、希望のTOEICスコアで停滞してしまうこと、あるいはその時点から下がってしまうかもしれないことと、どちらを選びたいんでしょうか?

 

教えるようになってから、日本に戻ってきてから、TOEICの存在を知り、すぐに受けましたが、2回受けて2回とも満点でした。もうこれ以上、お金と時間を費やす気持ちにはなれません。そして、私の生徒さんも、「目安」として、このスクールにて模試を受ける人は多いですが、会社提出・履歴書記入に必要がない場合には、きちんとスキップできる方ばかりです。

 

ある基準として使うことは正しいにしろ、本当の意味での英語力との乖離をしっかり理解しながら、英語は学んだほうがいいですから、TOEIC神話に、少なくとも踊らされる側になるのはやめておきましょう。

 

他にも日本はかなりの間違った神話だらけです。政治にしても、行政にしても、生活のさまざまな概念や仕方にしても。また、それは別の話ですが・・・。

 

次回は、単に子どもを無責任・放任に育てるのではなく、持って生まれた潜在能力を引き出す方法について、少し書いてみたいと思います。週に1回を予定しております。最近、とっても忙しくなってしまい、Blog記事も多く過去のものでごめんなさい。Kick Me Englishやこのサイトの質問形式に答えているものは、昨今のものです!