不眠症は心理的な問題ですか?

いえいえ、それだけではないですよ。主に5つのエリアに分かれます。

 

  1. 身体的疾患に伴うもの(Physical); 中枢神経疾患、循環器疾患、呼吸器疾患など
  2. 生理学的不眠(Physiological);時差ボケ、交代勤務、短期間の入院など
  3. 心理学的不眠(Psychological);精神的ストレス、喪失体験、恐怖体験など
  4. 精神疾患に伴うもの(Psychiatrical) ;うつ病、統合失調症など
  5. 薬理学的不眠(Pharmacological) ;アルコール、向精神薬、降圧薬、インターフェロンなど

 

心理的なものは3.で、もしかすると4.までの状態になっている可能性もゼロではない、といったところですね。

  • 自然科学的問題
  • 社会科学的問題
  • 人文的問題

の順番でチェックしていくと見えてきます。

 

簡単なのは、近い過去から現在において、生活が変わったかどうかを確認です。旅行やシフト、労働時間や移動時間、遊びの疲労感など、習慣から離れたものと蓄積しやすい身体リズムの確認をしてみてください。原因はここにあることも可能性としては高いです。

 

ふだん行かないところに行き始めたりすると、身体のリズムは乱れますし、太陽が出て沈むことを意識しないで生活すると、睡眠に必要なホルモンや脳内ケミカルの分泌や循環が乱れることも多いです。それにより、マイルドではあっても4.の精神疾患までの進みが考えられることもありますし、3.で留まっているが睡眠に影響していることもありえます。

 

次に、自分の持病・生活習慣病に「いいとされている習慣を定着させ、悪いとされている習慣を取り除く」からチェックします。その際、疾病に伴い、どんな薬や化学的なものを身体に入れているか確認です。アルコールの他、食事の内容も見てみると原因になるものがあるかもしれないです。

 

そうした意味では、食事の記録をつけるのは、ダイエットのためだけではなく、医者に見せるのにいいデータになります。数日間から数週間分あると、かなりな助けになります。

 

もしかすると、コーヒーやアルコールなどを知らず知らずのうちに眠りたい直前に摂りすぎているかもしれない事実が見落とされているかもしれません。

 

健康にいい習慣の柱として、

  • 水分量を必ず1日2リットル以上
  • 眠くなってから寝ており、だいたい同じ時間帯の中で7時間ほど眠れている
  • バランスのいい食事で栄養素が知らず知らずのうちに網羅できている
  • 身体を動かし、太陽の光に沿った生活をしている;特に起床時間
  • 脳を使うために読書や考える作業をしている
  • 人と話をしている

 

この5つのどれかが充分ではない、ということが考えられ、そのため身体全体にネガティブな影響が出ている、という可能性が不眠の問題になっていなければ、あとは、心理的な問題である可能性を探ることになります。

 

ストレスの大きさ・頻度を考え、それが認知(=考え方)にまで影響しているようであれば、4.に進んでしまう可能性もあるので、チェック表などを利用してみるといいかもしれません。

 

http://www.kaimin-japan.jp/check/

10年ほど前に比べると、NHKで『睡眠負債』を特集してからずいぶんとこの手のサイトが増えましたね。よいことです(^^♪

 

英語学習者にも漏れなく、これについては考えていただいておりますPrecious One English Schoolです。でなければ、ふだんの学習効率がぐんと落ちるからなのです。

 

このあとストレスチェックをすれば、心当たりがある問題が見えてきます。

 

職場におけるストレスチェック

疲労蓄積度チェック



うーん、この疲労蓄積度はすごかった(笑)。個人的に経営をしていると、けっこういろいろあるな、と思わされた次第ですが、今後もますますがんばろうと思った(笑)。これからまた実際、Blog記事・HP改編・コラム記事・インスタグラム用準備など、やることはレッスン以外にも満載で、このほかにも事務・支払い・連絡などなど、仕事は延々と続きます。(・・;) みなさまも、自分の生活のチェックは怠りなく!そしてしっかり眠って休んで回復してくださいね(^^♪

 

モノの多さと心のバランス

大平

Materialism:a form of philosophical monism that holds that matter is the fundamental substance in nature, and that all things, including mental states and consciousness, are results of material interactions.

唯物論:観念精神などの根底には物質があると考え、それを重視する考え方

物質主義:物質的・即物的なものごとを、他のものごとよりも優先させる態度のこと。 ここで言う”物質“とは、比喩的な表現であり、人により解釈の幅があるが、おおむね「衣食住」のことや、いわゆる”経済的”なこと、すなわち「財貨」・「金銭」・「物品」の獲得・所有・占有・使用などのことを指していることが多い。

 

Madonnaが ”Material Girl”という歌を流行らせたのは、1984年のことで、それから日本に上陸し、バブル時代にものすごぉくフィットしたのでした。社会現象が起き、豊かになった日本人もモノをたくさん購入して、労働時間に溜まったストレスを発散させ、家の中にモノがたくさん増えていくのでした。

 

私はそんな中、1988年には渡米してしまったので、その流行にすら乗り遅れた(笑)。というか、流行にはほぼすべて振り向けない境遇で子ども時代を過ごして、ティーンの頃も追いかけられない状態だったので、特にさみしさや残念な気持ちはなかったですけどもね (・・;)

