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分水嶺

06/17/2008にアップした文章です。

 

情報処理能力のことを考えていて、どんなふうに説明するのがイチバンわかりやすいのだろうか?といろいろ思いあぐねた結果がコレだったのだけれども、実際は、松本清張世代でなければ、あまりわからないのかもしれない(笑)。でも、私が教えている高校1年生の女の子は、松本清張原作のドラマがかなり大好きで、いくつか挙げていたので、きっととっつきはいいのかもしれない・・・。しかも、世界地図を眺めるチャンスにもなるので、かなりいいのだ。私は、大学に30歳で戻ってから、地質学というのを英語で勉強したのですが、コレも習ったのです。カリフォルニアのWater supply(生活水確保)というのは、果てしなく山から運ばれてくるというのを知ったときに、ものすごく感動したのです。ええ、車で4時間ほどかかるYosemiteあたりからのものを、実際に使っているというではないですか・・・。誰がそんな苦労を買って出たのか?と思うと、なんだか胸が切なくなったものなのです。そして、Gold Rushの頃の金鉱掘りのバクチなどにも想いを馳せ、私の学生時代は、うんと詰まっていたなぁ・・・と。とはいえ、アメリカに行ってからなんですけども(爆)。

 

分水嶺>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86%E6%B0%B4%E7%95%8C >日本語版

http://en.wikipedia.org/wiki/Drainage_basin >英語版

 

(今日はアップが遅れているのですが、それもこれも、月曜日の夕方の便で、アメリカに渡った私の生徒さんである看護師さんが、無事に到着しているかどうか、とてもとても気になってしまい、一度は11時くらいに眠ったのですが、まだ空港から寮に到着したばかりでネットも開通しておらず、一旦眠ってからにしようと、またもや眠って起きてやっとメールが来た、という不思議なスケジュールにしてしまったからなのです。とはいえ、久しぶりにGyaoで映画も見てしまったし(BatmanとBatman Returnsがアップされているので・・・。やっぱりBatmanは初代Michael Keatonがイチバンだと思う。が、George ClooneyはOKよ♪)、エッセイを書くこともせず、ダラダラと時間を過ごしてはいたのですが・・・。)

 

実は、この分水嶺という考え方がわかるのは、地質学者や排水や給水のエキスパートだけではなく、医者や看護師さんたちもなのです。人間の複雑な血管を表現するときも、この考え方を用いているんでした。

 

びっくりしたのは、分水嶺を使って恋愛をしっかり説明してあったサイト。うーん、うまいなぁ。>http://www.hirax.net/dekirukana4/peak/ この中でも「疑問は学問の父」というくだりにやけに納得してしまった・・・♪

 

分水嶺を理解すると、人間関係や情報処理がとても簡単になるのですが、それはなぜなのか?物事を3次元で捉えることが可能になってきて、さらにそれが癖になるからです。昨日の、「時間よ、止まれ!」にも関連して書いているのですが、ヒトの理解や心というのは、フラットな二次元で捉えづらいところがあり、場面によっては、もちろん無理が出てきます。三次元の高さを利用して、深みやたくさんのその他の軸を加えていくことにより、理解は深くなり、それを活用して、さらに人間関係もよくなる、という利点あり。

 

分水嶺を理解するには、性質の明らかさを見てもらえればわかると思うのです。

1. 高さがある>三次元に必須(移動性とスピードを提供してくれます)

2. 水という、動き・変わり、他をも変える物体が関与している(川の蛇行や削れなどは水と高さが醸すものです)。

3. 一見、上から下への一方向に見えるが、実は循環系である(雨水や地下水はどこから来るのか?を考えると明瞭)。

4. どこかで失われるものがあり、どこかで蓄えるものが加算されることがある(水が旅するには、魚や他の生物を内包したり、使われて失われたり、排水などを流されて増えることがあります)。

 

これらは、すべてヒトにもある法則性で、これを「頭や心の複雑さ」や「水ではなく、心や言動」や「生きてから死ぬだけと思っているが、実は生命体としてはエネルギー保存の法則により、何かに還元されていく」や、「失ったり培ったりする」というのでも同じなわけです。これを生涯スパンで考えるのか、日々で考えるのか、時期で考えるのか、それは割り振り次第(笑)。

 

もちろん、社会科学が与えてくれる命題を考えるのでも同じことです。これらの法則性を踏まえた上で、他にもある法則性を当てはめていき、明白ではないがゆえに見逃している何かがないか?と探りつつ、時間のことを考えていく。川であるならば、それが分水嶺に限りなく近いのかどうか、河口に近いのかどうか、などのように、ヒトの関係や物事の現われも時間によって違います。

 

私は物事を循環系で考えるのが好きなので(すでに平面ではなく、三次元で物事を捉えることが日常化しているせいなのか?)、年齢にしても気にする必要がなくなっています。まぁ、死後の世界の保障はないにしろ、私の肉体がこれまでもらったり排出してきたりしたエネルギーに還元されていくと思えば、それほどつらいことでもなく、次は何の中のエネルギーの一部になるのか、楽しくすらあるわけです。人間関係も然りで、私が見ているものだけがその対峙する相手のすべてではなく、全体像を捉えることができれば、解ける側面がどんどん出てきて、いろいろな問題や笑いや楽しみへと繋がっていくことになります。

 

どうなんだろうか・・・。やはり致命的なのは、物事の本質的な法則性を知らないことで、知らないまま始めてしまったがゆえに、どんどんチグハグになってしまうことなのではないか?とも思えるのです。基礎の基礎と思えるのは、義務教育で学ぶはずですが、私はそれをまともにやってこなかったと思いつつも、実際は充分、身についてきたのですね・・・。今となっては結果論なのでなんとも言えないのですが、生まれ持った性質というのが、ヒトの基礎の基礎なのかもしれません。日本語ではあまりしっかりした明確な分類がありませんが、英語ではTemperament(先天的に生まれ持った性質・特質)を踏まえた子育てが推奨されています。同じむずがりでも対処法が違うのは当然だろうと・・・。

 

私が教えている英語でも、その人の本質的なものを見ていくと、同じTOEICのスコアアップでもやり方は違ってきます。教材も違えたほうがいい場合もあるし・・・。分水嶺の高さを見ていき、その分水界がいくつくらいに分かれているのか、どこで分かれていくのか、などを見ていき、その水脈の太さや速さなどをわかっていけば、英語の上達は確率論で語ることすらできるくらいです。まぁ、もちろん本人の意志の問題がでっかいので、アクシデントはよく起きますが(笑)。

 

そして私は地味な分水嶺でいいな、それほど水脈を放出したくもないし・・・と思いつつ(ケチなわけではなく、面倒なことが嫌いだというだけなんですが・・・汗)、分水嶺地図をしげしげと眺めるのであります。

 

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