スマホに依存しないためには?

実はスマホ依存は立派な精神病です!びっくり??(笑) 次のDMS出版の折には入る問題だと思います(笑)。

 

Nomophobia:  the irrational fear of being without your mobile phone or being unable to use your phone for some reason, such as the absence of a signal or running out of minutes or battery power.

ノモフォビア:信号が発せられていない、使用残量が足りない、電池が消耗しているなどの理由で携帯電話がない、または電話を使用できないという不合理な恐れ。

 

 

1.使用状況を記録する

疑いがある人のために、使用状況を把握してくれるアプリがあります。

 

皮肉なことに、スマートフォンアプリの依存症を別のアプリで食い止めることができます。理想的ではないですが、スマートフォンの使用状況を監視して制限を設定することで、「やらされている感」は否めないものの、実際的な方法ではあります。

 

これらがアプリ:https://app-liv.jp/hobbies/it/3354/

 

2.スクロールを停止

最も人気のあるモバイルアプリ(Facebook、Instagram、Pinterestなど)の多くは、無限のスクロール機能を使用して設計されており、無限の情報フィードを閲覧できます。

 

ここが問題なのです。無限スクロールを使用すると、時間の意識が飛び、どんどん観たいものを観ていくことになる。未知のものほどニンゲンの注意を引くものはなく、SNS投稿の底のない発想つきの莫大な量は、驚きの要素の検索を続ける動機になります。昔で言うところのNet-surfingですね。魅了され、夢中になり、さらに楽しめるものを求めていきます。脳は、次に何が起こるかを予測するのに十分なものを求めず、浅く軽く、という情報を求めていくクセがつき、自力で考えることを止めてしまいます。

 

SNSアプリがないと生活するのが難しいかもしれません。が、無限のスクロールがあるアプリを削除して、どれだけの時間を失うことがないか、考える時間を生むことができるか確認してください。

 

3.心を落ち着かせる

InstagramやFacebookに投稿した写真の「いいね!」通知を受け取ると、個体差はあるもののかなりの陶酔感があります。これらの瞬間は、喜びの感情を生み出す化学物質である脳内のドーパミン放出を引き起こします。脳の報酬システムの重要な部分で中毒性が高いのです。

 

瞑想、ヨガ、運動、その他のマインドフルネスアクティビティは、ドーパミンの自然放出を生み出す別の方法ですので、そっちのほうを開始してみては?

 

4.便利なアプリの物理バージョンを使用する

はい、すべてをポケットに入れておくと便利です。スマートフォンは、電卓、カレンダー、カメラ、ノートブック、目覚まし時計などの必要性をほぼ完全に減らしました。

 

スマートフォンのロックを解除して天気を確認したり、メモを書いたりして、ヴァーチャル生活を実質生活で、できるだけ多くのデジタルツールを物理的なツールに置き換えてみるといいです。

 

たとえば、実際の目覚まし時計を使用する(および睡眠中にスマートフォンを手の届かない場所に置く)と、就寝前や目覚めた直後に時間を浪費するのを防ぐことができます。物理的なノートとペンを持ってメモを取ります。ペーパーバックの本を読んで、デジタル版を避けてください。

 

重要なのは、携帯電話のロックをできるだけ解除しないようにして、意図せずにデジタル渦に引き込まれないようにすることです。

 

ここまでやらないといけない、というのは、完全な依存症ですよね。

 

5.友達から少し助けてもらいましょう

中毒の場合と同様に、回復の最初のステップは、問題があることを認めることです。ご自分が依存症であることを思い切り認めて、スマートフォンの使用を減らしたいことを周囲に宣言することで、見張りになってくれる友人を確保してください。

 

そのご友人や家族が、あなたを現在の瞬間に呼び戻すことができます!言われたときに決して不機嫌にならないように、あらかじめペナルティなどを決めておくといいです。

 

コーヒーを家族分淹れるとか、散歩に行く、など。

 

6.実在の人物からのコミュニケーションに関係のないすべての通知をオフにする

実際のインターネットの理想は、他の人々との接続性・関係性を高めるためのものでした。が、同僚、友人、家族がリアルタイムでコミュニケーションできる人と、離れているときに必要ない場合は、返答しないこと。この必要性について、少し深く考えてみてください。Mobile状態(離れている)からこそ、コミュニケーションが便利!という状態のみ使うことを前提とします。そして、重要性についてもまた深く考えてみてください。