 

https://www.youtube.com/watch?v=6p-lDYPR2P8 Video of Material Girl by Madonna

https://freshwriting.nd.edu/volumes/2016/essays/materialism-madonna-and-you MadonnaとMaterialismについてのエッセイ:大学生によるものですが、ものすごくよく書けています。Monroeの時代の31年前と、Madonnaの31年前と、現在の3ポイントを見ているのでした。

 

私は生物学的に メス ♀ 女性に生まれましたが、それを満喫する傾向は、10代の頃に「お試し」をした程度で、やはりバイクや車の運転が大好きでした。今となっては、スカートを履くこともあまりなくなり、動きやすい・洗いやすい・しわができない素材である、コットンばかりを身に着け、化粧も年に1回するかしないかですし、恥ずかしながら基礎化粧品すらまじめに考えることは年に2回ほどです。

 

しわが増えてもいいじゃないか、筋肉さえ衰えなければいいじゃないか、というスタンスです(笑)。

 

女性に生まれたほうがずっと、このMaterialismに翻弄される可能性は高いような気がします。ファッションがその最たるもので、化粧品をすべてきれいに揃えるだけで、相当なお金と相当な時間と相当なスペースが必要になると思います。

 

私は、平安時代か!と言われてしまいますが、シャンプー&トリートメントは使っているものの、ドライヤーもかけませんし、ブローでセットもしません。自然乾燥です。傷むんじゃないか?と言われても、生物学的限界について、ひとりで人体実験をしているのでいいのです(笑)。それは化粧品でも言えることで、人体実験中:あまり技術を施さないグループ、と自分で決めているので、いいわけです(笑)。

 

そうなると、私の持ち物は、スーツを揃える程度の男性諸氏に似ており、むしろ、公私の区別がさほどないので、男性諸氏よりももっと持ち物は少ないのでした。スーツは所有しておりますが、夏季モノとその他、と数を限定してあります。バッグも同様で、普段使いはここ2年ほどは、肩クロス掛けを重宝させていて、スーツ用に以前に使っていたブランドモノをひとつだけ保管してあります。靴も同様で、いつもはBirkenstockですから、パンプス類は数足を保管状態です。洋服は少ないですねぇ。捨てた枚数だけ買う、というのを励行しているので。ジーンズ万歳!です。

 

宝石もピアス以外はしないことにしていて、最近はピアスもサボっているくらいです(笑)。私のことはさておき、みなさんがチェックしやすいようにリストを:

 

  1. カバン
  2. 洋服 公私
  3. 化粧品
  4. 装飾品 インテリア・ファッション
  5. キッチン道具
  6. バストイレ掃除用品
  7. 書類関連
  8. 生活小物
  9. 趣味マテリアル
  10. 本・勉強道具
  11. 食品:確実には消耗しないレトルトやカップ麺、お菓子などを見てみてください

 

さ、みなさんはどこでどの程度過不足を感じましたか?たぶん、超過のほうが多いと思うんですが・・・。

 

そして、時代は変わり、断捨離が2009年に作家のやましたひでこ女史によって、発表され、流行語になって以来ずっとまだ浸透中です。さらに、こんまりこと、近藤麻理恵さんは、アメリカのMost beautiful 50 peopleに選ばれるほどの躍進をして、『ときめき整理術』を世界でベストセラー化しています。

 

人々の流行は、バイオリズムになっていて、その根源は、二元論なのですが、結局のところ、観念論に戻そうとする力が流行すると、また次に唯物論へと戻っていくのでしょう。そのいい塩梅のところ、自分の着地点を知っているかいないか?で、そんなことに振り回される必要性すらないのですが、多くの人々は、社会に翻弄されていきます。

 

観念論:われわれの精神的存在だけをこの世界の本源的な存在とし、外界は、われわれが自己の精神的存在すなわち観念で認めた、仮象の世界にすぎないとする認識論。

二元論:世界や事物の根本的な原理として、それらは背反する二つの原理や基本的要素から構成される、または二つからなる区分に分けられるとする概念のこと。例えば、原理としては、要素としては精神物体など。二元論的な考え方は、それが語られる地域や時代に応じて多岐に渡っている。

 

貧乏に育ち、いつも不足気味に暮らしてきた私にとっては、モノを管理することは「面倒くさい」以外のナニモノでもなく、なるべく少なく持ちたいのに、逆を走り続けてきた母に翻弄されています。我が家には、タッパーウェアがなんと100近くあります(笑)。タッパーウェアの蓋がついた陶器などもあるんですから(笑)。タオルなども、フェイス・バスタオルは、入院をしてしまったために山ほどの状態になり、私が履行してきた「捨てたら買う法則」をガン無視状態になっています。自分用のハンドタオルは、私が7枚を廻しているので大丈夫(笑)。母は、エコバッグを7つも持っていて、どうしてそんなに買い物意欲が強欲に過ぎるのか、本当に訳が分からないのでした(笑)。

 

私は思念のほうがモノよりずっとずっと大切だと思っていて、着飾ることは面倒くさいとしか思っておらず、その時間はすべて読書や漢字テストやテキスト作りやその他に充てています。人体実験中なので、コレが人生最期に悔いにならないことだけを祈りながら(笑)。

 

おまけやティッシュを拒否しても、怒らないでくださいね。私はモノを管理するのが非常に苦手です(笑)。

 

Vietnam Reminiscence 42 years later (after the ignoble evacuation of Saigon on 30 April 1975 – yes I was there)

John

In 1965 I eagerly volunteered to go in-country (boots on the ground in South Vietnam) after my first Yokosuka, Japan-homeported warship (destroyer) had seen combat action in the South China Sea. Combat action can be exciting, even thrilling – but we end up with a lot of dead people, mainly women and children. War is hell.

