英語の教材として、名探偵コナンを各所で使っている事情があります。日本に19年ぶりに帰ってきたときには、私はこの番組を一切知りませぬでした。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E6%8E%A2%E5%81%B5%E3%82%B3%E3%83%8A%E3%83%B3_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1) 1996年1月から開始されたためで、私の渡米は1988年だったわけですから、まったくのスレ違いです。
戻ってきてからの私は、ほぼ3ヶ月近く家の外に出るのがコワイ病だったので、家の中で様変わりしたニッポンをいろいろ学んでおり、外に出るときや人に会うときの参考にしていて、その中にコレも入っておりました。ジャニーズの変遷やら、物価の移り変わり、人の質やコミュニケーション手法の違い、交通量や常識の実際などを学ぶ中、エンターテイメントがどのように変わってきたのか?を、1996年から2007年分まで見ることができたのは、とても貴重でした。並べて見てみるとわかるのですが、アニメーションの質だけではなく、まぁ、いろいろ変わったところが見て取れるのです。
ところが、文句を言っても始まらない、とわかっていても違和感があることがたくさんありました。
- 若返れる新薬があればおそらくもっとお金を得るために使っているはず
- 小学校1年生なのに遺体を見すぎているし、事件に巻き込まれすぎ
- 時間が止まっている、あるいはゆっくりしか進んでいない、ということを納得しても、同じイベントが多すぎる e. コナンの風邪の回数とか、大阪に行く回数とか?
- 蘭ちゃんの髪型のトンガリ
- 真さんのバンドエイドのポジション
- 高木刑事と佐藤刑事の恋愛の進展と、ゆっくり過ぎる時間との整合性;これは他の登場人物の恋愛軸ではすべてあてはまる;園子と真さん、千葉刑事と三池苗子、ゆみさんと太閤、白鳥警部と小林先生など
- 阿笠博士の年齡と見た目のギャップ
- ゆみさんがいくら天然キャラだったとしても、相撲まで見るのに将棋の常識だけあんなにないなんて無理じゃないのか
- 絶対音感がある設定なのに、コナンがあそこまで音痴という例には納得できない
- 眠らされる回数が多すぎるのに、自分についての疑問をあそこまで持たない大人=毛利小五郎
- 身分がさほどわかっていない子ども=コナンの公的立ち位置、どうやって学校に通えたのか?それは灰原哀ちゃんも同じ
- 新一の行方不明が長すぎることに関する辻褄がどうしてもわからないし、たまに現れてもすぐ消えることに関しての整合性には納得できない
- 少しずつ進展していく黒の組織との関わりに関しても、なんだかあまり論理性が通っておらず、知りたい好奇心でみんなが騙されている感じ e. だってGinのあのポルシェ、今日本で何台登録してあるか?と考えてみたり (・・;)
- FBI、CIAや日本公安と警視庁や警察庁の連携;がんばっているけど矛盾にはたまに躓く
- 蘭ちゃんの身体能力と怖がりのギャップの原点がどうもわからない
- 小五郎氏の収入もとても心配
- 名探偵と自称するなんてことが、大人にはあるんだろうか?
などなど、他にも夫婦生活やら暮らしの面でたくさん突っ込んではいるんですが、それでも600話くらいまで見てしまったので、今もまとめて数話ずつ、数ヶ月分、見ています。いつ、終わるんだろうね?この前、ニュースで、そろそろ終わってほしい、結論が知りたい、などというアンケートがあったようですが、同じ気持です。
Ditto!と表現します。とはいえ、この謎全部は解けないよねぇ (・・;)
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