 

携帯電話からSNSを完全に削除して、PC経由でのみアクセスすることを検討することもできます。

 

7.スマートフォンをグレースケールにします

これは、Center for Human Technologyの共同創設者であるTristan Harrisによる人気のある推奨です。

 

調査によると、感情と優先順位には色が付けられていて、特に、長い間私たちを制御してきた小さな赤い通知バブルがそうです。スマートフォンを白黒にすると、無限のスクロールの渦に引き込まれる色による知覚を制限できます。

 

具体的にできることが見つかりましたか?

 

私はPCがなくては商売ができませんが、スマホはほぼ使いません。1週間に数回レベルです(笑)。

欧米の人に好まれる初対面のコミュニケーションは?

初対面限定ですか・・・。難しいですね。

 

基本的にヒトは、第一印象を9秒足らずで決め込んでしまう傾向があります。本人が意識していない限り、追随する情報は最初の印象を凌ぐ・強いものではない限り上書きできないとされています。この理由は、これまでのコラムやブログ記事に幾度か出してきましたが、生命体であり、社会動物であるヒトは、「生き延びるため」に、無駄なエネルギーを使わず、必要最低限のみでエコしてエネルギーを使おうとする傾向があるためです。もっと重要なときのために貯蓄状態にするのですね。

 

とはいえ、その「使い時」を間違える人はたくさんいますが (・・;)

 

第一印象についてはいくつか書きましたので、過去記事をお読みください。<(_ _)>

 

欧米系の方々は、そもそも狩猟民族的な文化を形成してきたので、その名残がたくさん日常生活に根付いています。簡素にまとめると、「獲得型」の文化です。かたやアジアの多くのマインドや政治などに影響されているものは、「受容型」です。日本人である私たちは、既存・基準・社会・みんなを意識して暮らしていますが、獲得型の文化のバックグラウンドが色濃い文化の中で暮らしてきた人々は、自分から前に一歩進み、「予測しにくいものを予測していこう!」と獲得していく傾向が強いです。

 

そのため、初対面であっても、一歩前に進み、相手との距離を縮め、理解を獲得していく!が大切な意識です。

 

待っている文化に慣れている日本人にはなかなかしづらいことで、相手に合わせることを重んじてきた立ち居振る舞いを、いきなり変えろ!と言われてもねぇ・・・。(・・;)

 

自分のことを「ナニモノなのか」をはっきりさせてください。あなたを害する意図はまったくないこと。むしろ、なかよくしたいこと。距離を縮めて理解したいこと。などなど、伝えられることはたくさんあります。

 

笑顔が大切であることや、アイコンタクトが必須であることは書いてきました。「基準・みんな・フツー・社会・既存」に埋もれることなく、自分らしさを前面に出すことを意識してみてください。

 

実は、日本の受容型文化も、場所や機会、タイミングや相手などにより、この「獲得型」な振舞いを必要とされていることはとっても多くなりました。たとえば婚活や恋愛の初期。就職の面接などなど、このほうがオトクなんです。

 

Precious One English Schoolのレッスンはすべて参加型なので、受容していただくよりは「獲得していくぜい!」という態度のほうが、ずっと伸びが期待できます。

 

この「獲得」の中には、「相手をもっと深く知る」という態度がしっかり顕れていることを意識してください。質問もわからない場合はしっかりしてくださいね。質問する=興味があるという解釈であって、「私が場を読めないバカ」という意味ではまったくありません。ぜひともおもしろい人のおもしろい部分を、掘り起こしてみるエネルギーを使ってみてください!

 

この意味で日本人が強いのは、「場がかなり読める」が前提ではないですか!なので、墓穴を掘るような振舞いや質問が生まれる確率はとても低いです。そうした意味で、私が1988年に渡米したときも、「え?まだガンガン行っていいの?」とびっくりした記憶がシリーズで思い出されます(笑)。私は今、多くの方々に「アメリカンマインド」などと言われていますが、骨の髄のところはやっぱり日本人です(笑)。

気になる言葉

Michiko

 

・「それな」

人の発言に乗っかって一言だけ「それな」ってなんか気になります。

 

・「大丈夫です」

「窓開けてもいいですか」→「大丈夫です」

「窓を開けましょうか」→「大丈夫です」

「紅茶を飲みますか」→「大丈夫です」

どっちなのかはっきりして!