 

In Sumer 1965 the South Vietnamese armed forces were still our main fighting force. Most of us Americans were advisors to the Vietnamese. U.S. Army General William Westmoreland was both Commander U. S. Military Assistance Command Vietnam and Senior Advisor to the Vietnamese military. I met him when he personally spoke at a weekly meeting of newly arrived advisors of which I was one. We were there on a 364 day assignment. He was there indefinitely, so his wife had moved to Clark Air Base in the Philippines – almost close enough for a day trip!

 

As an in-country advisor I rode armed wooden junks of the Republic of Vietnam Navy Junk Force, Coastal Group 45, and lived very close to Vietnamese people (farmers and fishermen) who were conscripted civilians (my counterpart had been a school teacher), not professional military. That notwithstanding, our 50 caliber machine gun mounted on the command junk saw great use.

 

During this time period the tremendous buildup of U.S. forces in Vietnam commenced. My boss was a U.S. Coast Guard Captain who had brought a squadron of heavily armed (mortar and 50 cal machine guns) Coast Guard 84 ft. cutters to the Gulf of Thailand to help block the coastal flow of arms from Cambodia to the Vietnam Mekong Delta area. The arrival of the first U.S. Navy swift boats followed. The U.S. Marine 3rd Infantry Division landed at Danang, a coastal city far to the north on the South China Sea, to counter land infiltration from the North. The U.S. Army First Air Calvary arrived with more than 400 helicopters, mainly Hueys, to double the number of U.S. choppers in-country. The U. S. Seventh Air Force was established at Ton Son Nhut Airbase/Saigon Airport to centralize control of the air war in Southeast Asia, including the air wings of Task Force 70 (U.S. Navy Seventh Fleet aircraft carriers, combatant warships, and support ships, often as many as four aircraft carriers on “Yankee Station” at a time in the Tonkin Gulf).

 

Later I worked in the U.S. Navy CTF 115 (Market Time) Command Center in Saigon (now Ho Chi Minh City) as a watch officer 8 hours a day, 7 days a week. It was like living in Honolulu or Hong Kong except for the occasional car-bomb attacks on US military hotels (imagine the Hale Koa or New Sanno under attack). There were so many Americans (targets) in Saigon we thought the Viet Kong must be bewildered in having to determine what/who would be the best target to hit next. Parenthetically we were next door to General Westmoreland’s residence, so were trained and equipped with rifles as a backup emergency force in case the Bad guys paid him a visit at home.

 

I had a Honda 90 cc motor scooter, a 357 magnum revolver, a pretty Chinese girlfriend (I was still a bachelor then), and more money than I could spend in Saigon. That part was not hell! Upon return to the USA I took delivery of a 1966 Austin-Healey roadster purchased with the money I saved in Vietnam. It seemed strange to have profited from being in combat.

 

After attending a six-month school in Surface Warfare at Newport, RI in 1966-67, I returned to Yokosuka and served on three more warships that mainly conducted combat operations in the waters off both South Vietnam and North Vietnam. The second ship was hit by enemy fire on two occasions and we lost a few good young men (no women on USN ships then).So my personal views are based on combat experience in 9 years out of a 10-year span.

 

I had become a Professional Military Officer by then, and realized that war is hell-on-earth, but for us it seems to be the price we have to pay for freedom. For years I have told my less-experienced Japanese friends that peace is nice but freedom is what we have to protect – every generation.

 

The year in the “combat decade” when I did not see combat (1969) was spent at the Naval Postgraduate School in Monterey, California earning a Master’s Degree in Information Systems Management. There I became very discouraged by the terrible treatment of U.S. military persons, especially those identifiable as Vietnam combat veterans, all across the USA. I did not appreciate Canada’s hospitality offered to U.S. draft dodgers, either.

 

I was extremely disturbed by Jane Fonda and other Hollywood personalities aiding and abetting the North Vietnam government including actually making high profile visits to Hanoi while US military members were being held there in Hanoi as prisoners of war and being tortured. You could have just asked Senator John McCain (now deceased) about that bit of history; I later worked with a shot-down U.S. Air Force F-4 pilot who was one of his fellow prisoners in the infamous “Hanoi Hilton”.

I was terribly disappointed when President Nixon and SECSTATE Kissinger at the Paris Peace Talks negotiated to give away the freedom of the South Vietnamese people, especially since 50,000 of us had been killed trying to preserve their freedom. I understood that our cold war global strategy was containment (of communism), and the Vietnam War was a small part of it.

