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ひとつになれる瞬間

2006-04-01 にアップした文章です

ひとつになれる瞬間を得やすい、確率が高いのは、セックスです。ただの性交ではなくて、気持ちの問題ではありますが、オーガズムを同時に得られたり、相手の歓ぶ顔を見て歓べたりというだけで、ひとつになれているという実感が、わりとインスタントに得られます。目的がとてもシンプルであるがゆえに、ですね。

(注:女性にとってオーガズムを最初に得るまではとてもたいへんなので、むかっと来た方ごめんなさい。一度得てしまえば、勘を掴んでしまえば、簡単です)

あー、のっけからすごい話の展開だ(爆)。先にこの話をしておかなければ、読み進めていただくときに、「いつだろ、いつ出てくるんだろ・・・」と気が散ってしまうだろう、と思い、先に出してしまいました(笑)。

大昔、宇崎童堂の妻、阿木耀子が、五木寛之原作の『四季・奈津子』という映画で、主役の烏丸せつ子と、ヌードで抱き合うシーンで、心臓の音が同じになることに、とても歓んでいるシーンがありました。なぜ、そんなシーンがあるのかと不思議な方は、映画を見るか、原作を読んでくださいね♪。奈津子はちょっと変わった女の人な部分を殺しながら田舎で生きており、話が進んでいく中で、自由奔放に生きていくことになるわけです。その中でのシーンなのですが、私は、他人とひとつになれる瞬間を得ると、「ああ、コレだったんだ」といつも思うのです。特にこのシーンはヌードではありますが、Hじゃないっすよ(笑)。

「変わった子」である率がいつも多かった私は、誰かとひとつになれる瞬間にとても恋焦がれてきた感があります。どうして何をやっても、いつも疎外感や孤立感があったのか、私にはいまだにうまく整理ができず、説明も、端的にすることができません。まだまだどこか傷ついている部分、傷は癒えたがかさぶたになっている部分があるのでしょう。かさぶたを自分でかきむしり、また傷を創り、さらに放置しておけずに、の繰り返しなのかもしれません。

ひとつになれる瞬間を得るために、自分に嘘をついたり、自分に丹念に言い聞かせたりすることをよくやりました。ゴム段や縄跳び、天国地獄、ろくめし、泥棒と警官、何をしていても、お友だちを凌いでしまい、私はいつも傍観者になった気分でいることに耐えられず、加減をするようになり、わざとつっかかったり、わざと失敗したり、わざと捕まったり、と。それでもいっしょに遊ぶことはやめないのです。どうしても遊びたかった。が、それもバレバレになって、責められたことが何度かあります。「できてあたりまえのきくみちゃん」は、やはりできなければならないのでした。同情し、わざと手加減することは、子どもの遊びの世界ではすぐに嗅ぎ取られ、嫌悪の対象となります。

食事やおかしに対する味覚や好みもそうでした。私は、週に1回しかお肉が食卓に上らなかったので、今でもお肉はぜいたく品だとどこかで感じているところがあります。アメリカに来て、お魚のほうがずっと手に入りづらく、高級品であるのも拘わらず、です。チョコレートやアイスクリームが好きではない子どもは、私の遊び仲間の中では私だけで、大人にも「あら、変な子!」と言われ、「もらうことのありがたみを知らない子」とくくられてしまい、果ては、粗野でがらっぱちな近所のおばちゃんたちに、「貧乏なくせに。もらったものには感謝するものよ」とまで悪態をつかれたこともあります。それでも私は、父の教えを守っていたので、人前では決して泣かないのです。家に帰って父の機嫌がよければ話すのですが、2勤2休の運転手だった父は疲れていることが多く、切り出せないこともあり、変な子扱いされた払拭しきれない想いは、ゴミ箱にどんどん溜まっていきました。父は、私を「絶対的に正しい」とかばうような盲目者でもなく、溺愛はされたものの、彼自身の貧乏や偏屈さなどに、まだまだ喘いでもおり、自分の宿題が彼の目の前にも積み上げられていることは、子どもの私にも感じることができました。

こんな繰り返しの中で、一体どの自分が自分なのか?と繰り返した結果、他者に自分と同じ居心地のよさを求める期待感さえも失っていきました。それでも、やはり偏屈だった私は、どうしても自分を曲げないのです。曲げてみようか?としつこくトライはしたものの、本来の自分に必ず帰っていきました。

今振り返って考えるに、どんな子どもであっても、たぶん、みーんな、私と同じくらいには変だったと思うのです。が、何が違いを醸し出したのか?と言うと、私は頑固で意固地だったことで、自分が先天的に本来持っているものを曲げる苦労をしきれず、曲げる必要がないと頑なに信じており、他人や環境に左右されなかったのだ、とわかります。かわいくない子どもだったでしょう。

女の子なのに、編み物もやらない、リリアンの流行にも乗らない、かばんにかわいらしいグッズをつけない、髪をセットするためにドライヤーを使えるようにならない、エトセトラエトセトラ、な時期をずっと、外見としては平然と過ごし、本当にいつしか、まったく平気になってしまいました。

私だけが特別なわけではなく、大なり小なり、きっと今でも、大人になった誰しもが、誰か他者とひとつになれる瞬間に恋焦がれているとは思うのです。それが自分のユニークなことの多寡や質を示すものですから。大人になり広いはずの世間に混じって、まだまだ一人ぼっちな焦燥感があれば、子どもの頃と同じように「他人に混ざるために同じように振舞う」をしてしまう癖は、私にはありません。子どもの頃の訓練の成果です。そりゃー、モラルやマナーの限度はありますよ(笑)。心の問題においては、「人に強制されたからする」ということは、一切、微塵も、しないようにしています。

大人になってもまだあるじゃないですか。職場でトイレで歯磨き流行だの、どこのランチを食べたかどうかの話だの、合コンに参加するしないだの、上司の評価をそろえるだの、まぁ、本当に子どもっぽいいろいろが・・・。アレにどうしても同調して、自分を多少なりとも裏切っている人々を、私は未だにたくさん目撃します。本当はやりたくもないのに、どうしてかやらないといけないと思ってしまう。

そんな行動からは、ひとつになれる瞬間の歓びなどはなく、自分にコントロールがないのだ、という悲しみや切なさや無力感に襲われることでしょう。

ハナから会社勤めをする気がなかった私は、こつこつお金を貯めて渡米したのですが、ここでは自分にコントロールがあるかないか、をいつも強く感じてきました。あるのですよ(笑)。英語が話せるようになったら、本当にコントロールは私にあることがわかりました。

そして、ユニークな人々の多様性に揉まれ、その中で、他者とひとつになれる瞬間が、たまーにですが、見出せることが、まぁ、すごい醍醐味なのです。『四季・奈津子』の奈津子は、九州から東京に出てそれを感じたのですが、私は東京からカリフォルニアに移ってそれを感じました。先天的な自分の気質に、もうちょっと素直になってみると、生きていくのはラクなのかもしれないです。もちろん、怠惰なことや不勉強やその他、努力したほうがいい余地がある行動は、先天性をしっかり見極めてから、自分が自分を積極的にコントロールしようと思うことが大切です。

自分がナニモノかを知ることで、他人がナニモノかもよく見られるようになり、そのユニークさ加減が違うふたりが、なぜかひとつになれる瞬間がたまに持てる。とってもステキなことです♪

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