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ムラを統率する難しさ

09/03/2008にアップした文章です。

角界で、またもやいろいろな事件があったんですねぇ。ワイドショーを極力避けつつ暮らそうとしている私には、無視したいものだったのですが、理事長解任まで来てしまったので、根本を考えてみたいと思います。もっと大切なのは、ポスト福田総理なのでしょうが、私は政治の駆け引きを推測しまくるほど暇じゃーないのだった。時間が経てば庶民にもわかるので、もうちょい待とうという気持ちです。ただし、女性総理が日本に生まれるとはまだ思っておらず、Obama氏の黒人大統領も厳しい予見の折、このムラ社会であるニッポンの受け入れ態勢やら、メンタリティについて考えたほうが、たぶん建設的なんだろうなと思うのです。



が、角界というのは、日本が古来から持ち続けてきた伝統を背負っている、かなり象徴的な団体(小社会、ムラ)ではあるので、少し検証してみるのは参考になるのかもしれません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%92%B2 >相撲

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9B%B8%E6%92%B2 >大相撲

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%9B%B8%E6%92%B2%E5%8D%94%E4%BC%9A >日本相撲協会

 

たくさん調べ物が増えてしまうだけなので、これくらいの基礎知識だけで考えたほうがよさそうだ、というのが、Googleしたあとに感じた雑感。これだけ相撲を愛する人口が多いのか、と、逆にびっくりしたこともあります。

 

私個人は、大相撲に関して、特に感慨があるわけでもなく、在米していた18年半、説明を求められればしたものの、日本人として知っていたほうがいい常識を超えたものを持っているとは認識していません。たとえば、むかっ腹を立てて座布団を投げるのはマナー違反だ、ということくらいがわかっていたり、女性は何人たりとも土俵には上がれない、という程度のことしか知りません。観客としては、技の名称もだいたい知っているつもりですが、めったにお目にかかれないものは見て瞬時にわかるかどうかは自信がありません。

 

(この点、どうして古館伊知郎はF-1やプロレスの実況をやめてしまったんだろう・・・ととても残念なのですよねぇ・・・)

 

ムラ社会とは;周辺を海で囲まれている日本人は古くから内向的とされており、閉鎖的なコミュニケーションをとることが多い。特に地方の村落ではその傾向が強く、外部に対しては排他的な地域が未だに多く存在する。特徴としては古くからの仕来りを遵守する傾向があり、それに異を唱えるものや遵守しない者に対しては本人や肉親、更にその者に関わったものまで異端者扱いし、差別を行なうことがある。これにより新たにその地域に移住してきた者や流行にとらわれやすい若者が反発し、古くから住んできた者とのトラブルが後を絶えない。

 

コレなんですよ、コレ。私が小さい頃から不思議でならなかった仕組みは。ある(小)社会に行くと、違った不文律があり、その差というのが大きい。よそ者や新参者に対しての締め付けがきつく、なかなか受け容れてもらえない。時間が止まってしまったように、革新的技術を受け入れるのに時間がかかる反面、ある一人の実力者や統率者が支持したものに関しては、恥もないほどのスピードで変わり身が可能なわけです。

こうした素地はいじめ問題にも活かされていて(こんなもん、活かすなよ、とは思うんですが・・・)、閉鎖的な空間で、その構成員たちは好き勝手な自分たちの決まりの中で、不思議な民主制は、正しい民主性として肯定されていくわけです。

私が住んでいた町というのは、関東で2番目に古いお寺がある深大寺という町で、そうした傾向が強かったのです。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA が、生きていくためには順応も必要で、空いていた土地やその立地に目をつけた不動産・建築業界が目をつけ、たくさんの建売住宅が増えて、私の同級生は、古くから土地に住んでいる人々と、新興住宅地に越してきた人々でほぼ9割近くが一戸建ての持ち家に住んでおり、借家やアパートに住んでいる人々の割合というのは、ものすごく低かったのです。道理で私の家の貧乏さ加減が目立ったわけだ(笑)。私の父はハイヤーの運転手だったので、「雲助」という陰口まで横行しており、祖母は「ニコヨン」だったので、かなりな貧乏だったのは事実なんですが(笑)。

そこで、私は事あるごとにつけはみ出しものにされ、きっとそれは母も祖母も、いっしょに当時住んでいた叔父や叔母なども同じだったのでしょう。そうしたムラ社会の理不尽さというのは、子どもの残酷なムラ社会発展へと繋がっていきます。なぜならば、子どもは親を模倣(Modeling)して知恵をつけていくわけですから。

ところが、30年以上経った今、笑えることには、深大寺と植物公園は観光収入に頼らなければいけなくなり、恥も外聞もなく、までいかないのであれば、それなりに流行を取り入れており、そこに作為的な自然や昔の時間の流れを人工的に作っている感すらあります。いや、もちろん都内などに比べれば、充分手付かずの自然も残っているんですけどもね。人々も、ファミレスやコンビニに慣れ、香具師だけではなく、たくさんの外部の人々を受け容れる体勢が整っています。

父に呪いのように言われていた通り、私は大海に出るべく、渡米するのですが、やはりどうしてなのか、母が住んでいて気に入っていたためなのか、調布に戻るのですが、深大寺には戻ることはありませんでした。駅から遠すぎるという理由だけではなく、おそらく私はもうあそこには住みたくなかったのです。もちろん、合理的なことを最優先して駅前だったのではありますが、ああいったメンタリティにまたもや苦悶することは、18年半の在米の体験からして、もう面倒くさくてどうしようもないこと、となっていたせいです。

 

大相撲などに代表されるムラ社会については、私はいっそのこと絶滅するまで、模索などせずに、古来の姿をずっと貫いてほしいな、とすら思います。が、外国人力士を入れてしまい、それがたまたま高見山というものすごい人格と努力の人だったためにうまく行ってしまい、その後どんどん入れてしまったあと、こうした事態に苦しむことになっています。きっちり排他的にもしておらず、統率することもままならず、どっちつかずのグレー状態な部分を山ほど残し、国際社会への順応ができる体制にはなっていない自覚がないまま、まだ突っ走っています。私は、大相撲に八百長があったとしても目くじらは立てませんね。そうしたムラ社会は、実在していいですし、存続して生き延びていきたいのであれば、外部を徹底して拒否できるほどの強靭な力を持つべきだとすら思っています。

もちろん、それが国家単位でいけば、日本そのものが沈没してしまいますから、それじゃしょうがないのですが・・・。ですから、女性首相の誕生も待ち望んではいるのですが、まだまだメンタリティの準備は足りないのでしょう。大相撲についてですら、これだけまだまだ目くじらを立てる人たちばかりなんですから・・・。

確かに、こうしたムラを統率するのはとても難しいのです。が、一旦そのムラに入ってしまった以上、出る選択をしなかった以上、やはり努力は満身創痍になっても続けていかねばならぬのでしょう。

私個人は、一旦出てしまっているので、まだまだ傍観者としてどこに帰属しているのだろうか?という薄い意識ではいるのです。ほら、生涯学生をアメリカでやりたい、という夢もありますし・・・。ただ、ムラ社会の中にがっちり取り込まれていたくはないぞ、という宣言だけはしておきたいと思っています。