 

But I still cannot stomach what our government did nor the human price did we pay for it. Especially starting with the U.S. panic exodus in April 1975, thousands of South Vietnamese people took to sea in small boats to make their escape from the world we left for them. My own experience from 1975 to 1978 was to routinely spot small boats far from shore in the South China Sea and Gulf of Thailand filled with hopeful refugees headed away from Vietnam. We helped them when we could: fix the boat engine, treat medical emergencies, provide food and water, and even rescue in matters of life or death, e.g., approaching typhoon.

As an aside, later on my daughter Yuki was in grade school and needed to make a report on the Vietnam War. She asked if I could help and of course I said yes. One of her questions was “Dad, did you kill anybody?” I did not want to lie to her, nor for her to think of her father as a killer, so I answered “I tried to, very hard”. She has never, so far, asked the question again.

 

Original written on 2017.05.31, modified on 2019.11.29

 

 

新年集中レッスン

Michiko

新年の2日間集中レッスンを受講しました。

マンツーマンでlistening・speaking・reading・writingの4科目のレベルチェックを受けて自分のlevelを再認識してショックをうけつつ、頑張る気持ちを新たにしました。この気持ちをキープできればいいのですが。

 

ところで集中レッスン中は他にもいろいろ内容豊富だったのですが、心理レッスンの中で“13Things Mentally Strong People Don’t Do” というエッセイを読みました。タイトル通り「メンタルが強い人はやらない13のこと」ですが、そのうちの1つに“Resent other people’s successes”というものがありました。「人の成功に腹をたてる」ことはしない、ということです。「あの人はそんなに能力もないのに自分より成功して不公平」なんて憤慨しても人の成功はあなたの成功を妨げるものではないので意味のないことみたいなことですが、ちょうど昨年ある雑誌で「嫉妬」について特集していたのを思い出しました。

 

それによると嫉妬というのは人間の本能だそうです。たとえば子供が下に弟や妹ができたとき赤ちゃん返りしてしまったりするのも子供は意識していなくても嫉妬です。手塚治虫や三島由紀夫などの天才たちでも嫉妬したそうです。

 

南海キャンディーズの山ちゃんが今大人気ですが、非常に嫉妬深い性格を公言しています。他人に対する妬み、嫉妬、復讐みたいなことを書き綴ったかなりひどい内容の「デスノート」をつけていたとよく言っています。それでも人気があるのは「嫉妬」は誰でも持っている本能だとみんな思っていて、山ちゃんも自分の嫉妬は非常に悪い嫉妬だった、でも嫉妬との良い付きあい方がわかって成長できたと認めているからでしょうか。たしかに嫉妬をばねにしたり、相手の良いところを認めたりして成長できたというのはよく聞く話です。

 

上記の文章でも“resent”つまり腹を立てることがよくないということです。その雑誌によると嫉妬は人を攻撃的にするということでした。腹を立てたり、人の邪魔をしたりというのは負のエネルギーで時間の無駄。メンタルの強い人は成功した人は自分とどこが違ったか参考にしたり、自分の達成したいことは何かを再認識したり、嫉妬を自分の成長の役に立てることができる。嫉妬する対象が周りにいるのは幸せなことなのかもしれません。

語学留学で効果がある人とない人

ずーっと前にこれにはコラムではなく、一般のBlog記事で書いたことがあるのですが、たぶん同じことを書いてしまうような気がしてなりません。(・・;)

 

<留学前に明確化しておくこと>

  • 健康状態
  • 性格診断
  • 不在中の心配をなるべくゼロ化
  • 留学計画をしっかり立てる
  • イメージングとワクワク感の継続

 

これができていればあとは対策のみ!

 

上記のことを少し詳細に説明していくと;

 

  1. 健康状態

 

和食を食べられるかどうかはわかりませんし、和食にありつけたとしても「和食もどき」な可能性も高いです。どこに留学するかでひどく違いがありますが、自分の食生活についてしっかり振り返って、生活習慣病になりやすい生活をしているのかどうか診断しておいてください。

 

歯科はすっかり済ませておくことや歯磨きの仕方などをReviewして、間違っていたら直すこと。

 

持病がある方は、持病対策を留学先でどの程度できるのかをしっかり質問しておいてください。薬などが必要ではない方は、生活習慣が変わることでどの程度の「無理・負担」があるのかをリサーチしてください。

 

風邪をひきやすい理由などもしっかりと把握しておいたほうが、留学先で病気になる確率が減ります。限られた時間をエンジョイするために、健康についてのオタクになるくらいに調べておいてください。

 

さらに、ここでストレスに強いのか弱いのかの診断をしておくとさらにいいです。ストレスに強い人は、進化をしっかり踏襲しており、「合理的に物事を考えて、自分という個体にとっての最良・最善の選択ができる人」です。

 

マスクや貼るタイプの温熱シートやねつさまシートなど、自分の健康状態に合わせた準備も必要です。

 

できたら、ここはノーメンテナンスくらいのほうが、留学はうーんとエンジョイできますが、心配があることそのものが間違いですので、予測できないことがないようにしておいてください。

 

  1. 性格診断

 

現在の主流は、Big5という性格テストなのですが、この中でもOpennessという項目が高い人のほうが、「郷に入ったら郷に従え」「いろいろ違っておもしろい」をストレスなく体感できるので、ここに注目です。Big5 Big5とはどのようなものか