 

・「~過ぎかよ」

「面白過ぎかよ」「かっこよ過ぎかよ」「美味すぎかよ」

それがどうしたって思います。

 

・「~させていただく」

「今日はこちらの山に登らさせていただいています」

何に対してへりくだっているのですか?

 

・「~してあげる」

「こちらのお肉にパン粉を付けてあげる」「次に80度の油で揚げてあげる」

あげてあげるって…

 

・「~してもらっていいですか」

「やめてもらっていいですか?」

もっときっぱり言っても感じ悪くならない伝え方あるのでは。

 

・「普通に」

「普通に」好きです。「普通に」美味しいです・

ほめているのかほめていないのかどっち?

 

・「~かなとは思います」

「良かったのかなとは思います」とか「~すべきだったのかなとは思います」という表現をよく耳にします。「良かった」「すべきだった」とは今は言わないことになったようです。

 

年を取ったせいか他に気になる言葉はたくさんあります。

その中でも残る言葉と消えていく言葉があると思いますが「させていただく」「してあげる」「してもらっていいですか」等の敬語系のものと自分の意見をあいまいにするものは残っていくような気がします。シンプルに伝えるよりもとにかく丁寧に言いたいという気持ちが強くなっていることと、できるだけ言葉は言い切るのではなくあいまいにしておこうというような世の中の雰囲気を感じます。

 

そういえば最近インタビューなどで「今のお気持ちを“率直に”お聞かせください」と言っているのをよく聞きます。以前は「今のお気持ちをお聞かせください」のようにあえて「率直な」というワードは入れていなかったと思います。

率直とは「正直」「ありのまま」という意味です。最近はわざわざ言うようになったのは人は率直には語らないということが前提にあるのでしょうか。私はこの「率直に」という言葉もちょっと鬱陶しいなと思っていたのですが先日自分で「率直に言って…」と使ってしまいました。影響受けているなあ。

Why People wear masks in Japan

Ewa Nowogorski 

 

It is the year 2020 and the world is in the middle of its latest coronavirus pandemic. The mask-wearing culture has always been popular in Asian countries such as South Korea, China and Japan, but now the trend is more prominent than ever. The effectiveness of them to prevent the spread of airborne diseases is questionable, but they are popular nonetheless and their use goes beyond just personal protection. 

 

As just stated, masks are not exactly great at protecting yourself  from a catching a sick person’s cold or virus if they sneeze on you, but it does a great job at preventing a sick person from spreading  disease if THEY are the ones who wear it. It is the assumption that you are sick and want to keep yourself from passing that sickness onto other people that justifies wearing the mask. With the novel coronavirus, symptoms can take weeks to surface in infected people, and some people are asymptomatic throughout the entire illness. BUT that doesn’t mean it isn’t transmittable to other people. So, you expect the worst and hope for the best when wearing this mask. 

 

It is expected that you wear a mask when you are sick, and it’s  actually considered very rude if you don’t. Your coworkers and friends will hate you for it. 

 

Other than preventing the spread of disease, masks have many  other uses as well. Some people feel safer when they wear a mask in public. They want to keep their identity hidden from other people, and a mask is a very common accessory, so it doesn’t even look like an obvious or cliche disguise. Women who want to conceal their face if they are not wearing any makeup and feel self-conscious also wear a mask quite often. I have seen women wearing quite a lot of makeup but still feel too shy to not wear a mask as well. 

 

Some jobs require wearing a mask. In kitchens, wearing a hairnet is common in America and other countries. In Japan, a mask is more popular so that food preparers don’t sneeze into or even breathe  directly into the food they are working with. 

 

The mask-wearing culture has been around for a long time now, and with the increase in commonness of super viruses and other potentially deadly diseases, the custom is only likely to become stronger and more ingrained into Japanese culture. 

