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受けて立つ価値のある勝負

2006-03-16 に書いた文章です

最近、討論などをしていないのですが、「勝てる相手を選んでいるから連戦連勝なのでは?」とよく言われます。うーん、それは当たっている部分はあるけれども、ちょっと違うかも。相手だけではなく、論点や論理に必要な論拠になる証拠を解析する知識などもあります。イチバン大きなものは、基本的な論理性の理解の互いの認識点の相違で、6~9歳児クラスの核になる論理であるはずなのに、16歳あたりのひねった曲がった論理性が、あたかも天下を取ったように文字数や発言数を競うところで、すでに時間のロスを感じて辟易してしまうのです。

明らかなる自己顕示欲や矛盾点の開き直りができる気質を多く備えている人たちは、論理性から外れやすく、自分が出してきた論を証明するための例を説明することなどに情熱を傾け、6~9歳児でもわかる核の論理性を失いやすいのです。なので、さらに軸が増えたり、次元性が増したりする社会問題などで、時間を費やす気力はありません。そもそも社会問題には、確固たる1個の答えなどないのですから・・・。

私は読むことには時間のロスはそれほど感じません。少なくとも論理が通っているかどうか、知らなかった知識などが多少なりとも盛り込まれており、筆者や語り手の得意なボキャブラリーや表記ミス、口癖や接続詞など、頭の隅っこのほうで遊べるゆとりがあります。が、その細かいイチイチを筋道にしっかり沿って、こちらのほうから能動的に放出していく作業のほうは、フィジカルに時間を取られるし、きっと討論以外ではおつきあいしないだろうお相手だったりもするので、げんなりなのでしょうね。

しかも、ネットであれば、自分が投げかけた言葉の10に10億が返ってきてしまうこともありえるわけで・・・。自分に責任を持ちたいと思う私は、とてもではないですが、泥沼討論に口出しなどしたくはなく、投稿上であろうが、挨拶もロクにきちんとできないやつのチャチャ入れにつきあうゆとりはないです。

(注;私は挨拶魔でもあるので、挨拶しない人は第一印象として信用度ががくんと減ります。挨拶の第一の効用は、「大丈夫。私は怪しくないし、危害を加えないよ」というサインだからです)

相手の論理性の欠如を根本から証明するのは一苦労です。論理性が低いことを証明するのは、難しい(笑)。ゼロではないにしろ、問題にしている話題の論点が複数だったり、大きな問題であればあるほど、その論理のベースの絶対量が少ないことを証明するのは、小さな部分になり、とても難しいのです。本来なら、ピラミッドの底に来る部分の論理性の基礎は、6~9歳くらいで身につけたものであるはずなのに、ピラミッドに飾り窓をつけたり、秘密の通路をつけたり、おまじないでしか開かない部屋を設置し、どんどん論理性をごまかせる複雑さを身につけてきている感じ。しかも、相手に物事を絵柄化・データ化・数値化する能力がとても低ければ、さらに説明や論拠のバックアップはたいへんになっていきます。もうね、相手の頭の中をこじ開けて見てみたくなります。私の意見がわからないから、という苛立ちではなく、普遍的な論理性の基本がわかっていない、あるいは、自分の都合によりSelf-Esteem(自己尊敬心)をキープしておきたいがために、通っていない論理性をあたかも通っているかのようにする魔法使いなどに対しては、6~9歳に戻って、それだけについて話しましょうよ、と言いたいです。

だからねぇ、子ども相手のほうが本当にラクだよ、と私は思うのです。まともに育っていない大人よりは、ひねくれ曲がった育ちの域に達していない子どものほうが、話し相手としてとてもとてもラクです。特に、「俺は子どもを殴って育てたけれども、正しいと思っている」とか平然と、むしろ誇らしげに言うおっさんなどは、相手にする価値ないです。あるいは、どうやって身を立てているかは謎ですが、すごい時間帯にネットに書き込みをしており、ものすごい長時間オンラインしている人たちもヤバイです。リアルで暮らして、さらにネットをうれしく楽しく活用している人でなければ、ただの「受け売り系」である可能性が高すぎます>そうではなくて、ある決められた時期、転職待ちなどや長めのバケーションなどならば、安心ですけどね・・・。