 

他にも外向的なほうがきっと友人を作ったり、質問をしたり、など、苦労は少ないかもしれません。私個人は1988年、友人を作ることは優先リストにまったく入っていなかったこともあったり、そもそも内向的ではあったのですが、ここで苦労したという記憶はありません。少ない人間関係でも密につきあうことができれば満足だったため、むしろ広がりすぎることのほうがストレスになったかもしれません。

 

Big5を受けることにより、自分が性格的にどのようなことが問題と感じ、どのようなことがPiece of cakeと処理できるのかがだいたい想像できるようになります。準備はとっても大切です。なぜならば、その準備通りに物事が起きないことだって、充分あり得るので、せめて、多くの守備範囲は認識していたほうがいいです。

 

物事をポジティブに捉えられるのか、ネガティブに捉えられるのか、などにより、学習の進度&深度も、そのスピードも変わります。

 

簡易的なネガティブ vs. ポジティブ診断

(で、やってみたら「天下無敵のポジティブ」と出てしまい、むしろ赤面で恥ずかしいくらいだ・・・。(・・;) )



  1. 不在中の心配をなるべくゼロ化

 

家族&友人関係、パートナー関係、支払い、習い事や仕事などの継続性があるものについて、「ブランク」がどの程度影響を及ぼすのか?をしっかり考えてみましょう。まったくの無縁になることはないと思いますが、せっかく行ったのに「さみしい」「今がチャンス」とすぐに遊びに来る友人や家族だったらどうしますか?

 

浮気が心配されるパートナーかどうか、ここが試されどきです。

 

たまらないのはペットと別れることだなぁ、と私個人は考えていますが、自分の生活の中で何が不可欠なのか、考えるいいチャンスです。心配をなるべくゼロ化できるようにできなければ、現地でのストレスが陪乗する可能性は高いです。

 

  1. 留学計画をしっかり立てる

 

希望を持って、意志を強くし、目的意識を持ち、語学能力+αを上げるために生活の地盤を移すのですから、綿密な計画を立ててください。

 

お金を莫大に取るプロではなく、親身になってくれるプロに相談するのもアリです。語学留学の体験がある友人に相談するのであれば、しっかり「代価」をお支払いするつもりで!でなければ、本気度は伝わりませんから、かなり粗いアドバイスになります。

 

このプラン次第で、成功率は格段に変わります。

 

  1. イメージングとワクワク感の継続

 

想像&創造していく気持ちがそもそも強い&自発的に起きる人には効果は大です。裡側から湧き出るものに応える自分のほうが、外側から押されるものに反応する自分よりは、効果は大きなものになります。

 

現在の英語力はほぼ関係なく、むしろ上記の5つに掛かっていますので、語学留学を考えている方は、ぜひともご相談ください。<(_ _)>

 

留学相談もお問い合わせください!



Japan’s Drunks and their Quirks

Ewa 

2011/11/14

 

We’ve all seen them. We’ve probably been one ourselves. A drunk in public. After a heavy drinking party, salarymen and other men and women will stumble out of a drinking establishment, drunk and unwell, stumbling around the pavement, trying to get to the train station. Most make it home successfully. Some don’t. 

 

I myself have seen people passed out on the streets, outside train stations, on platforms, inside the trains, pretty much everywhere. I have seen salarymen drink to the point of falling dead asleep at the table next to all of their drinking buddies, who continued to drink and ignore their passed out friend. I have even stood one meter away from a young man on a train who threw up right where he stood on the floor, on the train door, and on himself. 

 

This kind of sight is so common that photos taken and uploaded online have been made into memes and an overall internet sensation. 

 

There are drunk people everywhere on the streets of Tokyo, and many drink to the point of blacking out. It is a problem exacerbated by co-workers who pressure over-drinking and shops that don’t restrict overconsumption. 

 

However, this does not necessarily make Japan special. There are drunk passed out people in every country. But the surrounding public tends to have a rather unempathetic and detached attitude towards public drunks. Workers will be abandoned by their co-workers after passing out, young adults by their friends, and strangers will generally completely ignore collapsed people around train stations. Those dead drunks could be dead for all we know, and everyone just walks on. 

 

This is semi-true for the police as well. I work at an izakaya, and after my shift ends late at night I encounter passed out people every now and again. The entrance of the train station often has many passed out visitors, half-slumped against the building walls. With a police box stationed right outside the station and an officer always standing vigil right outside, I was shocked the first time I saw a police officer ignore all the passed out people around him. Aren’t officers supposed to protect and help people? 

 

Turns out not so much. Unless that person becomes a danger to other people or breaks a law, police will leave drunks alone. There are too many drunks and not enough police officers to take care of them. 

 

In most other developed countries calling medical services or the police would be the first reaction of most people who stumble upon a passed out person in the street. But don’t be surprised to see so many people passed out when you go to Japan, or surprised to see that no one else seems to care. 

仕事が速い人と遅い人の違いは?