 

つづく感謝

大平

 

相変わらず、猫たちがいた暮らしへの感謝は続いています。認知症の進んでいるであろう母にも優しくなれている日常はもっと意識化できるようになりました。自分の食べ物よりも彼女を先に、不自由がないように自分でできることは自分でやってもらって自信を失わぬように、してしまった失敗は可視化できるように説明を、と、ゆとりを以っていけるような気がしています。

 

そうなんですよ!猫がいなくなっただけで、時間が少し余る(笑)。要求される分だけ撫でて抱きしめて付き添う必要もなくなり、空虚ではあるのに、時間を持て余すわけです。

 

仕事がない時期や定年退職したあとなどに、「やはり忙しいうちが華だな・・・」と思ってしまうアレといっしょですね・・・。猫で埋められていた時間がなつかしすぎます。まだ1週間ちょいしか経っていないのに、爪痕がでっかすぎます。 (・・;)

 

つくづく思うのは、生命があるだけで充分であるということ。そのあと、生きていくためだけの最低限だけ揃える日々の暮らしの上で、自分にしか残せないものがあればぜひとも♪という態度で生きていくのが、ひどく上等なことに思えています。贅沢な私の悩みは、健康すぎることで、生きているだけで充分なのではありますが、働けなくなってからの生きていくための最低限が確保できるかどうか、という勝負中です(笑)。前倒しで貯めておかないと、働けなくなってからまずいですからね・・・。健康がいつまで続くという保証はないわけですし、コロッと死ねるという保証もまったくのところありませんから・・・。

 

英語では、Please, Thank youを連発して暮らしていましたが、日本語でもたぶんかなり多く言っているのだろうと思います。とはいえ、もっと言いたいことがたくさんあって、空の青さを観ても涙して、猫たちに感謝し、土の踏みしめの心地よさに涙して感謝し、お水がごくごく飲めることにも涙して感謝し、人々が笑顔を見せてくれることにも泣きそうになって感謝し、と、感謝する気持ちが大きくて潰れそうです。

 

どうしても借りを作りたくない私は、これらの感謝に値する人間になりたいと切望してしまい、想い身体をどうにかしなくては、と焦っているところです。ゆえに、Blog記事を書いているんですが、できれば本を片手に寝っ転がって泣いていたいくらいです(笑)。

 

ビールとささやかな肴は口にしているのですが、お弁当も作って土曜日などはお米も食べているのですが、ジーンズのウェストはどんどんゆるくなり、現在腕が2本入るようになってしまいました。もっと痩せてもいいんだけど(かなり重いので)、健康的に筋肉をつけて痩せないとな、と頭ではしっかりわかっていつつ、気持ちがどうしてもグルグルと停滞しています。こうしてBlog記事を書けることはとってもうれしく、日々の料理や片付けや掃除、皿洗いや物干しなどやらねば生きていけないことのみで、うんざりすることのないよう、きっと虹の橋でみんな大笑いしながら応援してくれているのでしょう・・・。

 

あー、こういう書き方も、死後の世界がないとふだん言っているのに、まじめにいかんなぁ。脱呆け!今週からがんばろう!

Ethics regarding coronavirus COVID-19

John

 

Starting about 29 February 2020, while governments and international organizations were focusing on strategic steps to counter COVID-19 worldwide, many individuals reverted to focusing on tactical personal considerations (siege mentality) while ignoring the need for acts supporting the greater good. 

As more became known about the nature of COVID-19, individuals and families started stocking up on the obvious items: food with long shelf life (in Japan mainly rice), toilet paper, over-the counter medicine such as cough medicine and aspirin; and disinfectants such as antibacterial hand soap and disinfectant sprays. Carried to the extreme, this behavior is known as hoarding.

By 1 March hoarding had set in to our home neighborhood in Omi, Tama Tokyo, as well as our office neighborhood in the area around Ebisu Station in central Tokyo. The shelves of grocery stores, drug stores, and convenience stores were bare of the above listed items. On my way to Chofu early in the morning, I walked past one of our favorite drug stores in Ebisu. At least 30 people were in line waiting for the drug store to open several hours later. 

