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チャリティに対する考え方

09/01/2008にアップした文章です。

Mixiを閲覧してびっくりしたのは、24時間テレビについてのコメントがものすごく多かったこと。エドはるみ嬢のマラソンの記事から日記を書いている人は、1500を超えており、その他、いろいろな24時間テレビからも人々は日記を書いていた・・・。その内容によっても違いがあるにせよ、だいたい6割から7割が、チャリティはすばらしいというコメントで、3割から4割が物申す的なものでした。そして、ふと考えたのでした。24時間テレビができて30年以上経ったらしいのですが、私はそのうち17・8回いなかったし、変遷についての感慨がないです。なので、ちと考えてみる・・・。



まずは歴史を学んでみる。私が日本に住んでいたあいだに9回もやっていたのです。が、その後不在があり、ここ2回ほどは見ています。なぜ見てしまうのか、は、アメリカで培った「見る態度は必要」という信念から来ているようなところがあり、学びのために見ているのでしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/24%E6%99%82%E9%96%93%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93_%E3%80%8C%E6%84%9B%E3%81%AF%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%92%E6%95%91%E3%81%86%E3%80%8D 

 

アメリカでは、チャリティ番組は、もう少し細分化されており、「寄付が必要な目的や使い道や対象別」になっているところが、進化していることを感じさせるものでした。特に、CMが一切ないケーブルテレビやパブリックテレビなどでは、運営費+寄付だけで成り立っている事実もあり、その目的や対象物やその細かい使い道はクリアになっています。そのおかげで、私はかなり寄付に対する私自身の考え方を洗練しました。

 

24時間テレビの賛否両論の賛同をしている人々は、寄付そのものチャリティ活動そのものを肯定しており、番組の構成やらその他の不備を、1.まったく気づいていない 2.気づいていても気づかぬふりをして目をつぶっている 3.行為そのものはポジティブ効果なので潔くよしとみなす と大まかに3つに分かれているようです。

 

私は細かいことを調べるほどの情熱がありません。日本で、不思議だなぁと思うのは、番組進行のパーソナリティがいくらチャリティしたというものを発表しているのをあまり見ないのです。金額は言ってはいかんのか?たとえば、Tony Bennettのような伝説のような歌手がいますが、彼がマフィアと繋がりがあることは、彼自身ですらマフィア関連の映画にも出演しており、Frank Sinatraの生涯を描いた映画などでもおおっぴらに公認しており、彼がいかにお金持ちなのかもわかっている周知の事実です。その彼がチャリティのパーソナリティ(メインであれゲストであれ)をするときには、彼自身、目的などにより数百万から数千万、時には億の寄付をします。言ってしまえば、彼の通常ギャラよりうんと多い金額であることがわかるので、それで見ているほうは納得なのですよ。そうではないのでしょうかね・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88 

 

日本人のギャラというのは、未だにそれほど多くもないのですが(たとえば、Tonight showの伝説であったJohnny Carsonは一晩90分番組で、60万ドルのギャラだったので、1週間で3ミリオンほど稼いでいました。その他司会などをすれば、1本それくらいはもらえていたわけで・・・。なので、他のレギュラー番組など、ガツガツ必要ともしないわけです)、メインパーソナリティであっても、収録番組の1本分で500万もらえる人は日本では少ないのではないのかなぁと思います。10人くらい?しかも、そのうち半分以上が事務所に行くのが仕組みであり、自分の事務所を持っていない限りは、5割以上は得ていないはずです。

 

そして、昨日の24時間テレビでは、総勢のべ300人ほどの芸能人が出ていたのでしょうか?ギャラの差があるにせよ、平均を20万だとしても、6億だよね・・・。確かに不明瞭なところではある。明記されているのは、

チャリティー番組として年に1回放送されているが、出演者に(額がどんなに少なかろうとも)ギャラが支払われている事について批判される事がある。一説にはパーソナリティーにはテレビドラマ1クール分に相当する金額が支払われ、ゲストとして会場に駆けつけるタレントにも出演料が出ていると言われている。ただし、この件について日本テレビは放送倫理・番組向上機構を通して「基本的にはボランティアで、拘束時間が長い人など一部の人のみ謝礼として通常の数割程度の額を渡すが拒否されることもある」としている。番組は視聴者から寄せられた善意の浄財を国内外の福祉活動に役立てる事を目的に行っているので、「本当の主役はあなたです」を謳い文句にしている。但し、事前CMで流れる企業からの協賛金は寄付ではなく放送局の広告収入となっているとされ、こうした番組のあり方から「偽善番組」との批判を受ける事もあり、ビートたけしはこれを理由に出演を断り続けている。

というだけで、実際の収支に関しては不明瞭だし。

 

しかも、この精算やらの収支計算書などを詳しく誰かがどこかで見ることができるのかどうか?とりあえずいくつかの検索ワードを入れてGoogleしてみても出てこないというのは、確かにあやしい(笑)。

 

今年は3億を超えたそうなのですが、哀しいのは、コンビニやその他にも置いてあるようになった募金箱に寄付している人々の善意を踏みにじっていないのか?ということ。さらに、毎年この日のために貯金している人々もいるわけで・・・。

 

ただし、私はチャリティそのものはとてもいいことだと思っているので、やはり存在意義は認めます。不明瞭なことをして、せっかくの存在意義をダメにしないことが大切ですね。システムの明確化は、有能な現場の働き手によっていくらでも実現できるはずなんですから。

 

アメリカでは、この手の収支決算は誰でも閲覧できるようになっているのですが(独自のHPにちゃんとダウンロードまでできるようになっている。そうでなければ、誰も寄付しないし・・・)、どうして日本は見ることができないのかなぁと、やはり不信感ではあるのかもしれないです。どうにかして探しまくれば手に入れられるような、グレーなことをしているからいけないのよね・・・。

 

マラソンランナーに関しても、ワープしているだの、全部録画してほしいだのと、いろいろな苦情や疑問があるようですが、私はそれに関してはどうでもいいなと思います。実際に、がんばっている姿を見ることで、何か得ている人が多ければ、特に罵詈雑言を並べずとも、それにトライした本人の良心のみに問うべき問題なのでしょうから。

 

お祭りのように、障がい者たちを讃えているというのに、違和感を覚えるのは、きっと日本での障がい者の露出度が低すぎるためです。健常者と同じように、障がい者も生活していれば、人々はきっとそのたいへんさを見ることができ、こんな日を設定せずとも「いつもできることを」をモットーに暮らしていけるはずなのですが。Noblesse Obligeを普段から心がけているかどうか?というのを、自分の胸に聞いてみることは大切ですね。

 

ちなみに、私は24時間テレビに寄付はしていません。グレーすぎる(笑)。私には、直截的に寄付できる人々や団体があるので、そっちに直接やっていますので、大いなる舞台が必要には思えていません。ただし、涙するのもいいではないか、だとか、日本の現状を学ぶために、TVは見ています。来年も時間が許す範囲で見ることになると思います。オリンピックよりはいいかな、と←かなりシニカル(笑)。