これは根本的にはたったひとつの差しかないです。仕事に対しての自信:成功体験がたくさんあるかないか。

 

たとえ体調が多少悪くても、いつも成功していることは流していてもこなせます。難しい複雑な仕事は頭を使うかもしれません。そういうときであっても、過去に体験していることに関しては、「経験が読みを正確に」します。

 

誰にとっても

  • 新しいこと
  • 不慣れなこと
  • 不得意なこと
  • 嫌いなこと

は存在します。

 

変化が嫌いな人々は、自分にとってのこれらに対して「迫られなければやらない・手を付けない・考えない」というメンタルが定まっています。

 

変化でも何でもドンと来い!という人々は、自分にとってのこれらはむしろ大好物で、時間が少し余ったり、日常に慣れてしまったり、ゆとりがあったりすると、これらに手を出そうとします。

 

前者は、迫られていないので、「よりよく」という工夫も迫られなければやらない傾向は強く、時間から時間で働いている感覚に陥りやすいので、わざわざ自分の体力やエネルギーを奪う、あるいは投資するようなことはしません。もらった分だけしか働かないような気持ちが定着しています。

 

後者は、少しでもこれらを減らして、自分ができることを増やしたく、時間をもっと楽しいことに使いたい気持ちがますます強くなっているので、迫られる必要もなく、自分の心が動くものに着手します。なぜならばやることそのものにおもしろみがあり、やらずには居られないくらいな気持ちが働くためです。

 

勇気:普通の人が、恐怖、不安、躊躇、あるいは恥ずかしいなどと感じる事を恐れずに(自分の信念を貫き)向かっていく積極的で強い心意気のこと。勇ましい強い心をいう。

 

これをしばしば勇気のあるなしで考えることがあるのですが、Risk managementの観点へと発展します。勇気に関する格言 勇気を持ち続け前進していける人たちは、たとえ時間がかかったとしても必ず成功しているし、そうでない人たちは、勇気を持てずに不安を持ち続け、躊躇して一歩を踏み出すことすらないわけです。その時間がかかることを杞憂し、エネルギーを保存しすぎる傾向があると、勇気は到底持てません。

 

速い人は、いくばくかの失敗をしながらも諦めないで挑んだ人たちでしょう。遅いままの人たちは、その仕事そのものに意義や重要性を見いだせないまま、流しながらやっているんでしょうね。

 

永ちゃんの言葉 

平熱の高さ

大平

健康であることはすでにばっちりと触れてありますが、私は平熱がものすごく高いのです。というわけで、12月でもまだしつこく室内では半袖を着ています。スクールの室温は、21-22℃ほど。みなさんがいらっしゃるので、みなさん本位で暖房を入れると、私には暑いのでした。

 

更年期のせいだろう!とおっしゃる方を予測して書いておくと、USに行ってから非常に高くなったのです。子どもの頃は、紙と木でできたボロボロの文化住宅平屋一戸建てに住んでいたため、冬は室内でも息が白くなるほどでしたので、靴下を履いて寝たこともあります。が、たぶん、「子どもは風の子」だったことは確かで、マフラーも手袋も、自転車用・スキー用以外は、小学生の頃に一組持っていた限りです。大人になってもそれは変わりません。私は限りなく、Low tasks for maintained な人間なのだ(笑)。

 

https://www.terumo-taion.jp/terumo/report/18.html

 

テルモの体温計は、USにも持っていきました。途中で電子式になったので、とっても重宝しました。それまでは、あの水銀で測る不健康なやつでしたもの(笑)。これをじっくり読むと、みんなけっこう体温が高いはずなのに、どうして寒いんだろう?夏が暑いのはわかる。が、なぜ寒いんだろう?差なのかなぁ・・・。

 

家でも14℃にならないとエアコンやファンヒーターは使わないのです。むしろ、温風がうっとうしいし、喉が乾くし、頭が冴えない感じが非常にしてしまい、仕事が捗らないのです。猫も体温は40℃あるので、老猫とはいえども、私と似たような感性みたいでSynchroしていてうれしいです。母は、昔気質の人なので、家の中でけっこうな厚着をしています。私も子どもの頃はそうだったのですが、US滞在が長くなり、セントラルヒーティングで冬でもまぁ半袖、という暮らしを経験してしまったので、フツーの長袖でOKです。トレーナーとかなんだけど(笑)。

 

自分では白人のような体温、と思っているのですが、このTerumoのサイトを読むと、更年期のせいなのかも、などと、やはり思ってしまいますね・・・。いやいや、毎年こうなんだから、ここ10年ずっとそうなんだから、更年期は後半でしょう、とやり過ごすべきか、もう少し観察してみるべきか(笑)。

 

起きたときにすでに36℃8分くらいはあって、午後になると37℃超えします。ごはんを食べると、子どもの頃からこっち、すっと頭皮に汗を掻きます。

 

ゆえに、靴下も1月と2月くらいしか履かず、Birkenstockのサンダルを履いています。Milano の白いやつが定番で、6ヶ月に1回取り替えています。業務でミーティングなどに新宿など都会に行くときのみ、Nikeの靴を履くようにしていて、昨今はもうパンプスやハイヒールは履いていませんね・・・。同時に手もやたらと熱いので、多くの方々に、「心が冷たいんだね」と言われたことは、生涯で300回くらいはありますね。

 