しかも、私は好戦的なように誤解されるのですが、特に勝負好きではありません。バクチが好きなのはあくまで統計学の魅惑ですし、酔っ払いながらどれだけ数字と繋がっていけるか、ですし、とりあえずHouse(カジノ)と勝負しているだけで、他の誰にも好戦的ではないですしね。ホッケーは見ているだけなので、対戦相手のチームのファンたちをこき下ろしたりもしませんよ(それが楽しい人たちもいますが・・・)。

特にフェミニストでもなければ、平和論者でもなく、無宗教主張者でもなく、テロリスト壊滅運動に参加しているわけでもありません。あなたの主義主張は何よ?と真剣に迫られても、Thomas Jeffersonが起した独立宣言が実現したらいいな、ってくらいしか思い浮かばず・・・です。

http://www.h4.dion.ne.jp/~room4me/america/declar.htm

いやー、当然、アメリカ合衆国という国は、コレを理想としたものの、先住民であったNative Americans(旧American Indians)をないがしろにして建国出発したわけですし、その後も殺戮は起きたし、黒人奴隷問題もあったし、今も世界の警察づらしていることは確かですよ。が、理想としてはこの独立宣言の文章、私はとても共感しています。ユートピアちっくですが・・・。が、生きているモノが詰まっているので、Fluxであることからは逃れられず、理想は理想であることもちゃんとわかっていますので。

これくらい緩い考えなので、特に誰かの論に大反対ということはあまりないのです。ただ、自分のために深く考えてみることが好きだったり、何の足しにもならないことに夢中になるのが癖なわけです。誰かの意見には、むしろ「そうねぇ、いいんじゃない」と思うのですよ。「あなたはあなた、私は私」テキにクールです。自分の意見に理解もしていないのに賛成してもらっても困りますしね・・・。

↑まず、これもあまり理解されにくいので、討論に顔出しするのは面倒くさくなってしまったのです。なんでわかんないのよぉぉぉぉ!と。「あなたの理想はあなたの理想、私の理想は私の理想。あなたが日本の理想と考えているものはあなたの理想でしかなく、日本の理想とは限らないし、一国の理想像を世界中の変化とその時間軸も考慮なしに考えられない」など、単純なことがわからないので、それ以上の話には進められないでしょう・・・・(汗)。

私がせいぜい受けて立つ価値のある勝負は、今のところ、ネコのブラッシング耐久レースですか・・・。いや、ネコたちから挑まれているんですけどね・・・。6匹いるので、5分ずつやっても30分。エクストラで順番待ちされてしまうと、あっというまに1時間・・・。右手だけだと疲れるので、左手と交互に使いヘトヘトです(笑)。でも、ピカピカになるし、ゴロゴロの音を聴くだけで価値あり。しかも、ちょっとフェチなのか、取れた毛を貯めてあとで眺めるの好き(爆)。すごい量よん。

飲み比べもしませんし、早飲みは19歳のときに2回やっただけで、あとはやっていません(勝てることはわかっているのでやる意味がなかった、というのが主な理由です。某ラグビー部の打ち上げで部員に勝ちましたから・・・)。早食いはやめたし、大食いもまったく無理になったし、身近なことでも勝負できないことのほうが多いか・・・・・・・・。

自分の裡側での勝負は大好きですが、誰かと勝負するのは好きではありません。負けん気はとても強いですが、相手が好戦的だとさらに引いてしまうかもしれないです。言いがかりでない限りは、自分の言動には責任持ちますが、勝負だとは思わないでほしいです。

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