Oct 31, 2005 に書いた文章です
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私はあらゆる人にコレまで言ってきています;「直感」「勘」というのは、脳の中でプロセスするスピードが極端に速い統計学で、ある個人の経験則です。こう書くと難しくて堅いのか?
彼女は勘が鋭い、などとよく言われているのですが、パートナーの会社の人事や、これから起きるであろう物事を、かなり当たる範囲で言い当てることはできます。情報が少ないとできませんが、情報が豊潤ならば、かなり正確に予測できることです。
うーん、占いの商売上がったり・・・。
私個人は基本的に占いを信じません。当たるものもあれば当たらないものもある、というのは、統計学だからです。占いの起源は、政治を司っていた人々の不安を解消するためにありました。その後、市井でも使われるようになったのは、農業が起源です。農作物の当たり外れや出来具合などを予測するのに、統計学が用いられるようになり、かなり早い時期から、天文学が開始され、占いへと変形していきます。
予感:将来ある事柄が起こりそうな気が何となくすること。また、その感じ。予覚。
予測:将来の出来事や状態を前もっておしはかること。また、その内容。科学的根拠が重んじられる。
英語では、Hunch vs. Forecastです。
私は、子どもの頃、とにかく算数や数学が苦手だと思い込んできました。が、実際はとても好きで得意だったのです。それがわかるまでにほぼ15年以上かかり、確実にそうだと自信が持てるまでには25年かかりました。リア王ほどではないにしろ、悲劇です・・・。統計学は、続けてではないにしろ、心理学のためにかなりのコースを取りました。未だに微分積分は正式に習っていないのですが、楽しそうなのでやりたいと思っています。いつか、量子物理学も理解したいじゃん、とまだまだ野望は捨てていないからです(笑)。アインシュタインの領域にこの手で触れてみたいじゃんね?
統計学を理解すると、日々の生活に「予感」ではない、「予測」がどんどん増えていきます。「夢」に終わらない「計画」を持つことができます。他人に憧れることなく、自分も変えていくことができます。
↑なんか、詐欺師の自己啓発セミナーみたいだな(笑)。
統計学を理解すると、まず使えなくなる語彙は、「絶対」です。科学者の多くは、「絶対」という言葉は使いません。以前のエッセイにも書きましたが、この世には未来永劫変わらないモノのほうが、ごく稀だからです。変化がもたらすものは、「絶対」をどんどん希薄にしていき、その可能性を殺ぎます。さらに、比較の対象にならない存在は、ほぼありません。物理の世界で、「絶対」を条件的に決めることはありますが、社会生活をしていると、そのようなことはほぼありえません。神様がいないことは証明できないので、たまに神がかり的なことにつちえ「絶対」というのは、OK範囲なのかもしれませんが、「絶対ありえない」などと、わりと簡単に日常生活のボキャブラリーとして頻出させることは、いかがなことか?です。「絶対がないこの世の中で、僕は君を死ぬまで絶対愛する」と言ってもらえるのは、とてもとても光栄でうれしい言葉です。さらに、「この世で変わらないものは、ある特定の一部を除いて絶対ない」などというのもOKでしょ。
絶対:(1)他に並ぶものがないこと。何物にも比較されないこと。比較や対立を絶した存在であること。また、そのさま。 (2)一切他によって関与・制限されないこと。無条件。 (3)〔哲〕「絶対者」に同じ。
情報処理をする能力を磨いていくためには、どこで情報を探すのか?から始まります。何が正当性のあるもので、何がガセなのか、そこからわからないことにはいけませんや・・・。みのもんたのお昼のTVは、正当性のあることもたくさん言っていますが、ガセぎみな情報もいっしょに提供してしまっています。が、それに便乗したスーパーなどは、その日オンエアの食品を、夕方のセール品にするほどだとか・・・。NHKだからと信頼できない世の中になりました。私の知り合いで、TVや新聞に「異議あり!」と間違いを指摘するのが大好きな人がいましたが、今もやってるんでしょうか?
これだけネットがたくさんの人口に利用されると、言論と表現の自由の名の下に、たくさんのガセネタが横行します。『トリビアの泉』を見ていて、「へぇへぇへぇ」とやっていると、けっこうガセネタに流されてしまうかもしれません。「チーターの尻尾はコーナーを曲がるときに逆方向に曲がる」←コレ、当然でしょうよ(笑)。バイクか車かスキーかなんかで自分で曲がってみましょうや(笑)。ちっとも「へぇへぇへぇ」なことじゃないっすね。
あるステキでかわいい商品が売れるか売れないか?を考えるに当たり、自分の行動範囲の狭さを考慮するにしろ、実際に数字化したり、グラフや表にすることができなければ(頭の中でいいですよ、書かなくても・・・)、予測は不正確なものになります。それと同様、他人を描写するにも、ある場面のある特定のメンバーの中でのある状況(たくさんの要素があるはずです)を、すべて考え抜いてみなければ、「性格なのかどうか」は言い切れません。「彼女は絶対気が強い」などと簡単に言ってはいけないのです。
井戸端会議やら会社でのゴシップやら、学校でのあれこれやら、ネットでの人間関係などは、↑こんなことから来ており、不当な多数決で成り立ったりしますよね・・・。考え抜いてみろ!と言いたいところですが、考えたくないのーぅと言われてしまえば、それまでです(笑)。
今日は、美空ひばりのBiography番組をTV朝日でやっていたのですが、私の亡き父とひばりは同い年で、時代背景やモノの考え方にかなりの共感があり、父が大好きだったせいで、私もかなり空で歌えます。父は彼女のことを『お嬢』と呼んでいました。お母様他がそう呼んでいたことを、なぜか気にいっており、近い立場になくても、TVに向かってそう呼んでいたのですね。私の中でも美空ひばりは『お嬢』なのですが、今日もTVで泣きました(笑)。彼女がどんな人間だったのかは、いろいろな表現があると思いますが、それには絶対はあまりないわけです。それはあくまで、私個人の考え方であって、真実かどうかは、情報解析能力が高いかどうか?によるわけです。
とは言え、私はけっこう自分の美空ひばり観に満足しており、泣いたりするわけですが(笑)。
こうした予感と予測の組み立ての繰り返しで、結果が自ずと違ってくることについて、少し考えてみると、ちょっと何かが変わるかもしれません。
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書いてある通り、もうちょい数学をきちんとやって、物理をやって、もっと研ぎ澄ませて世界を見ることができるようになりたい!と考えています。与えられた生命が続く限りは、もうちょい透明感のある世界が見たい。この情報処理能力については、本当にこだわりまくっていて、Precious One English Schoolの心理のレッスンの中の各所にちりばめられています。
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