平熱が高いと困ることは、お風呂に浸かっていられないことでしょうか?熱いお湯が体温に調和し浸透してしまい、かなりすぐに暑くなってしまうのです。おそらく、長年の喫煙と飲酒により、毛細血管がそれなりに弱くなっていることも含め(汗)、とにかくものすごい発汗量で、廻りの人が困惑するほどなのでした。 (・・;)

 

代謝はかなりいいと思うのですが、ワタクシは肥満の部類に入ります。浴びるようにお酒を飲んでしまうのです(笑)。いっしょに飲みに行く方々には口々に、「速い!」「もう飲んだの?」を連発されますが、40歳過ぎてからはぐんと減って、半分くらいの酒量になったんですが・・・。 (・・;) たぶん、飲酒する日は軽く6000キロカロリーくらいは摂っていると思われるのですが、日常的にはフツーのごはん量です。特に、45歳過ぎてからは、ごはんを一膳食べるのがやっとで、ランチだけは普通に残さぬように食べることを意識しています。

 

二日酔いになることは、現在では1か月に1回もないくらいに下がり、若い頃はほぼ3回に1回くらいでした。なので、酒量の減りの割合から行くと、代謝はさほど下がっていないんだろうな、と。

 

んじゃ、お酒やめれば?という話もあるんですが、今のところはあまり考えていません。喫煙もスクールではDr. Vapesを開始したんですが、家では相変わらず紙巻きたばこです。

 

このように自分で代謝を上げる行為をたくさんしてしまう傾向にあるため、平熱が高いのか?

 

さらに驚愕の記事を:https://data.wingarc.com/body_temperature-17893 

https://www.asahi.com/articles/SDI201801241860.html

 

どうやら最新の医療記事では、「平熱が高いほうが、死亡リスクが高まる」ということだったのです。免疫性のためには平熱が高いほうがいい、というのが常識でしたが、基礎代謝が高いと死亡リスクが高まる、ということ。

 

結論から言うと、たいへんにプライベートな判断としては、ガンでさほど苦しむことなく、早めに死ねるためには、コレでいいのだ!(天才バカボンパパ風)

 

本日は、平熱からさまざま考えてみたのですが、みなさまも項目ごとに考えてみてくださいませ。どのように生きて、どのような最期を迎えるのか、ある程度予測できたらそれはそれで安心かもしれません。私はけっこう安心しつつあります(笑)。

Precious One English Schoolの裏話(1)

Yoko

スクールで週に数回パート勤務しているyokoです。友人の紹介でお手伝いさせていただくようになり、3年目になりました。初ブログはPrecious One English Schoolのレッスン以外の事についてお伝えしてみたいと思います。

 

スクールはとにかく便利な立地にあります。

京王線調布駅東口改札から、1・2分でしょうか。その間にも近年建てられたトリエ調布https://trie-keiochofu.jp/ 、みずほ銀行のATM、ミニストップなど便利スポットだらけです。ミニストップは私の住まいの近くにないのでいつもソフトクリームが何味になったか、チラ見してから通勤しています。トリエ調布はスクールに1番近い東口改札からエスカレーターを上がってすぐです。入口の1番近くにあるのは成城石井。http://www.seijoishii.co.jp/ 他のフロアよりも少し早くオープンしているので、朝寄るのもなかなか楽しいです。成城石井、最近スイーツが話題ですよね。少し量が多いけれど美味しいです。特に気に入っているのは“モーモーチャーチャー”。すごい名前ですが、甘味と塩味が混ざり絶妙です。そして、スクール前の道はラーメン屋さんの他飲食店がたくさん! 体験レッスンなどを検討されている方、アクセスは本当にいいのでご安心してお越し下さいね。

 

スクールはとても広いです。整理整頓すればかなり活用できるはず…。スクール内の整頓は早期に実現させねばならない大事業です(笑)まずは、きくみ先生の抱える膨大な書類の整理からですね。テキストだけでなく、様々な書類が届き先生はほんとに大変!スクールの整理が達成出来た時にはまた書きたいと思います。

 

Precious One English Schoolの自販機は安めです。同じフロアには学習塾が数軒ありますが、そこの生徒さんたちにも開放しています。通年コールドドリンクのみではありますが、嬉しい価格設定です。余談ですが、自販機の隣の観葉植物、特に手厚く手入れをしているわけではないのですが1年中とても元気な緑色です。強い子です。

 

そして、本格的なマッサージチェアがあります。やらせて頂いたことはあるのですが、私にはだいぶ痛い!痛くて気持ち良いのですが、気持ち良いを超える痛さでもあります。きくみ先生は、このマッサージをしたあとにそのままマッサージチェアでお昼寝が日課でしたが、最近は自宅からベッド持参し更に本格的にお昼寝しています。レッスンが夜遅くまでの日も多いですからね・・・寝起きがすこぶる良く、起きた瞬間からまた頭が回転されているようで驚きです。

 

こんな感じで、先生とMichikoさんと私で週に数回事務作業をしています。仕事から話が逸れて、先日は気づいたら目のたるみ予防マッサージ動画を3人で見入っていましたが(笑)先生は作業に集中し始めると神業的な速さでこなされていきます。はじめはびっくり見つめていましたが3年経ち色々と慣れてきました。先生についてはまた次回。