 As a retired U. S. military person I have the right to shop aboard the U.S. military bases in Japan. Military organizations by their nature have good discipline and can work for the greater good. On 2 March I shopped at the Commissary (food and drug store) at Yokota Air Base on my way home to Ome. For each of the items listed above, there were some in stock; that’s because each shelf had a ration notice that said “One item per day for each family”. That’s all it took: no guards and no surveillance cameras.   

It is hard for me to imagine that discipline working in a regular store, Japanese or American…  

 

https://www.businessinsider.com.au/category/coronavirus Here is the updated news 

 

World Health Organization  slams Japan and South Korea’s tit-for-tat travel curbs

TOKYO — Travel restrictions on visitors from China and South Korea to combat the spread of the coronavirus are expected to deal a blow to Japanese business and tourism.

 Tokyo will quarantine arrivals from the countries for two weeks and cancel short-term visas. In response, Seoul is suspending tourism visa waivers for Japanese travelers.

 However, the tit-for-tat curbs were rebuked by a WHO official, who called the moves “a political spat” that would do little to stop the spread.

Nikkei Asian Review 2030.03.07

時間の使い方が上手な人って?

寝る前にやり残したことがない充実感に充たされていて、明日が来ることが楽しみだから寝る!という感じになることの連続を体感している方々でしょうね。

 

時間管理というレッスンすらあるPrecious One English Schoolの英語基礎コースです(笑)。なぜならば、やはり時間の使い方で、結果や充足感がまったく異なってくるからですね。1日1-3時間英語を勉強する!というのはナンセンスです。むしろ、気づいたらやっていた、という生活習慣の中に入れ込めるかどうか?強制感なく、自然とやってしまっているかどうか?のほうが肝心なわけです。脳への定着度がまったく違います。

 

昨日のレッスンでは「急がば回れ」のいい例が生まれていました。英検準2級を受ける予定の高校生のListeningが伸び悩んでいたし、時間がなかったので、英検2級の問題を3セットほど解いてもらいました。その次に準2級をやったらみごと80%以上は獲れるようになっていたので、本人も充足感は高かったようです。できれば90%になってほしかったんだけどねぇ・・・。

 

こうしてBlog記事を書き溜めることも私の習慣です。1本15分を目指して書いています。前提としては、タイトルがあることなので、このタイトルはすべて事務を任せているyoko ちゃんとmichikoさんにお願いしています。私の考えは凝り固まっている傾向があるので、新風を常に入れて考える、という習慣を自分で入れたいと望んでしていることです。とはいえ、これだけの本数になると、すべてを彼女たちに委ねるわけにはいかないので、心理関連の五等日のものだけお願いしており、他のものは自分の発想に任せています。

 

何度か書いたように、時間の使い方は、たくさんのスキルの集大成で出来上がっており、心理的な発達のバロメータになります。世界観すら見えてきますので、かなりすごいことです。短い時間にたくさんのことをこなせたり、それらがかなりの確率で成功したり、たとえ失敗しても学ぶことが多かったり、などのいい使い方ができているかどうか?で上手さが決まります。最終的には主観的な「よかった」という評価で、個人的なことにはなりますけどもね。(・・;)

 

とはいえ、やはり「成果」がしっかり出ていなければ、単なる自己満足でしかないので、バランスが取れたSelf-Esteem:自己肯定感とSelf-Efficacy:自己効力感が高い人は、客観的に「成果」を見つめられると思うのです。

 

こうした心理的発達の見方を、なぜか英語基礎コースでレッスンしています。なぜならば??

 

学習を無理なく、楽しく、継続して習慣化できるようになって、時間を短く、自分の理想を実現していただきたいからです。多くの生徒さんから大好評で、「ここに来ていなかったらどうなっていただろう」とおっしゃってくださる生徒さんもいますし、「時間のやりくりが上手になった」と報告してくださる生徒さんもいます。

 

自分と自分を取り巻く環境をとことん知ることにより、さまざまなことが実現可能になります。環境の中にある物事・人々の他、将来的に起こりえるかもしれないことなど、時間軸を長く観ていければ、尚よい時間の使い方が実現します。

 

与えられた仕事や勉強をこなすだけでは、きっと時間の使い方が上手とは言い切れないですから、ぜひとも自分という存在について、じっくりしっかり見つめて、客観的に評価し、どのようにすればいいのか?をデザインしていける人になっていってください!そうすれば、死ぬまでずっと時間の使い方をさほど気にする必要なく、楽しく暮らしていけることと思います!

