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今はAIが人間をあらゆる分野でサポートしてくれますが、そのせいで人間の能力は退化してしまうと思いますか?

私見ではなく、すでにA.I.の発達により、人類全体の能力は退化しております。

 

A.I. Artificial Intelligenceの定義は未だ一定化していません。が、だいたいを把握しておきましょう!

今後、どんどん発展していきます。

 

 

研究者(所属)※敬称略

定義

中島秀之(公立はこだて未来大学)

武田英明(国立情報学研究所)

人工的につくられた、知能をもつ実態。あるいはそれをつくろうとすることによって知能全体を研究する分野

西田豊明(京都大学)

「知能を持つメカ」ないしは「心を持つメカ」である

溝口理一郎(北陸先端科学大学院)

人工的につくった知的な振る舞いをするためのもの(システム)である

長尾真(京都大学)

人間の頭脳活動を極限までシミュレートするシステムである

堀浩一(東京大学)

人工的に作る新しい知能の世界である

浅田稔(大阪大学)

知能の定義が明確でないので、人工知能を明確に定義できない

松原仁(公立はこだて未来大学)

究極には人間と区別が付かない人工的な知能のこと

池上高志(東京大学)

自然にわれわれがペットや人に接触するような、情動と冗談に満ちた相互作用を、物理法制に関係なく、あるいは逆らって、人工的に作り出せるシステム

山口高平(慶應義塾大学)

人の知的な振る舞いを模倣・支援・超越するための構成的システム

栗原聡(慶應義塾大学)

人工的につくられる知能であるが、その知能のレベルは人の超えているものを想像している

山川宏(元ドワンゴ人工知能研究所)

計算機知能のうちで、人間が直接・間接に設計する場合を人工知能と呼んで良いのではないかと思う

松尾豊(東京大学)

人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術。人間のように知的であるとは、「気づくことができる」コンピュータ、つまり、データの中から特徴量を生成し、現象をモデル化することの出来るコンピュータという意味である

          

あらゆる分野に使われすぎていて、おそらく使っている私たちも意識はしていないと思うのです。便利にはなりました。時間をものすごぉく節約できますから、本当にありがたいです。

 

ただ、私個人が決めていることは、「自分でできることが速く&早くなる、さらに漏れがなくなる、ダブリに気づけるなどの場合だけ使う」としております。

 

インスタント食品などもそうなんですが、自分でできるのだけれども、時間がない!というときにしか使わないようにしています。自分でできない範囲のことを次々にA.I.に頼ってしまうと、私自身がヘタレてしまいますから。学ぶ機会を自分から奪い取り、今後、何かものすごく大きな落とし穴に落ちる可能性があるかもしれないです。

 

たとえば、山登りをしていて遭難したとき、確かにスマホがあれば生き延びるチャンスは格段に高いでしょう。が、そのスマホがなんらかの理由で使えなかったら??そのときに生き延びる術を知らなければ、私はスマホは使わなくていい、あるいは、山登りにスマホを持参しても意味がないと考えてしまうのです。

 

たとえば、タイプ。PCはとっても便利です。汚い自筆・クセをまったく失くしてくれて、平均化してくれて、見やすくしてくれます。これも、自筆で書けるからこそ、私は使うようにしているわけです。こうしてタイプしていても、知らない単語や書けない単語は使わない意識化をしています。

 

でないとキリがないと思うんですよ。ゲームなどを楽しめる理由も、ステップができるからダンスとか、太鼓を叩けるからとか、発展版で鍛えることができるからですよね?

 

私という人間を超えてしまうようなモノが実際に目の前に現れてしまったら、きっと Deer in the headlight 車のヘッドライトに照らされた鹿、のように固まってしまうと思うので、その日に備えているのです(笑)。

 

おそらく私ごときが考えたこともないような分野にも、A.I.は今後浸透していくに違いありません。それでも、ベストを尽くして、人事を尽くして天命を待つ、のです♬

 

 

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