これから勉強したいこと

大平

すでに50も半ばを過ぎているんですが、どうしてもUSに戻って勉強をしたいことがあります。たくさんあって、2008年前までは絞りきれていなかったし、今も方向性しか絞りきれておらず、イッタイなぜ?と言われることが多いのです。 ^^;

 

認知症になることが私個人の最大の恐怖です。なので、どうしても脳みそを死ぬまで使えるような仕組みにもっともっと進化させたく、そのためには、これまでやってきた中で、最もChallengingだったものがいいんじゃないかと、医学・物理・数学をさらに英語で学びたいと思っているのです。

 

なぜ認知症になることがそんなに怖いのか?だってねぇ、これまでも相当に他人様にご迷惑をおかけしてきたに違いないのに、さらに自分を見失いながらさらにご迷惑を掛け続けるというのは、想像を絶する恥になるのではないか?という予測が立ってしまうからなのです。

 

ひとりが好きで、いつも映画や本に埋もれて生きていくのも悪くはないと思うのですが、その形態だと主観に走りすぎ、私の脳が支配する性格の悪いところばかりが出てしまうのではないか?というのが予防したいポイントです(笑)。

 

周りを見ると、うちの先生のJohnはたいへんに元気で、海軍で鍛えられた頭脳は明晰です。生徒さんも私より年上の方が数人いらっしゃいますが、みなさん脳をしっかり使えています。私は、先日のエッセイにも書いたように、自分がまだまだ小学生だった頃から逸脱できていないので、自分の老化をあまりしっかりと自覚できておらず、急激に脳が老化してしまったらどうしよう、と不安すぎるわけです。なので、自然に生活の中で脳を使えるようにしておき、大学か大学院にしっかり通い続け、杖をつくようなことになっても、運転に介助が必要になってもいいので、やはり学び続けていきたいと願うばかりなのです。

 

いやー、絵を描いたり、音楽を作れたりする場合には、きっとそれらもいいんでしょうねぇ。私は残念ながら、今のところはそれらができないのです。絵は、チューリップとひまわりくらいしか認識していただけないですし(笑)、動物もキリンと猫しか認識してもらえないですね。 ^^; 音楽も歌えますけども、楽器はできずじまいなので、リタイヤしたらぜひともやってみたいです、ピアノ。タイプがこれだけ速くできるんだから、きっと今やれば、ピアノできる気がするんだよなぁ(笑)。ひどい自意識過剰の過大評価なのか?^^;

 

最大の不安の根源は、DNAを私に50%ずつくれた両親にあります。

 

父は、満54歳で胃がん→数カ所転移のため、1993年に亡くなりました。なので、脳がどの程度老化するかの資料にはなりません。ガンに罹患する恐れはないのか?というところですが、イマドキは女性の場合、2人に1人はガンが発症するものなので、特に我が家の家系は父方も母方も100%ガン原発死なので、特に心配するところではありません。それよりも脳がどのくらい?というほうが、数倍怖いです。ガンは、医療の発達がすごいことになっており、延命だけではなく、Quality of Lifeを維持しながらも、けっこうな寛解率なので、特に心配しないです。これまで14歳からお酒もタバコもやっているのに、毎年の人間ドックにも引っかからないですしね。なんて健康なんでしょう!ギリシャとか沖縄の90代のおじいさん風なのです、ワタクシ(笑)。

 

母が82歳になります。ぴんしゃんしてくれているといいんですが、運動をしてこなかったため、骨密度は50代だというのに、圧迫骨折をすでに4回もしていて、背骨がバラバラと折れています。動けなくなるほどで治療した分だけでも入院を2回しました。胃腸はすんごく丈夫です。ただ、骨折して動かなくなってからは、体重が劇的に減りました。155cm63キロだったのに、今は148cm40キロくらいしかありません。たまに40キロを切ってくれます。^^;

 

この母が、寄る年波程度の認知症が始まっている、というのが、介護システムの中ではよいのですが、私個人の意見では、「いや、性格と脳の使い方だろう」と踏んでいるところなのです。母の場合は、私が物心つき、記憶がしっかりある5歳くらいからずっと、財布もへそくりも鍵も置き場所を忘れてしまう人だったので、今もそれが続いていて、年齢なりに少し進んでいて、回数が増えた気がしているだけ、という気がしないでもないのです(笑)。なぜならば、動かないから。昔から、部屋の模様替えが大好きで、タンスごと自分ひとりで動かしてしまう人だったのですが、今も調子がいいとレイアウトをすぐに変えます(笑)。「ええええ!TVやミシン持てるのかー!」と時々びっくりしています。そういうわけなので、調味料や食品庫や食器棚の中身もしょっちゅう変えてくれるので、家事の7割を負担するようになったワタクシとしては、非常にやりづらいです。探しても元の場所にないんですから。 ^^;

 

とはいえ、もしもいくつかのドクターの言う「認知症」を呈しているのであれば、私のDNAにもこれはしっかり根付いているということなので、ここはどうしても防いで対策を今から練っておきたいところなのです。

 

調布で、クロスワードパズル・漢検ドリルをやりながら歩いているのは私です(笑)。声掛けをして確かめてみるのもヨシ(笑)。