 

2020年3月8日早朝3:41 さくら散る

大平

 

看病はたったの13日でした。猫のさくらは逝ってしまいました。先住猫たちが4匹いて、すべてを見送り後、ひとりで4年ほどいっしょにいてくれたんですが、傍若無人の王女様気質は拍車をかけ、それをS-M遊びのように歓んできたワタクシです(笑)。

 

昨日初七日を終えました。チョコレート(本当は食べないけど)やみかん、大好きだった猫ごはんや、私にねだったチーズやお肉や魚を上げては私が食べる、を繰り返した1週間でした。思うに、私は家に猫ナシで暮らしたことが、もう28年ほどもなかったのです。アメリカへと留学した当時から元だんなといっしょに住んで隣家の母猫が地下室で分娩するまで、3年ほどのお休みはあったにせよ、動物たちと暮らしていなかった期間というのは、生きているあいだのうち、わずかその3年ほどだったことが判明し、この空虚さといったら!

 

知らないあいだに、涙がポロポロ出てきてしまい、街中でも電車の中でもトイレでもシャワーでも、PC前でこうしていても、本を読んでいても、思い出しては泣いています。

 

さらに、少し忘れているときには、さくらがいるものだと行動しており、後ろを振り向いて声掛けをしてしまっている始末・・・。そして、居ないことを確認すると、またぶわぁーっと涙がこぼれてしまい、このままでは鬱状態に入る!と、危険を感じています。

 

ごはんがあまり進まず、ビールを飲み続けており、普段は平日は飲まないことにしていたのに、なんだか毎日飲んでいます。忘れたい!という顕れなんでしょうね・・・。

 

虹の橋の絵本を眺めてしまったり、5匹分の骨壺に向かって話してみたり、無駄にお線香を焚いてしまったり(ゲホゲホになって笑うこともあり)、空虚さはなんだか埋まりそうにありません。

 

時間薬とは言いますが、本当にこの状態から抜けられるのか?というのを考えています。でも、もう次の猫とは考えづらく、ちょっとニンゲンだけの暮らしを体験してみてから考える、ということだけは決めているのです。なぜならば、無理やり、人間の都合で、私の都合で、アメリカから連れてきてしまい、平均5回の引っ越しを猫の生涯の中で強いてしまい、それに報いるためにはどうしたらベストなのか、まだ考えあぐねているところなのです。

 

振り向いて疲れを癒すために、抱きしめることができていた猫たちに、もうその温かみやパワーがもらえないことに、ものすごい戦慄を覚えることが多いです。毛のやわらかさだけでも、私に何をくれていたのか、つくづく感じており、甘い声や爪の音をフロアに響かせることや、夜中のMeow連発や、わがまま三昧に振り回されることもなく、時間が余っています。眠っていても、毛や彼女のいびきに邪魔されることはないのに、3時間や4時間半で起きてしまう日々が続いていて、このままでは本当に鬱状態に陥りそうなので、速攻対策が必要だなぁと。

 

ビールなど飲んでいる場合ではない!何か対策を!と思っていつつも、なかなか前に進めず、身体全体が重いのであった。痩せてきてしまっていますが、あと10キロくらいは大丈夫なので、もうちょいこの状態を続けて、うつ病まで行くのだけは回避したいと思います!レッスンがあることが救いです (^^♪

 

U.S. President’s Second Term Case 2.

John

 

Rather than create a third party (see U.S. President’s Second Term Case 1) for the 2020 U.S. Presidential Election, Mike Bloomberg, fellow Republican and fellow Conservative of President Donald Trump, resigned from the Republican Party and joined the Democratic Party, then announced that he was entering the presidential election race as a Democratic candidate. 

Bloomberg has committed $2.4 billion of his own money to “Defeating Trump”. He has deployed a national staff of professionals who are assured of employment through the November 2020 election  campaign period; they will work for the Democratic candidate whether it is Bloomberg or another Democrat selected at the Democratic National Convention. 

