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コントロールの難しさ

09/24/2008 にアップした文章です。

 

ここのところ、飲酒がものすごいことになっており、健康も自信がなくなり、日々にもボケたことが多く、学校の移転もあり、憂鬱です。こうしたことが重なったときに、たいてい躁鬱病のまずい側面が出てきます。うつ症状が続くときにはただただ怠け者になり眠るだけでいいのですが、ハイパーが続いていて、へとへとに疲れてストーンと落ちるときが最も危ないのです。ただし、ストーンと落ちることもなく、やらねばならぬことが続いているときには、規則正しく時間を守らねばならぬので、コミットメントを守る意志が強いときには大丈夫です。箍(たが)が外れるという言い方がありますが、まさしく、その箍が外れるってことが、これまでに何度かありました。今、そのコントロールが難しいなぁと感じているときで、「すべてやめてしまいたいモード」にまで落ちています。「生きることをやめてしまいたいモード」まではまだまだ距離があります。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E6%A5%B5%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3 >躁鬱病の解説

http://square.umin.ac.jp/tadafumi/Living_with_bipolar.pdf 患者・家族向けの解説



うがぁ、こうした解説を読むと、さらに自分が鬱陶しくなってくるのがいかん(笑)。笑えているうちはまだいいのだけれども、こうした生き方を選んでこなければならなかったことに対してたいへんにうらめしい。私を健常者だと思ってくれる方々をいかに増やして、社会の中で混ざって生きていくかの闘いだったのだけれども、時々、すべてを放棄したくなってくるのも確か。「すべてをやめてしまいたいモード」のうちは、まだまだ自分との対話はまともなのだけれども、「生きることをやめてしまいたいモード」のときには、気づいてプロと話ができるかどうかに掛かっており、まぁ、危うい綱渡りではあるのだった・・・。

 

私はBipolar IIと呼ばれる、躁状態が多少軽めのものなのですが、それでもこれだけたいへんなのだから、I型の人々の人生というのは、もっともっと壮絶なのだろう・・・。かといって、彼らと比較対象してラクな気分になるわけでもなく、むしろ自分を責める行為に走ってしまうのは、17歳からずっとやってきたことで・・・。基本的に真面目なんだろうなぁ・・・。

 

日曜日、産業カウンセラー講座のなかよしクラスメイトと話しているときには、それほど気づいていなく、かなり冷静に自分のシチュエーションを解説できたのだけれども、それ以来、ものすごく落ちており、元気度合いも減っておらず、この幅がある自分を持て余しつつあり・・・。昨日、八王子に行っても、「黙っていられる自分」と「話したくもないのに話している自分」に気づいてしまい、どうもいかんかった・・・。

 

日ごろ、知性がしっかり保てているときには、私と同様、「違いの幅」がある人々に対しての社会への無理解に対して、何か投げかけていこうという気持ちにもなるのだけれども、どうもここのところ、ひどい感情のジェットコースターなのです。こんなときには、誰とも接しないのがいいのですが、そうも言っていられないコミットメントがいくつかあり、食べてもいかねばならず、それを痛いほどわかっている私は、暴飲してしまうのです。なぜアル中になってしまったのか?というのは、この感情の幅に自分で気づけてしまうキャパを持っていたため、それに気づかなくていい瞬間を増やしたいという一言に尽きるのです。自分が自分だとわかっていない・意識しなくていい時間は、「眠っているときと飲んでいるとき」のみ。他にも、フライトがとてもうまく行っているときのハイや、勉強にやたらと集中できてそれと対峙できているときなど、日々にももたらされるので、私はこうした選択肢を積極的に選んできたのでしょう。が、その日常があまりに固定的になってしまうと、我を忘れる瞬間が減り、自分を冷静にモニターしていることに疲れ果て、他人の顔色をうかがうのにもヘトヘトになり、私が一方的に他人に迷惑を掛けていることに、たいへんな罪悪感を覚えて、遁世したくなるのです。

 

が、自分がとんでもなく無価値な存在だとだけは思っておらず(それがまずく出る場合には、躁鬱病の躁状態を多く持つモノのGrandiose Idea:大げさ・誇張した考え)、そのマイナスを保障するためにも、勉強を続けてきたのです。科学的に立証されている物事・論理性の高い物事に対しての信頼を深めなければ、自分の存在価値すら危うくなってしまうのだから、私はやはり必死だったのです。

 

けれど疲れる。西さんといっしょになったばかりの頃(結婚した年度を覚えておらず、5月だったということしか覚えていないのは、記憶力のいい私にとってはものすごくレアなことなのですが、それくらいどうでもいいことだと思っているのでした・・・)、彼が私の母の存在を知ったときに、「どうしてお母さんのようにオキラクになれないの?」と何度か言っていたのですが、私はそれに対して言葉にできないイラつきを感じ、よく言い合いをしていましたね。おそらく、私は母よりもずっとオキラクになっている瞬間も多々あるのです。が、それを冷静にモニターしている自分がおり、そんな自分が大嫌いになっており、「このままでは弾かれモノだと烙印を押されるだけだから、フツーにフツーに・・・」というプレッシャーに押しつぶされてしまいそうになり、やはりフツーにはできず、「他人様に対しての迷惑が最低限になる場所」に落ち着くことになっていくのでした。

 

笑ってOLにはなれない・母親にはならない選択をした・アル中なんだよね、と言えるようになるまで、数年以上ずつ掛かっており、さらに今でもその選択肢たちに対して、「選ばされた感」というのもゼロではないところがあるのでしょう。ゼロにしたほうが自分がとてもラクなのですけれども、なかなかできないのは、この世には会社勤めをしている人々がたくさんいて、母親になれている人々がたくさんいて、アル中でなくとも人生を楽しく満喫できている人々がたくさんいるからです。

 

とはいえ、私は、いっぺんに3つも4つものことがこなせるし、人様よりもナニをやるにしてもスピードが速いし、記憶力もよく、共感能力も強く、悪くない人生なのです。こうしたときだけに、こうして泣き言を言うんですが、こうした泣き言をこれまでエッセイには盛大に書いてこなかったのです。それは、読み返したときに、自分が嫌いになることをよくわかっていたからなのですが、今回は、書いてしまおうと。嫌いになることを恐れて証拠隠滅していてもしょうがないだろう・・・と思えるようになっています。やはり歳を取って、さらに賢くなったってことなんでしょうかねぇ。同情をいただこうとは思っておらず、私は同情されるのが真っ平御免ですし、誰にも同情をしないようにしています。むしろ、「あるあるぅ」というアルアル感のほうが欲しいのかもしれず、それはマスローのヒトのNeedsの中の「帰属意識」なのかもしれません。私には帰属意識が薄いと思っていますが、それでもいくばくかは欲しいのかもしれず・・・。

 

うひー、ここまでも独白のように躁状態の症状を呈して書き綴っていますが、きっとわかる方にはわかるでしょう・・・。今回は、落ちても「すべてをやめてしまいたいモード」にしかならないので、ご心配をおかけしますが、見守っていてください。とりあえず書くことで、なんとなくカタルシス効果を得たかったというのもありますか・・・。

 

というわけで、私は先週くらいからずっと調子が悪いです。やっと涼しくなってきたというのがCueになったのではないかと思いますね。もう少しかかると思いますが、それほどがんばらずにやっていこうと思います。

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