勉強に挫折したときの立ちあがり方って?

勉強をするから挫折すると思うんですよ。私は勉強したという自覚がまったくないのです。子どもの頃から再び大学に戻った一時期まで。UC Berkeleyに入ったあとは、少し勉強をせねば、と構えてしまったのですが、スランプを抜けたあと、もう勉強をするのは止めてしまえ!と思うようになってからこっち、ひどくラクになりました。

 

勉強というのは、他者や社会から査定・評価されるためにあります。あるいは、他者を査定・評価しやすいので存在します。知識をたくさん詰めこみ、暗記する感じのアレです(笑)。そしてテストなどで査定・評価されてしまうわけです。

 

が、Learning:学習、学ぶと思うと気がラクになると思うのです。昨日の夜寝たときの自分よりも賢くなっていればいい、といつから思うようになったのか・・・。たぶんかなり早い時期だったと思うのですが、それを続けることにしたのです。UC Berkeleyはやはり賢い人たちがたくさん集まっており、ノーベル賞受賞者も排出している生き馬の目を抜くようなところなので、少しストレスになってしまったこともあるのかもしれません。が、勉強するのは止めました。とにかく「へぇぇぇぇ!」「そうだったのかぁぁ!」「ふむふむ、そういうことね」を続けていくことにしたのです。

 

それは、野菜炒めを手早く作ったり、掃除を短時間でピカピカに終わらせたり、本を読み終わったり、旅行のプランを立てることとさほど変わりはない、と思うことから始めたから成立したと思うのです。

 

あー、ダメだ!わからない!と思わないようになったのは、インターネットもあり、質問をしてもいいことがわかり、検索をしてたどり着いたり、訊いたらしっかり答えてくれる人を確保したおかげもあります。必ずわかる、必ず答え合わせができる、と思えるようになったので、挫折したという記憶は、UC Berkeleyに入った第一学期のみでした。

 

今でも、私にとっては、新しいPositive Psychologyについて理解することと、安くてオトクで劇落ちする洗剤を探すことに大差はありません。とにかく答えにたどり着き、私の生活がもっとうまく廻ること以外に目的はないのです。脳が歓んでくれる栄養をあげることは、マッサージを受けることや、眠ることと同じくらい、とっても自然なことなので、勉強だけに挫折することはもうこの先もないのかなーと思います。

 

むしろ、関係者が多くなって複雑化する人間関係の答え合わせや最良・最善の選択のほうが難しくないですか??と感じています。ヒトはそれぞれ自分の価値観が違い、世界観が違い、それぞれを尊重しながら共存共栄していくことのほうが、自然の摂理に沿った勉強の内容よりはもっとバラエティがあって、本当にたいへんだと思うのです、つくづく。

 

ゆえに、Summer Boot Campのあとにいっしょにごはんを食べに行って、かけがえのない気持ちいい時間を過ごせたりすると、うれしくてたまらなくなります。

 

勉強をそもそもしないほうがいい、というススメになってしまいました(笑)。

 

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