I wonder why Bloomberg did not instead create a third party, the  strategy that worked against Bush 41 in the 1992 election. *See the previous essay of mine.  

To put a timeline to it, the Republican National Convention will be held in Charlotte, North Carolina, 24-27 August, 2020. The Democratic National Convention will be held in Milwaukee, Wisconsin, 13-16 July, 2020. The main purpose of both Conventions is to select respective candidates for President and Vice President for the November 2020 election.

For each Convention, there will be 57 delegations: 50 states; Washington, DC; Puerto Rica; American Virgin Islands; American Samoa; Guam; Northern Marianas Islands; Americans living abroad.

 

これからの大学受験で英語は重要?

これからはますます重要性が高くなってくる科目だと思いますが、なぜこれまで、理系ー文系などと分けてきたのか?というのも、今更ながらよくわからなくはないですか?(笑)

 

私個人の経験を振り返ると、両親共に中卒だったので、高校:イマドキは行かなければ仕方ない、大学:え?行きたい?留学:嘘でしょ!という反応でしたし、小中の頃は、「女は八百屋や魚屋や肉屋に騙されない程度の算数と、人に手紙が書ける程度でOK」というのがスタンスでした。

 

自分なりに成長してきていろいろと考えたのは、高校のときに

  •  

進学ー四年制・短大・専門学校

  •  
  •  

就職

  •  

という分け方に直面したとき。しかもイチバン難易度が高いのはどれ?と問うたときに、「四年制」だったので、その相談をしてみたら、「理系?文系?」と訊かれたのでした。親の言うことを伝えてみると、「じゃ、文系ね!」と言われ、数学は日本では、数Ι しかやっていませんが、渡米して復学してからはけっこう先までやりました。しかし、日本とは違った分け方なので、どこまでなんだろう?(笑) Calculus, Statistics はどこに位置するんだろう??

 

Natural Science 科目の物理・化学・生物も細かく分かれたその先も取りましたし、Social Scienceと分けられる社会科学はわんさか取りましたし、Liberal Artsも、なぜか美術史で、Pointillism: 点描の宿題で、点々を10000個くらい描いた記憶ありです(笑)。ローマやギリシャの演劇も学んだり、まぁ、広い範囲が教養でした。

 

そうした意味で、その先である大学3・4年生で、心理学部をまず専攻したのですが、カリキュラムとしても、自在にNatural science寄りにも大いにできましたし、なぜ、理系ー文系と分けるのか、この意義が見出せません。

 

どちらも基準値以上はできなければ、その先が危ぶまれるではないですか・・・。

 

そして英語ですが、国際基準に伍していくために、英語は必須です。なぜならば、インターネット上の情報の7割は英語によって表現されています。英語ができればできるほど、より最新の、より詳細の、より国際共通認識がある情報に到達できる可能性が高まるからです。

 

とはいえ、学問だけで人々は生きていくわけではないですから、大学に行き、その後何をしたいのか?ということにも着目したほうがいいですよね。ただ、門戸が広く果てしなく広がっていく、という大きな可能性を求めるには、英語は必須になっていくのが、世界スタンダードですし、こののちもそれに拍車がかかり、今の段階では、Computer scienceの基準値も上がってくることと思います。

 

私も世間では、「おばさん」の部類ですが、ITについて知らないというわけには行かず、住んでいたところがSillicon Valleyだったため、かなり鋭敏に情報は入ってきますし、行きつけのお鮨やさんで出遭う人々との会話を理解しながら成り立たせるためにも、ある程度以上の理解を身に着けてきたと思います。

 

大学でイッタイ何を学び、その後、どのように生きていきたいから、どんな仕事をし、それにはどんな知識やスキルが必要なのか?というのが、わかっている18歳はいいです。が、わからない場合には、広く水平線が広がっているという前提を求めていただくためにも、英語は重要になってきます。

 

私の場合は、留学という思い切った形で、大学卒業も順番が違いましたが、自分にとってはコレでよかったと思っています。英語ができるようになって人生は大きく変わりました。当然、脳内の整理も大きく変わったし、世界観も変わりました。

 

英語はできるようになっておいて損はないよー!